問題の核心は「朝米平和協定」の締結だ
朝鮮民主主義人民共和国の四回目の核実験実施にあたり訴える

  土松克典(韓国労働運動研究)

 1月6日、朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)政府は声明を発表し、《初の水爆実験が成功裏に行なわれた》ことを明らかにした。声明では、《わが共和国が行なった水爆実験は、米国をはじめとする敵対勢力の日を追って増大する核脅威と恐喝から国の自主権と民族の生存権を徹底的に守り、朝鮮半島の平和と地域の安全を頼もしく保証するための自衛的措置である》と、その意図を表明している。
 翌7日、日本の商業紙朝刊一面トップには「安保理、制裁強化協議へ」(『朝日』)、「制裁強化議論へ」(『読売』)、「安保理制裁強化へ」「独自制裁 日本、復活検討」(『毎日』)と、横ならびで対朝鮮「制裁強化」の見出しがおどっていた。日中戦争時の大日本帝国陸軍のスローガンに「暴支膺懲」(暴れる「支那」を懲らしめよ、の意)があり中国蔑視と排外意識を煽ったが、現代版「暴支膺懲」がこの対朝鮮「制裁強化」である。
 8日には、国会衆参両院で朝鮮への抗議決議が全会一致であげられ(山本太郎参議院議員は棄権)、地方自治体でも同様の決議があげられている。さらに安倍首相による22日の施政方針演説では朝鮮の核実験を非難した次に、「自国防衛のための集団的自衛権の一部行使容認を含め、切れ目のない対応を可能とし、抑止力を高める」として、朝鮮敵視政策と戦争法の連動を改めて強調した。
 こうしたなかで、日米韓の動きがかまびすしい。米国は実験直後に「空の要塞」の異名をもつ戦略爆撃機B52を朝鮮半島上空に旋回させて朝鮮に核威嚇を行ない、また中国に対朝鮮石油輸出停止などの「制裁」を強要(中国はこれを拒否)しようとしている。韓国の朴槿恵大統領は、大型拡声器を使っての反北放送を再開させ、中国の強い反対で頓挫していた米国との戦域高高度防衛ミサイル(THAAD)システム導入の公式協議開始を示唆した。さらに、日本では朝鮮でミサイル発射の動きが活発化しているとして、中谷防衛相が秘密裏に「破壊措置命令」をだして迎撃ミサイルPAC3やイージス艦を配備した。
 われわれは、この日米韓当局による対朝鮮敵視政策を断固糾弾・排撃する。

