イギリス労働運動
労働組合を標的とするイギリス保守党
ストで人が死ぬ? 人が死んでいるからこそ
イギリスの看護師たちはストライキで闘う
十昨年の夏以降、イギリス全土をストライキの波がおおっている。昨年十二月は労働損失日数がひと月で一〇〇万人日を超す見通しである。この損失日数は、サッチャー政権時代の一九八九年以来三三年ぶりの膨大な労働損失日数である。
このストライキの大波に対してスナク保守党政権は、唯一知っている方法、すなわち弾圧で対応している。
欧州で労働運動に対してもっとも厳しい法的規制を加えているイギリスにおいて、スナク政権はいまの労働組合法をさらに改悪しようと反ストライキ法を議会に提出し、労働組合と労働者から実質的にストライキ権を剥奪しようとしている。
スナク首相は「組合指導者が理不尽な態度を取り続けるのであれば、国民の命と生活を守るための行動を起こすのがわたしの義務だ」と述べた。そして、首相報道官は、ストが公共サービスに広がっていることを受け「混乱を抑えるための計画を確保しており、軍も常に待機している」と述べた。
いま、スナク政権は、スト破りのために軍隊を動員している。これは、一九八九年から一九九〇年にかけて救急サービス労働者たちの闘いの際、サッチャー政権が労働争議に軍隊を導入して以来の措置である。
『思想運動』(二〇二三年一月一日)「HOWS講座報告」で全国一般東京東部労組の須田光照書記長は、「それぞれの職場で起こる問題は、ほぼすべてが資本と賃労働の関係に根差しています。……職場の安全を守れなければ生存をおびやかされる。それが労働組合の原点だ」と明確にそして具体的に指摘した。
イギリスの労働者たちは、自分たちの生存が脅かされているから立ちあがっている。しかし、それだけではない。職場の安全を守るため、利用者の命を守るため、そして「労働者が社会の主人公である」と自覚するからこそ、政府や資本家たちが提起する賃上げに付随した諸条件を熟慮し、困難を抱えながらやむにやまれず闘いを行なっている。
いま、イギリスのストライキ闘争の大波のなかには、これまでストライキや労働争議をほとんど行なってこなかった労働組合や労働者たちが多く含まれている。看護師たちや救急車の運転手たちなどである。看護師の労組である王立看護協会(RCN)は、組合創立一〇六年の歴史のなかで初めて全国ストを行なった。
政府や資本家たちは、自分たちが直面している危機を乗り切っていくために、そしてそのなかでも利潤を得ていくために、すべての苦難を労働者の肩に背負わせようとしている。
激増するストに対しスト権剥奪法を提起
イギリスの国家統計局は、毎月中旬に労働損失日数を発表している。一月時点の最新のデータは、昨年十一月のデータである。
二〇一九年の労働損失日数は、月平均一万九五〇〇人日であった。そして、二〇二〇年および二〇二一年、二〇二二年前半はこの値をはるかに下回る数値であった。この損失日数が、昨年夏から激増する。
六月九・三万、七月八・六万、八月三五・六万、九月二一・〇万、十月四二・二万、十一月四六・七万。そして、十二月は一〇〇万人日を越すとの見通しである。
一月十日スナク政権は議会に「最低サービス水準法」と題した反ストライキ法を提示した。法の主な内容は下記である。
交通機関・医療機関・学校などの公共機関はストライキ中でも最低限のサービスレベルを維持しなければならない。
水準に満たない場合は、労働組合は損害賠償に対する法的保護を失う。
働くことを要求されたにもかかわらずストライキを行なう労働者は不当解雇に対する保護を失う。
『オブザーバー』紙は、政権が当初、国境警備隊の労組加盟禁止や警察官のスト参加禁止を検討していたと暴露している。
消防士組合(FBU)のマーク‐ラック書記長は、「これはすべての労働者に対する攻撃であり、この攻撃に対する抵抗の大衆運動が必要だ」と訴えた。
鉄道海運運輸労組(RMT)のミック‐リンチ書記長は「これは人権と市民の自由に対する攻撃であり、われわれは裁判所、国会、職場で闘っていく。政府は、ストライキを防止するために指一本動かそうとしない。そのかわりに、正当な権利であるストライキ行動を違法なものにしようとしている」と述べた。
