アサド政権転覆は帝国主義の反革命策動
2024年12月8日、シリアのアサド政権はイスラム主義組織「シャーム解放機構」(HTS)を主軸とする反政府武装勢力の侵攻で崩壊した。HTSが進撃を開始してわずか11日で首都ダマスカスは陥落し、政府軍側の抵抗はほとんどなかった。その直後からイスラエル軍はシリア領内に数百発のミサイルを撃ち込みシリアの軍事施設と関連インフラを徹底的に破壊するとともに、占領下のゴラン高原からさらにシリア領内深く地上軍を進攻させている。
日本を含む西側メディアは、この政権崩壊を「50年にわたった独裁体制の打倒」「民主主義の勝利」と歓迎し、連日のようにアサド政権を痛罵するネガティブキャンペーンを展開している。その一方で、アルカイダ系テロ組織「ヌスラ戦線」を前身とするHTSの指導者は「シリアに自由と民主主義を回復させた英雄」として称賛されている。
だが真実はまったく違う。この事態はまぎれもない反革命の勝利、中東における反帝反米闘争のもっとも重要な砦=拠点の一つが帝国主義側に奪われたことを意味する。それは、シリアの人民にとっては無論のこと、パレスチナの抵抗勢力をはじめ西アジアから北・西アフリカの反帝の闘いに深刻な打撃と後退をもたらすものである。事実、パレスチナのレジスタンス勢力のうちPFLP(パレスチナ解放人民戦線)と並ぶマルクス主義勢力であるDFLP(パレスチナ解放民主戦線)とPFLP‐GC(パレスチナ解放人民戦線‐総司令部派)は、シリア・ダマスカスに本部を置き根拠地としていた。
アサド政権の打倒は帝国主義の宿願
歴史的に見ても、シリアのアサド政権を打ち倒すことは帝国主義の長年の宿願だった。石油をはじめとする豊富な地下資源を有する中東地域で、シリアは、イスラエル、パレスチナ、レバノン、イラク、トルコと国境を接する戦略的要衝の地にあり、政治的には1948年の独立以来一貫して帝国主義の中東支配の要石であるイスラエルと対決し(四次にわたる中東戦争を経て現在まで)、パレスチナ解放運動やレバノンのヒズボラなどの勢力の後ろ盾となってきた。そして米国が敵視するイランとは緊密な関係にある。またロシアとはソ連時代からの軍事面を含む協力関係を維持してきた。シリア領内にはロシアの軍事施設(タルトゥース海軍基地とヘメミーム空軍基地)が置かれ、そこを拠点としてロシアはアサド政権のISとの戦いやイエメンのフーシ派の戦い、フランスからの自立を求める西アフリカ諸国の運動を支援してきた。シリアを倒せばこの地域でのロシアの影響力を決定的に削ぐことができる。
帝国主義にとってシリアはつねに撃滅すべき対象であり続けてきたのである。
2011年前後の「アラブの春」の政治的動乱を利用して、帝国主義勢力は、リビアのカダフィ政権をはじめ西アジアから北アフリカ地域のかれらの支配に抗ってきた政権を次々と転覆させていった。シリアに対してもISILやヌスラ戦線をはじめとする有象無象のイスラム原理主義武装組織を育成・後押しし「内戦」状態が押しつけられ、領土は分割された。この戦闘でシリアでは50万人以上が死亡し600万人が難民になった。今、西側メディアはこの悲惨をすべてアサド政権のせいにしているが、それをもたらしたのは米国を中心とする帝国主義の干渉政策である。西側メディアが「アサドの戦争犯罪」についてまくし立てるのとは違い、実際に国際法に反したのも米国やイスラエル、トルコであり、かれらは主権平等や内政不干渉など国連憲章の原則を無視し、ニュルンベルク裁判や東京裁判で「最悪の国際犯罪」と言われた侵略戦争を遂行したのだ。
一方、この間シリアに対しては過酷な経済制裁が続けられ、また米軍にシリア領内の油田地帯が押さえられ、原油の80%以上が盗奪され続けたことで、石油収入の道は絶たれてしまい、長年の軍事支出の負担も重なって、シリア経済は2010年からの10年間でGDPの半分以上を失った。2011年に1ドル=47シリア・ポンドであったのが、現在では1ドル=1万3000シリア・ポンドにまで暴落している。ロシア、イランの軍事支援もあってここ数年軍事的緊張は弱まったと言われてきたが、国内経済は破綻状態にあり、食糧難と人民の生活破壊・困窮化が進み、人心は政権から離れつつあった。経済の破綻は軍隊の維持をも困難にさせ政府軍の士気は低下していた。他方、ロシアはウクライナ戦争への対応で、イラン、ヒズボラはイスラエルの攻撃への対応で、窮地に立つシリアを救援するゆとりを失っていた。
