運動を基礎から強めるために
アメリカ労働運動の高揚から何を学ぶか

 9月14日にHOWS講座「アメリカ労働運動の高揚からなにを学ぶか」が開催された。30代の報告者若林靖久さん(自治体労働組合書記)は、アメリカの労働組合運動の現状と困難、そのなかで「労働運動に運動を取り戻そう」をスローガンに45年間活動してきたレイバーノーツについて報告した。【編集部】

米労働法と団体交渉権
 日本では労働三権は憲法上の基本的人権(社会権)ですが、合衆国憲法にはそのような規定はありません。全国労働関係法が団結権、団体交渉権を保障しているものの、1947年の改悪(タフト・ハートレー法)により組合員のみの採用を義務づけるクローズドショップは違法とされ、さらに27の州では「労働権法」(団結否認法)が制定されて組合加入を労働者の自由に任せるユニオンショップも禁じられています。また、経済的ストライキの際に「恒久的代替者」を雇ってスト参加者のポストを埋めることが認められており、使用者はスト参加者を事実上復職できなくすることが可能です。もうひとつ、事業場(交渉単位)の労働者の過半数の支持を得た労働組合だけが団体交渉することができる「排他的交渉代表制」がとられています。
 代表権を得るには①選挙型(全国労働関係局が主催する選挙を通じて認証を受ける)と②非選挙型(従業員の大多数が組合を支持している証拠〔署名など〕を提示し使用者に任意承認を求めるカードチェック方式)がありますが、後者は1982年のレーガン大統領による航空管制官労働組合つぶし以降、使用者によって拒否権が行使されるようになり、選挙型が大多数となっています。さらに選挙期間中の反組合キャンペーンが使用者の権利として認められており、使用者は過半数獲得を徹底的に妨害します。
ビジネスユニオニズム
 アメリカ労働組合運動の特徴はビジネスユニオニズムと呼ばれる労資協調路線です。3~5年ごとの労働協約改定時に産別組合本部や支部の役員がビジネスとして労資交渉を行ない、組合費に見合ったサービス(賃上げや付加給付)を提供します。組合員は賃金、健康保険、休暇、苦情申し立てなどの「商品」の消費者、購買者と捉えられています。現場労働者からの苦情申し立てを協約の範囲外だとして取り上げないなど、協約締結や組合認証に結びつかない闘争は忌避する傾向があります。組合役員は専従で、組織運営は中央集権的であり、役員の地位が脅かされるような民主的な改革に幹部は抵抗します。組合財産の私的流用や反対派への暴力、脅迫といった腐敗がしばしば見られ、司法によって摘発された例も少なくありません。
レイバーノーツ
 2023年のUAW(全米自動車労働組合)の労働協約改定時のストライキ闘争をはじめとするアメリカ労働運動の盛り上がりはレイバーノーツの活動が支えていると見ています。そのレイバーノーツについて報告します。この報告にあたって旧一橋大学大学院フェアレイバー研究教育センターの山崎精一氏の論考を参考にさせていただいていることを申し上げておきます。
 レイバーノーツの正式名称は労働教育調査プロジェクト(Labor Education and Research Project)。「労働運動に運動を取り戻す」ことをスローガンに、この展望を共有する活動家のネットワークをめざすメディアおよび組織プロジェクトとして1979年にミシガン州デトロイトで創設されました。
 雑誌、ウェブサイト、書籍、会議、ワークショップを通じて、労働者の組織化、労働組合指導部の譲歩と闘うための戦略、労働者センターとの連携、そして組合員が運営する労働組合づくりを推進しています。デトロイトとニューヨーク州ブルックリンに事務所を持ち、さまざまな経歴を持つ23人の労働運動活動家が政策委員を担い、6名のスタッフを置いています。あくまでネットワークであり、会員組織ではなく、財政は発行物の売り上げと個人からの寄付でまかなわれています。2年に1度、労働組合活動家が集う全国会議であるレイバーノーツ大会を開催しており、今年4月にシカゴ郊外で開かれた大会には4700人の活動家が集まりました。中南米を中心に海外からの参加も多くありました。
出版物
 『トラブルメーカーズ・ハンドブック1』『同2』が挙げられます。多言語に翻訳され、レイバーノーツの出版物で一番売れているといいます。この『トラブルメーカーズ・ハンドブック』は「こうすればうまくいく」と教えようとするものではなく、「このようにやったんだ」という実際の経験を共有し、労働者が自らの問題を集団的に考えることの援助を目指す、そうしたハンドブックです。
 今年のレイバーノーツ大会の閉会スピーチをしたUAWのショーン・フェイン会長はそのスピーチの中で「若い労働組合活動家だったわたしには、もうひとつの聖書がありました。レイバー・ノーツの『トラブルメーカーズ・ハンドブック』です。これは私が組合代表になったときのバイブルで、上司と闘う方法と御用組合(company unionism)と闘う方法を同時に教えてくれました。」と語りました。
 日本語で読める文献では『職場を変える秘密のレシピ47』(日本労働弁護団発行・2018年。原題:Secrets of a successful organizer)があります。
運動を前進させた要因
 山崎精一氏は「レイバー・ノーツ大会とシカゴ教員のストライキ」(『労働法律旬報2016年6月下旬(1866)号』掲載)で、レイバーノーツが全米の労働運動を下から突き動かす潮流になりえた要因として次の4つを指摘しています。
 1 左翼的な言辞を排し社会主義という政治的立場を前提としない、一般組合員に開かれた活動を保障したこと。それは、職場の普通の組合員が中心の運動をめざすレイバーノーツの姿勢のあらわれだ。もちろん、タフト・ハートレー法により労働組合役員が共産主義者ではないという誓約書の提出を求められ、それが1965年に違憲とされた後もなお各組合の規約を根拠に左派が排除されていた事情も考慮しなければならない。
 2 一般組合員がビジネスユニオニズムから運動を奪還するための組合民主主義の重視。経営側に妥協的であり、結果として組合員を分断しておこうと考えるビジネスユニオニズムの執行部に対する民主化の取り組みを通じて、各組合の中で職場委員、支部の執行委員、全国組織の執行委員などあらゆるレイヤーで活動家が役割を担うことを支え、奨励してきた。
 3 コーカスを通じた組合内変革という路線。改革派コーカス内の研修教育をレイバーノーツが担うことも多い。コーカスとは労働組合内の女性、アフリカ系アメリカ人、ラテン系アメリカ人といった同じ属性や人種の人の集団のことで、連邦法で結成が認められている。役員選挙では執行部支持派と反対派がそれぞれコーカスをつくり活動を展開する。ローカル段階のものもあれば全国組織段階、産別段階のものもあり、たとえばチームスターズ労組のなかの「組合民主化をめざすチームスターズ」は産別段階のレイバーノーツ潮流のコーカスのひとつで、90年代に委員長選挙に勝利し貨物運送会社UPSでの全国ストを敢行した。
 4 スタッフと支持者の世代交代に成功していること。創設時の購読者層は自動車などの製造業や交通、運輸、通信などの労働者が中心で白人中心であったが、現在では公務、サービス産業労働者が増え、労働者センターやさまざまな労働団体、地域団体のメンバーが増えている。人種的にも、ヒスパニック、アフリカ系、アジア系労働者の比率が高まっている。これはレイバーノーツが意識的に人種、ジェンダー等の多様化に取り組んできた結果である。

