中国敵視にすり替えられた核汚染水放出
排外ナショナリズムに屈するな

 福島第一原発の溶融核燃料(デブリ)に触れた放射能汚染水の海洋放出をめぐって、日本国内はもとより中国や朝鮮、韓国の野党勢力・労組や漁業関係者、太平洋島しょフォーラムなどの強い反対にもかかわらず、八月二十四日、東京電力は海洋放出を強行した。二〇一五年に政府と東電が明言した「関係者の理解なしには処理水の処分はしない」との約束を完全に反故にした暴挙に全国漁業協同組合や福島漁協、反原発運動団体は一斉に抗議の声をあげた。またこの問題はその後の中国による水産物の「一時」全面禁輸により日中関係にも深刻な影響をおよぼしている。
 岸田政権・東電・メディアは、七月四日に国際原子力機関(IAEA)が日本政府に「処理水調査報告書」を提出したことをうけて、海洋放出の安全性と正当性があたかも保証されたかのような虚偽宣伝を開始した。それに対し同日の記者会見で呉江浩・中国駐日大使と大使館報道官は以下の反対理由を述べた。
・日本側は周辺近隣国など利益関係者と協議をせず一方的に決定。
・原発事故で生じた汚染水の放出は前例がない。
・中国も原発から放出しているというが、放出しているのは冷却水であり、溶けた炉心に接触した汚染水ではない。
・溶け落ちた炉心に直接接触した汚染水には六〇余種の放射性核種が含まれており、多くは有効な処理技術がない。
(岡田充『海峡両岸論』第一五三号参照)
 IAEA報告書にしても「処理水」海洋放出に「お墨付き」を与えたわけではないのだ。
 開始後一週間を経て発表された中国共産党機関紙海外版『環球時報』社説(八月三十日付)は、この一週間の動向を論じ、みずからの暴挙を中国攻撃にすり替える日本政府、メディアの巧妙な意図を指摘している。「日本は一五〇〇トンを超える核汚染水」を外洋に放出しながら、中国在住日本人の「安全」などを持ち出して、「国際社会のスポットライトを海への核汚染問題からそらし、日中間の外交問題にむけさせることを目的としている」と。
 この間メディアは、中国から日本への抗議電話を「嫌がらせ電話」と報じ、中国国内の日本施設への「投石事件」などをことさら大きく取り上げた。日本外務省は駐日中国大使を召還し「極めて遺憾であり憂慮している」と「抗議」した。海洋核汚染の被害をうけることへの中国の抗議をめぐり、逆に日本が中国の不当な攻撃の被害者であるかのように強弁し敵愾心を増幅させる世論操作がなされた。極右勢力もここぞとばかり中国敵視の排外主義を煽りたてる。複数の全国紙朝刊(九月六、七日)に櫻井よしこが理事長を務める公益財団法人の「日本の魚を食べて中国に勝とう」との意見広告が掲載された。中国の禁輸を「科学的根拠の一切ないひどい言いがかり」と断定し「不条理に屈しません」と訴えた。
 中国政府による日本産水産物の一時禁輸措置によって、中国・香港向けが輸出の四割を占める日本の水産業は甚大な影響をうける。政府・自民党は閣僚による福島産水産物の試食を奨励し、かれらをメディアに登場させ「水産業を守る」一大「国民運動」を展開しようと躍起である。岸田は二〇七億円の「漁業支援」を表明したが、この資金は東電に出させるのではない。われわれの血税で賄われるのだ。
 岸田政権の大軍拡が「中国の軍事的脅威」を喧伝して進められているように、日本の支配層はあらゆる事象・機会をとらえて中国敵視の思想状況をつくり出し(時に乱暴に時に狡猾に)反動政策の推進に利用する。今回のケースもそうだ。この思想攻撃に立ち向かうためにも、まずは中国側の見解を正確に知り主体的に判断する態度が求められる。
 取り返しのつかない深刻な核汚染を中国敵視の排外ナショナリズムで合理化するたくらみを許してはならない。汚染水放出をただちに停止せよ!

【逢坂秀人】
(『思想運動』1093号 2023年10月1日号)