政権転覆は世界的な反革命戦略の一環だ
その状況を千載一遇の好機ととらえ仕組まれたのがこのたびのアサド政権転覆策動だ。そして今回の事態は、一昨年来のイスラエルによるガザ・ジェノサイド、レバノン侵攻と一つながりの攻撃と見なければならない。米国中心の帝国主義勢力は、イスラエルを前面に押し立てて中東を含む西アジア全体の支配権の完全な確立をめざし一気に攻勢を強めているのである。武器や石油を含む基幹物資はシリアを通して中東地域の解放勢力に供給されていた。その補給路が絶たれたダメージは計り知れないほど大きい。
こうした諸関係を客観的に把握していたがゆえに、紛争初期にイスラム原理主義勢力を支持する誤りを犯したハマスとは異なって、PFLP、DFLP、PFLP‐GCといったパレスチナのマルクス主義派はシリアの正統政府を擁護し続けたのである。
さらに世界に視野を広げれば、今回の出来事は、ゼレンスキー親ファシスト政権をけしかけて行なわれているロシア・ウクライナ戦争、日米韓を軸にアジア版NATOの形成をも視野に入れて進められる中国、朝鮮に対する戦争策動、中南米でキューバやベネズエラを標的に行なわれている制裁や諸々の不安定化工作といった、グローバルな帝国主義による世界制覇戦略の一環として起きていることを押さえておかねばならない。
今号では、今回のシリアの事態についての各国の共産党、反帝勢力の見解を紹介する。
【本紙編集部・稲垣博】 |
【資料】(他の関連資料は、紙面を参照下さい)
シオニストの侵略に連帯して立ち向かおう
パレスチナ解放人民戦線(PFLP) |
11月30日の声明
テロリストのギャングによるアレッポへの攻撃は、シリアの安定と〔パレスチナの〕レジスタンスへの支援を弱体化させるためのシオニストおよび西側諸国の計画である。
パレスチナ解放人民戦線はシリアのアレッポ市に対するテロリスト民兵およびその同盟武装派閥による危険な攻撃を強く非難する。この急襲はアメリカ政府およびその代理機関と連携するシオニスト組織が直接的に管理している。この攻撃はシリアを不安定化すること、その主権および領土保全を弱体化すること、そしてパレスチナとレバノンにおけるレジスタンスを支援するシリアの中心的な役割を弱めることを目的にしている。
シオニスト組織とその同盟諸国は、シリアを標的にして新たな混乱に叩き落すことによって、レジスタンスとそのアラブおよび地域全体を妨害しようと絶えまなく試みている。この危険で継続的なエスカレーションにはシオニスト組織による国境検問所やシリア領土への爆撃も含まれる。それが、シリアを分割する計画の一環としてテロリスト民兵がアレッポに侵入したことと時を同じくしているのは、けっして偶然ではない。
人民戦線は、シリアの統一、主権、役割、そして立場に対する全面的な連帯を再確認する。シリアを中心に、地域と諸人民の支配、管理、そして政府を狙った邪悪な計画を阻止するために統一して立ち上がることを同盟勢力たちに呼びかける。
12月8日の声明
パレスチナ解放人民戦線は、2024年12月8日付の公式声明で、シリア領土に対するシオニストの侵略はきわめて危険な次元に達しており、これに立ち向かうには連帯が必要であることを確認した。
戦線は、シオニストの敵によるシリアへの空襲およびシリア領への侵入は、同地域の諸人民および諸国家に対する攻撃のレベルを危険なまでにエスカレートさせるものであると強調した。敵はシリア国内情勢の再編段階を利用し、シリアおよびその人民に対する侵略的な目標を新たに達成しようと試みている。
戦線は、シリア、その領土と人民に対するこの危険な侵略的エスカレーションについての国際社会とアラブ諸国家の沈黙を非難し、この侵略に対する明確かつ批判的な姿勢を求めた。
戦線は、この侵略的エスカレーションとその目標に対して慎重な注意を払う必要性を強調し、シオニストの侵略に直面するあらゆるシリアの派閥のあいだの連帯の重要性を強調した。
戦線はまた、アラブ国家とこの地域の人民に対する広範囲にわたる戦争を仕掛けているシオニストの敵と対峙するうえでの確固たる立場を表明し、この侵略的かつ犯罪的な存在に立ち向かうにあたって統一されたアラブの立場を求めている。
【訳=杉村佑樹】 (『思想運動』1108号 2025年1月1日号) |