以下、イギリス労働運動についてその現状を足早にみていく。
NHS(国民保健サービス)労働者の闘い
労働損失日数の激増の一翼を担っているのが、NHS(国民保健サービス)の労働者たちである。
王立看護協会(RCN)は、十二月十五日と二十日に創立一〇六年の歴史のなかで初めて全国ストを実施した。これまで、職場単位でのスト闘争は展開してきたが全国ストは今回が初めてであった。王立看護協会は、NHSで働く三〇万人の看護師を組織している。両日とも、そのなかの一〇万人が職場を放棄しそれぞれの病院前で同じくストを闘っている労働者たちや支援者たちといっしょにピケを張った。
保守党政権の医療費削減により、看護師たちの実質賃金は二〇一〇年より二〇%も下落している。劣悪な賃金と過酷な労働条件のためNHSの医者や看護師のポストは実に一〇%も空席のままである。そのため医療現場はスタッフ不足が慢性化し、医療が危機的な状況に陥っている。
王立看護協会の主な要求は、インフレ率プラス五%の賃上げと人員不足の解消である。
王立看護協会のパット‐カレン書記長兼最高責任者は、十一月、スト実施を発表した際、「われわれは望んでもいないストをやらざるを得ない状況に追い込まれた。同僚と患者がこれ以上苦しむのを見てはいられない」と述べた。
政府は、十二月のストの後、王立看護協会との交渉を拒否。労組はやむなく一月十八日と十九日に再度ストを行なった。労組との交渉を拒否し看護師のストで人が死ぬという政府に対し看護師たちは高らかに主張する。「看護師がストをしているから人が死ぬのではない。人びとが死んでいるからわれわれはストをするのだ」と。
十二月二十一日、NHSで働く救急隊員がストを行なった。イングランドとウェールズの一一地区の救急事業のうちの一〇地区の一万人以上のGMB(全国都市一般労組)・ユニゾン(公共部門労組)・ユナイトの組合員が参加した。
看護師および救急隊員たちはストの際、NHS当局と労組が協議し、重篤な患者や緊急事態への対応要員を残す体制をとった。生命にかかわる救急医療電話(999番)は対応し、一部の救急隊員は緊急の呼び出しに対応するため、完全装備でピケに参加した。
この状況なかで、バークリー保健相は「ストで999番も止まる」とデマを流し不安を煽り人びとをスト拒否へ向かわせようとした。また、スナク政権は、軍を動員し、運転手などの救急業務の一部を代行するため事前訓練を行ない七五〇人の軍人を待機させた。
この間の一連の労組のストを人びとの多くが支持をしている。そのなかでとりわけ人びとはNHSの惨状を連日まのあたりにし、NHS労働者のストに対し高い支持率を与えている。
十二月二十日前後に行なわれた「インディペンデント」の調査で、看護師のスト支持六三%、鉄道労働者のスト支持四三%、郵便労働者のスト支持四六%であった。また、同時期の「ユーガブ」調査でも、看護師のスト支持六七%、救急隊員のスト支持六三%であった。
鉄道・公共・郵便労働者の闘い
いまイギリス全土を覆うストの大波は、昨年夏前に始まる鉄道労働者たちの働く労働者の権利を守り利用者の命を守ろうとする確固とした闘いが牽引してきたと言っても過言ではないだろう。その闘いの軸となっているのがRMT(鉄道海運運輸労組)加盟の四万人の労働者たちである。
RMTは昨年十二月に数回の四八時間ストを実施し経営側と交渉してきた。経営が提示してきたのは、二〇二三年と二四年に賃上げ各四%、二〇二四年四月まで強制解雇をしない。ただし、数千人の解雇、運行路線の定期メンテナンス五〇%削減、規定外労働時間の三〇%増、チケット売り場の閉鎖、ワンマン運行、雇用形態の多様化などの大幅な労働条件の変更が条件であった。この将来の人員削減を前提にし、そして乗客の安全を無視し蔑ろにした提案に対しRMTは拒否した。RMTはその後、正式交渉を拒否する経営側に交渉を要求し、一月三日から二波にわたる四八時間ストを決行した。
