状況 2022・労働 岸田政権下の経済状況と労働者の闘い
賃金が上がらないのは労働者が闘わないからだ
生活実態をもとに賃金・生活改善の要求を集団的につくりだそう
                       

企業は大儲け、労働者の実質賃金は低下

総務省が八月十九日に発表した七月の消費者物価指数の総合指数は前年同月比二・四%の上昇で、四カ月連続で二%を超える伸び率が続いている。内訳では電気・ガス等のエネルギー一六・二%、生鮮食品八・三%、その他の食品三・七%の上昇。物価高騰は労働者人民、とりわけ低所得層、年金生活者、生活保護世帯の家計を直撃している。
欧米主要国ではさらに深刻だ。イギリスは一〇・一%、アメリカ八・五%、EU八・九%(いずれも七月)と高水準である。IMF(国際通貨基金)が七月二十六日に公表した世界経済見通しでは、今年の世界の経済成長率は三・二%に減速するいっぽう、インフレ率は八・三%と、物価高がさらに加速する予想となっている。
日本の企業物価指数は昨年十一月以降、前年同月比八%を上回る水準が続いている。にもかかわらず消費者物価指数の伸びが低いのは、企業がなお価格転嫁(値上げ)に慎重だからであって、今後、物価がさらに上昇することは避けられない。
ブルジョワジャーナリズムは、物価高の原因を円安の進行とロシア・ウクライナ戦争による原材料(石油、小麦等)の供給減と報じている。後者については、米欧日等の自称「国際社会」による対ロ経済制裁の反作用という側面も含めれば間違っていないが、たとえば石油に関していえば、世界的な「脱炭素」指向による化石燃料への投資縮小のために石油掘削、輸送等の設備のメンテナンス不足で容易に増産できないという構造的・中期的要因がある。コロナ禍に対する中国の断固としたロックダウン政策による、半導体をはじめとする中間財の供給の減少もある。原材料の供給制約の経路は複合的であり、だからこそ日本をはじめとする資本主義諸国はこの間、「経済安全保障」の旗印のもと「同盟国」の圏域内でサプライチェーンを再構築しようとやっきになっているのだ。
いっぽう、円安は日本企業に大きな儲けをもたらしてもいる。五月十二日付の『朝日新聞』デジタルの記事によると、今年の三月期決算で、上場企業全体の売上高は前年比七・九%増の五〇〇兆円、純利益は前年比三五・六%増の三三兆五〇〇〇万円で過去最高益を更新したという。物価上昇分を反映した実質賃金がマイナスとなっている労働者人民の家計とは正反対だ。
労働運動総合研究所がまとめたこの二〇年間の日本経済・企業経営と労働者の生活・家計データ(増減率)の別掲表のとおり、GDP(国内総生産)は伸びず貿易収支は赤字となるなか、企業は売上げが伸びなくても利益や株主配当を拡大してきた。給与支払総額を圧縮することによってである。こうした趨勢に歯止めがかかるどころか拡大しているのが岸田政権下の足下の経済状況だ。

