国際婦人デー3・5集会に結集しよう!
「ジェンダー平等」論で問題は解決されない
                         
 改憲と軍拡の動きが急速に進行し、新型コロナ感染症第六波が拡大するなか、三月五日、わたしたちは今年も国際婦人デー集会を開催する。

「ジェンダー平等」の大はやり

 昨年は総選挙の選挙公約に「ジェンダー平等」を与野党が一様に掲げ、オリンピック期間に限らず「ジェンダー平等」が大はやりとなった年だった。コロナ禍の不安な状況が続くなかで森喜朗の女性差別発言がきっかけとなった「ジェンダー平等」のブームは、女性にとって朗報だったのだろうか。一般論としては「ジェンダー平等」=男女平等は当然の主張で、不平等はただされねばならない。しかし、これまでその主張は、政府の進める男女共同参画政策に組み込まれ、結果として雇用、税、社会保障の改悪に利用されてきた経過がある。
 「専業主婦優遇論」を利用したかたちの配偶者特別控除の廃止は、介護、育児、健康など何らかの理由によって働けない主婦のいる世帯の増税に結びつき、ゆくゆくは配偶者控除の全廃に道を開く。
 「女性の年金権拡大」は進められるべきであるが、根本的には、雇用の不安定化、低賃金化を前提とした労働政策の構造そのものを変革していかなければならない。将来の年金制度が不確かであるにもかかわらず、非正規雇用の女性たちは年金保険料を徴収される等々。労基法女子保護規定の撤廃から始まった女性の権利のはく奪攻撃は、「平等をめざす」として進められた。結局それは、働く女性の生活や労働の条件全体の底上げにはつながらず、いくつもの仕事を抱えて暮らす多くの非正規の女性労働者と、ごく一部の女性上級管理職の二極化が進んだ。政府・独占資本は、国際的な競争に生き残るために、労働者全体の働き方を変えながら、女性労働力を有効活用する、それをいかにして支障なく抵抗を受けずに進めていけるかを画策してきた。そのために「ジェンダー平等」は、かれらのスローガンとしても掲げられたのである。
 「ジェンダー平等」論は、搾取と抑圧の基礎である生産手段の私的所有の廃止は求めない。それでは、女性がいま直面している労働や生活における二重三重の差別の解消につながりはしない。女性解放の障害になっているものは階級対立から生じている。はやりの「ジェンダー平等」は支配階級にとって痛くもかゆくもない。「ジェンダー平等」を掲げることは、与野党問わず「女性のためにがんばります」ポーズに過ぎず、結果として女性労働者に対する搾取強化攻撃の「隠れみの」の役割を果たす。わたしたちがめざすジェンダー平等=男女平等は、労働者階級全体の解放をめざす闘いを経てはじめて実現される。

労働者性、階級性を貫いてこそ

 コロナ感染症のパンデミックが続く中で、職場を追い出され、行き場を失い命の危機に直面している女性や、精神のバランスが崩されるほどのパワハラ・セクハラの被害にあっている女性たちが少なからずふえている。とりわけセクハラは、根本的には資本主義の構造にもとづく問題であり、性教育の不備、情報産業の多様化によってはびこる性の商品化が助長する女性蔑視、性暴力の立証の困難、法律の不備といった問題を背景にして起きている。とくに非正規の女性たちにとって理不尽ともいえる数かずの事例が後を絶たない。実際に労働現場では女性であることを理由にした差別があり、男性の経営者や労働者には意識の問題として女性蔑視がある。また、家父長制的な偏った見方をする司法の従事者がまだ多いなかで、裁判の審議途中などで、出廷した女性が屈辱的な思いをさせられるとの報告が実際にあげられている。
 本紙一月一日号の座談会で、日本共産党が「新しい課題」とした「ジェンダー、環境破壊」をめぐっての発言があり、それについてジェンダー論の多くには労働問題という発想が抜け、労働の実態がジェンダーの問題を発生させているというとらえ方がないとの出席者の指摘があった。それに関連してセクハラと報酬未払いに対して声を上げた勇気あるフリーランスAさんの裁判支援の事例が取り上げられた。セクハラの要因としてジェンダーの意識の弱さばかりでなく、主には働く側と働かせる側の力関係がある、その両面を考え支援を行なっている旨の発言があった。
 女性が現在の矛盾を克服するためには、資本主義の枠内での改良に過ぎない「ジェンダー論」に追随することなく、社会主義をめざす闘いの指針が必要である。前衛党であるべき政党が、敵の攻撃を正しくとらえる階級的な視点を見失い、議会主義の枠の中に運動を狭めてしまい、巷間にはやる論に屈服してしまう。政府・独占資本が利用し、マスコミがもてはやす理論を批判しないで女性への不当な攻撃を打ち破ることはできない。

韓国の水曜デモが三〇周年

 三年目に入ったコロナ禍によって、貧困・生活苦にあえぐ女性がより窮地に追い込まれている。虐待・暴力による事件が報道されない日はない。また、資本主義国に共通して起きている無差別に人を巻き込む放火、殺傷・殺人事件などは、まさに人心の荒廃を象徴している。そのような不安な状況を支配階級は巧妙にファッショ化に利用する。闘う労働組合、在日朝鮮人運動、市民運動、マノリティーへの弾圧・攻撃もより激しくなっている。
 韓国での日本軍「慰安婦」問題の解決を訴えて一九九二年一月八日に始まった日本大使館前での挺対協(正義連)とハルモニたちの水曜デモが今年三〇周年を迎えた。去る一月十九日の水曜デモは、韓国の右翼団体の妨害によって平和の記念碑・少女像の前で行なうことができなかった。日本の歴史修正主義者らと軌を一にした韓国の右翼団体の攻撃は、より過激で執拗なものになっている。
 日本政府は、日本軍性奴隷制度の被害者が納得する公的謝罪、補償をいまだに行なっていない。解決を三〇年も長引かせているのは、日本社会がいつまでたっても植民地支配責任、戦争責任に対して無自覚、無知である証左である。「中国・朝鮮脅威論」が浸透する土壌は、戦前・戦後を通し一貫して続く、日本の支配層のおごり高ぶったアジア蔑視策による。
 このような問題意識のもと今年の国際婦人デー集会は、元朝鮮新報記者の朴日粉さんの特別報告を中心に朝鮮半島の伝統的な楽器の演奏も合わせた集会を計画している。一人でも多くのみなさんが国際婦人デー集会に集い、ともに闘う意思を確認しあおう。
                          【国際婦人デー3・5集会実行委員会】