労働者階級の闘いの立脚点はなにか
参院選後の状況認識と闘いの方向への質問・意見に答える

広野省三(〈活動家集団 思想運動〉常任運営委員会責任者)

 七月十五日号の〈活動家集団思想運動〉常任運営委員会名による主張「第24回参院選の結果とわれわれの闘いの進路――大衆闘争の展開が政治の流れを決める」と、八月一・十五日号の「参院選の結果にはきびしい総括が必要――われわれの抵抗戦線をどこに築くか」二瓶久勝氏(元国鉄闘争共闘会議議長)の文章に対する読者からの質問と意見が寄せられている。そこで提起されている問題は、運動に対するわれわれの基本的な考え方を問うものであった。以下、それに答えたい。

「多様性」と「自主性」批判の意味

 一つは、〈七月十五日号の一面の論考の後段にある次の記述についてどのように理解すべきなのか、正直わかりかねておりますので、今後の号で若干の解説を掲載いただけないでしょうか。※「このいわばブルジョワ支配階級による徹底した洗脳状況のなかで……『多様性』と『自立性』の大切さを吹き込まれて、……問題に対応させられている」の文中にある「『多様性』と『自立性』の大切さを吹き込まれて」が具体的にどのようなことを言っているのか、勉強不足で恐縮ですが、ご教示下さい〉という神奈川県在住の読者からの葉書です。
 質問ありがとうございました。改めてご指摘の箇所を読み返してみると、紙幅の関係で言葉足らずになり、唐突と受け止められたかと反省しております。伝えたかったことの趣旨は次のとおりです。
 言うまでもなく、ご存知のことと思いますが、資本主義体制下では、資本家階級と労働者階級は、搾取する者と搾取される者という、非和解的な関係にあります。また、巨大な力を持つ国家や資本家と対決する場合に、労働者人民が個人個人でこれと対決するとしたら、力の不均衡は明らかです。そこで労働者人民の最大の力の源泉が統一と団結にあるとされるのです。日本国憲法27条、28条で労働者の権利、団結権、交渉権、争議権を認めているのも、この理由からです。資本家階級は、当然これを嫌います。そこでかれらが使うのが、差別と分断の政策です。
 「このいわばブルジョワ支配階級による徹底した洗脳状況のなかで……『多様性』と『自立性』の大切さを吹き込まれて、……問題に対応させられている」の文中にある「『多様性』と『自立性』の大切さを吹き込まれて」の箇所で言いたかったことは、たとえば資本家やマスコミから「八時間労働に縛られない、個人の自由な意志による多様な働き方が選択できる(家事のあい間に、あるいは子どもが小さい間、介護など家庭の事情、また若いうちは期間限定で働いて、そのお金で休みは海外旅行へ、あるいはスキルアップをめざすとか)」などと宣伝され、それが労働者人民の個々人が置かれている個々バラバラな現実(実態)を反映しているが故に、多くの労働者に「受け容れられ」、現在の約四割が非正規労働者という状況が生み出されました。
 また、労働組合の権利の主張、たとえばストライキが、公務員や大企業などの一部のめぐまれた労働者による画一的な権利行使として宣伝され(受け取られ)、それがいま政府が主導している、集団的労資関係から資本家(経営者)と労働者個々人が個人的に労働契約を結ぶという個別的労資関係への移行として画策されています。
 ブルジョワ支配階級は、政治団体や労働組合の組織性・規律性をもった活動に対して、それが「多様性」や「自立性」を欠いた「画一的」で「没主体的」・「非民主的」な運動だとのレッテルを貼り、常に組織的・集団的な運動を個々人の活動に解体し、弱体化させようと画策しています。
 残念なことに、反原発や改憲反対といった反体制運動の内部にも、そうした権力側のイデオロギーを無批判に受け入れ、政党・政治団体や労働組合の組織的活動を嫌悪・疑問視するような風潮が強まっています。その一例ですが、近年、デモや集会で主催者が労働組合の旗を掲げるのを嫌がるケースも増えています。
 組織の中での広範な大衆的討議による意思統一、それにもとづいた統一的行動という、運動にとってもっとも大事なプロセス、基本中の基本がないがしろにされ、組織を離れて個々人が勝手に集まることが「新しく」て「創造的」で「民主的」な運動であるかのような考えが支配的になりつつあります。それは極論すれば、ブルジョワ支配階級は、「やれやれ、本来われわれ(ブルジョワ側)がやるべき(人民が団結せず個々バラバラに声をあげる状況をつくる)ことを、労働者の側がやってくれている。ありがたいことだ」とほくそ笑み、こうした流れを歓迎しているのではないか、とすら思えます。ブルジョワ支配階級は、人民が個々バラバラなほうが支配しやすい。だから、かれらの言う多様性、自主性は二枚舌で使われます。戦争推進体制の中では「多様な意見の持ち主」は異分子として弾圧、排除、抹殺される。それは戦前のデッチ上げによる治安維持法適用などをみてもあきらかです。多様な意見を尊重しつつ、積極的に議論を闘わせ、支配階級に対する要求と闘いの方針を統一してゆくことこそ、労働者人民の歩むべき道だと考えます。
 沖縄の反戦・反基地の闘いの中では、基地の「国外移設」、「県外移設」あるいは「基地はどこにもいらない」、また、「自己決定」「独立」「本土引き受け」論などさまざまに議論が闘わされていますが、新基地建設反対ではみんなが一致して闘っています。該当の叙述はそうした認識と昨今の運動状況への危惧を表明したものです。