労働者のパワーを引き出す
 そのうえで、わたしが重視したいのは、レイバーノーツのオルガナイザーは「労働者にはパワーがある」ということを、たとえ長い時間をかけてでも、労働者自身に自覚させるよう取り組んでいることです。オルガナイザーは、労働条件や職場環境に問題を感じる一般組合員同士が、お互いの考え方をよく知りながら、職場が抱える問題とそれを生み出している原因を分析し、職場内の力関係(それぞれの強み・弱み)を正確に分析するとともにマッピングし(地図をつくり)、それを土台に行動を計画するよう援助します。パワーが足りないという判断の場合には組織化も含めて計画します。こうして労働者が自ら効果とリスクを分析しながら実行することで「自分たちには職場を分析し、職場を変革する力(パワー)がある」ということを自覚させること。それがレイバーノーツのランクアンドファイル戦略(草の根の組合員戦略)の本質です。
 レイバーノーツのオルガナイザーは、一般組合員同士の話し合いの場で自分の発言やアドバイスが「組合員を越えてしまった」ということを自覚し、自制することを心掛けているといいます。その自制には「わたしたちが日々向き合わなければならない矛盾は資本主義というシステムが生み出しているのだ、わたしたちは世界を分析し、世界を変革する力を持つのだ」というところまで、自分自身で一般組合員は到達していく、そういう信頼と確信が含まれていると考えます。
 思うに、前もって用意されている計画に動員するなどしてオルガナイザーが「正しい道に導く」のであれば、労働者を抑圧し支配するために資本家が日々投げかけてくる「あなたたちは指示を待つことしかできない無力な存在だ」というメッセージと結局は同じではないでしょうか。
わたしの組合では
 わたしは会計年度任用職員(自治体雇用の非正規労働者)の担当もしています。活動のなかで、一般組合員の強力な力を実感しています。
 昨年の非正規賃金闘争で当局は、正規職員は人事委員会勧告に基づいて4月にさかのぼって賃金の改善をするが、非正規は遡及改定しないと言ってきました。その時「会計年度任用職員の賃金も遡及改定してください」という団結署名を集めました。2週間もない短期間の取り組みでしたが、会計年度任用職員を中心にとんでもない筆数を集めました。組織している会計年度任用職員数の4倍、正規・非正規・外郭団体を含めた全組合員数をも大きく上回る数でした。これには当局も驚いて「重く受け止めたい」とコメントし、遡及は勝ち取れなかったものの非常に有利な内容の賃金改定で決着できました。
 署名回収の経験談を聞くと、各支部の一般組合員が自分の職場で、非組合員の同僚や、場合によれば上司からも集めてきたと言っていました。学校職場は分散しているためコンビニのネットプリントサービスを使って自分でお金を払って署名用紙を印刷し、教職員を含む学校中の職員から署名を得て、かなりの筆数を集めた組合員もいました。
 一方で、会計年度任用職員の役員会議を開き当局交渉の場に座ってほしいというと「自分は立場が弱いからちょっと」とか「交渉は支部の役員や本部にお願いしたい」となってしまう部分もあります。
 事実としてものすごく強力な力を持っているにもかかわらず、交渉の前面に出ていこうとしないのは、主体性が育っていないということですが、日頃の組合の姿勢に当事者を「飛び越えてしまっている」ところがあるのではないかという反省があります。その裏にあるかもしれない強固な請負主義からの脱却を考えていかなければと感じています。
 一般組合員の代表があらゆる交渉の場に立ち、たとえそこで負けても、職場に戻り、仲間に結果の報告をして、いっしょに当局の態度に怒り、自ら敗因の分析をして、次には勝つために対話と組織化をしていく、そのようなランクアンドファイル戦略の実行を夢見ながら、わたしの報告を終わります。

