朴槿恵退陣のたたかいはこれからなのに奴らはもう終わろうと言っている
資本主義の枠を突破するたたかいに成長するか否かが鍵だ
土松克典(韓国労働運動研究)
十二月九日、韓国国会において朴槿恵大統領の弾劾訴追案の可決を引き出した韓国労働者・勤労人民の連日のたたかいに瞠目し、昨年の日本における戦争法廃止のたたかいのあり方を重ねて見ている読者も多いだろう。その共通点と違いを考えてみたい。
これまでの朴槿恵退陣ろうそくデモの経緯は次のとおりだ。
第一次:十月二十九日、ソウルに五万人が集まる。
第二次:十一月五日、ソウルに二〇万人が集まる。全国で三〇万人が参加。
第三次:十一月十二日、ソウル市庁前広場から光化門広場へ 民衆総決起に一二六万人が集まる。
第四次:十一月十九日、ソウルで六〇万人、全国で計九五万人のろうそくデモ。
第五次:十一月二十六日、ソウルで一五〇万人、全国で計一九〇万人のろうそくデモ。
第六次:十二月三日、ソウルで一七〇万人、全国二三二万人のろうそくデモ。
十二月九日、国会で朴槿恵弾劾訴追案が決定、大統領職務停止、黄教安首相が職務代行へ。
第七次:十二月十日、ソウルで七〇万人のろうそくデモ。
核心は朝鮮日報と朴槿恵のたたかい
朴槿恵― 崔チェ順スン実シルゲートの直接の起因は十月二十四日、韓国のテレビ放送局JTBCが崔順実の廃棄した所持品タブレットPCのなかに国政を壟断(ひとりじめ)してきたデータが入っていたことを暴露したことから始まるとされている。Kスポーツとミル財団を立ち上げて、そこに財閥からお金が流れ込む仕組みを朴槿恵―崔順実の間でつくり上げ、財閥もそうすることによって朴槿恵政権から特恵待遇を受けてきたのだ。
しかし、それをさらにさかのぼれば、今年四月十三日におこなわれた韓国総選挙の結果に行き着く。総選挙で政権与党のセヌリ党が過半数割れに陥ったことから権力内部に分裂が生じ、セヌリ党内の親朴系と非朴系の争いが起こり、非朴系に大手言論機関の『朝鮮日報』がつく形で権力闘争は展開されてきた。
われわれと友好的な交流をしている韓国の労働社会科学研究所が十一月十二日付の第三次朴槿恵退陣の民衆総決起の現場で配布したチラシによれば、労働社会科学研究所は《朴槿恵―崔順実ゲートの核心は朝鮮日報と朴槿恵のたたかいだとみる》と指摘している。親朴系と朝鮮日報を後ろ盾にした非朴系の内部抗争は、韓国資本主義統治のあり方をめぐって、大統領府の禹柄宇 ・安鍾範・チョンホソン(三人とも逮捕・勾留中)ら朴槿恵の側近秘書官たちと朴正煕 元大統領の維新政治を支えた金淇 春元大統領秘書室長らに通じる利権がらみの守旧勢力と、「合理的保守」を唱えるセヌリ党の元院内代表・劉承玟らと風見鶏の金武星前セヌリ党代表らの勢力が覇を争ったものだ。
日本で言えば、『読売』や『産経』の論調に近い『朝鮮日報』がなぜこれほどまでに連日、朴槿恵批判を繰り広げるのか理解しがたかったが、この対立の構図をみれば、なるほどと理解できる。日本の『読売』が改憲や戦争法で果たした役割がそうであるように、『朝鮮日報』をはじめとする言論機関は情報を操作して国政と民心を操ることさえおこなう第四の権力なのだ。
そしてこの権力の内部抗争が、JTBCによる崔順実タブレットPCデータの暴露(『中央日報』系のJTBCがどのような経路で崔順実の情報を入手したかは、今後の検証が必要だ)以降、全社会に一挙にひろがり、六〇年の李承晩政権を倒した四・一九革命や全斗煥政権を倒した八七年の六月民衆抗争を凌駕する規模で朴槿恵退陣闘争は前記のような経過をたどって、いまや国会における大統領弾劾にまでいたった。
朴槿恵退陣闘争の底流にあるもの
この朴槿恵退陣闘争にいたる過程には、労働者・人民の頑強なたたかいが底流に存在していたことを見逃すわけにはいかない。
