〈労働運動時評〉春闘をめぐる情勢と課題
職場から安倍政権と全面対決する闘いを
           
                   
アベノミクスがもたらしたもの

 1月22日、安倍首相は衆院本会議で施政方針演説を行なった。いわく、3年間のアベノミクスの成果として名目国内総生産(GDP)28兆円増、国民総所得(GNI)40兆円増、過去最高の企業収益、雇用者数は110万人増え、17年ぶりの高い賃上げを達成した、経済成長・少子高齢化・安全保障環境などの懸案に真正面から挑戦する、「戦争法案」などという批判はまったく根拠のないレッテル貼りだ、日米同盟を基軸に、自衛隊は積極的平和主義の旗の下これまで以上に国際平和に力を尽くす、憲法改正は正々堂々と議論し、逃げることなく答えを出していく、新「三本の矢」として介護離職ゼロ、希望出生率1.8、GDP600兆円の三つを打ち出し、日本を「世界で最もイノベーションに適した国」にしていく、等々。
 雇用労働分野では、多様な働き方改革として、フレックスタイム制度拡充、時間ではなく成果で評価する新しい労働時間制度、非正規雇用労働者の均衡待遇の確保等を挙げ、サミット後に取りまとめる「ニッポン一億総活躍プラン」で同一労働同一賃金の実現に踏み込むとも述べた。
 成立させた3.3兆円の補正予算(年金生活者への1人3万円の臨時給付金等)もそうだが、夏の参院選を見据えつつ、人民大衆の不満をそらし、現状への糊塗策をさまざまなデザインで打ち出そうというものにほかならない。成果と称するものも、都合の良いデータを見つくろった自画自賛だ。
 アベノミクスの実態はどうだったか。
 法人企業統計(資本金1000万円以上の企業)の2012年と2015年の7~9月期の比較では、経常利益は45.5%増だが、従業員給与・賞与は3000億円の減、従業員数も1万2000人の減だ。
 実質賃金も直近の2015年11月は前年比マイナス0.4。2015年7月から10月などの数か月を除き、この3年間は前年比マイナスが続いている(毎月勤労統計調査)。雇用者数の増もその実は非正規労働者だ。労働力調査の2012年と2015年の7~9月期の比較では非正規労働者が142万人も増えている。
 昨年11月に厚労省が発表した「就業形態の多様化に関する調査」で、非正規労働者の割合は40.0%と2012年調査の38.7%からさらに上昇した。事業所が非正規を雇用する理由は、「賃金の節約」(38.6%)が最多だ。一方、労働者が非正規を選んだ理由では「正社員雇用がない」が派遣社員・契約社員・パートでそれぞれ37.7%、31.8%、11.7%を占めた。「正社員に変わりたい」は全体で30.7%で、前回調査より五ポイント増えている。非正規労働者の78.2%が月収20万円未満で、男性では6割弱、女性では9割に及ぶ。
 安倍が主張する「17年ぶりの高い賃上げ」は、大企業正社員を中心とした数値に過ぎず、中小企業の労働者や雇用者の四割を超えた非正規労働者には及んでいない。アベノミクスは、総資本の意を体した労働者人民収奪の戦略にほかならなかった。

