豊洲移転は農業・漁業の新自由主義的再編と不可分
時局巷談「人を喰う魚」(下)
小池新都知事の誕生
前号で豊洲新市場がいかに土壌汚染のデパートであり、いくら汚染対策をしても根本的な解決は無理ゆえ、生鮮食品を扱う卸売市場としてふさわしくないと述べたが、石原元都知事は、一三年間都知事の座に君臨して恥じらいもなく豊洲への移転推進の旗振り役を担ったのである。都庁には週二日程度(最後の時期は週一日)しか出勤せず、約一億五〇〇〇万円の退職金を手に入れた。それだけでなく海外出張と称して豪華外遊を三四回、計五億円を支出。「金融、経済に精通している」と自慢する息子、石原伸晃国会議員の提案を真に受けて東京新銀行を設立し、多大な負債を抱えたり、二〇〇一年に始めた「トーキョーワンダーサイト」では、芸術家と称する四男を役員に抜擢して約七億二二〇〇万円を投入した。まさにさんざん都政を食いものにした張本人である。
その後、猪瀬にバトンタッチしたものの、都知事選の選挙資金の不正がバレて失脚。その後を引き継いだ舛添は、二〇一四年「汚染対策工事完了」の報告を受けて何の疑問もなく「安全宣言」を行ない、二〇一六年十一月七日を豊洲新市場移転日と発表。このまま市場関係者の不安や反対の声を押し切って豊洲移転は強行されるやにみえたが、舛添知事は金銭問題や公用車の私用問題等で二〇一六年六月、急遽、辞任。そして七月の都知事選で「豊洲市場移転問題」が再び三たび選挙の争点の一つとなったのである。
元来この問題を一貫して追及し「豊洲移転の見直し」を主張してきたのは、それまで猪瀬、舛添に対抗して二度にわたって都知事選を闘った宇都宮健児氏(弁護士)であった。しかし鳥越俊太郎氏が野党統一候補となったため相打ちを避けて立候補を断念。その結果、この「豊洲移転見直し」を積極的に自らの重要な政策に取り込んだのはほかでもない小池百合子候補であった。小池は国会議員時代には、「日本会議」国会議員懇談会副会長、核武装必要論、沖縄等での日の丸、君が代拒否への批判、朝鮮高校無償化への批判など政治的には極右で新自由主義者である。細川政権、小沢自由党、小泉政権、第二次安倍政権と渡り歩き、その都度重要ポストに就き、女性で初めて総裁選に立候補するなどやり手である。
今回の都知事選では、旧来型の利権まみれの自民党政治を批判しながら無党派層の支持も得るなど、「小池劇場」と称されるほどメディア戦略に長けた政治家である。
都知事当選後、「都民ファーストの視点から、いったん立ち止まって考える」「汚染水のモニタリング調査が終わらないうちに、移転するのは問題」「豊洲市場移転問題は、都政改革の一丁目一番地」と明言し、急転直下、豊洲移転直前の八月三十一日に正式に「延期」を発表したのである。さらに「都庁はブラックボックス、情報開示が必要」「豊洲新市場、オリンピックの当初予算を大幅上回った経緯が不鮮明」と批判することで「改革派都知事」をアピールした。これによって豊洲新市場の実態が、メディアの興味本位な宣伝合戦もありまるでパンドラの箱の蓋を開けたごとく、次々と明るみになっていったのである。
汚染問題以外にも問題点続出
当初、小池都知事は、来年一月に発表される第九回の汚染水モニタリング調査結果で、これまで通り環境基準値以下だと来年五月連休にでも豊洲移転を実施できるのではと皮算用を持っていたとも言われていたが、建物地下に「(土壌汚染対策のための)盛り土がなく、巨大な地下空間があり」「地下に汚染水が溜まる」ことが判明。また九月二十九日、青果棟施設のある五街区の三か所から環境基準値を超すベンゼン、ヒ素が検出された。これまで七回の調査では、環境基準を上回る数字が出なかったが、そこには大きなからくりがあり、三三三区画で調査を怠っていたことが運動団体から指摘され、追加調査をしたところ基準値を上回る結果が判明。まさにこれまでの調査が、いかに手抜きされたものであったか。また「市場外」として検査対象から外されてきた水産卸売棟と仲卸棟の地下の連絡通路でも有害な揮発性物質ヒ素を検出した。