まず労働者のたたかいである。昨年十一月十四日の一三万人が結集した民衆総決起などで「不法行為を主導した」として、ソウル地方法院は今年七月、みずから出頭したハン・サンギュン民主労総委員長に懲役五年の重刑判決をくだした(さらに今年十二月十三日にソウル高等法院で開かれた控訴審では懲役三年の減刑判決)。しかし、民主労総は「ハン・サンギュン釈放」、「朴槿恵拘束」、「財閥も拘束」、「黄教安辞退」の大型プラカードをソウル高等法院の前で掲げ、ハン・サンギュン委員長の釈放をかちとるまで断固たたかい抜く意思表示をおこなった。さらに、十一月三十日には朴槿恵即刻退陣を掲げた第一次ゼネストを二二万人の民主労総組合員が参加して決行した。
こうした民主労総を軸とする韓国労働者のたたかいは、朴槿恵政権が導入した公共部門に対する「成果年俸制」(五段階評価で、成果が低いと評価された労働者は退出=解雇される)と民間企業への「やさしい解雇」(資本家がやりやすい解雇と言え!)制導入などの労働法改悪に対して繰り広げられてきた。九月二十七日から十二月八日までの七三日間、鉄道労組がこの成果年俸制導入に反対して史上最長のストライキに突入し、また公務員労組もこの成果年俸制導入に対してたたかいを展開し、いまこうしたたたかいは言論労組傘下のKBS労組のストライキに引き継がれている。全国金属労組参加の甲乙オートテック、ユソン労働者たちの長期闘争も頑強に繰り広げられている。いま、埼玉県新座市のサンケン電気本社に遠征団を派遣し、韓国と日本で同時並行して連日たたかっている韓国サンケン労組の整理解雇撤回闘争も、このようなたたかいの一環として位置づけられる。
つぎにセウォル号遺族たちのたたかいである。二〇一四年四月十六日に起きたセウォル号沈没で子供たちを失った遺族たちは「4・16セウォル号惨事真相究明と安全社会建設のための被害者家族協議会」を結成し、この二年半の間、ソウルの光化門広場にテントを張って泊まり込み、セウォル号沈没の真相究明と沈没時の空白の七時間、朴槿恵大統領は何をしていたのかを追及し、世論に訴えてきた。
つぎに農民たちのたたかいである。昨年十一月十四日の民衆総決起の場で警察が放った水鉄砲に直撃され意識不明の重体に陥り、三一七日間生死をさまよっていた白南基 農民がこの九月二十五日、ついに亡くなった。白南基さん死亡の原因を隠蔽しようとする警察・司法当局の政治工作に、全国農民会総連盟をはじめとする全国農民は怒りが天に達し、ソウルで行なわれる朴槿恵退陣闘争に全国各地から毎週トラクターでデモ行進しながら都心に駆け付けた。
さらに星州市への高高度ミサイル防衛システム・THAAD(サード)配備強行や古里原発に反対する地域住民たちのたたかい、歪曲された国定歴史教科書の導入に反対するたたかい、戦時性奴隷被害者たちの声を聴くこともなくアメリカ政府の指図で強行したいわゆる「慰安婦問題」に対する日韓「合意」に反対し、ソウルの日本大使館前の少女像を守る青年たちのたたかいなど、これらのけっしてあきらめない長期にわたるたたかいが底流にあってこそ、朴槿恵即刻退陣の喊声が湧き起こるや否や、労働者・勤労人民のろうそくの火が燎原を焼き尽くす炎となって全国に燃え広がったのであった。
三つ巴戦が進行している
こうした朴槿恵退陣のたたかいの構図を、先述の労働社会科学研究所のチラシは《大統領府・親朴系vs野党・非朴系(朝鮮日報)vs労働者・民衆の三つ巴戦が進行している》と分析している。この三つ巴戦の構図で朴槿退陣闘争の経過をみると、資本主義の枠内でたたかいを終息させようとする制度圏内(大統領府・親朴系+野党・非朴系(朝鮮日報))の勢力と、その資本主義の枠を突き破って闘争しようとする労働者・人民のたたかいが存在することが見えてくる。
