本紙合評会で総選挙をめぐる情勢を論議
与党過半数割れと今後の課題
状況を切り拓くのは大衆闘争の強化だけだ
11月11日に本紙11月1日号の合評会を開催し、その時間の一部を割いて10月27日に実施された衆議院選挙の結果をめぐる意見交換を行なった。合評会には、11月1日号1面に明文改憲の問題を執筆した「戦争させない横浜市民ネットワーク」の高梨晃嘉さんにも参加していただき、冒頭の発言もお願いした。以下はその討議をまとめたものである。意見交換での発言者は、井野茂雄、広野省三、逢坂秀人、藤原晃、伊藤龍哉、大村歳一の各氏。司会は本紙編集部の稲垣博が担当した。【編集部】
稲垣 ご承知のとおり、10月27日に行なわれた衆議院選挙では、15年ぶりに与党の議席が過半数を割る結果となった。また改憲派の議席も明文改憲に必要な3分の2を下回った。長年続いてきた「自民一強」あるいは「一強多弱」といわれる構造が崩れた。与党はこれまでと同じような強権的な国会運営ができなくなる。
こうした結果をもたらした背景には、大資本の利益を優先し勤労人民の生活を徹底的に破壊してきた自公政治に対する人民大衆の不満の高まりがあった。そこにはこうした状況をさらに悪化させる大軍拡への批判も含まれていただろう。とりわけ近年の物価高騰・実質賃金減で人民が非常な生活苦にあえぐなか、自民の政治家が「裏ガネ」で私腹を肥やしている悪行が暴露されたことは大きかった。
わたしたちはこの変化をまずは歓迎すべきだ。その上でこの変化が内包している問題点を検討し、これからの闘いをどう進めていくかを考えていきたい。
以下論議してほしい問題点を列挙する。
1)今回の選挙結果をもって、全体的傾向として右傾化や改憲状況が後退したと評価してよいだろうか。
改憲派の国民民主(以下、国民と表記)や極右(参政党、保守党)の伸張、立憲では野田の右派指導部(日米同盟とその抑止力肯定、安保法制廃止棚上げ等の立場)が確立、共産、社民の後退。
実質改憲の動き=日米軍事同盟の強化と並行する大軍拡、戦争国家化は止まらずに進むのでないか。明文改憲についても油断はできない。
2)選挙結果(各党の得票数の変化など)の分析。
自公の後退/立憲、国民の伸張/共産、社民の後退/れいわの伸張/極右の伸張。
投票率は戦後3番目の低さ。
こうした状況を生んだものは何か→個々の政党の得票数の変動などに即した分析と全体的な傾向の把握。
3)野党共闘はどうだったのか。これからどうするのか。
4)トランプ政権誕生の影響は→中国包囲戦略の強化、「自分の国は自分で守れ」圧力、「安保自己負担」増大、武器の爆買いの強要などで、軍拡はいっそう進むのではないか。
5)左派政党の選挙総括の問題点。SNSの活用はいわれるが、大衆運動を強化して組織の足腰を根本から鍛え直すという原則的な総括はない。資本主義の不合理性、社会主義的変革の正当性を訴える主張はまったくなし。
最初に、神奈川で平和運動の先頭に立って活動されている高梨さんに、具体的な実践の報告も交えながら発言していただきます。
神奈川の平和運動の実践に即して
高梨 わたしが事務局を務める神奈川2区市民連絡会ではさっそく選挙の翌日に総選挙結果についての意見交換を行なった。 以下はその要点。
①「自公過半数割れ」の評価だけでいいのか
・改憲派が3分の2を割ったといっても、改憲派と反改憲派の議員構成はあまり変わっていない。あと10名ぐらい増えれば3分の2=310に達する。楽観はできない。
立憲が増えたといわれるが、この党は「能動的サイバー防御」容認や野田代表の持論などから見て、改憲反対を貫けるかどうかは疑問。いまの立憲は発足当初のかつての立憲とは違う。今後、これまで以上に立憲への働きかけ(中央・地方ともに)が重要だ。
・5割の有権者が投票にそっぽをむく構造は変わっていない。この問題をどうするか。今までの働きかけ・取り組みでいいのか、いっそうの工夫が求められている
