階級という一本の線で
やられ放題の状況を変えていくために

吉田茂邸に「負けた」

 わたしは神奈川県の大磯町に住んでいる。連れ合いは息子の小学校のPTAで特別支援教育についての小さな集まりを組織している。先日そこで連れ合いが聞いてきた話である。ちょうど10年前に、ある肢体不自由の小学生が地元の公立中学校に進学したいと望んでいた。近いし多くの友だちはその中学校に進学するから当然の願いである。しかし、小学校にはあるのに中学校にはエレベーターがなかった。そこで支援学級にかかわる保護者たちが設置を求め、教育委員会にも掛け合い、タイミング的にも中学校の耐震工事とも重なっていたので設置の方向に動き出した。しかし、結局エレベーターの設置予算は削られ、その子は近くの中学校に行くのを諦めざるを得なかった。なぜエレベーターの予算は削られたのか。「吉田茂邸に負けた」というのだ。当時は、ちょうど焼失した「吉田茂邸」の再建計画と相まって郷土資料館のリニューアル計画があり、そちらのほうがエレベーターより優先順位が高いと判断されたというのだ。友だちがいる近くの学校に行きたいという小学生の当たり前の望みよりも、死んだ人間の家の再建が優先されたのだった。

片隅にまで支配階級意識

 しかし、町ゆかりの著名人だからとか、観光に資源になるから、あるいは議会や行政の人権意識の欠如がこの不条理の本当の原因ではない。吉田茂邸が焼失したすぐ後に神奈川県は西武鉄道からその土地を買い取り、国と県と町が協力して、トントン拍子で何億という金が工面され、10年と経たないうちに公園として再建されたのである。
 しかも10年前といえば、ちょうど国を挙げての「明治150周年記念」事業とも重なる。郷土資料館のリニューアルの中身は、以前は町の文化風習の歴史展示、とくに朝鮮とも繋がりの深い高麗神社とその夏祭りの船形の山車の展示が圧巻だったのだが、それらは撤去され、伊藤博文をはじめ、山縣有朋、西園寺公望、大隈重信、陸奥宗光、岩崎弥之助、安田善次郎などの大磯ゆかりの政財界人、つまり日本の帝国主義化を進めた立役者たちの紹介展示に代えられたのだった。わたしはここに支配階級の階級意識の現れを見ないわけにはいかない。日米軍事同盟を前提とした敗戦後の日本資本主義の立て直しを構想し、徹底した反共主義と反労働者政策を牽引し、資本家階級にもっとも貢献した政治家の1人であり、死んだときには「国葬」までされたのが吉田茂という人間だ。だからこそ神奈川の片隅にある公園の落成式に麻生太郎、二階俊博、菅義偉などの自民党大幹部までが出席するという異様なことが行なわれもしたのだ。
 どこからどういう力が働いたかは関係ない。些細にみえることでも資本家階級の利益になることは予算がつきやすく、どんなに些細なことでも労働者階級の利益になる予算を獲得するのは至難の努力を要する。

犯罪者は証拠を隠減しようとする

 教育や朝鮮と言えば、朝鮮学校の補助金を奪い、無償化の対象から外し、朝鮮学校を兵糧攻めにしているのはなぜだろうか? 「多文化共生」が気に食わない右翼国粋主義的思潮が大きくなっているからだろうか。もちろんそれも現実だが、現在の日本の帝国主義的欲望、すなわち現在の植民地主義的収奪を強化するためには、過去の帝国主義日本の加害性の証拠隠滅を図り正当化しなければならない、だからこそ「在日朝鮮人」の存在を支える朝鮮学校の消滅を執拗に追求する。そういう単純明快な日本資本家階級の意図を見ないわけにはいかない。群馬の森の朝鮮人労働者の追悼碑が1月29日に強制撤去されたのに勢いづいて自民党の杉田水脈が「本当に良かった」「日本国内にある慰安婦や朝鮮半島出身労働者に関する碑や像もこれに続いてほしい」と息巻いているのも、本人の下品な右翼趣味だけの問題ではなく資本家階級の要求を吐露してもいるのだ。

住民を生贄にして資本家は潤う

 能登半島の震災ではすでに避難者1・4万人、確認されているだけで240人以上の死者が報告されている。その死因の4割が圧死、3割が低体温・凍死・外傷性ショック死という事実は、救急対応の遅れを意味している。日本国内には防寒対策や医療資材や車も溢れているにもかかわらず、これだけの被害を出しているのは道路が寸断され人も物資も届けられなかったからにほかならない。国交省は2023年には全国の道路や橋の約4割以上、トンネルの3割以上が建設から50年以上が経過し老朽化しているため自然災害には耐えられないことを認めていた。しかしこういったインフラ整備は放置されてきたのだ。2002年以降の「三位一体改革」による特定財源の一般化と支出削減圧力の影響でインフラ整備すらままならず、あわせて全国の地方公務員の4割以上が不安定雇用に置き換えられた。非常時の行政対応はなおさら崩壊的にならざるを得ない。耐震化が財政難で進められなかったことが被害拡大につながったと石川県も認めている。このように地方の切り捨てが行なわれている一方で、オリンピック、万博など儲かりそうなものには巨額な公費が投入されている。このような構造的矛盾はどうしてくりかえされるのか。なぜ食い止められないのか。
 「ローカル線の廃止」問題についても同様だ。国鉄の民営化で赤字だ何だと拍車がかけられ、生活のための移動手段が奪われている一方で新幹線、リニアには巨額の金が注ぎ込まれている。採算優先の統廃合で近くにあった病院が無くなり、歩いて通える小学校も廃校にされた。公立の幼稚園や保育園は民営化しなければ国からの補助が削られる。それらは「民営化すれば良くなる」という住民の市場競争信仰により後押しされるという悲しい現実。

すべてを労働者階級の利益に!

 同様のことは皆さんの住む地域でも、労働現場でも繰り返されているのではないか。
 それらは自然発生的にでき上がった、今後反省すべき不具合といった種類のものではない。「財政の健全化」「競争的環境化」のスローガンの下で人民の生活が蔑ろにされる代わりに資本家階級が潤う仕組みが国策として進められてきた結果なのだ。とくに日本の労働運動の解体状況がそれを許してきた。今期春闘では「満額回答」を歓迎するムードがあるが、実質賃金は下がるばかりで解雇自由の平均年収200万円以下の非典型雇用は4割を超え増え続けている。さまざまな差別反対は言われるが、査定、職種、雇用形態による賃金的差別はいっそう酷くなるばかりではないか。
 すべての事例において資本家階級の合言葉はあきらかだ。「全ては資本家階級の利益のために!」この階級意識で貫かれている。自民党の裏金問題や統一協会の献金ばかりが不正のように言われるが、巨大資本はあたりまえにその10倍以上もの企業献金を毎年自民党に「投資」している。自民党がかれらの利益のために動くのは当然であり、資本家の利益はわれわれ労働者の不利益でできているのも当然だ。
 さまざまな社会矛盾が指摘されている。あまりに多くの問題があり、何から手を付けるべきか途方に暮れるほどに。それらに献身的に抵抗する人たちがいる。それらの課題を「階級対立」という一本の線で繋げたいし、繋がるべきだ、とわたしは思っている。それができさえすれば、原発、軍拡、日本で世界で繰り返される戦争政策も、今のようなやられ放題の状況が変えられるのではなかろうか。数多ある今日の社会的矛盾に階級対立を見るのか、見ないのか。まずはその点を、あらゆる諸課題のあらゆる場面を捉えて提起し議論することからはじめる以外にはない。

【藤原晃】
(『思想運動』1098号 2024年3月1日号)