責務と現実

 第1回目=2006年10月9日、第2回目=2009年5月25日、第3回目=2013年2月12日と、われわれは朝鮮が核実験を行なうたびに、核にたいする態度を表明してきた(本紙769号、827号、910号)。それは、《人類を破滅に追いやる核兵器は廃絶されるべきである。またいかなる国であれ、われわれは核の脅威に対して核で対抗するという立場に反対し、核兵器によって平和が守られるという立場にも反対する》というものである。われわれは、朝鮮の核実験に遺憾の意を表明してきたが、それは朝鮮の労働者階級人民とのインターナショナルな連帯を築き挙げたいが故の観点にたった態度表明であった。
 3回目の核実験が行なわれたとき、加えて次のようにも表明した。《朝鮮は再三、核兵器よりも威力ある力をもっていると表明してきた。それは自主権を護り抜く人民の団結心だろう。この団結心を、朝鮮人民は帝国主義の侵略と闘うなかで培ってきた。問われているのは、この朝鮮人民の団結心と固く連なり、朝鮮が核兵器を持たなくても米帝国主義を圧倒しうる世界の反帝平和勢力の伸張である。朝鮮は孤立しても自主権を護り抜くために闘うだろう。社会主義世界体制が解体させられて以降20余年、朝鮮はそのようにして社会主義を防衛してきた。日本労働者階級、反帝平和勢力の責務は重い》と。
 朝鮮が最初の核実験を行なってから、今年で10年になる。先に《朝鮮が核兵器を持たなくても米帝国主義を圧倒しうる世界の反帝平和勢力の伸張》と表明したが、ではこの10年で、われわれはどれだけその力を伸張させえたか?
 10か国前後ある人工衛星打ち上げ国、核保有国のなかで、朝鮮のみがこの10年間、人工衛星の打ち上げや核実験のたびに「拉致、核、ミサイル」を口実としたダブル・スタンダードの国連安保理決議にもとづく「制裁」をうけてきた。
 また朝鮮半島の南半部では毎年、「キー・リゾルブ」や「フォール・イーグル」、「乙支フリーダムガーディアン」などの米韓合同軍事演習が切
 れ目なく繰り広げられている。これらは、「通常の演習に過ぎない」と米韓軍当局は嘯くが、明確に米韓両軍責任者が署名した朝鮮侵攻・指導者斬首のシナリオ「作戦計画5015」にもとづく核兵器使用も想定した朝鮮壊滅の演習なのである。こうした米軍の核による威嚇を朝鮮は恒常的に受けている。米軍主導の有志連合軍によってアフガン、イラクが、さらにNATOのテコ入れでリビアが壊滅、そして現在はシリアが攻撃されている。こうした社会主義世界体制倒壊後の国際環境のなかで南北間では、韓国哨戒艦・天安の沈没(2010年3月)、延坪島 付近での南北交戦(2010年11月)、昨年夏の38度線付近での地雷爆発に端を発した八月事態(2015年8月)など、一歩間違えれば全面戦争につながりかねない危機的状況が朝鮮半島で繰り返し続けられている。
 さらに、日本国内ではどういう事態が出現しているか? 朝鮮の3回目の核実験からこんにちまでの3年間だけとってみても、安倍政権下で特定秘密保護法が強行採決され(2013年12月)、違憲・無効の集団的自衛権行使容認が閣議決定され(2014年7月)、これも違憲・無効の戦争法が強行採決された(2015年9月)。そしていま、「安倍戦後70年談話」(2015年8月)を敷衍するかたちで「戦時性奴隷(「慰安婦」)問題解決」のための日韓外相「合意」が当事者の頭越しに発表され(2015年12月)、日韓間の懸案をとりはらい日米韓軍事同盟にむけての整地作業が強行されている。
 こうした朝鮮半島をとりまく政治・軍事的な状況が、朝鮮を圧迫しているのである。
 《朝鮮が核兵器を持たなくても米帝国主義を圧倒しうる世界の反帝平和勢力の伸張》は、まだない。この冷徹な現実、彼我の力関係をみすえたうえで、朝鮮の自衛のための措置としてとられたのが、今回の水爆実験だったのだ。われわれは、このような東北アジアの政治環境におけるみずからの責務と現実をよくよく吟味しなければならない。

停戦協定の白紙化

 そのためには、朝鮮政府がどのような主張をしているのかを知ることが必須だ。それには、予断と偏見のまじった日本の商業メディアにたよるのではなく、朝鮮労働党の機関紙『労働新聞』や日本における朝鮮の窓口である在日本朝鮮人総聯合会(以下、朝鮮総聯)傘下の諸機関が発行する原資料、日本語に翻訳された二次資料を読んで、自分の頭で考えることが大切だ。
 周知のように、1953年の朝鮮戦争停戦から60年以上にもわたって朝米関係はいまだ対峙した関係のまま、こんにちに至っている。今年1月14日発表の朝鮮法律家委員会白書(朝鮮労働党機関紙『労働新聞』ホームページに掲載)には、朝鮮半島における恒久的な平和体制の樹立をめざして闘った朝鮮の軌跡と、朝鮮半島南半部に居すわって朝鮮を瓦解させる侵略行為を働く米帝国主義の悪行の数かずが記録されている。
 そこでは1953年7月の朝鮮戦争の停戦協定調印直後から米帝国主義がこれを反故にしようとして、停戦協定の署名のインクも乾かぬ同年十月に韓国と「米韓相互防衛条約」を結んで朝鮮半島南半部に米軍駐留を永続化させ、さらに停戦協定の核心条項である第4条第60項(停戦協定調印後3か月以内に高位級政治会議を招集し、朝鮮半島からすべての外国軍隊を撤収させる協議を定めた条項)を米帝国主義は遵守せず、1953年10月に朝鮮問題の平和的解決のために開かれた高位級政治会議のための予備会談の場から一方的に退場し、また朝鮮半島における強固な平和体系樹立のために1954年4月に招集されたジュネーブ会議を故意に決裂させることで、停戦後1年にもならないうちに停戦協定第四条第60項を事実上、無効化してしまった歴史が記録されている。
 このようにして、米軍は朝鮮半島南半部に居すわり、朝鮮政府による停戦協定を平和協定に替える数次にわたる呼びかけにも応ぜず、停戦協定違反と朝鮮敵視政策を繰り返してきた。こうした状態のなかで、2013年3月5日、朝鮮人民軍最高司令部はスポークスマン声明を発表し、停戦協定が完全に白紙化されたことを最終的に宣言した。これは、米国の度重なる違反行為によってすでに有名無実化した停戦協定に、朝鮮側がもうこれ以上拘束される必要がなくなったということである。

