国際婦人デー3・4東京集会開催
今こそ強めよう反戦と女性の権利擁護の闘い
切実かつ喫緊の闘争課題を提起した諸報告
                      

 三月四日、東京・文京区民センターにおいて国際婦人デー3・4東京集会が開催された。今年は、イベント制限もされず、「たちあがって、変えよう つながって、かちとろう」という集会の標題にふさわしく、会場では、参加者どうしも顔がうかがえるよう、舞台のない平場で机と椅子を扇型に並べるという工夫がなされていた。これまでHOWSの仲間が作り、いくつものデモや集会に持ち出された、連帯を象徴する旗や水仙・椿といった身近な生花も飾られ、プログラムには、切実であり緊急かつ多難さを示す闘いの報告が並んだ。
 初めに司会から、日本で最初の国際婦人デー集会が行なわれて一〇〇年、関東大震災から一〇〇年目の今年、ウクライナにおける戦争で人民の犠牲が増え続ける一方、朝鮮・中国を敵視して、沖縄の島じまに自衛隊ミサイル基地が急ピッチで配備されているなかで、反戦平和と女性の権利擁護を掲げた国際婦人デー集会を開催することの意義が訴えられた。また、同時刻に会場の上階会議室にて、朝鮮学校「無償化」排除に反対する連絡会の総会が開催されていることに触れ、戦後の戦争責任に向き合う一日としたい旨が述べられた。
 基調報告では、本藤ひとみ集会実行委員が、「わたしたちはどんな社会をめざすのか」というテーマで話をした。報告者は、戦争のない、だれもが搾取されることのない社会をめざす過程において、女性たちが起ちあがることは必須であり、長く続く差別を断ち切るために、団結・連帯してともに闘っていくことを訴えた(基調報告は今号付録に掲載)。

循環する日本社会の「憎悪」――特別報告

 次に、特別報告として、「在日朝鮮人の人権とヘイトスピーチ・ヘイトクライム」という題で、在日本朝鮮人人権協会の朴金優綺さんが話をした。まず、冒頭の挨拶や基調報告、会場に飾られた旗に触れて、日本の植民地支配責任そして戦争責任・戦後責任、継続する植民地主義に向き合おうとされているみなさんに、と感謝と連帯の意を表明した。
 そして人権協会の事務局として国連の人権条約機構に、朝鮮学校差別の問題や日本軍性奴隷制の問題をレポートしたり勧告を引き出すなかで、もう一〇〇年以上も続くヘイトスピーチ・ヘイトクライムの、限りなく増長する現状について、レジュメ・資料を参考にしながら確認した。二〇二〇年一月の川崎市ふれあい館に在日朝鮮人の殺害や同館の爆破を予告した脅迫文が送りつけられた事件をはじめとして、昨年のJR赤羽駅の差別落書きやコリア国際学園への放火事件、六つの朝鮮学校に対する計一一件の暴行脅迫事件、そしてオンライン上にあふれるヘイトスピーチなどがあった。なぜこのようなことが起きるのか? その意識構造を、米国の反ヘイト団体Anti-Defamation Leagueが作成した「憎悪のピラミッド」で表してみると、ピラミッドの頂点にあるジェノサイドは、在日朝鮮人に対するヘイトに置き換えると、日本の政府、軍、警察、一般市民による朝鮮人虐殺などに当たる。それを支える下部構造には数々の暴力行為や、その下には行政上の差別行為があり、土台となっているのは、無意識のうちに長いあいだ日常的に醸成される偏見や先入感である。たとえば、電車内で、朝鮮学校生徒の足を踏みつけて、「無償化とか言ってんじゃねえよ」と威嚇した行為は、逆にいえば日本政府が朝鮮高校を無償化から除外したことによって、加害者が自分の卑劣な行動を正当化できてしまうので、政府がヘイト行為をバックアップしているに等しい。そしてヘイトスピーチ・ヘイトクライムは、より女性に向かい易いと言える。日本では、「ヘイトのピラミッド」が驚くほどに完成してしまっているが、これを打ち砕こう。今、日本政府に求められているのは、国連の自由権規約委員会からの包括的な差別禁止法作成の勧告、女性差別撤廃委員会からの複合差別を禁止する法律制定の勧告への取り組みをすることである。院内集会などへの参加を通し、早急な対応を政府に迫っていこうと訴えた。
 この後、「労働者の母親のための四つの子守歌」(詩:ベルトルト‐ブレヒト 曲:ハンス‐アイスラー)が、倉田・村上両集会実行委員によって力強く歌われた。この歌は世界恐慌下、やがて第二次大戦に向かう一九三〇年に作られた。「子どもを持つことは危険なこと」「お前の暮らしは酷いだろう」「みんながいっしょにたちあがりかちとるのだ。二種類の人間がいない世界を」と、母親の子どもに向けた強烈なメッセージは、格差・貧困が蔓延する現代にそのまま通じる。