全国の二〇〇以上の公共機関で働く公務労働者二〇万人を組織するPCS(公共商業サービス労組)も、政府の対応に業を煮やし、八六・二%とこれまで最高の賛成でスト権を確立した。
政府は、公務労働者に十月以降一〇%を超すインフレ下で、わずか二%賃上げを提示している。PCSは政府に対し、賃上げ一〇%、雇用の安定、年金の改善、「余剰」人員解雇反対を要求している。
国境警備を行なっているPCS加盟の一〇〇〇人は、十二月二十三日から二回にわたり四日間のストを行なった。
ロンドンのヒースロー空港では、ユニゾン(公共部門労組)加盟の労働者たちが、同じく十二月二十三日から二回にわたり四日間のストに入った。ヒースロー空港の入国審査官の七五%が組合員である。政府は、パスポート審査を代行するための訓練を実施し、軍人六〇〇人を投入した。
イギリスの郵便事業は、二〇一五年に分割民営化され、主軸となるロイヤルメールは、①郵便事業、②物流・小包・宅配事業、③国際物流、④窓口業務の四つの会社に分社化している。郵便事業では土曜配達を中止し、週五日配達、窓口業務は直接運営から委託へと進めている。また宅配事業は、ギグワーカーによる非正規化をもくろんでいる。
ロイヤルメールの通信産業労組(CWU)の組合員一一万五〇〇〇人は、賃上げと宅配会社化・解雇に反対し、十二月にクリスマスの繁忙期を含め六日間全国ストを実施した。
なお、ロイヤルメールは、この間のストで一億ポンド(約一六〇億円)の損害を被ったとして、二〇二三年三月と八月に合計一万人の雇用を削減すると発表している。
ショップスチュワード(職場委員)
日本の労働運動の現状からみてイギリスの労働運動の状況は格段の相違がある。このイギリスの労働者の闘いの土台にあるのは何なのだろうか。
わたしはかつて合同機械工労組(AUEW)の書記次長だったアーニー‐ロバーツが一九七三年に書いた『労働者支配制』(一九七五年、手嶋三郎訳)を読んだ。合同機械工労組は現在一一七万人の労働者を組織する一般労組ユナイトの一部となっている。
この本を読んだ印象が強烈で、わたしはイギリスの労働運動の土台はショップスチュワード(職場委員)が担っていると考えている。ショップスチュワードは、みずからも就業しながら一般の労働組合員と日常的に接しながら、日常的に雇用者たちと折衝をしている。
いま、イギリスの労働組合員数は、六五五万五〇〇〇人で、組織率は二三・七%である。そのうち民営部門一二・九%、公共部門五一・九%である。そのほとんどがTUC(イギリス労働組合会議)に加盟している。TUCには、四八の加盟組合があり、合計五三三万六六〇〇人の組合員を代表している。
このなかで緊急に取り組まなければならない課題の一つに青年層の獲得があげられている。イギリスの労働組合員の年齢構成は、一六~三四歳二四・一%、三五~四九歳三四・八%、五〇歳以上四一・一%である。
多くの地方労働組合の評議会は、現役の労働者ではなく、引退した組合員により運営されている。労働者通信を読むとショップスチュワードをその少なくない部分を年配の組合員が担っている。
いま、スナク首相が反ストライキ法を提示しているが、これは公共交通機関に関しては二〇一九年総選挙の際の保守党の選挙公約に掲げられた内容である。また、短期間で辞任したトラス政権は辞任直前に「交通ストライキ(最低限のサービス)」法を下院に提出し、労組のスト権の制限に踏み出していた。支配階級の階級意識は鮮明でかれらはそれをきちんと継承している。
労働者階級も明確な階級意識を堅持し、冒頭に紹介した「HOWS講座報告」のなかで須田書記長が述べている「職場の問題が第一義のあるのは当然だが、それにとどまるのではなく、資本主義の構造に起因する全社会的問題にも反対していく」必要がある。
労働運動を具体的に担い、運動を活性化していくことができるのは、日常的に一般の労組員と常に接触しながら活動している職場活動家である。その思想と活動をきちんと若い世代に継承していくことが必須であり重要である。
【沖江和博】
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