さらに九月下旬と十月上旬に、青果棟の地下空間から最大で国の指針の七倍に当たる水銀が検出されるなど、土壌汚染、汚染水だけでなく施設内の空気にまで人体に影響を及ぼす有害物が発覚。と同時に、肝心な建物自体が「耐震偽装」「物流動線が悪く、仲卸・買い出し業者にも不便」「(水産仲卸は)狭くて、使い勝手悪くて、さらには使用料が築地より高額」など、次々と市場関係者や専門家から指摘されている。
このままでは移転は無理だ。たとえ今後、新たな安全対策や補強工事が施され、小池都知事が「安全宣言」を出したにせよ、ここまで豊洲への信頼感がなくなり、「風評被害」という十字架まで背負ってしまった以上、長年培ってきた「安心、安全な市場」としての「築地ブランド」は維持できず、魚離れはいっそう加速することになりかねない。
豊洲一大汚染ビジネスと利権構造
そもそもこうした問題点がありながら、いったいなぜ豊洲移転が強行されたのか? 本来それが解明されない限り、真相究明とはいえない。
豊洲移転強行の最大理由の一つは、豊洲利権とよばれる区画整理、再開発事業にある。その結果、思わぬ得をしたのは東京ガスだ。汚染された土地四〇ヘクタール(すべての汚染を取り除くためには四〇〇〇億円はかかるとまで言われている)をわずか一〇〇億円プラス七八億円追加の汚染対策工事費のみで、(坪五〇万円程度の土地を坪二二〇万円で販売し)きれいな土地同様の一八五九億円の土地代金を手にしたのである。一方、購入した都は、その後、汚染対策費として現在すでに八五八億円をつぎ込んでいる始末である。
次なる利権者は、豊洲新市場建設に絡んで官製談合疑惑が言われている鹿島・清水・大成建設JV(共同企業体)などのゼネコン会社である。中でも、何度「安全宣言」をしてもなくならない土壌汚染対策工事のおかげでがっぽり儲けている清水建設と調査機関である(まるで福島原発事故での除染ゼネコンとそっくり)。そしてお次は、これらの業者の利権の口利きやおこぼれに預かった都知事、地元区長、自民党の都区会議員たちである。
まさにこれらの輩は、ブリューゲルの大きな魚が小さな魚を喰って生きる様を人間になぞらえて風刺した絵に登場する面々であり、「一大汚染地域ビジネス」に群がるハイエナたちである。
現在の新市場整備費の総額はどれほどか。二〇一一年二月の再試算では総額三九二六億円だったのが、中央市場整備財源として発行している企業債(借金)の利息負担が本年九月現在で三七〇億円に上る見通しゆえ、返済利息分も含めると現時点では六二五四億円にまで大幅に膨れ上がる見通し。企業債以外の内訳は、建設費は九九〇億円→二七五二億円に、土壌汚染対策費は五四二億円→八五八億円に、その他関連工事費が三七〇億円→四二〇億円に、用地取得費一八五九億円→一九八〇億円にと軒並み増額している。それ以外に、今後、新たな汚染対策工事費、建物補強工事費、そして移転延期に伴ってもっとも被害を受けている市場関係業者への賠償費用、延期の期間の豊洲市場の維持経費などが上乗せされる。費用の面からみても、原発同様に、当初は安いと言われていたが、いまや逆にいちばん金のかかる移転先となっている。
最大の狙いは築地跡地
「市場移転」推進派の最大のねらいは、移転した後の築地市場の跡地である。築地の地価は坪二〇〇〇万円以上。広さ七万坪で一兆四〇〇〇億円以上と言われている。この場所は、墨田川に接するウォーターフロントであり、銀座、新橋に近く浜離宮の緑地にも隣接した超一等地だ。この築地市場跡地の都市開発を、手ぐすね引いて待っているのが、豊洲でもがっぽり儲けたゼネコン、設計事務所、銀行、商社らによって構成されている社団法人「日本プロジェクト産業協議会」(通称JAPIC)である。大型公共事業のプロジェクトを国や都に提案して、これまでも莫大な利権を得てきた大手企業連合体だ。東京オリンピック、築地市場移転をはじめとして、東京臨海副都心再開発など、あらゆる大都市開発プロジェクトを政治家と結託して推進し、暴利をむさぼってきたグループである。
これら「築地市場移転」に絡む利権問題は、二〇二〇年の東京オリンピックとも無関係ではない。
道州制、TPP導入と市場再編