・選挙では、改憲、対米自立、原発、消費税などが焦点にならずもっと問われるべきだった。わたしたちがこれらの課題をどれだけ押し出しえたのかが問われている。たとえばあとで触れるが、選挙期間と同じ時期、日本全国の米軍と自衛隊基地を使って大規模な日米合同軍事演習「キーンソード25」(自衛隊3万3000人、米軍1万2000人が参加)が強行されたが、この危険な動きを選挙戦で問題にしたところはなかった。
・過半数割れで自公と国民(玉木)との連携・連合という政局が始まる。国民の反動性を暴露していく取り組みがますます重要だ。
②次に神奈川2区市民連絡会が選挙にむけて行なった活動を紹介する。
・リーフレット(「『自公政権を終わりにして』)の作成と配布→配布=7月〜10月の定例街宣 。
・2区としての選挙政策の議論と取りまとめ→7月〜8月の事務局・運営委員会。
・立憲野党への緊急申し入れ(8月)→「自公政権を終わらせ政権交代に向けた立憲野党間協議のテーブルの設置について」…立憲・共産・社民・れいわ・新社の中央・県組織あて。
申し入れ4点→①大同団結についての考え方、②野党間協議のテーブル設定についての考え方、③新政権がすぐ実施する当面の政策、④野党統一候補についての考え方。
・共産党県委員会と社民県連合、れいわ2区候補者には、口頭で「自衛隊明記・緊急政令」改憲問題への取り組みについての旗振りを要請。
・かながわ市民連絡会(県内18選挙区ごとの市民連合の連絡組織)の事務局が10月中旬に県民決起集会を提案するも、集約会議に人(各区の市民連合)が集まらず、中止を決める。各市民連絡会も具体的取り組みがほとんどできていない(前回選挙に比べて)。
*2区市民連絡会での議論「候補者の一本化で政権交代」を言うだけでなく、改憲問題など共有すべき具体的課題を前に出した集会とすべきだ(共産党員の対応が割れた)。
11月1日の「かながわ憲法集会」で共同代表が「改憲状況は少し後退したのでは」と挨拶したが、これにも示されているように、自民党の「論点整理」などについての市民団体の認識が希薄な状態は続いている。いまその克服に向け次の取り組みを進めている。
●12月22日(日)に集会・パレード
●1月25日(土)の学習講演会(講師:纐纈厚さん)
今後の神奈川の運動
「市民と野党の共闘」をどうしていくのか…2区市民連は18日に協議するので、以下はわたし個人の意見。
・「市民と野党の共闘」の必要性(政権交代を展望)は、市民連絡会(中央では「市民連合」)だけの問題意識にとどまっており、多くの市民活動団体に共有されているわけではない〈関心の外?〉。
・具体的な課題(改憲・軍拡阻止など)での共有・連帯の取り組みを、「市民と野党の共闘」という地域での枠組み(神奈川2区市民連絡会など)は維持しつつ、さらに広い枠組みの創設(人民戦線)を展望しながら進めていくほかない。
→戦争させない横浜市民ネットワーク…横浜ノースドック配備反対署名の後継団体(現在の構成:1区、2区、3区、4区、6区の市民連絡会)。
→残されている課題:県央(大和・厚木・相模原)や県西部(藤沢など)の市民団体との連携。
①大衆運動の組織化(「点から面へ」地域の運動掘り起し)。
②市民団体・労働団体との共同行動の追求…神奈川平和運動センターや神奈川人権センターとの連携(共催や後援・賛同)など。
③立民・共産・社民・れいわ・新社会の県組織の共闘・連帯の協議テーブルづくりの要請と所属議員の県下共同行動への参加働きかけ 。
住民への周知なしにキーンソード25強行
わたしたちは把握していなかったが、日米合同軍事演習「キーンソード25」の一環で、10月17日には、横浜ノースドックに大分県から200名の陸自隊員と車両70両が運ばれてきて陸揚げされた。神奈川には米軍基地だけでなく多くの自衛隊の基地があり、それらすべての基地で、地上作戦や航空作戦などの訓練が実施された。そのことを周知したのは神奈川では座間市だけで、神奈川県も横浜市もまったく情報を流さなかった。これはおかしいと、わたしたちは今月14日に県と横浜市に周知を徹底するよう要請するための会議を行なう。