闘いの現場から

 休憩を挟んで、労働運動や反戦平和・市民運動などの報告が行なわれた。
 はじめに、世界有数のアメリカの航空会社であるユナイテッド航空に対して、不当解雇撤回を闘ってきた、ユナイテッド闘争団の吉良紀子さんと千田正信さんは、二〇一六年五月に解雇され、七年以上に及ぶ長い裁判闘争において解雇差別・解雇事由を許さない争議の経緯を振り返った。最高裁まで頑張ったが、敗訴となり争議終結を決定した。全労働者組合や支援の仲間とともに、精神面・生活面で最後の限界まで闘ってきた。それは、人生の誇りであると言い、HOWSをはじめとした支援者に対して心からの感謝を伝えた。
 次には、この三月で一二年目となる福島原発事故被害の問題で、「子どもの被曝と被災者のたたかい」と題して、脱被ばく実現ネット等で活動する岡田俊子さんが報告をした。福島県いわき市出身であり、「ふくしま集団疎開裁判」と「子ども脱被ばく裁判」の二つの裁判にかかわっていて、後者は「子ども人権裁判」と「親子裁判」から成っている。福島県ではこれまでに三百数十人の甲状腺がんの子どもが見つかり、検査のたびに増えている。昨年一月、当時子どもだった福島の若者たち七人が起ちあがり東京電力を訴えた「3・11子ども甲状腺がん裁判」をぜひ応援してほしい。また、弁護士たちとともに「チェルノブイリ法(旧ソ連で避難の権利を明記した)日本版」(社会の責任として子どもたちを救済する法制度)を作ろうという活動もしている。抗議の声をいっしょにあげようと訴えた。
 続くJAL被解雇者労働組合の鈴木圭子さんは、二人の仲間といっしょに集会に参加した。「JAL争議の早期全面解決をめざして」と題して、新たな展開について状況を報告した。日本航空は、二〇一〇年一月に経営破綻し、年末に整理解雇を強行したが、すでに希望退職等で削減目標を達成しており、その年度にはV字回復で過去最高益を上げていたので、経営上、解雇の必要はなかった。にもかかわらず、裁判では不当判決が下された。しかし解雇争議の闘いは続けており、おととし新たに被解雇者労働組合を作った。昨年六月に会社側が、業務委託による解決案を提案し、他の二つの組合は提案に合意した。業務委託では使用者が責任を負わず、労働者の権利が保障されないので、ほかの労働者にも影響があり、了解できないとして、被解雇者争議団は、現職復帰と解決金をかち取る闘いに立ち上がった。