階級闘争に不可欠な社会主義思想

 もう一つ、こうした統一と団結の重要性を否定し、多様性・自立性を強調する流れには、八九~九一年の社会主義世界体制の倒壊が大きく影響していると考えます。それまでにも支配階級は反ソ・反社会主義宣伝を強力に展開してきました。社会主義世界体制倒壊の後、知識人の思想的総くずれ状況が生まれ、合わせてマスコミの反社会主義大宣伝がくりひろげられ、労働者人民の社会主義ばなれに拍車がかかりました。
 それまでは社会主義の持つ特質、集団主義、平等、無料ないし格安な公的費用などは肯定的にとらえられていました。しかしそうした評価が、社会主義世界体制の倒壊とともに一挙にくず箱にほうりこまれる事態が出現しました。
 今年四月、キューバでは第七回党大会が開催されましたが、ラウル‐カストロ国家評議会議長はその報告の中で、「キューバでは『ショック療法』は実施しない。/新自由主義政策、つまり国有企業や健康・教育・社会保障などの社会主義的諸事業の民営化促進は、キューバの社会主義的発展モデルではけっして実施しない。それどころか、現時点の限られた経済レベルにおいても、キューバは人びとにたいする教育・健康・文化・スポーツ・社会保障の社会事業分野において成果を築き完備している。そして、われわれは、これらの成果の質をさらに高めていくことの重要性を強調する必要がある。/われわれは歴史認識と、(帝国主義思想と)完全に区別された思想作業を提起し、とくに若者や子供たちとともに、反資本主義、反帝国主義の文化を強化し、個人主義やわがまま、利潤追求、平凡さ、消費者運動の強化などに端的に示されるプチ・ブルジョワ思想確立の動きにたいし、論議し信念をもち対峙する必要がある」と述べています。
 状況は困難ですが、わたしたちも社会主義の旗をかかげ、日本社会の変革に力をつくしたいと考えています。