『神奈川新聞』もまったく流さなかった。『産経』は18日、『東京』が2日遅れでノースドックに陸自部隊が来たことを伝え、かなり経ってから『日経』が、今回の訓練は米日の指揮系統の一体化のために行なわれたとの記事を載せた。神奈川県民も横浜市民も自分たちの住んでいるところで何がやられているかをまったく知らされないというのが実態だ。
ネット効果、「手取りを増やす」「103万円の壁」
稲垣 高梨さん、どうもありがとうございました。では討議に移ります。
井野 高梨さんが活動されている神奈川2区市民連絡会では今回の選挙でも改憲問題などの課題を中心テーマとすべきだと訴えられたとのことですが、そうした主張が若い世代に届いたのかお聞きしたい。
高梨 街頭宣伝をするなかで、若い世代の反応もあった。軍拡とか改憲の問題について質問をしてきた若者もいた。連絡会では、今後こうした層ともっと関係を深めていきたい、そのためのコミュニケーションの方法を考えていこう、という話はしているが、まだ実践に移せてはいない。
国民は「手取りを増やす」など暮らしの問題でうまく若者にアプローチしたといわれているが、どうなの。
井野 『朝日』と東大が共同で行なった出口調査によると、20代の比例区投票先のトップは国民で26%、30代も国民がトップで21%という数字が出ている。若い人たちのあいだで国民が一定の支持を集めたことは確かだろう。
高梨 国民の躍進にはネット効果があったことがマスコミでも盛んにいわれている。石丸伸二の「ネット部隊」が国民の選挙活動に協力したとも報じられている。
広野 国民はSNSを活用してうまくやったといわれているが、自民党だって、これまでも選挙やインターネット発信などで電通とベタっとくっついてやっていた。安倍や河野のフォロワー数は200万を超えていた。いまのSNS・ユーチューブなどは短時間でも長い時間でもクオリティーが格段と上がっていて、画像も音も編集も洗練されている。そうでなければ見てもらえないから……。また、ネット広告料はマスコミ四媒体(テレビ・新聞・ラジオ・雑誌)を上回っている。街を歩いていると、最近は若者だけでなく年寄りもスマホばかりのぞいている。
そういう世の中になっているのだから、対応しなくてはならないと思うが、われわれが電通やインターネット産業と資金力や技術力で競い合っても到底かなわないし、その方向だけでは闘いにならないし意味がない。
「103万円の壁を取り払え」で国民は支持されたといわれるが、選挙の後からさまざまな分析・問題点が指摘されてきている。これで大幅に減税されるのはある程度所得の高い人で、所得が103万円をちょっと出る有期契約労働者・パート労働者・派遣労働者、学生アルバイトなどの低所得者がすごく減税されるということはない。国民の試算でも年収200万円の減税額は8・6万円だが年収800万円なら22・8万円を超える。何のことはない、冷静に考えれば、国民の支持基盤である連合に組織されている大企業労働者などが圧倒的に得をする政策なのだ。国民はそれがあたかも経済的弱者のためであるかのように宣伝し、マスコミもそのように取りあげた。
さらに連合は、年金の「第3号被保険者制度の廃止」を政府に提案する方針を固めている。今後も税金、社会保障・社会保険料の問題点がさまざまに出てくる。これらが労働者階級にとっての不利益、資本家階級の利益にならないよう監視し闘うことが不可欠だ。この間行なわれた都知事選、自民の総裁選、今回の総選挙などを見てみると、すべて支配階級とその宣伝・広報機関に堕したマスコミに仕組まれ、人びとはそれにのせられ踊らされて、労働者自身が評論家的になっている。マスコミ報道の流れに沿ってどこの政党のどの政策が良いとか悪いとか言っているのが現状で、自分たちの労働と生活のことを真剣に考えて投票行動に臨んでいるのではない、そうした政治状況、大衆意識状況が作られている。そしてそのこと自体を問題にする「左派」の政治勢力が共産党を含めてなくなっている(れいわはいっているが)。
