朴槿恵罷免後の韓国労働者のたたかい
第二の労働者大闘争にむけて


 昨年十二月九日の韓国国会における弾劾訴追案の可決により大統領職務が停止されてから三か月がたった三月十日、韓国・憲法裁判所は朴槿恵大統領の罷免を八名の裁判官の全会一致で決定した。これにより、朴槿恵は大統領職の任期が満了する二〇一八年二月二十四日をまたず失職し下野を強制された。大統領特権を失い民間人にもどった朴槿恵は、これから検察による取り調べ、裁判がまっている。憲法裁判所の決定では、崔順実の国政介入や大統領の権限濫用は認定したものの、セウォル号沈没時の「空白の七時間」の生命権保護義務違反などは判断の対象から外された。積弊(韓国社会に積み重ねられてきた汚職や賄賂などの弊害)清算がどこまで成し遂げられるかは、今後の人民のたたかい如何にかかっている。
 この間、昨年十月二十九日の五万人からはじまったソウル・世宗大通りを埋めつくす朴槿恵退陣ろうそく集会とデモは、その後全国に波及して、十二月三日の第六次ろうそく行動のソウル一七〇万人・全国二三二万人をピークに、罷免決定翌日の三月十一日に開催された第二〇回目のろうそく行動までの一三四日間、のべ一六〇〇万人の人民が街頭に繰り出して、朴槿恵(大統領)退陣、黄教安(首相)辞任、財閥総帥処罰の意思を支配権力に表明した。
 韓国憲法では、現職大統領が判決その他の事由により、その資格を喪失したときは、六〇日以内に後任者を選挙すると規定されており、四月末か五月初めの大統領選挙実施がマスメディアを賑わせている。これまでに次期大統領選挙に出馬が予定されている候補者は、文在寅(ともに民主党国会議員)、安哲秀(国民の党国会議員)、李在明( 城南市市長)、黄教安(首相)、安熙正( 忠清南道 知事)、劉承旼(正しい政党国会議員)などと言われている。
 しかし……と思う。一九八七年の大統領直選制を掲げてたたかわれた六月民衆抗争と並び称される二〇一七年の朴槿恵退陣ろうそくデモに表出された大衆のエネルギーが、これら候補者による大統領選挙に収斂されていってよいのか? もちろん選挙闘争は大事であるが、労働者階級が主導的にのりだすたたかいを形成するなかで選挙闘争もたたかわれることが肝要なのだ。
 毎週土曜日に開催して二〇回継続してきたろうそく集会とデモも、当初の民主労総が主導する民衆総決起闘争本部から、参与連帯などの市民団体が主導する朴槿恵政権退陣非常国民行動に実行主体が衣替えするなかで、労働者・基層人民の生存権を賭けた戦闘的な雰囲気から祝祭的な雰囲気に変わり、労働組合の旗は後景に追いやられた。これは、われわれが二〇一五年の戦争法案阻止闘争の国会正門前で経験した構図と同じだ。