最悪だった昨年

 さらに、昨年12月24日、朝鮮中央通信社は「新たな戦争挑発の元凶米国を告発する」と題する詳報を発表した(この詳報は朝鮮総聯ホームページのコリア・ファイル2015№5で日本語に翻訳されて掲載されている)。
 そこでは、《2015年の朝鮮半島情勢は歴史上最悪を記録した。われわれにたいする米国の極悪非道な敵視政策、戦争政策によって20世紀の50年代のような、もう一つの朝鮮戦争が勃発しかねない危険極まりない事態が生じた。今年はまさに、平和と安定の問題で世紀をまたいで持続してきた朝米対決戦がピークに達した年であった》と冒頭に記され、ソニー映画『ザ・インタビュー』のDVD散布などを使った心理戦、米韓軍による核兵器使用を想定した数次にわたる大規模合同軍事演習の実施、臨戦態勢への突入と収拾にあらわれた八月事態など、まさに一触即発の状態が朝鮮半島で繰り広げられ、それへの朝鮮側の対応が記録されている。そして、最後に《もし、米国が内外で排撃を受けている対朝鮮敵視政策を撤回せず、あくまで「北朝鮮崩壊」という妄想の道を選ぶなら、それにたいするわれわれの答えは米国の想像を超えるものになるであろう》と、4回目の核実験を条件付で示唆していたのである。

朝鮮の国連演説
 このように朝鮮半島情勢が危機的に高潮した状態のなかで、昨年10月1日、李洙墉朝鮮外相は国連第70回総会に登壇し、八月事態を踏まえ次のような演説を行なった。
 《(前略)停戦協定を平和協定に替える問題は、誰よりも米国が英断をくだすべき問題である。現在北南関係は、なんとか緩和の局面に至ったが、この雰囲気は未だ確かなものではない。些細な挑発でもあれば、一瞬にして緊張が高まり、北南関係が膠着状態に陥るのが朝鮮半島情勢の特徴である。東北アジアだけでなく、全世界が息をのんだ今回のような事態まで起きてしまった今日、停戦協定を平和協定に替えることは、一刻の猶予も許さない切実な問題となった。朝鮮半島の平和を守る上では、北と南が議論すべき問題と朝米間で議論すべき問題がある。1953年の停戦協定が朝鮮人民軍と中国人民支援軍を一方とし、「国連軍」を他方として締結されたとしても、他の外国軍隊はすべて撤収した後、朝鮮半島に展開されている武力の統帥権を持つのは朝鮮民主主義人民共和国と米国のみである。南朝鮮の戦時作戦統帥権を持つのも米国であり、停戦協定を管理するのも米国である。今こそ、米国が平和協定締結に応じるべきときである。米国が停戦協定を平和協定に替えることに同意するならば、わが国政府は朝鮮半島で戦争と衝突を防止するための建設的な対話を行なう用意ができている。
 米国が大胆に政策転換をするならば、朝鮮半島の安全環境は劇的に改善され、米国の安全保障上の憂慮も解消されるだろう。これが、過去70年を振り返り歩むべき今後の道を見据えた国連の演壇で、われわれができる最高の選択であり、提案できる最高の方法である。朝鮮民主主義人民共和国は、停戦協定を平和協定に一刻も早く転換することが、朝鮮半島において国際平和と安全を担保し、われわれと国連の間の非正常な関係を正す道であると確信する》(朝鮮総聯ホームページのコリア・ニュース2015年10月5日付より)。
 この「八月事態」を踏まえた朝鮮中央通信社詳報や朝鮮外相の国連演説をはじめとする朝鮮の米への呼びかけは一貫している。オバマ政権はこれを一顧だにすることなく「戦略的忍耐」などと嘯いて無視したことが、年が明けての朝鮮の四回目の核実験につながったのである。朝鮮が突然、暴走して水爆実験を強行したかのように描き、「制裁強化」を煽る日本の商業メディアの誤謬は明らかだ。