共産党についていえば、党内で野党と市民の共闘を堅持する派と主体強化で行こうという派との対立があると聞く。主体強化論は党首公選制をめぐっての松竹伸幸除名問題がマスコミ上で大きく取り上げられ、一般的には評判が悪く、それで票を減らしたという指摘もある。松竹は、安保条約堅持と自衛隊合憲を党に迫り、それがないために野党共闘の障害になっている、と言っている。
いずれにしても何を共闘や闘いの軸に据えるのかが定まっていない。ただ単に大勢が寄り集まればよいという発想では、実際には大勢を集めることもできない。
自民党の全国の比例得票数は(前回2021年)より約530万(26・8%)減った。しかし選挙の敗北を選挙対策委員長の小泉の辞任で済ませ、選挙戦最終局面での『しんぶん赤旗』2000万円スクープで大敗北の要因をつくった森山幹事長は続投している。
旧安倍派処分対象者51人中当選は18人、落選28人、立候補せず5人、都合33人の排除が実現した。これで石破政権は、自民党内でやりたいことができるのではという声も聞かれる。この際は負けに負けて、けじめをつけたと見せかけて、国民とだって、立憲の一部とだっていっしょにやろうとするのではないか。
安保も含めて日本国家の基本的進路ということでは、この人たちの間にはほとんど差異がない。だから譲歩できるところは譲歩するだろう。現に予算委員会の委員長だって安住に譲ったし、憲法審査会長には枝野がなるし。いろいろな手練手管を使って抱き込みをはかるだろう。
『毎日新聞』が11月1日号の「オピニオン 石破政権の行方」欄で元公明党国対委員長の漆原義夫にインタビューしているが、その中で漆原は、「わたしのカウンターパート(であった)……二階氏は『法案は野党の言い分を6割聞き入れ、与党は4割でよい。肉は野党に与えても、骨と皮が残れば十分だ』」と話していたと明かしている。
石破は改憲、国防軍など論理的にはっきりさせたいようだけど、そんなことはできずにグズグズにして、しかし日米同盟強化、戦争体制づくりは確実に進めていくと思う。
状況は決して楽観できない
稲垣 明文改憲の動きはすこし遅れるかもしれないけれど、実質的な改憲、戦争国家化の流れは、それを押し止める闘いが大きくならなければ、どんどん進んでいくと思う。前の通常国会では、国民や維新だけでなく、立憲も安保3文書に則って出された戦争法案(経済秘密保護法、「統合作戦司令部」創設法、次期戦闘機の共同開発を進める「GIGO]設立条約の承認案)のすべてに賛成している。安保法制に対する態度だって「違憲部分」に反対ということで基本賛成というスタンスだ。今度の選挙結果を見て改憲の動きにストップをかけたという評価はすべきでないだろう。
広野 与党過半数割れということになったけれど、それで大いによかったという盛り上がりは感じられない。ガス抜き効果はあったかもしれないけれど、よっしゃ、これでいくぞ、というようにはなっていない。実際、総選挙後に現役労働組合員数人に「職場で選挙の話が出るの?」と聞いたら、「ほとんど出ませんね」との回答。定年間近の一人が「社民党はかわいそうだね」といっていたくらい、という。大衆運動が盛り上がらないことには政権交代など実現しない、そのことははっきりしている。
逢坂 戦後に自民党主導の政権が過半数割れしたのは今回で3回目だそうだ。1回目は1993年に細川政権が発足した時、この時の投票率は67・3%。2回目は2009年に民主党政権ができた時で、投票率は69・8%、この時はその前の選挙より投票率が10%以上も上がって民主党が大勝した。要するにそれまで選挙に行かなかった人たちが選挙に行って民主党に票を投じた。その評価はいろいろあるとしても世論の変化が相当あったのは確かだ。今回の投票率は53・85%で戦後3番目の低さ。自民党政権を打ち倒そうという大きな運動の盛り上がりがあった結果ではない。自民はもういい、変わってほしいという意識状況は反映しているけれど、きわめて消極的なものだ。
実際の票の動きは、自民党支持層の票が離れて拡散したということだろう。一部は国民へ、安倍をもっとも支持してきた層の票は参政や保守にむかった。民主の議席は増えたが、比例の得票数はほとんど増えていない(0・6%増)。支持率も変わっていない。2009年のときは、支持率も自民を上回り、民主だけで308議席取って勝っている。
