女性の搾取強化こそ少子化の要因
「ジェンダー平等論者」の顔をした資本の使徒


 新聞掲載のエッセイなどに、「女性の味方」のような顔をしつつ、労働者・生活者にとって不利益となる嘘・誤りを述べ立てるものがある。そこに「ジェンダー論」的なものがどう利用され、読者に対する認識操作・誘導がどうなされているのかを見るために、階級的視点が必要だということを具体例に即して見る。
 3月初め厚労省は、日本で2023年に生まれた赤ん坊は75万8000人ほどで、過去最少と発表した。このことに触れた、長谷川眞理子(進化生物学者、日本芸術文化振興会理事長)筆「福祉国家ではない日本 昭和おじさんモデル」(『毎日』3月10日付)というエッセイがある。
 エッセイの冒頭長谷川は、「人口減少は世界的な潮流であり、当分、これを止めることはできない。すべての生物において、子どもの死亡率が高ければ多くの子どもをもうけるが、子どもの死亡率が低ければ産む子どもの数は少ない。世界中で文明が発展、医療が進歩しており、どこでも乳幼児死亡率は下がっている。そうであれば、生む子どもの数が減るのは、文化や社会のあり方を超えて、生物学の法則である。」と書く。

日本の「少子化」は生物学の法則?

 紙幅の関係で詳細は省くが、少なくとも以下の点が指摘される。①「人口減少は世界的な潮流」というが、2023年の世界人口は前年比7600万人増の80億4500万人(国連人口基金発表)で、世界の人口動態グラフは1950年から一貫して右肩上がりである。人口増加率と出生率は60~70年代から低下傾向であるが平均寿命は年々延び、人口増加国が圧倒的に多い。OECD諸国でも米、英、仏、加をはじめ増加国の方が多い。「産む子どもの数が減る」ことと人口減少は直接には結びつかない。②乳幼児死亡率は1991年のデータに比べれば格段に下がっている国が多いが、2021年アフリカ諸国の乳幼児死亡率の平均は1000人当たり49・6人である。日本は2人(『世界こども白書2023年』)。長谷川は、「多死多産」という言葉が当てはまる国・地域が多くある事実やその社会的経済的要因に蓋をして「生物学の法則」をあてがうことが「生物学者」の仕事だと思っているようだ。
 昨年10月時点の推計で日本人の人口は83万人減り、「比較可能な1950年以降で過去最大の落ち込みだった」(『東京新聞』4月14日)。この数十万単位の人口減少は、「急激な少子化の影響が大きい」(総務省)と当局。誤り・虚偽を含む長谷川の弁は、子どもをつくらないことを選択する人が急増する社会的な要因から目を背けさせる。「生物学の見地」をかさに着て読者の「無知」「無関心」につけ込む悪質な認識誘導である。

女性の貧困つくられる要因

 さらに長谷川は、夫が外で働き妻が家事・育児・介護を行なう家父長制的性別役割分業にわざわざ「昭和おじさんモデル」と名づけ「……しかし今や、このモデルは成り立たない。毎年右肩上がりの経済成長は望めず、一人の男性が全部を賄えるような稼ぎはない。男性も女性も、稼がねば生活は成り立たず、子どもも育たない。」と書く。
 長谷川は、男女の性別役割を指摘しはするが、それが差別であるとは言わない。ジェンダー論の味つけで社会的動向をなぞって見せながら、それが今や「通用しなくなった」だけだとすり込んでくる。
 この性別役割とは、終身雇用・年功序列・企業内組合という敗戦後日本の、とりわけ高度経済成長期を支えて以降の「日本型雇用」により多数となった働き方・家族のあり方だ。それは、95年日本経営者団体連合会の出した「新時代の『日本型経営』」によって終止符を打たれ、その独占資本の示した労働コスト削減・景気調整弁的労働力の拡大方針に従い政府は、労働政策を大きく転換させてきた。この資本の戦略に対し、右翼的に再編された労働運動は歯止めをかけるどころか手を貸した。結果、2000年代にかけ若年・壮年の不安定・低賃金雇用、無権利な労働者が急増したことが、08年をピークに人口減少へと転ずる経済的社会的な要因としてまず挙げられる。労働力の価値以下の賃金しか支払われず、次世代の再生産はおろか、自らの日々の再生産もままならない労働者が03年には全労働者の3割を超えたのだ。
 しかしこの動きは、95年に突如始まったものではなく74~75年恐慌を契機として舵が切られた新自由主義政策に端を発する。そのドラスティックな突破口とされたのが、85年の労基法改悪(女子保護規定緩和)だ。男女雇用機会均等法制定を隠れ蓑に、表向きの「平等」化の裏で、多くの女性にとり正社員として働くハードル(転勤、残業などの条件)が一気に上げられ、女性の「非正規」化が当人の「選択」だからと正当化され拡大した。その「選択」の背景には女性責任とされてきた家事があることは言うまでもない。結果、社会的な男女の性別役割は縮小するどころか、再編・強化されてきた。
 男性の搾取労働を無償・私的に支える女性を、家事責任を理由に低賃金労働者化し、かつ社会保障費を節減できる。「女性活躍」を謳いつつ、本音は女性を搾取強化の手段・対象として貶め手離さない資本のうまみがここにある。しかも「非正規」化した女性の労働組合離れはいっそう進み、無権利状態から脱却する道を閉ざすことにつながった。
 そもそも、敗戦後政府は社会保障を企業まかせにしつつ、意図的に制度的不備をつくることによって、女性の家計補助的な低賃金労働者化を惹起してきた。家父長制を利用しながら、労働力商品化=労働者の非人間化による利潤追求を至上命題とする資本主義は「福祉国家」になり得ない。多くの女性にとって産むことが「リスク」でしかない。
 均等法制定運動は、性別役割の解消による女性の働く権利確立への思いや希望が込められていた。政府・独占はそれを逆手に取りかれらの目的を貫徹してきたと言えるだろう。何がそれを許したのか。当時から40年が経とうとし、女性の不安定雇用・貧困がここまで拡大したいま、いまいちど当時の女性・労働運動の方針を総括する時に来ているのではないだろうか。
 現在女性労働者の6割が「非正規」(内4割が世帯主)であり、貧困による非自立化は女性の経済的社会的活動を萎縮させている。子どもを産む・産まない選択をする以前に、女性が権利主体となること自体が疎外されているのだ。
 右記のような「少子化」の要因一切から読者の目を背けさせる長谷川の着地点は以下である。「世の中のあらゆるところに、この〈昭和おじさんモデル〉が染み付いている。夫が稼いで妻は被扶養者であることを前提とした法制度や税制にも、年金制度にも、社会福祉のあり方にも。そして人びとの男女観にも……。少子化は、日本の現代女性がこのモデルに愛想をつかしたことの表れではないかと思うのだ。」国民年金の第3号被保険者制度改悪をはじめ、政府・独占が求め連合が追従する増税路線(本紙3月号参照)等の受容へと、「ジェンダー平等」論者の皮をかぶり非科学的な言葉で読者をいざなう。

【米丸かさね
(『思想運動』1100号 2024年5月1日号)