安倍政権が打ち出す「働き方改革」の本質
労働者は一切の幻想をもってはならない

賃金・労働条件の改善は労働者が自ら闘いとるもの


アベノミクスの破綻を糊塗する政策

 1月22日の施政方針演説、さらに5月に策定予定の「ニッポン一億総活躍プラン」を検討する一億総活躍国民会議を舞台として、安倍政権が「多様な働き方改革」を打ち出している。同一労働同一賃金の実現による正規と非正規の格差是正、最低賃金の1000円への引上げ、長時間労働の是正へ向けた労働基準法見直し等である。4月7日には、与党の自民、公明両党が「非正規労働者の賃金を欧州諸国並みの水準に」等の政府への提言をとりまとめたと報じられた。
 われわれは、これらの動きをどう見るべきか。
 まず確認しなければならないのは、これらは、いずれも労働者人民が運動によって闘いとるべき課題であること、にもかかわらず闘いによって政府・独占を追い詰め譲歩させて引き出したものではない、ということだ。
 譲歩でなければなにか。労働者人民への攻撃だ。
 安倍首相が自賛するとおりアベノミクスは企業に「過去最高の収益」をもたらしたが、国内総生産(GDP)や実質賃金等に改善は見られなかった。富めるものはますます富み、貧しいものがますます貧しくなる新自由主義の本質が露わになった。安倍政権は、夏の参院選をにらみつつ、糊塗策を講じる必要に迫られた。
 そこで打ち出されたのが一億総活躍プランや「働き方改革」である。それは、3年間のアベノミクスの弱点を補いマイナスを糊塗するのみならず、「左にウィングを伸ばす発想」(4月7日付毎日新聞インタビューでの谷垣自民党幹事長の発言)で攻勢に出ようとするもの、自らの危機を乗り切りつつ有権者の政治的支持を調達しようというものだ。谷垣の「左にウィング」はもちろん、1986年の衆参同日選で絶対安定多数を獲得した改憲論者・中曽根康弘元首相の発言を念頭に置いている。
 われわれは安倍政権のこの攻撃を見逃さず、その本質を暴露していく必要がある。

資本は進んで利潤を減らしはしない

 同一労働同一賃金、最低賃金引上げ、長時間労働是正等はいずれも、勤労人民にとってプラスであり資本の側に負担を強いるもののように見える。しかし、果たしてそうか。同一労働同一賃金について経団連は「日本の雇用慣行に合った制度とすることが肝要」と安倍政権に釘を刺している。今年の経労委報告でも「非正規労働者の処遇改善については、正規・非正規で区分することなく、自社における総額人件費管理のもとで考えるべき」としている。はっきりしていることは、独占は、企業横断的な同一労働同一賃金は始めから考えていないということだ。労働者間競争をあおる査定つきの職能給制度は維持しつつ、あくまで個別企業内での正規と非正規の格差是正にとどめようとしている。さらに、EU諸国並みと称して正規労働者の8割程度を合理的な格差として法認し「格差は解消された」ことにしようという意図も見えてきた。「格差是正」の過程では基本給の切り下げ、あるいは配偶者手当や通勤手当等の見直し、さらには社宅等のフリンジベネフィット(企業が賃金以外に労働者に与える種々の利益)の廃止等さまざまな形で正規労働者の実質的な賃下げが狙われよう。
 最低賃金について言えば、相当数のパート・アルバイト労働者の賃金水準に地域最賃が影響しているのは間違いない。しかし、現状、パート・アルバイトの労働需給は逼迫し人手不足が明らかであって、労働市場任せであってもいずれ時給単価は上昇する趨勢にある。最賃1000円は独占にとって負担でも何でもない。そのうえ、時給は上げても雇用者数を増やさず、むしろ勤務時間管理を細切れ(「効率的」!)にする企業が少なくない。
 結局のところ、資本が自ら進んで利潤を減らすようなことをするはずがないのだ。賃金も労働時間も、運動の側が経済整合性論や個別企業の支払能力論にからめとられているかぎり、独占に譲歩を迫る運動の構築はありえない。

労働運動の存在意義を消し去る意図

 安倍政権は2016春闘で政労使会議から「労」を外した官民対話の場で、使用者団体に対して、個人消費の拡大を通じた景気浮揚を狙って賃上げを要請した。そこで演出されていたのは、労働運動、労働組合の影響力、存在意義を消し去ることだった。それは憲法27条・28条の実質的空洞化を狙うものだ。
 「働き方改革」も、同じ効果をいっそう広範囲にもたらすことが意図されている。集団的労使関係によって資本の手を縛ることができない労働運動の現状への失望は、法律制定による規制にのみ過剰な期待を寄せる傾向をいっそう強め、それは結局のところ議会主義や市民主義の袋小路に行き着くほかないだろう。
 いま必要なことは、安倍の「働き方改革」に一切の幻想を持つことなく、それぞれの労働組合や地域で、正規と非正規の団結と要求を組織して、賃金・労働条件の不平等を解消する闘い、最低賃金を1500円に到達させる闘い、無限定で資本の言いなりの働き方を規制する闘いをつくりだすことだ。かけられてくる攻撃には仲間と団結・連帯して反撃し闘うことだ。労基法改悪(ホワイトカラーエグゼンプション等)や解雇の金銭解決制度に反対して闘うことだ。資本の側の価値観から自らを峻別し労働者としての階級意識を闘いの中から形成し確立していくことだ。
 われわれは、ひとつひとつはたとえ小さくても、そうした階級的な(階級志向の)運動の再構築に全力を傾けよう。【吉良 寛・自治体労働者】

(『思想運動』978号 2016年4月15日号)