伊藤 あのときは、反自民の票が民主に集中した。今回はそれが既成の政党ではないところに流れた、右も左も。いっぽうはれいわへ、もういっぽうは参政と保守に。参政の得票数が187万、保守が114万、合わせると約302万票だから、共産党の336万に近い数の票を取っている。非常に危険な状況だ。
高梨 票の流れでいくと、共産、社民かられいわに流れたというのもあったろう。これまでは社民に入れていたが今回はれいわにしました、という人の声も聞いた。「頑固に平和」と社民はいっているけど、ウクライナ戦争についてはゼレンスキー政権の戦争政策に賛成してしまっている。どこが「頑固に平和」なのか。それに対し、れいわは即時停戦といっている。このままだと来年の参院選挙で社民は消えてしまうのではないか。たいへんな危機だと思うが、その認識がかれらにあるのだろうか。
広野 認識はあるのかもしれないけど打つ手が思いつかないのだと思う。労働組合の基盤はすでに失ってしまっている。ジェンダー平等などの市民運動には力を入れているようだが……。しかし、沖縄で1議席取ったのは大きな意味がある。沖縄の選挙のことはきちんと分析しておく必要がある。同時に、反戦平和の訴えがなぜ全体的に響かないのかを検討しないといけない。
伊藤 やはり中国や朝鮮に対する「脅威キャンペーン」が効いているのでは。
広野 飲み屋に行くとおやじたちが朝鮮や中国の悪口ばかり言っているよ。マスコミの流しているとおりに。
逢坂 地上波のテレビでも中国が台湾に攻め込むということがはっきりといわれるようになっている。
広野 平和運動の集まりでも、プーチンが悪い、習近平が悪い、金正恩が問題だ、といった発言が出てくる。朝鮮や中国が先に悪いことをするからこんなことになるのだと。これらの発言の根底には、これまでも政府がマスコミをつうじて一貫して継続してきた反共宣伝、そしてリベラル派知識人の間にある「反ソ・反社会主義」、「反スタ」、「独裁国家朝中ロ」言説がないまぜになって人民の意識の中に定着してきているからだろう。同時に、侵略され、土地も言葉も奪われ虐殺された人びとの怒りを、本当に自分たちの課題として共有できていないからだろう。これらが、現代日本社会に蔓延する差別意識、排外主義感情に結びついている。出口の見えない閉塞感が、政府・マスコミが垂れ流す情報と相まって、人民のなかに、なんで朝鮮や中国がそんな偉そうにしているのだというような、傲慢な意識が入り込んでいる。
貧困化する若者の意識は
藤原 話は変わるが、未来は若者に委ねられているのだから、その政治意識に注目する必要がある。たとえば20代、30代を対象にしたアンケート調査(Z世代の政治に関する意識調査2023年版―
株式会社SHIBUYA109エンタテイメントのプレスリリース、NHK「クローズアップ現代」政治意識調査など)では、「投票に行きたい、行くべきだ」との回答が7、8割にのぼる。18、19歳では「現代の政治再編が必要だ」に67%以上、「どちらかというと必要」も合わせると92%にもなるという結果もある。そのいっぽうで、「自分が投票したところで何も変わらない」との回答も6割に達している。これらは投票率が54%と最低を更新し続けることとも矛盾しない。
かれらは実はよく社会・政治状況を見ている。むしろ投票率が低いのは政治的関心の裏返しと見るべきではないか。どこの政党も言っていることは変わりばえしない。選挙で国会の政党構成などが変わっても身の回りの状況はいっこうに変わっていないことを経験的に知っているのだ。