制度圏では、朴槿恵弾劾政局のなかで、六月にも実施されるかと喧伝される次期大統領選挙にむけての候補者選定に余念がない。国連事務総長を退任したばかりの潘基文、共に民主党の前大統領候補の文在寅、国民の党の前代表・安哲秀 、現ソウル市長の朴元淳など、さまざまな勢力の権謀術数がうごめいている。こうしたなかで、マスメディアも朴槿恵の国会弾劾可決以降、ポスト朴槿恵をめぐっての報道を過熱させていくだろう。まるで解決策は大統領選挙しかないかのように。
だが、はたしてそうか? マスメディアは七次にわたる朴槿恵退陣汎国民行動のたびに、韓国の「成熟した民主主義とデモ文化」を喧伝し、司法当局も大統領府の青瓦台一〇〇メートル手前までのデモ隊の進出を許容した。こうしたなかで骨抜きにされた「非暴力」が叫ばれ、挙句の果てにろうそくデモ後に出たゴミの自発的清掃まで「成熟したデモ文化」の枠に収められ管理された側面がある。その先頭に『朝鮮日報』のようなマスメディアが立って、けっして資本主義の枠を超えることがないよう意図的な報道が行なわれてきた。
名誉革命? 市民革命?
こうしたマスメディアに便乗する小ブル知識人もあらわれ、「名誉革命」だの「市民革命」だのと「称賛」している。労働社会科学研究所とともに、われわれと友好的な交流を保つ全国労働者政治協会はみずからのWEBサイト上で、燎原の火のように広がる人民大衆の自然発生的な成長にたいして、目的意識性をもった政治組織として時々刻々変化する状況のなかで的確な指針を提示している。そのなかに次のような指摘がある。
いわく《歴史的に一六八八年のイギリスの名誉革命もまた名誉と仮装していたが、じつは封建王党派と新興階級の保守派の政治的野合として仕上げられた立憲君主制の成立過程であった。この妥協は無血革命として知られ、これまで歴史の模範として賛辞を受けているが、じつは一六四九年一月三十日にイギリス国王チャールズ一世を処刑した民衆の怒りと政治的進出を隠蔽するための希代の歴史歪曲だった。民衆を政治から排除して、旧支配階級と新支配階級の妥協をつうじた支配、これがまさに名誉革命であったのだ。名誉革命が民衆には不名誉と侮辱だったように、朴槿恵の名誉な退陣は権力延長の企てにほかならない》(二〇一六年十一月三十日付)と。
また「市民革命」については、日本における昨年の戦争法反対のたたかいのなかでも叫ばれたが、山下勇男はこれにたいして次のように指摘した。《「六〇年安保闘争を担ったのは既成政党・労働組合中心の組織動員だった」、それに対して今回は「自立した市民の自発的参加が主体だった」と、その「新しさ」に共鳴する論調が目立った。「二一世紀型市民革命」といった、意味不詳、無条件の賛辞まであらわれた。かくいう人たちには、「市民革命」とは、資本主義勃興期のブルジョワ革命を指すという基本的理解さえないことが分かり、わたしは愕然とさせられた》(『社会評論』一八三号所収)と。
また全国労働者政治協会もつぎのように指摘している。
《すでに一九八七年(六月民衆抗争を指す――筆者注)以後経験した「市民革命」と「民主共和国」の念願を、二九年後の二〇一六年に繰り返してはならない。「市民革命」は封建制に対抗して,民主共和国を念願した一七〇〇年代末から一八〇〇年代中後半まで、初期には進歩的だったが、後には搾取と収奪で汚された西欧資本主義発展の要求に転落した。この市民革命と民主共和国は自由と平等と博愛の理念を抱いて出発したが、実際には資本家階級の権力独占であり、資本主義の搾取と抑圧をつうじて労働者を賃金奴隷にするのに適した権力形態だ》(前出と同じ)と。
労働者・人民のたたかいの展望