アベノミクス継承する岸田政権

六月七日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022」(以下「骨太2022」)は、「大胆な金融政策、機動的な財政運営、民間投資を喚起する成長戦略を一体的に進める経済財政運営の枠組みを堅持」「経済あっての財政であり、経済をしっかり立て直す。そして財政健全化に向けて取り組む」とした。安倍元首相が自邸で骨太2022のドラフトを添削していたことを安倍のブレーンだった本田悦郎が証言(七月三十一日付東洋経済オンライン記事)しているとおり、骨太2022は管政権以上にはっきりとアベノミクス路線を受け継いでいる。
また、同日閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(以下「グランドデザイン」)は、岸田政権の成長戦略のカタログと言ってよいものだが、「資本主義のバージョンアップに向けて」と題された第一章は、①市場の失敗の是正と普遍的価値の擁護(つまり対中包囲網への参加)、②「市場も国家も」による課題解決と新たな市場(つまり新たな儲け口)の創出、③経済安全保障の徹底の三つを柱とした。本紙五月一日号「労働時評」で紹介した十倉経団連の現状認識及び戦略と見事に一致している。
とはいえ、岸田政権を取り巻く経済環境は、アベノミクスの二〇一〇年代とは様変わりしている。なによりもアメリカやEUが低インフレ、低金利政策から転換しつつある。
日本の実質賃金指数は二〇一二年の一〇四・五から二〇二〇年の九八・七へと五・八ポイント悪化し、国民一人当たりGDPも一八・五%減少してG7(先進七か国)中三位から六位に後退した。第二次安倍政権の成果として安倍自身が喧伝した「四〇〇万人超の雇用増」も、アベノミクスの結果というよりも、団塊の世代の大量退職と少子化による生産年齢人口の減少を背景に生じた労働需要を非正規雇用労働者が代替したこと、具体的には高齢者と女性の就業拡大と共働き世帯の増加によったことが明らかになっている。
アベノミクスは、結局のところ日本のGDPを拡大することも潜在成長率を押し上げることもできなかったのだから、岸田政権がこのままアベノミクスを継承したとして、その成長戦略が実現する見込みはきわめて乏しい。しかし、だからといって、岸田らには独占資本、金融資本の利害と正面から対決する覚悟、たとえば金融資産課税を強化したり内部留保を強制的に拠出させるような覚悟はないのだろう。

「企業はアニマル・スピリッツを持て」

安倍の盟友であった甘利明が、アベノミクスを振り返って興味深い発言をしている。
「アベノミクスの金融緩和で円安に振れ、円が適正レートに戻った。すると輸出企業が競争力を持てるようになり、輸出産業を中心に利益が積み上がってきた。/問題はその利益を企業がどうしたかだ。我々は設備投資、研究開発費、下請け企業への支払額の改善、賃金上昇に回してくださいとお願いした。/ところが投資が進まない。値段で勝負するコストカット経営が続いた。世界中の企業が『いいものだから買ってください』という付加価値経営をしている時に、日本の企業は『安いから買ってください』というコストカット経営をしている。下請けをたたき続け、賃金も上げないデフレ経営だった。これが最大の課題だ。」
「バブル崩壊後、『債務の過剰』『設備の過剰』『雇用の過剰』という三つの課題解決が再生への道と言われた。そのためバブル崩壊後の企業はただひたすら効率経営を追求し、コストを最小化することで生き残ってきた。次のステージでは打って出なければならないのに、その成功体験でずっと守りに入ったままだ。」
「我々は環境整備をする。だから企業はアニマル・スピリッツを持って踏み出してほしい。おカネはある。企業の現預金内部留保は世界一だ。要するに経営者のビジョンと覚悟だ。もし社長が任期中、大過なくすごしたいとだけ思っているとすれば、世界で勝てるわけがない。」(甘利明「アベノミクスを完成させる」八月十日付『毎日新聞』政治プレミア)。
総資本の代理人たるブルジョワ政府の司令塔が、〈アベノミクスは正しかったのに、お前たち経営者がだらしないせいだ〉〈もっと闘え!〉と、個別資本のマインドとビヘイビアに地団駄を踏んでいる。
滑稽だが深刻な話だ。しかし、だらしなかったのは経営者だけではないはずだ。

