揺らぐ米一極支配とわれわれがすすむ道
過去を蔑ろにして未来はない!
                         

訪日前日に何が?

 韓国大統領尹錫悦の訪日を翌日に控えた三月十五日早朝、韓国警察は京畿道安山市にある韓国ワイパー安山工場に一六〇〇人もの警察官を投入した。警察官たちは、偽装廃業・全員解雇を許さないとして工場内に籠城する民主労総傘下の金属労組韓国ワイパー分会(組合員二〇九人)の組合員たちを暴力的に排除し、工場内の機械設備を搬出する撤去作業員三〇人を守るために投入されたのだ。この日、現場に駆けつけた上部組織の金属労組役員は「これはどう考えても、日本訪問を控えて尹錫悦が日本デンソーに捧げるプレゼントだ」とSNSで発信した。
 韓国ワイパーは自動車部品の製造企業で、愛知県刈谷市に本社がある巨大グローバル企業デンソーの孫会社にあたる。昨年七月、親会社のデンソーコリアがワイパーシステム事業の整理と韓国ワイパーの清算を決定したことから、従業員二八〇名の大量解雇問題が発生し労働争議が起きていたのだ。この日系進出企業のやらずぶったくりは、一九八〇年代からこんにちまで改まるところがない。

当事者ぬきの解決策

 一九九八年の小渕・金大中の首脳会談時に発表された「日韓パートナーシップ宣言」でさえ、日韓間の市民交流が両国親善を支える基礎になるという、当時の金大中政権の政策ブレーン崔章集・高麗大教授流の「戦略」のもとに日韓の「未来」が準備されたが、今回の岸田・尹錫悦の首脳会談ではそのような「宣言」の準備もなかった。
 ひたすら尹政権側でつくられた、POSCO(旧・浦項製鉄)などの、日韓条約で「恩恵」を受けた韓国企業が出す拠出金を、二〇一二年に発足した「日帝強制動員被害者支援財団」が受け、その基金で戦時強制動員被害者たちを「慰撫」しようとする、被害当事者ぬきの「解決」策をもって、まるで宗主国に朝貢するかのように尹錫悦は来日したのであった。会談をつうじて日韓首脳双方は「シャトル外交の再開、日韓GSOMIAの正常化、日米韓でのミサイル情報の共有、韓国への輸出管理規制の緩和、経済安保対話の枠組み新設」などで一致したと報道されている。

宗主国態度貫く日本

 今回の尹錫悦来日で、岸田政権と戦犯企業は、戦時強制動員被害者への賠償問題について、日韓条約と日韓請求権協定で解決済みとの高飛車な態度をとり続け、謝罪のことばひとつなく、韓国側がどんな解決策をもってくるのか見てやろうと、最後まで高みの見物に終始した。その醜い姿は、大韓帝国の「保護国」化を迫った一九〇五年の「第二次日韓協約」(乙巳保護条約)時の伊藤博文や、大韓帝国を強制占領・植民地化した一九一〇年の「韓国併合条約」時の寺内正毅と重なって映る。
 いま韓国の労働者・人民はソウルの都心に集まって、伊藤を射殺した安重根義士の独立を誓って左薬指を断指した手形を模写した大判スカーフを身にまとい、「屈辱外交、売国奴尹錫悦」や「親日派尹錫悦は第二の李完用」(李完用は「日韓併合条約」に寺内とともに調印した大韓帝国最後の内閣総理大臣)のプラカードや横断幕を掲げて日本大使館や米大使館にむかって数千、数万単位の抗議デモを繰り広げている。こうした韓国人民の意識に比して、われわれ日本人民の意識はどうか? 安倍「戦後七〇年談話」を地で行く今回の日韓首脳会談に対し、首相官邸や、三菱重工や日本製鉄などの戦犯企業の前で抗議の声をあげる人びとはごくわずかだった。
 また、尹訪日とともに韓国の経済人団体である全国経済人連合会(全経連)一行も同行して、三月十六日、日本経団連会長十倉らと会談し「日韓未来パートナーシップ宣言」を発表した。日本経団連ホームページに掲載されているこの宣言では、《韓国政府から旧朝鮮半島出身労働者問題の解決に関する措置が発表された》となっているが、この「旧朝鮮半島出身労働者問題」のくだりは、韓国の全経連ホームページに掲載の同宣言では「강제징용 문제」(強制徴用問題)と表記されているのだ。日本政府も一貫して「旧朝鮮半島出身労働者問題」と表現しており、日本の政財界、つまり支配階級は、戦時強制動員の暴力実態を隠蔽し、被害者たちが自由意志で宗主国・日本に出稼ぎにやって来たかのような欺瞞を貫いている。だが、過去を蔑ろにして、未来は語れない!

日米韓三国軍事演習

 いま朝鮮半島では一触即発の危険な米韓日合同軍事演習が、昼夜を問わず連続している。三月十三日から二十三日まで連日二四時間態勢で強行された米韓合同軍事演習「フリーダム・シールド」には沖縄からも米海兵隊が参加し、北の指導部を攻撃対象にした「斬首作戦」をふくむ「作戦計画2015」を更新した北侵シナリオのもと、核戦略爆撃機B1Bやステルス戦闘機F22、F35Bを投入して大規模な野外機動訓練が繰り広げられた。また二十日から四月三日までの日程で、米韓両軍の合同上陸訓練「雙龍訓練」が半島東側の浦項沖で展開され、さらに三月二十七日には済州島沖で米核空母「ニミッツ」を旗艦とする第11空母打撃群が参加する海上訓練が行なわれた。「ニミッツ」は翌二十八日、釜山港に入港し、今後、日米韓三国の海上合同演習が行なわれる予定だ。米韓両軍は、こうした大規模訓練を今年二〇回以上も朝鮮半島周辺で繰り広げると明かしている。
 また日本の防衛省も昨年六月十一日の日米韓防衛相会談で共同訓練を含む協力を確認しており、日米韓三国による合同軍事演習が日を追って増えてきている。さらに、今年一月末~二月初めにNATOの事務総長ストルテンベルグが韓国と日本を訪れ、両国首脳と会談して、東アジアにおける朝中露を包囲するアジア版NATO化に先鞭をつけた。

