大学自治を破壊する学校教育法改悪に反対しよう
いまこそ「学問の自由」をめぐる本質的議論を

目先の結果だけを追う大学


4月25日、政府は、「学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律案」を閣議決定した。同案は、現在衆議院で審議中である。教育基本法改悪を始めとして、教育現場への権力の介入を推し進めてきた安倍内閣が、ナショナリズムと資本主義とが癒着した体制延命のために、法を曲げようとしている。攻撃の対象となっているのは、教授会の権限。大学改革の促進という名目の下、決定権を学長に集中させ、教授会は単なる諮問機関に役割を制限する。国立大学については、重要事項を審議する経営会議構成員の過半数を外部委員とする規定も新たに盛り込まれた。
法律案が経営の観点のみで大学をとらえているのは明らかであろう。競争に打ち勝つため、組織は何より迅速な意思決定が尊ばれる。研究の評価を決めるのは、外部資金の調達量。教育は、即労働力となる人材の育成がひたすら重んじられる。政府や財界の思惑に翻弄され、目先の結果だけを追わされる大学は、営利企業と何ら変わらない。
周知のように日本国憲法第23条は、「学問の自由は、これを保障する。」と宣言している。研究・教育の独立性を保つために、大学の自治は前提であり、権力の干渉を受けることがあってはならない。今回の安倍政権の策動は、学問に対する不当な侵害であり、憲法違反である。改悪の動きに対して、当然のことながら反対の声があちこちで挙がっている。日本私立大学教職員組合連合中央執行委員会は、5月7日付で、また、日本教育法学会は、5月11日付で撤回・廃案を求める声明を発表した。ユネスコ「高等教育の教育職員の地位に関する勧告」の「自治は、学問の自由が機関という形態をとったもの」などを踏まえ、世界的な大学自治の伝統に基づいたそれらの主張は、説得力を感じさせるものである。内田樹や森永卓郎らが呼びかけ人となった反対署名は、6月6日夕刻現在で6000人を超えている。

大学教員は分断されるな

ある程度の高まりを見せているものの、反対運動はまだ広範な力を結集しえていない。マスコミの報道が断片的で情報が共有されていない事情もあるが、最大の要因は、大学教員が自らの立場にあまりにも無自覚であったことに求められよう。とりわけ専任教員はただちに労働環境が脅かされなかったため、反動化の流れに無関心であった。産業界の雇用形態の不安定化に、専門家として発言する者はあっても、労働者と連帯する意識は希薄であった。大学に関しても、学生の自治活動には冷淡で、むしろ弾圧に加担することさえあった。非常勤講師の雇い止めが問題になった時も、大学当局への批判は高まらなかった。分断され、孤立した者は、たたかいの前からすでに不利を背負わされている。後退戦の局面が続いていることもあり、楽観視できる材料はまったくない。
異議を唱える声を増やしていく努力は、むろん続けられなければならない。しかし、同時に大学教員の弱さを歴史的に検証し、「学問の自由」の本質を再確認する作業も必要であろう。
「大学とは学生と教授と職員という三つの要素から成り立」ち、「三つの構成員がそれぞれ相互の自治を尊重し、協力しあってはじめて〝大学自治〟は成り立つ。」(「大学の自治と学生運動」)と考えた武井昭夫らが全学連を結成したのは、1948年であった。
大学の中心に自分たちを据える、誤った所有意識から抜け出さない限り、学問の自由を真の意味で奪還することはできない。教授会自治を守る運動は、思想運動たらざるをえない。困難を引き受けつつ、連帯の道を探っていこう。 【山口直孝】

(『思想運動』938号 2014年6月15日付)