労働者の手で賃上げを勝ち取るために

賃金引き上げ推進のための政策として、グランドデザインでは賃上げ税制の拡大(税額控除率の大幅引き上げ)、ものづくり補助金・持続化補助金活用による赤字中小企業の賃上げ支援、中小下請取引適正化、介護・障害福祉職員、保育士等の処遇改善などが列挙されている。七月二十二日の経団連夏季フォーラムで岸田首相は「コロナ前の業績を回復した企業においては、三パーセント以上の賃上げを実現していただきたい」と要請した。「官製春闘」方式の踏襲であって新味はない。
「なぜ賃金が上がらないのか」という問いに対するブルジョワ経済学者の説明は、①労働生産性が上がらないから②衰退産業から成長産業への労働移動が円滑でないから(解雇規制が強すぎるから)③労働者が余っている(需要と供給)から、といったものだ。しかし、いずれも事実とは合致しない。①この二五年、日本の時間当たり実質労働生産性は着実に伸びてきた。②OECD(経済協力開発機構)の二〇一九年調査で、日本は三七か国の平均よりも正社員の解雇がしやすい国と判明している。日本で転職がしにくいのは、多くの場合、賃金をはじめとする労働条件が下がると見込まれるからだ。③日本の生産年齢人口は急速に減少し続けている。
なぜ賃金が上がらないのか。答は簡単だ。日本の労働組合、労働者が闘わない、闘えないからだ。
物価高騰にさらされているEU、アメリカの労働者はどうか。かれら彼女らは闘っている。
ドイツの最大産業別労組・IGメタル(金属産業労働者組合)の執行委員会は、七月十一日、九月中旬に開始される金属・電機産業労働協約交渉の要求として賃上げ(協約賃金および職業訓練手当の引き上げ)八%を決定した。ホフマン委員長は、賃金・物価の推移を示し、「今年も来年も上昇し続ける生活費を見ただけでも、労働者は負担軽減と、生存・生活基盤としての賃上げ、安定した消費を必要としている。経営者・雇用主は今こそ、そのための応分の貢献をしなければならない」と強調した。‥‥経営者側が「大幅賃上げは雇用を減らす」との攻勢を強める中、平和義務期限切れに合わせた警告ストを構え、「団結が勝負だ!」と組合員に結束強化を訴えている。(『経済』二〇二二年九月号)
アイルランド企業であるライアンエアーのパイロットは、二〇二二年に新型コロナウイルス感染拡大による旅客数激減という危機的な状況を乗り越えるために、二〇%の賃金引き下げを受け入れた。しかし、二〇二二年に入って航空機の運航が回復してコロナ禍前と同様に就労しても賃金は下げられたままとなっているため、パイロットの労働組合であるフランスのSNPLは賃金を速やかに以前と同じ水準に戻すことを求めた。四月九日には労働条件に関する労使協議の開催などを求めて、客室乗務員によるストライキが行なわれた。
ライアンエアーではベルギーにおいても同じ四月に賃金引き上げなどを求める乗務員によるストが実施されたほか、スペインにおいても七月に客室乗務員による労働条件の改善を求めるストが実施された(JILPT海外労働情報より)。彼我の違いはどこにあるのか。
企業別組合か産業別組合か、つまり労働組合が企業の内部にあるのか(従業員組合)外部にあるのかという組織形態の違いにもよるだろうし、賃金交渉が企業ごとの賃金決定か産業別の標準賃率の決定かの差にもよるだろう。本工中心の組織であることからくる偏頗もあるはずだ。しかし、現在の連合と全労連に共通する「経済成長のために(も)賃上げが必要」という、賃上げ要求を経済指標に従属させる思想こそが問題なのではないか。
われわれの多くは、かれこれ四〇年以上、民間労働者であれば生産性基準原理(経済整合性論)、公務労働者であれば民間給与実態調査に基づく人事院(地方であれば人事委員会)勧告で上から降りてくる数値で決まる賃上げ闘争しか経験していない。組合員の生活実態から賃金要求を集団的につくりだし、団体交渉をし、必要ならストライキを行なうという、当たり前の賃金闘争からずっと遠ざけられているのではないか。
来年の春闘を待つことなく、進行中の物価騰貴やコロナ禍による生活困難にスポットを当て、仲間とともに賃金要求、生活改善要求の掘り起こしを進めよう。団結の力で、壊憲攻撃を阻止しよう。
                                  【吉良寛・自治体労働者】