生々しい現実との闘い

 親子のデュエットで平和や人権問題を歌って、いろいろな集会やデモに参加しているRico&Tatsuの二人は、歌と演奏で会場を和やかにした。二人で歌うようになったきっかけは、津久井やまゆり園事件だという。「ハードル」という曲では、「あれができたら これができたら それができたら いつかできたら ハードルばかり あげて並べて…」と歌い、競争優位社会の非人間性に疑問を投げかけた。また「ぼくとオキナワ」では、「ぼくの好きな じんべいざめは 青い海を泳ぐよ 海は ゆっくりな ままでいい 青くて深い ままがいい」(YouTube視聴可)という子どもの素朴な思いは、(大人たちが)辺野古新基地建設で自然破壊や戦争準備を進めることへの抗議として胸を打った。
 次に「フリーランス春闘を闘う」と題して出版ネッツの広浜綾子さんが話をした。コロナ禍でフリーランスは苦境にあえいでいる。春闘と言っても賃上げ交渉ではないが、料金の一律一〇%値上げの要求を掲げキャンペーンとして運動を広げていく。また、インボイス制度という実質増税では、多くが年収三〇〇万円以下のフリーランスにとっては死活問題だ。岸田政権は、「雇用によらない新しい働き方」を推奨し、「フリーランス保護法」制定を図っているが、労働者としての権利を認めるものでもなく、インボイスによる発注控えなどの不利益に対処できるとも言えないので、法案の問題点を追及していく。フリーライターAさんのセクハラ・未払い裁判は地裁で勝利判決をかち取ったが、新たに世田谷区の区史編さん室のパワハラと著作権にからむ契約更新拒絶問題にも取り組んでいる。ウーバーイーツユニオンなど、フリーランス労働組合結成の動きも増えつつある。皆さんとともに闘っていきたいと述べた。
 最後に登壇した沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの外間三枝子さんは、青いブラウスに水色のスカーフを身につけていて、関東ブロックが毎月取り組む沖縄と連帯するブルーアクションという行動に、その日の午前中も参加してきたとし、そこで伝えた話を紹介した。――昨年十一月の日米合同演習のとき、いつもは放牧されて島じゅうを歩いている与那国馬が一頭もおらず、南牧場の中を巨大な戦車が通るのを見て、戦場なのかと思った。「馬がいるから牧場なのに、馬たちを追いやって戦車を走らせていいのか」と、自衛隊員にただした (自衛隊基地に反対する与那国の女性)。宮古島の人は早く避難シェルター造ってほしいと言うほど切羽詰まっている。「行くところがないので島に残るけど、若い人たちは早く島を出なさい」などと、自分の母親と話した(宮古出身の下地茜宮古市会議員)。外間さんは次のように述べた。自衛隊誘致に熱心だった与那国元町長は人口を増やして島を活性化させるつもりだったが、ミサイル基地は困ると今さらながら言っている。でもそうさせたのはヤマトであり防衛省だ。辺野古が埋められるとすべて国有地に代わり、基地の要塞になる、と亡くなった翁長前沖縄県知事は言った。敗戦後七八年、平和憲法というが日本の現状は安保条約が優先だ。与那国町は避難のための基金を昨年設置し、お金を出すから早めに島の外に引っ越しなさいという事態まできている。人気ドラマのロケ地として宣伝しても、現実ではホテルが自衛隊基地建設作業員の宿舎になっている。陸自の部隊とミサイル基地が設置され、弾薬が持ち込まれる直前の石垣島では、この四日五日と、大きな交流集会と全国集会が開かれる。与那国・宮古・石垣は足元に戦争が迫る危険な状況に追い詰められている。そして最後に、「まさかそんな」といううちに近づく戦争をいま止めること。そのために日露戦争のときトルストイが語ったように、労働者が敵味方に分かれて多くの犠牲を払わされることの欺瞞性を衝き、人民どうしがつながりを拡げて抵抗することを求めた。
 集会の終わりに海外・友誼団体からの連帯メッセージが読み上げられ(全文は本紙と付録に掲載)、インターナショナルな連帯と反戦平和への決意によって集会が締めくくられた。
                                      【集会実行委員会】
                            (『思想運動』1087号 2023年4月1日号)