幅広い結集が必要な改憲反対闘争

 もう一つは、八月初旬に、千葉県の読者から「八月一・十五日合併号四面の二瓶久勝氏の論文の最後の部分――『公明党(山口代表は九条を維持するのは基本だとして発言している)との限定的共闘を追求すべきであると思う』という部分については、自分はこの主張に反対である。この主張は『思想運動』編集部の主張でもあるのか。そうでないなら、こうした主張をそのまま掲載するのは無責任である。今後の号で、この件に関して紙上で編集部としての見解を掲載してほしい」との電話が事務所にありました。
 これに対するわたしたちの考えは、以下のとおりです。二瓶氏の原稿は依頼原稿です。依頼原稿の場合は、それがわたしたちの主張・見解とまったく違う内容であった場合は、筆者と連絡をとり、相談のうえ変更をお願いしますが、部分的に異なる考えが表明されていても、大筋において同じ方向性を追求しているものであれば、そのまま掲載するようにしています。今回の、参院選の結果を受けての今後のわれわれの闘いの方向を探る二瓶氏の原稿は、基本的にわれわれが賛同できる内容と考えています。
 そして二瓶氏は、この原稿の一段目の終わりの見出しの前で、「言うまでもないことだがこれはわたしの個人的な見解である」と断っています。公明党の評価についてですが、現在の公明党執行部は「平和の党」の看板はそのまま掲げながらも、戦争法「安保関連法」の制定を与党の一員として積極的に推進したことにも現われているように、安倍自民党の極右路線に追随する、極めて反動的役割を演じています。
 しかし、昨年の戦争法反対の国会前の闘いの中でもみられたように、公明党の支持母体の創価学会の会員の一部が、公然とこれに反対しましたし、学会婦人部の中には「戦争反対・9条改悪反対」の声は根深くあり、公明党幹部との間に緊張関係があるとも報じられています。
 改憲状況がさらに悪化し、国民投票が提起されたり、9条改悪が具体的な日程にあがるような状況になれば、そしてそのときにわたしたちが大衆的闘いを一段と強力に展開することができれば、政権与党内部にも動揺や亀裂が生まれてくる可能性は十分あります。安倍一派を失敗に追い込むためには、公明党・創価学会内の憲法擁護派や、いまはなりを潜めている自民党と自民党支持者内にもかすかに残っている9条擁護のハト派にも、安倍改憲・戦争推進内閣に反対する側に立つようにさまざまに働きかけることが重要だと考えます。
 緊急事態法、環境権、天皇元首化など、さまざまな形で改憲策動が画策されると思います。そしてそれは俗耳に入りやすい形でマスコミを総動員して提起されることが予想されます。かれらが一番やりやすいときに、かれらが国民投票で必ず勝てるという判断をしたときに、国民投票が実施されるでしょう。
 憲法改悪の国民投票の実施には断固反対しつつ、もしそれが実施されるということになれば、われわれは改憲を何としても阻止すべく、半数以上の反対票を獲得しなければなりません。そのときには公明党の支持者・創価学会員はもちろん、自民党など保守の一部をも巻き込んでいく広範な運動を構築しないかぎり、安倍らの改憲を阻止することは難しいでしょう。二瓶氏の「限定的共闘」の提案については、わたしたちはそうした文脈から出されたものと理解しています。
 なお六月三日付『琉球新報』は、「共同通信のトレンド調査で、安倍晋三首相の下での憲法改正への賛否を聞いたところ、支持政党別で、自民党支持層の60・1%が賛成した一方、公明党支持層は55・8%が反対と回答した。与党支持層の中で、憲法改正を巡る考え方に違いがあることが浮き彫りになった」と報じています。
 参院選で「改憲勢力」の三分の二議席確保を許し、都知事選での革新統一候補の敗北、オリンピックの狂騒のなかでの沖縄の新基地建設反対の闘いの隠蔽。天皇生前退位、朝鮮のミサイルと核実験等々、問題は山積みである。しかし、問題が多すぎる故にか、多様性、自主性が叫ばれる中で、いつもの顔ぶれの学者、文化人をメインにした集会が組まれ、闘いの焦点が定まらぬまま、時間がすぎてゆく。資本家対労働者の力関係は一見揺らがないように見えるが、そうではない。あきらめずに闘い抜くこと、労働者の労働現場と生活の現場に根づいて闘いを組織し、その闘いの中から労働者階級の階級闘争の指導部を生み出そう。

(『思想運動』987号 2016年9月15日号)