六月抗争三〇周年

 八七年の六月民衆抗争は未完の革命と言われる。それは、八七年一月のソウル大学生・朴鍾哲君の死(治安本部の水拷問で死亡)や六月の延世大学生・李韓烈君の死(当時の全斗 煥退陣デモで戦闘警察による催涙弾の直撃を受け死亡)などの貴い犠牲と、民主憲法争取国民運動本部を実行主体とする六月十日の五〇万人、六月二十六日の一三〇万人という全国的規模のデモのうえに大統領直選制改憲や金大 中氏ら政治犯の釈放をはじめとする「6・29民主化宣言」を引き出した。しかし、国民運動本部のたたかいはそこまでで、大統領直選制などの憲法改正過程から国民運動本部は排除され、金大中・金泳三の野党候補一本化も成し遂げられず、全斗煥軍事独裁のあとを継ぐ盧泰愚軍事独裁の登場を許したからである。全斗煥と盧泰愚が書いた筋書きどおりに事態は進行したのだ。当時、百数十万人規模のたたかいを展開しながら、その成果を軍部独裁に簒奪されたたたかいの参加者たちは「粥を炊いて、結局犬にくれてやった」と嘆いた。
 それから三〇年後のこんにち、ろうそくデモで朴槿恵退陣に追い込んだ韓国人民はいかなるたたかいをこののちに展開していくのか?
 朴鍾哲烈士とともに六月民衆抗争の発火点になった李韓烈烈士の母・裵恩深さん(元全国民族民主遺家族協議会会長、前反米女性会会長)は、今回の朴槿恵退陣ろうそくデモにたいして次のような感懐を語っている。《八七年のその喊声が未完だと、多くのひとが言います。一度経験をすればよいものを、また同じことを……。きみが偉い、わたしが偉いと言って、またそうなってはならない。それでは国民が黙ってはいないでしょう。わたしたち国民は、だれかを大統領にしようとしてロウソクのあかりを掲げたのではありません。だから欲を張るのはやめましょう。世の中を一度変えてみましょう、いまこそ。世の中は変えなければならない。いまあの巨大なロウソクのあかりを見ながらも、わたしたちがそういうことを考えられずに欲を張るならば、それは国民を愚弄したことになるでしょう。》(ニュース打破―新年特集〈ロウソクのあかり2017「粥を炊いてXにくれてやるな」〉

もう一つの三〇年

 朴槿恵退陣を成し遂げ、六月民衆抗争の三〇周年が近づくこんにち、もうひとつの三〇周年をここで喚起したい。八七年の六月民衆抗争につづく七、八、九月に爆発的に起きた労働者大闘争だ。六月民衆抗争の熱気を受けて、七~九月の三か月間にじつに三七四九件の労働争議が起こり、こうしたたたかいをつうじてさまざまな産業・業種に新規労働組合が設立されていった。
 その奔流は、九〇年の全国労働組合協議会(全労協)の結成につながり、九五年の全国民主労働組合総連盟(民主労総)の結成にもつながってこんにちに至る。韓国現代史で「労働者」の名が冠せられるこの大闘争から学ぶ意義は大きい。そして、これらのたたかいを基底で呼び起こした韓国社会構成体論争で有名な〈韓国社会科学のルネサンス〉の理論的・思想的営為にも再度光があてられるべきだ。それは、労働者大闘争から三〇年がたったこんにち、第二の労働者大闘争を準備するのに避けてとおれない運動する者の課題だ。

いくつかの課題

 また、民主労総が政治課題に掲げ取り組んできた労働者の政治勢力化も、原点に立ち返っての再考が求められる。民主労総は、一九九六年末から翌九七年三月までの労働法抜き打ち改悪反対の七五日間ゼネストの教訓から、労働者の政治勢力化の課題を引き出し、国民勝利21→民主労働党→統合進歩党を創ってきた。
 しかし、大衆組織である労働組合が労働者政党を創りだそうとすることに無理があるのであり、組合員に対する単一政党の支持強制ではなく、組合員の政治活動の自由をこそ全力をあげて保障する体制を築きあげるべきなのである。
 さらに、民主労総内部にも存在する「従北主義」というレッテルの反共イデオロギーとのたたかいも急務だ。統合進歩党は、二〇一四年にこの「従北主義」のレッテルによって、憲法裁判所から韓国憲政史上はじめて強制解散させられた。またこの統合進歩党の李石基 議員は、朴正熙 ・槿恵父子の腹心・金淇 春・元大統領秘書室長が捏造した国家保安法違反、内乱陰謀罪で獄中生活を余儀なくされている。こうした事態を容認した与野党の責任は重い。他にもインド社会研究者の李ビョンジン教授や「労働者の本」の李ジニョン代表など、国家保安法によって裁判にかけられ獄中生活を余儀なくされている良心囚が多数存在する。
 これら韓国社会を覆う反共イデオロギーの克服と国家保安法の撤廃は、米韓合同軍事演習をはじめ日米韓の対朝鮮戦争挑発策動と対決して南北朝鮮の統一を成し遂げていくための欠くべからざる喫緊の課題なのである。 【土松克典】

(『思想運動』998号 2017年3月15日号)