日本人民の課題は

 そして、この朝鮮からの米政権への呼びかけは、4回目の核実験の後も継続されている。今年1月15日、朝鮮外務省は「朝鮮外務省 敵対勢力の反共和国挑発行為非難」と題するスポークスマン談話を発表し、次のように呼びかけた(朝鮮通信社ホームページに掲載)。《いまや米国は好むと好まざるとにかかわらず、われわれの核保有国としての地位にも慣れるべきだ。
 すでに明らかにしたとおり、われわれは、米国がわれわれの自主権を侵害して脅迫的な挑発を絶えず繰り広げていることに対処して、核攻撃能力と核報復能力をあらゆる方法で整えるだろうが、核武器をむやみに使用しはしないだろう。われわれはまた核武器をどこにも運ばないし、関連手段と技術を移転しはしないだろう。世界の非核化を実現するためのわれわれの努力は、中断することなく続けられるだろう。朝鮮半島と東北アジアの平和と安定のために、われわれが提出した米国の合同軍事演習中止対われわれの核実験中止提案と平和協定締結提案を含むあらゆる提案はまだ有効だ》と。この朝鮮側の提案は、米オバマ政権に直接投げかけられている。
 これにたいして日本人民はいかに対応するのか? われわれは先に《朝鮮が核兵器を持たなくても米帝国主義を圧倒しうる世界の反帝平和勢力の伸張》を主張した。そして、いまその力がないことも現実だ。世界の反帝平和勢力、とりわけ東北アジアの反帝平和勢力がまっさきに取り組むべき課題は、対朝鮮「制裁」の声をあげることではなく、朝鮮半島における停戦協定を平和協定に替える巨大な声を侵略者米帝国主義、そしてそれに追随する日韓支配層にたいしてつきつけることだ。
 朝鮮は帝国主義列強から開国を迫られた近代以降、他国によって自国の命運が決められてしまう辛酸をなめてきた。
 ことばを奪い創氏改名を強制し、強制連行・強制労働を強いた日本帝国主義による植民地支配はその極限的な形態だった。そして、その支配にたいする抵抗闘争の思想的流れが現代朝鮮に引き継がれている。事大主義を排撃し、自主権をなにより大切にする思想だ。停戦協定を平和協定に替える闘いも、その流れのなかに位置づけられる。
 朝鮮半島の分断ならびに朝鮮戦争にいたる原因は、日帝植民地支配の処理のあり方に求められる。平和協定の締結による朝米関係の改善、そしてその先にある朝鮮半島の非核化(「北朝鮮の非核化」ではない)の課題は、われわれ日本人民にとって、戦争法廃止、沖縄・辺野古新基地建設反対、反戦反核平和運動に取り組む闘いと切り離しては考えられない。それらの課題がもつ歴史性と横断的な連関性をみすえ、2016年を「朝米平和協定」締結の国際的機運を高める年とすべく闘っていこう。それが《世界の反帝平和勢力の伸張》の道である。【土松克典(韓国労働運動研究)

(『思想運動』973号 2016年2月1日号)