官製春闘=労資協調に未来はない

 昨年11月の「官民対話」で、榊原経団連会長は安倍政権からの要請に応え、法人実効税率引き下げや規制改革推進、原発再稼働による安定的な電力供給などと引き換えに、賃上げ継続と設備投資を増やす方針を表明していた。一方、連合は、賃上げ要求水準を「それぞれの産業全体の「底上げ・底支え」「格差是正」に寄与する取り組みを強化する観点から2%程度を基準とし、定期昇給相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め4%程度とする」とし、昨年の「ベア2%以上」要求より弱めた。
 傘下の自動車総連、電機連合等は賃上げ要求基準を「3000円以上」とし、昨年の6000円から半減させた。こうした流れに沿って、1月22日、経団連は2016年版「経営労働政策特別委員会報告」で、2016春闘要求に対する経営側の基本姿勢として、「名目GDP3%成長への道筋も視野に置きながら、収益が拡大した企業において、2015年を上回る『年収ベースの賃金引上げ』を検討」とした。要するに資本の側は、安倍政権に協力して、各企業の支払能力に応じた一定の賃上げを行なう用意があり、焦点は昨年水準に届くかどうか、また賃上げは月例賃金か、それとも年収ベース(ボーナス)かに移っている。
 最近、『朝日新聞』に連合元会長の高木剛(UIゼンセン出身)のインタビュー記事「証言そのとき――労働組合とともに」が連載された。その最終回で高木は、「日本の労使関係の背骨は『生産性三原則』だ。①労組は生産性向上に協力するけれども、その手段について労使が協議する②雇用は維持・拡大する③生産性が上がったら適正に配分する、というのが三原則だ。そのために、日本の労使はいい関係をつくろうとしてきた。(しかし)若い労務担当者には『生産性三原則』を知らない人もいる」と述べている。資本は、数十年かけて労資の力関係を資本の優位に変えてきた。総評の解体、国労など戦闘的な労働組合への組合つぶし攻撃、規制緩和、雇用ポートフォリオと称する正社員範囲の限定・非正規労働者の拡大等々。資本は「生産性三原則」を知らないのではない。熾烈なグローバル競争のもと、生産性が上がっても配分はしない、という姿勢をこの20年貫いてきたのに、高木らはその現実を直視できないのだ。高木らの「生産性三原則」=労資協調(癒着)に労働者階級の未来はない。

労働法制改悪を許さない

 いわゆる「解雇の金銭解決」に向けて、厚生労働省の「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」が昨年11月に始まり、1月27日までに四回の会議が行なわれた。検討会において、資本の側に立つ八代尚宏委員は「わずかの補償金で解雇されている多くの労働者を救済するため」とおためごかしを言い、鶴光太郎委員は「労働者側からの申し立てのみを認める前提で」と、「小さく産んで大きく育てる」狙いを隠さない。労働3団体、日本弁護士会は一致して反対しており、検討会においても、連合出身の3名の委員と労働弁護団員の2名の委員が反対の立場で論陣を張っている。たとえ労働者が不当解雇撤回の裁判で勝訴したとしても、金銭を支払えば職場復帰させなくてすむというのがこの制度だ。レッドパージの合法化だ。断じて認めることはできない。
 日本再興戦略の「失業なき労働移動」「民間人材ビジネスによるマッチング機能の強化」を促進・実現するための制度として検討が始まっているのが雇用仲介事業に関する法規制の見直し、規制の再構築である。厚労省が設置した「雇用仲介事業等の在り方に関する検討会」は昨年3月以来すでに10回の会議を重ねてきており、春以降に取りまとめが予定されている。職業紹介、労働者派遣、委託募集、求人広告・情報提供等を横断的に捉える包括的な法制度を構築しようというものであり、職業安定法の抜本改正、労働基準法第五条(強制労働の禁止)第六条(中間搾取の排除)の有名無実化の危険性がある。警戒が必要だ。また、労働時間規制を根本から崩そうとする労働基準法改正案は、衆議院で継続審議となっている。安倍政権としては、夏の参院選に向け対決案件を減らし国会内の論戦と国会外での大衆運動を回避する狙いから、通常国会では審議入りしないと言われている。争点隠しは安倍政権の得意技だが、油断せず、職場・地域での運動で審議未了のまま廃案に追い込もう。

断固としてストライキで闘おう

 今春闘の課題は、大幅賃上げ・労働条件改善の闘いを、労働法制改悪反対の闘いと結びつけ、職場・生産点を基礎として討議・学習し、団結してストライキを構え、ストライキで闘い抜くことだ。とりわけ、非正規労働者を労働組合に組織化し要求を組織して、正規と非正規の連帯・共同した闘いを通じて均等待遇を実現していかなければならない。こうした職場・生産点の闘い、憲法28条の労働三権を実際に行使する行動を通してこそ、戦争を生み出す資本主義の根源に迫る闘いとして、戦争法の施行阻止、沖縄辺野古米軍基地建設阻止、そして憲法改悪阻止の闘いを、労働者・労働組合が主軸となって前進させることができる。【吉良 寛・自治体労働者】

(『思想運動』973号 2016年2月1日号)