労働時評
「三位一体の労働市場改革」のねらい

求められる労働組合運動再構築の論理

 五月十六日に開催された第一八回新しい資本主義実現会議で「三位一体の労働市場改革の指針」(以下「指針」)が決定、公表された。昨年十一月以降、計七回の会議を経て取りまとめられたものである。
 その後六月十六日に閣議決定された岸田政権の成長戦略「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」と「経済財政運営と改革の基本方針2023」(「骨太の方針」)のいずれにも「三位一体の労働市場改革」が項立てされ詳述されている。政府・独占の並々ならぬ意気込みが読み取れる。
 「三位一体の労働市場改革」は、次の三つによる雇用流動化によりこの国の雇用慣行・システムを変えることだ。
 ①リ・スキリングによる能力支援向上。企業経由ではなく個人への直接給付の拡充、企業での「人への投資」拡充、休業補償から教育訓練重視への雇用調整助成金の転換など
 ②個々の企業の実態に応じた職務給の導入。富士通、日立、資生堂の導入事例を示す。制度導入のための多様なモデルを整理して年内に提示
 ③成長分野への労働移動の円滑化。失業給付における「自己都合」の場合の支給要件緩和、退職所得課税制度の見直し、厚労省のモデル就業規則の改正による自己都合退職に対する障壁の除去、求人・求職に関する官民情報の共有化、副業・兼業の奨励など
 つまり「終身雇用」と称される同一企業での長期雇用と年功賃金を享受できる労働者をますます少数にするとともに、企業間・産業間の労働移動(転職)を広く行き渡らせること(=雇用流動化)で、企業収益を拡大し経済成長と国際競争力を復活させること、これが指針の狙いだ。「構造的賃上げ」や「多様なキャリアや処遇の選択肢の提供」はお題目に過ぎない。

本質は賃下げとリストラ推進

 そもそも指針自身が「転職により賃金が増加する者の割合が減少する者の割合を上回ることを目指す」としているとおり、転職しても転職前の賃金を下回る場合が多いのが現実で、「転職で賃金上昇」は幻想だ。それどころか「追い出し部屋」の代わりにリ・スキリング講座を受講させて転職を強要する「スマートな」リストラが横行しかねない。
 また、この国の職務給は、欧米でのような、企業横断的な労資交渉(産別交渉)の結果として仕事(ジョブ)の銘柄ごとに成立する同一労働同一賃金(一物一価!)の職務給ではまったくない。一九九〇年代以降に導入がすすんだ成果給と同じく、中高年層の年功的な賃金上昇をくい止める賃下げツールだ。職務給が広がれば「構造的賃下げ」が進行する。指針は、いわゆる「限定正社員」の形で拡大しつつあるジョブ型雇用を念頭に、職務給導入に伴う「労働条件変更と現行法制・判例との関係、休暇制度などについて」年内に事例を整理し示すとしている。警戒が必要だ。
 経済学者の八代尚宏は、この労働市場改革について「基本的な政策の方向は望ましい」としつつ「解雇の金銭解決など労働組合の反発の大きいテーマにはほとんど触れられておらず、切り込み不足」「本来の労働市場改革と言うには、まだまだ程遠い」とうそぶいている(日経ビジネス電子版。六月二十一日)。
 政府・独占の策動はしたたかに一貫しており、階級的だ。われわれは、運動の力でこれをはね返さねばならない。
 われわれは、賃金と労働条件の切り下げに反対する。現局面では、雇用の安定を求め、年功的賃金カーブを守るために労働組合に結集して闘う。
 それは前提として、しかしそれだけでよいのか、考えたい。

日本労働運動の強化のために

 日本の労働運動は非正規労働者をほとんど組織できておらず、その声と利害を運動主流の要求と方針に織り込めていない。それは、日本の労働運動がジョブ型雇用に対する評価と方針を明確にできないことと対応している。
 たとえばわれわれは、最低賃金を除いて、外部労働市場を規制する手段を持っていない。ヨーロッパであればそれはジョブ型の働き方と賃金であった。「生活給」的な定期昇給や年功的賃金上昇がないかわりに、教育、医療、住宅等の費用の大部分は家計ではなく公的な支出(税および社会保険)で賄わせてきた。前述のとおりジョブ型賃金は労働の銘柄別の市場価格だから、フルタイム労働者とパートタイム労働者の間に身分的な格差は生じにくい。そこに彼我の違いがある。いっぽう、現在、欧米の労働運動は情報通信技術の進展を背景としたジョブのタスクへの解体の進行(たとえばギグワークの拡大)に対応することを求められてもいる。日本の労働運動にとって、ジョブ型なら問題解決という話にならないのは当然だ。
 いずれにしても、正規労働者に偏った労働組合の主体のありようを直視し再構築する運動論と組織論が、われわれにいま求められていると思う。単位組合にあっても、ナショナルにも、戦闘的、階級的な運動の指導部の形成、再建が焦眉の課題と考えるゆえんだ。この課題をともに担う志ある労働者、活動家、労働組合の交流と討論、協働を強めたい。

【吉良 寛・自治体労働者】
(『思想運動』1090号 2023年7月1日号)