転倒した世界を正せ

 こうした軍事的重圧の中で、三月十四日、日本で発行する『朝鮮新報』WEB版は金志永編集局長の「『平和に対する脅威』、主犯は米国」と題する論説を掲載した(全文はhttps://chosonsinbo.com/jp/2023/03/13-134/)。そこでかれは要旨次のように主張している。朝鮮半島の緊張激化から抜け出せない根本原因は米国の朝鮮敵視政策にある。朝鮮が米国の周辺で軍事訓練を行なったことは一度もない。二〇一六年五月と十二月に朝鮮の国連大使が国連事務総長に手紙を送り、国連安保理が朝鮮の核実験と人工衛星打ち上げ、弾道ミサイル試射が「国際平和に対する脅威」になると規定する法律的根拠について質問した。しかし、国連事務局は朝鮮「制裁決議」が、国連憲章に合致する合法的文書であると答えることができなかった。国連安保理は、米国がすることは挑発、威嚇であっても議論すらせず、世界に災いをもたらす戦争国家が自国の利益に沿って二重基準を適用する朝鮮敵視政策実現の道具に成り下がっている。平和破壊の主犯である米国の軍事行動は危険水域に達している。戦争抑止力を備えた朝鮮は、正義と平和の守護者として、無分別な強権に対する対抗措置をとっている。――このように、朝鮮側の主張は明確だ。米帝国主義の一極支配が生みだした不義が正義を圧倒する転倒した野獣の世界に、朝鮮は自主権を賭けて闘っている。

対照的な二つの会談

 朝鮮半島で一触即発の緊張がはしっているさなか、岸田は三月二十一日にウクライナに入り、ゼレンスキーと会談した。「電撃訪問」を演出しながら、ウクライナへの追加支援を約束して、その「外交成果」を誇示した。だがそれは、和平を呼びかける外交ではない。ロシアとの戦争を続けさせる戦争放火者の外交だった。
 いっぽう同じ日、モスクワでは習近平とプーチンの中露首脳会談が行なわれ、「新時代における包括的戦略的協力関係の深化に関する中露共同声明」が発表された。この「共同声明」は全九章からなる包括的文書だが、その第九章が国際関係に関する部分だ。そこではまずウクライナ問題に触れ、本紙前号の大村歳一論文をつうじてわれわれが支持を表明した文書「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」をロシアが歓迎し、《双方は、ウクライナ危機の解決は、すべての国の正当な安全保障上の懸念を尊重し、対立の形成や火に油を注ぐことを防止しなければならないと指摘した。双方は、責任ある対話が着実な解決を実現するための最善の方法であると強調した。この目的のために、国際社会は関連する建設的な努力を支援すべきである。双方は、すべての当事者に対し、緊張を引き起こし、戦闘を長引かせるようないかなる行動も慎み、危機のいっそうの悪化、あるいは制御不能に陥ることを避けるよう呼びかけた》と明記されている。
 この「共同声明」第九章では、つづけてNATOの拡大問題や北東アジアと朝鮮半島、中東、中央アジアをはじめ、世界諸地域の懸案問題が検討され、制裁や圧力に反対し、対話による解決が最善として確認され、それをうながす方途が提起されている。
 こう見てくると、岸田―ゼレンスキー会談との違いは歴然としているではないか。

一〇〇年前も現在も

 そしてプーチンとの別れ際に、習近平は「われわれはいま、一〇〇年間見られなかった変化を目の当たりにし、動かしているのだ」と語ったことが報じられている。
 そのいまから一〇〇年前の一九二三年、辛亥革命を成し遂げて国内の統一を図るため東奔西走していた孫文は、犬養毅に宛てた書簡で「公理」と「強権」の対立を指摘し、日本はどちらの側につくのかを問うた。さらに翌二四年、日本にやってきた孫文は、神戸で有名な「大アジア主義」の演説を行なう。そこでかれは、世界における「王道」と「覇道」の対立を説き、ここでも日本はどちらの側につくのかを鋭く問いかけた。「公理」「王道」は、こんにちで言えば「国連憲章」や「日本国憲法前文」につうじる平和理念であり、「強権」「覇道」は読んで字のごとく武力をもって強制するありかただ。
 習近平の「一〇〇年間見られなかった変化を……動かしているのだ」ということばには、辛亥革命から一九四九年の中華人民共和国の建国をへて、左右の偏向を克服しながら世界を動かす力を蓄えてきた人民中国のつよい自負がうかがえる。
 日本帝国主義足下のわれわれは、一〇〇年前も現在も、アジア人民から、いや世界の人民から問われ続けている。あなたたちはどちらの側につくのかと。国際政治に影響力を行使する力をつけた中国の台頭という与件のなかで、「強権」「覇道」にはしるアメリカ帝国主義と日韓をはじめとする追従帝国主義の戦争放火策動を抑え、国連憲章と日本国憲法前文にもとづく平和理念の実現に尽くす側に立とう。国際共産主義運動の隊列への参加は、この実践のなかで鍛えられ豊富化されてくる。国際主義の旗の下、自国の帝国主義と闘うことをつうじて世界平和の実現と国際共産主義運動の再生に寄与する、これがわれわれのすすむ道だ。
【土松克典】
(『思想運動』1087号 2023年4月1日号)