そして最後に、今回の築地市場移転問題でメディア、マスコミが一切報道していない問題が「道州制、TPP導入と結びついた卸売市場再編問題」である。市場移転の最終的な許認可は、農林水産省の権限である。その農林水産省が安倍政権下で推し進めているのがTPPと卸売市場の抜本的な規制緩和である。具体的には、全国八か所(札幌、仙台、新潟、東京、名古屋、京都、大阪、福岡)に拠点型の大規模な中央卸売市場をもうけて、それ以外の中央卸売市場は、地方卸売市場に転換し、ゆくゆくは民営化するという考えだ。
現在の卸売市場は、まだ「卸売市場法」の原則である「差別的取り扱いの禁止事項」にもとづいて、どんなに小口の出荷者や購入業者でも平等に取り扱わなくてはならない。
しかし一九九九年の法改正で、大手量販店の進出に伴って、必ずしも「競り」販売でなくてもよいこととなった。かつては朝五時~六時の「競り」がまずあり、競り取引終了後に「相対取引」が行なわれていた。それでは大手スーパーやチェーン店など大量販売店は、開店に間に合わないという理由で規制緩和によって「競り」開始時間前の夜中一時頃から「相対取引」が行なわれるようになったのである。
一応は、全体取扱い量の三〇%以内という制限はあるものの先取りや予約「相対取引」でもって購入できる条件が、新しい法改正で拡大していくならば卸売市場は大手量販店の集配センター化となりかねない。そして従来の「競り」による価格設定ではなく、大量販売店が買い付けた価格が市場の相場となる。また最近は、加工品を中心に輸入品が増大し、市場外流通でもって輸入品を大量に流通させ、農業・漁業の大型集約化を図っていく動きが増えている。
現在すでに「競り」取引は大幅に減ってきている。量販店が一山いくらで大量に買っていく「相対取引」は、大量の荷を一挙に捌さばく上では便利ではあるが、それによって産地の小口の出荷者や街の魚屋や八百屋などは、採算が成り立たないため、そこから次第に撤退、排除されていく傾向にある(都内二三区で、かつて四〇〇〇軒あった魚屋は、今や五〇〇~六〇〇軒に減少している)。
仲卸業者は、一品一品品物の質を見極める「目利き」の力で、「競り」を通じて品質に応じた適正な価格を決めてきた。それによって生産地の漁師や出荷業者は潤い、強いては国内の農業・漁業を育成し、街の八百屋や魚屋をも守ってきたのである。
農水省が二〇〇六年に発表した「第八次卸売市場整備基本方針」では「仲卸業者は大幅な削減を図る」ことをを盛り込み、仲卸の目利きによる「競り」の廃止と電子商取引導入が目論まれた。二〇一四年時点で、すでに市場経由率は低下し、青果は約六〇%、水産は約五五%となっているものの、国産の商品は市場経由している。つまり市場外流通の大部分は輸入品である。こうしたなかで、農林水産省は「攻めの農林水産業」と称する「六次産業化」「水産特区」「復興特区」などを設けて、「農協」「漁協」を解体し、資本による農地取得、漁業経営を可能にする法改正を行なおうとしている。
そもそも「卸売市場制度」は、一九一八年の「米騒動」に端を発している。つまり一定の規制によって「大きな資本が独占しない」ようにしてきたのである。
豊洲移転では、卸売七社を三社に絞ろうという動きがある。そのうちの一社は米国の巨大金融資本ゴールドマンサックスであると言われている。そして「卸売市場法」の「改正」(実質的な廃止)は、卸の「第三者販売」規制緩和、産地との直接取引の拡大を推奨し、仲卸業者による「競り」を必要としない流通の拡大を検討している。
映画『築地ワンダーランド』では、築地市場は、「競り」による公平な価格設定、そして何よりも伝統的な職人芸といえる仲買人の「目利き」と買い出し人との人間的な信頼関係によって成り立っていることがよくわかる。こうした「築地市場の文化」が豊洲移転によって次第になくなり、TPP導入によってさらに拍車がかかり、仲買人減少(すでに豊洲移転に伴い、水産仲卸は五〇業者が廃業の予定)、大手資本や商才に長けた業者のみが生き残れる市場になりかねない。 【大橋省三】
(『思想運動』990号 2016年11月1日号)
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