〈質疑と討論から〉
 (A)排他的交渉代表制という言葉を聞いてぼくが思い出したのは、だいぶ前に見た『ノーマ・レイ』という映画です。1980年ぐらいの映画で、アメリカの紡績工場が舞台で、ノーマという女工がその工場で労働組合を作る話だけれども、クライマックスはその工場で労働組合を支持するかしないかで投票が行なわれ、組合支持の投票が多数をとり、その工場に労働組合ができる。最初に見たときに、わたしの感覚だと、工場という事業場で労働組合を作るか、作らないかで選挙やるってどういうことか分かりませんでした。
 日本の場合は、労働組合というのは2人でも3人でも作れるし、団体交渉もできるわけですね。そこには非常にいい要素があるのだけれども、しかし、運動の仕方として、労働組合内で多数をめざすよりも、左派が固まって飛び出して少数組合を作っちゃうという風なことがしばしばありますよね。ぼくは郵便労働者でした。郵政ユニオンは今もストライキを打つし、JP労組の体たらくと比べればほんとうによく頑張っているけれども、しかし少数労組で、職場の支配力は弱いです。そういう闘い方がどうなのかという気持ちがずっとあります。
 お話にあったアメリカの排他的代表制、これは確かに組織化はきわめて困難だろうけれども、報告にあったように労働組合の中で多数を取っていく地道な取り組みでいくしかない、そういうことですよね。日本のわれわれはそういうところが弱いのではないか、と思いながら聞いていました。
 (B)レイバーノーツは左翼的なイデオロギー色を排して、労働者の主体性を優先しているという説明がありました。いまガザで起きていること、イスラエルやウクライナに対してアメリカが金も武器弾薬も支援していること、アメリカがその覇権を維持するためにいろんな国を抱き込み、中国・朝鮮に対してはアジア版NATOや米日韓合同軍事演習等で圧迫し恫喝をしている現状があります。レイバーノーツは反戦平和の課題、反帝国主義の課題をどう考え行動しているのでしょうか。
 (C)米国の労働運動がひとしなみに反戦の運動をしていない、というわけではありません。たとえばUE(全米電気・無線・機械労働組合)は大会でウクライナ戦争の終結、イスラエルへの軍事援助の停止と投資資金の引上げ、在日米軍基地の閉鎖、キューバとの関係正常化等を決議しています。そのUEは、大学院生組合員を多数組織しているUAW傘下のカリフォルニア大学教員組合なども巻き込みながらパレスチナ連帯行動を行なっています。
 (D)『思想運動』紙4月1日号の国際短信で報じられていたように、米国では2月に7つの全国労組(UAWや全米教育協会など)と200以上の地方労組によって「停戦のための労働者委員会」が結成されパレスチナ連帯の行動を始めています。参加組合員数は900万人、全米の労働組合員の6割を占めるとのこと。
 (E)日本の全労連はレイバーノーツとどういう関係を築いているのでしょうか。
 (若林)全労連はこれまでもレイバーノーツ大会に書記局の国際部を中心に代表を派遣してきました。今年の大会には全労連・国民春闘共闘から39人という過去最大の規模で参加しています。6月に報告集会が開かれ、報告集も出ました。直近の『月刊全労連』10月号では「レイバーノーツから何を学ぶのか?」という特集を組んでいます。全労連内にはストライキに慎重であったり「適法性」に固執する単組、活動家も少なくありませんが、7月の全労連大会で「対話と学びあいを全労連運動の文化にする」方針を決め、オルグ養成のための研修・研究機能の構築を提起するなど、レイバーノーツに学ぼうという流れが顕著に見受けられます。

【文責・吉良寛】
(『思想運動』1105号 2024年10月1日号)