厚労省の調査ですら世帯年所得が200万円以下は20%強、300万円以下は36%にも上る。1人世帯数が増え続けていることを差し引いても生活ギリギリだ。わたしは高校の教員だが、学校の様子を見ても、来られない生徒が増加している。理由を聞くと、中には親が仕事で、弟や妹の面倒を見なければならないというのが一定数いる。多くの生徒は授業料が実質免除になっているけれど、修学旅行費だとか実習費などの学校で徴収するお金が払えない例もここ数年で格段に増えている。統計を見ても、実感としても、世のなかは良い方向に変わっていない、選挙に行ってもしょうがない、となっている。しかしそうした層のなかの少しでも能動的な人たちは、はっきりものを言っているように見える、何かしらの変革や抵抗を演出したところに投票している。れいわや参政、国民などが増えた背景にはそういった理由がある。つまり大衆的政治意識は存在するが、それをまとめられていない。そのための組織の存在よりも明瞭に対抗できる思想が提示されていないことの現われとみるべきではないだろうか。
ネット利用の効果は大きい。30代ぐらいまでの世代は物心ついたときからスマホが手元にあって、われわれとは情報の入手先が違う。以前は新聞やテレビだった。いまはテレビなんかつけない。1、2分でも隙間時間があればスマホを見る。あらゆる情報をスマホで見て聞いて発信する。その力は絶大だ。それがよくわかっているから、石丸などはネットをうまく使った。
アメリカやEUなどの資本主義国列強でも状況は似通っているように見える。少し前から出てきたジェネレーションレフトといわれる潮流がそうで、たとえば、アメリカでは実態は社会民主主義だけど「社会主義」を主張するバーニー‐サンダースなどへの支持が若者層を中心に高まるといった現象が出ている。
広野 アメリカの今度の大統領選では既成のメディアの「予想」がみんな外れた。ハリス有利ないし接戦という報道だったけれど、トランプが圧勝した。しかしマスコミはなぜ間違えたかの総括もできていない。最初にトランプが勝利したときの大統領選でもかれはぜったいに負けると大手メディアはいっていたのに勝ってしまった。
既成のメディアは、民主主義、議会主義、リベラリズムが良いものだという価値観で報道しているけれど、実際の大衆の意識状況はそういうものに共感できなくなっているのではないか。かつては特定の大統領候補の支持を打ち出していた『ワシントン・ポスト』や『ロサンゼルス・タイムズ』などの主要新聞が、自分たちの立場を鮮明にできないような状況になっている。「正論」だけを言っている活字メディアはこれから先影響力をもたなくなるだろう。
今後の闘い
稲垣 ではこうした状況のなかで今後どうしていくのか、ということに話を移していきたい。神奈川で高梨さんが所属している2区の連絡会は、共闘を自己目的化、ただ野党がいっしょになればよいというのではなくて、改憲反対とか、具体的な課題で共闘をつくっていくべきだという考えで運動を進めようとしているのですね。
高梨 そうです。しかし、神奈川の連絡会全体はいまはまだそうなってはいない。
共産党の党員のなかにも、「市民と野党の共闘」だけしか言わない集会をやったってしょうがない、もっと具体的な課題を全面に出した集会にすべきだという人もいる。
だからいまは、神奈川市民連絡会の中心的な人にわたしたちの戦争をさせない神奈川市民ネットに加わってもらって、改憲問題も含めていっしょにできる態勢をつくろうとしている。
具体的には冒頭で紹介した12月22日や1月25日の行動を神奈川市民連絡会もいっしょに取り組もうと提起している。
伊藤 「市民と野党の共闘」の現状だが、今回の選挙ではかなりきびしい状況になっている。前回2021年の衆院選のときには、289の小選挙区のうち145で与野党一騎打ちの構図をつくることができた。しかし今回は44区にとどまった。野党共闘が成立しなくなっているということだ。それでも、全国的には、沖縄のようにしっかりとした野党共闘の基盤があるところは維持されているし、新潟や長野、東京では練馬や杉並など、共闘が成り立って議席獲得に結びついたところはある。だがそれは全体から見ればごく一部だ。
稲垣 前回までは安保法制反対という共通の課題があったから共闘できたけれど、今回はそれがない。立憲は安保法制の現状を当面は変えないといっているのだから。そうであれば、共通の結集軸を失ったこの枠組みには見切りをつけて、改憲、軍拡反対といったテーマでいっしょに運動をする新たな体制をつくっていくしかないのではないか。
