国際時評 イギリスのEU離脱と労働者の闘い
離脱の背景に激化する階級闘争
六月二十三日の国民投票で英国人民はEU(欧州連合)離脱を決めた。離脱一七四一万票(五一・九%)、残留一六一四万票(四八・一%)、投票率七二・二%であった。
投票後、日本のマスメディアは連日「危惧」を表明し「市場の動揺への対処」を訴えている。今回の結果は「冷戦が終わって以降の世界秩序の中で、最大の地殻変動になりかねない出来事」(『朝日』社説、六月二十五日)であり、「世界の経済や秩序に与える影響は、はかりしれないほど大きい」(『日経』社説、六月二十五日)と。
では、この状況を英国の共産主義者たちはどのように判断し、どう進もうとしているのであろうか。
日刊紙『モーニング・スター』を発行するイギリス共産党(CPB)や週刊紙『ニュー・ワーカー』を発行する新イギリス共産党(NCPB)は今回の投票結果について、「離脱決定は支配階級にとって方向感覚を失うほど大きなショックであったことは明らかである」「今回の結果は労働者階級の反乱である」「労働者階級にとって大きな勝利である」と述べている。投票翌日のイギリス共産党声明(別掲)を参照してほしい。
そして、離脱決定後の支配階級および労働党の動きなどを踏まえ両党とも労働党党首ジェレミー‐コービンへの支持と団結を訴えている。ベン‐チャッコ(『モーニング・スター』編集部)は次のように述べている。「現時点の左翼の第一優先事項は労働党党首コービンを軸にしての結集と団結である。いまわれわれがこの闘いに失敗するとこの数年間勝ちえてきた成果を失い大きな後退を強いられてしまう」、と。
EU離脱決定以後の動き
投票後のこの二週間の動きを見ていこう。
投票の翌日六月二十四日にキャメロン首相は「英国民は別の道を進む決断をはっきり下した。新しい指導者が必要だ」と述べ、十月の保守党大会をめどに首相を辞任する意向を表明した。
この辞任表明についてイギリス共産党のB‐チャッコは次のように指摘し訴えている。「キャメロンは国民投票では失敗をしたかもしれないが、結果についての反応は鋭敏であった。キャメロンはこれまでずっと『結果が出ると直ちに行動する』と確約し続けてきたが、投票の翌日、この確約を躊躇なく破棄し、辞任表明をすることでEU離脱への行動開始を十月まで先延ばし宣言した。先延ばしにより保守党に余裕を与え体制構築を行ない、労働運動と労働者の権利への攻撃を継続し加速する準備を整えようとしている。われわれはキャメロンに対してEU離脱行動開始を早めるようもっと強く行動する必要がある」、と。
EU離脱決定直後から国民投票の再実施を求める主張がマスメディアに掲載され、英国議会のサイトでの投票やり直しを求める請願署名は六月三十日現在で四〇〇万件を超えた。
七月三日、オズボーン財務相は、現在二〇%の法人税率を一五%以下にする考えを明らかにしている。かれらにとって最優先で守るべきなのは自国の資本家たちの利益である。
EUは六月二十九日に開いた英国を除いた加盟二七か国首脳会議で、欧州の単一市場に参加するには労働者の移動の自由を認める必要があるとの原則を確認した。『日経』は「二七か国が結束し欧州の再構築へ行動を」(社説、七月一日)とEU首脳会議の確認を歓迎し檄を飛ばしている。帝国主義諸国間の新たなつばぜり合いが開始されている。
なお、六月二十五日北京で中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領が会談をしたが、会談後プーチン大統領は「外部の経済状況に左右されないように、中国とロシア間で互いの通貨による決済を拡大する」と述べた。英国のEU離脱で、中国とロシアは共に経済協力をさらに進めようとしている。
コービン党首へのクーデター策動
投票へ向け労働党はEU残留を推進した。離脱の結果を受け労働党内部では、国民投票での敗北は残留推進に熱心さを欠いたコービン党首の指導性欠如が原因だとして、投票翌日の六月二十四日には不信任動議が提出された。労働党下院議員は六月二十八日、コービン党首に対する不信任案を一七二対四〇で可決した。この議決には法的拘束力はない。コービン党首は辞任を拒否している。
イギリス共産党のR‐グリフィス書記長は六月二十八日の声明で次のように述べている。「EUは、反民主主義・帝国主義・軍国主義の道をまっしぐらに歩んでいる。コービンに対するクーデター策動は、そのEUのすべての条項に反対する社会主義者に率いられた労働党政権選出を阻止するためのものである。コービンは規約五〇条にのっとりEU離脱を直ちに開始するよう要求している。コービンは労働者階級および人民の利益に基づいてEU離脱を進めうる信頼できる唯一の党指導者である。われわれは労働党と労働組合運動が反EU闘争を先頭で闘うようになるように行動していく必要がある」、と。