南北朝鮮史に根ざすたたかいはこれからなのに、奴らはもう終わりにしようと言っている。『朝鮮日報』を先頭とする韓国マスメディアは、朴槿恵国会弾劾が決まるや否や、朝鮮民主主義人民共和国の「軍事的脅威」報道をまたもや流し始めた。朴槿恵にむかった民心を「北の脅威」にむけようと躍起になっているようだ。
だがこの間、十月二十四日に朴槿恵―崔順実ゲートが発覚してからも韓国軍主体の軍事演習「二〇一六年護国訓練」が強行されたし(十月三十一日から十一月六日まで)、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結もソウルで強行された(十一月二十三日、詳報は本紙前号第一面参照)。朴槿恵が大統領職務停止になっても、首相の黄教安がその職務を引き継いでやっている。外交・軍事・内政全般にわたって権力基盤は動揺していない。
韓国を牛耳るアメリカ帝国主義も、朴槿恵弾劾は織り込み済みで、アメリカ帝国主義の利害を損なわなければ、制度圏内で誰が大統領になろうとも、支配を貫徹していくだろう。一〇〇万人以上の人民が都心に集結して青瓦台にむかってデモ行進をしている世宗大通りの光化門にむかって右横に駐韓アメリカ大使館のビルがそびえている。ここを取り囲んでろうそくを手にした数百万の人民が喊声をあげればどうなるか? それは日米安保条約と日米地位協定がある日本においても同様で、東京・虎ノ門の駐日アメリカ大使館の包囲は、昨年夏の戦争法反対で国会正門前に足を運んでいた時も考えたことだ。支配者はアメリカ帝国主義の存在を見えないように意図的に遠ざけている。
南北朝鮮史に根ざすたたかいとはなにか? それは日本軍国主義の敗北による植民地支配からの解放、その直後の朝鮮半島の分断支配による南側の米軍政による親日派の登用、その後の大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の創立と朝鮮戦争で生じた南北分断と停戦状態の継続。そうした環境のなかで形成されてきた韓国の親日派の存続と反共主義、そして対朝鮮瓦解策動と韓米同盟、これらすべてを根底から覆していくたたかいにほかならない。
したがって、たたかいは一九六〇年の四月革命のレベルで終わってはならないし、一九八七年の六月民衆抗争のレベルで終わってもならない。政財界に深く根をはる親日派を一掃し、人民の政治活動を縛る国家保安法を撤廃し、従北主義(朝鮮民主主義人民共和国に追従する勢力の意、現在の正義党国会議員・沈相奵がつくった造語――筆者注)の是認による統合進歩党の強制解散の撤回と内乱陰謀罪を捏造されて獄中にいる李石基議員の即時釈放と名誉回復が成し遂げられなければならない。さらに韓米同盟を脱却して南北朝鮮の自主的平和統一の道に進んでいかなければならない。
それには韓国労働者階級の階級意識の再形成が不可欠だ。
それは、如上のたたかいの試練のなかで鍛えられ形成されていく以外に道はない。一九九六年末から翌九七年四月まで繰り広げられた七五日間のゼネスト闘争以来、民主労総の課題である労働者の政治勢力化も健全なかたちで再生されていくことが求められる。
民主労総の政治勢力化の課題はこれまで、覇権を強制する進歩大連合構想やそれに対する左派政治グループの反発・批判、権力側からの弾圧も受けて成就されてこなかった。
この克服は、韓国の資本主義の枠を突破するために必要な最重要の課題だ。民主労総の存在は非常に大切である。韓国の労働者・勤労人民を代表して、政府・財閥と堂々とたたかう組織、そうした組織をこの日本でも創り出す。それがわれわれの当面の目標でもある。
(『思想運動』993号 2016年12月15日号)
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