高梨 それしかないと思うけれどね。
稲垣 共産党の選挙総括を見ても、運動を立て直すには労働組合をはじめとした大衆運動にしっかり根を張って党組織の足腰を強化していくという方針(議会主義からの根本的な転換)がぜったいに必要だと思うのだが、そうした方向は示されず、SNSの発信・活用といった小手先の選挙テクニックの改善などが示されているだけだ。共産党自身が「自力の後退」を認めているのに。
広野 このままの状態で労働者人民側の闘いが組織されない状況がつづくと、結局自民党は巻き返すのではないか、相当に。一度世論を落ち着かせてというか、反省し負けたふりもしながら……。なにせ財界からの圧倒的支持があり自力もあるからね。国民などとの協力を進めながら。
逢坂 共産党の常任幹部会の選挙総括の文書で、今次選挙を「日本共産党がめざす未来社会――社会主義・共産主義社会が、『人間の自由』が全面的に花開く社会であることをおおいに訴えてたたかう、初めての選挙」といっているが、これもおかしいね。
稲垣 このことに関して、日本共産党はこれまでの姿勢を変えて社会主義・共産主義を前面に打ち出したと評価する論も出ているが、これはそんなことではないと思う。共産党の主張の力点は「人間の自由」の方にあって、旧ソ連や中国、朝鮮などの社会主義国家には「自由」がないとする論や、日米安保や自衛隊を容認し党首公選制を訴えた松竹伸幸党員除名問題で党内に動揺が広がるなか、この問題にかこつけてのマスコミの反共宣伝、共産党には「自由」が存在しないとするこれまで執拗に繰り返されてきた攻撃に対する屈服と転向としてのブルジョワ的「自由」の肯定の現われととらえるべきではないか。
大村 そのとおり。共産党の訴えは反共的な大衆の意識状況に迎合するため以外のなにものでもないし、志位和夫が最近出した本を含め、問題の本質は、そうやって選挙での票を増やそうとする政治的プラグマティズムにこそある。
稲垣 共産党の選挙公約や総括もそうだが、左翼と呼ばれる政治勢力の状況分析や方針提起では、現在の戦争とか貧困などの社会の不合理や矛盾を資本主義体制に起因するものだとはぜったいに言わないし、諸矛盾の根本的解決を社会主義的変革に求めることも言わない。
藤原 そこなんだよ。だから、いまの左翼勢力の主張はウソっぽいということが見抜かれてしまうのだと思う。はっきりと社会主義の必要性、自分たち労働者が権力をとるんだということを打ち出せば、意外と若い人たちは「そうだ、そのとおり」となると思う。もちろんいきなり多数が同意することはないにしても共鳴する部分は必ずある。
若い人に共通しているのは、社会に強い不満はもっている、だから声をあげたい、だけどそういう経験がないからあげられない。圧倒的な量のストレスが鬱積している。だからいいたいことをいっているやつにはシンパシーをもつ。
そういうことを考えると、もっとはっきりと社会主義のことをいうべきだ。いや「社会主義」というだけではあいまいで、労働者が権力を奪取すること、つまりプロレタリア独裁の意味を語った方がよっぽどストレートに伝わるとわたしは思う。「やばいやつ」と思われるぐらいでちょうどいい。
稲垣 いろいろとご意見ありがとうございました。時間の都合でそろそろ終わりにしなければなりません。冒頭に議論してほしいとしてあげたトランプ政権になった場合の影響とか、今回の選挙に示された日本政治の変化と欧米諸国など他の先進資本主義国で生じている変化との比較とか、あるいはそうした変化の基底にあるグローバルな政治や経済の動向の分析などについては改めて論議をしたい。
最初に今回の与党過半数割れの事態を歓迎すると述べたが、今日の論議でも明らかなように、この新しい状況を人民に真に有利な方向へ進めていくのは、われわれのこれからの闘い次第だ。われわれが大衆的闘いを強めていかなければ、支配階級は「野党」を抱き込んで壊憲と勤労人民収奪の路線を継続・強化していくにちがいない。このことを肝に銘じたい。
(『思想運動』1107号 2024年12月1日号) |