労働党のコービン党首に対するクーデター策動に対し、直ちに一二労組が慣例に反し議会労働党に警告を発した。コービンを軸に結集し団結しようとしている。
労働党は昨年二〇一五年五月の総選挙で大敗したことを受け党首選を行ない昨年九月の臨時党大会で「筋金入りの左派」とされるコービンを新党首に選出した。コービンは投票された四二万票余の五九・五%を獲得し、二位以下に四〇ポイントもの大差をつけて圧勝した。
コービン党首は選出後の党大会での演説で、キャメロン政権が公務員の削減、国民保険サービス(NHS)の破壊、高齢者の介護支援費削減、若者の大学教育の機会削減を行なっていると指摘し「労働党はこれに断固としてノーと言う。英国民は決してこれを許さない」と強調した。また、鉄道再国有化や高所得者層への課税強化、核兵器廃絶を訴え、キャメロン政権がシリアに空爆を実施していることに対し介入すべきではないと主張した。
イギリス共産党はそのホームページの「労働運動と左翼」の項で次のように述べている。「労働党は創立以来一貫して労働者階級の大衆政党である。そのイデオロギーは社会民主主義で、労働運動の即時的な要求にもとづき資本主義の枠内で闘おうとしている。労働党は労働組合も加盟し連合した党である。そのため社会主義的傾向を維持し続けている。労働党左派は団結した連合組織ではない」、と。
階級闘争の激化と労働運動の高揚
コービン労働党党首選出は英国の階級闘争激化の明示であり、いま労働運動の高揚となって表れている。
キャメロン政権は国民保険サービス(NHS)を破壊に追い込んでいる。二〇一四年十月NHSに従事する公的医療労働者が民営化や賃金抑制策に抗議し約一週間断続的に午前七時から四時間の時限ストを決行した。公的医療労働者のストは三〇年ぶりである。英国最大の公共部門労組ユニゾン(UNISON)傘下の労働者を含め七労組四〇万人が参加した。
今年に入りこの医療労働者の闘いは研修医に広がった。研修医五万五〇〇〇人の半分以上を占める英国医師会(BMA)に加盟する研修医たちは、二四時間スト、四八時間ストなどを行ない、四月下旬にはNHS史上初めて救急・出産部門を含む全部門でストを決行している。
英政府は労働者のスト権を抑制しようと画策を続けている。昨年七月、キャメロン首相は労働組合改定法案審議の際、直前に実施されたロンドンの地下鉄ストをやり玉にあげ「地下鉄の運転士たちは十分な給与を受け取っている」と攻撃した。現行法ではストの条件として「ストの賛否を問う投票での過半数の賛成」を規定しているが、改定法案では「最低投票率五〇%(民間部門)、全組合員の四〇%以上の賛成(民間部門)、雇用者への実施一四日前までの通告」を義務付ようとしている。
今年三月の全英教員組合(NUT)の年次大会は、キャメロン政権が打ち出している教育「民営化」計画に反対して全国ストを行なうことを圧倒的多数で決議した。英政府が進める競争教育や教育予算削減のなか過重労働と生活苦から教師の離職が相次いでいる。NUT年次大会に労働党党首として初めて参加したコービン党首は「民営化」(アカデミー化)計画に対し「教師に対する、地域と親が学校に責任を持つことに対する思想攻撃だ」と批判した。NUTは九一・七%の圧倒的多数の賛成を踏まえ七月五日全国ストを決行した。
国民投票へむけてのキャンペーンの中で、「Brexit」(Britain英国+Exit出る)の造語が飛び交った。共産主義者たちはEUに打撃を与え帝国主義を弱め、キャメロン政権を打倒するために、「Brexit」ではなく「Lexit」(Left左へ+Exit出る)を実現しようEU離脱を訴えた。
労働組合運動のなかではイギリス鉄道海運労組(RMT)や交通労組(Aslet)、製パン食品関連労組(BFAWU)などを軸に「Lexit」を訴えた。
今回、離脱に投票した一七〇〇万人すべてが「Lexit」に共鳴したわけでない。しかし、離脱に投票した人びとは、幅広い意味でEUを拒否し同時にキャメロン政権を拒否したのである。投票へ向けて労働党やイギリス労働組合会議(TUC)、多くの労働組合が残留を支持したことは、人びとに混迷を与えた。しかし、今回の投票結果は労働者階級に大きな希望を明示している。
英国の労働者階級はいま大きな分岐点にいる。大きなチャンスと同時に大きな危険に直面している。英国の共産主義者たちは社会主義への旗を高く掲げながら、労働組合運動と労働党左派を軸に、労働党党首コービンを支えながら幅広い同盟を築きあげさらに前進しようと闘っている。【沖江和博】
(『思想運動』984号 2016年7月15日号)
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