「日本維新の会」の勝利は何を意味するか
右翼的ポピュリズムの日本的形態 
                       
 十月三十一日に投開票された衆議院議員選挙では大阪の小選挙区一九のうち一五選挙区に候補者を立てた「日本維新の会」(以下「維新」)が全員当選を果たした。一五人の当選者のほとんどが五割前後の高い得票率を獲得していた。残りの四選挙区では公明党が議席を獲得した。自民党と立憲民主党の小選挙区当選者は大阪では皆無となった。
 衆議院では公示前の「維新」議席数は一一名であったが、十月三十一日の衆院選後には全国一四都府県の小選挙区・比例区合わせて四一名となった。この結果「維新」は公明党を押さえて衆院で第三党になり法案提出権を持った党となった。『朝日新聞』の出口調査によれば「維新」は大阪府内の自民党支持層や立憲民主党の支持層からも票を集め、無党派層の投票先では「維新」が三五%で、自民一八%、立憲民主二〇%を大きく引き離した。一方大阪に続いて、兵庫選挙区でも九名の当選者を出している。兵庫県の比例区では七七万票を得て自民党の六六万票を押さえ、第一党となっている。自民党はこの衆院選で全体として絶対多数の議席数二六一を取ったが、東京都でも「維新」は比例区では八五万票をとって公明、共産を押さえて第三党の地位を占めている。維新の躍進は決して大阪だけの特異現象ではなく、全国的な現象と理解すべきものである。
 関西は不動産バブル崩壊後の一九九〇年代より経済の地盤沈下が著しく貧困層が多く集住する地区を抱えている。総務省や厚生労働省による調査によると大阪の相対貧困率や、生活保護世帯、父子・母子家庭の数などは全国都道府県の中でも最も多いグループに入っている。一方人口一〇〇人当たりの正社員数では沖縄などと同じく最下位に位置している。歴史的に大阪は中小企業の集積地でもあるために非正規・不安定雇用の低賃金労働者が多い。また公教育の分野でも学校給食がなければ欠食になってしまう家庭の子弟が多いことでも知られている。これらの指標はすべて大阪の貧困状態がどれほどひどいかを物語っている。経済成長率が年間一%にもならずに推移したアベノミクスの九年間、きわめて低調な全国水準をさらに大きく下回る停滞した経済の中に大阪はあったことになる。まったく上がらない賃金のもとで二回の消費税増税は大衆の購買力をいっそう切り下げた。その結果、雇用者の七割を占める外食、観光といったサービス産業がさらに窮地に追いやられた。結局、アベノミクスの第一の矢、金融緩和は株屋を儲けさせたかもしれないが、中小企業や零細な商店を活性化することはなかったのである。さらに加えて、この二年間のコロナ・パンデミックによる経済活動の停滞はもともと不安定雇用の多い中小零細企業の労働者たちを文字通りの苦境に落としこんだ。

世界資本主義の人民収奪の構造

 二〇〇八年のリーマンショックは停滞経済を資本主義世界にもたらした。資本は利潤を確保するために世界をいっそう、金融支配の網の目で緊縛した。商品のグローバルサプライチェーンは文字通り少しでも安く作れるところを探して張り巡らされた。典型例を一つ上げればアメリカの携帯電話は、知的財産権に保護された基本デザインを使って台湾の下請け企業で作られたICチップを中国本土で組み付けて、アメリカに持ち込み五万円で販売される。しかしその中国資本の取り分は数百円である。数万円の販売価格の過半はGAFAの利益としてアメリカ巨大企業が手に入れる。その利益もほとんどは金融的な操作によってほんの一握りの富裕層といわれる人びとの懐に入るのである。その操作のためにロンドンのシティーに世界中の銀行が集まっているのである。世界中に張り巡らされた金融資本の支配力によって中国はこの収奪の網の目から逃れられないで、アメリカの多国籍資本に縛り付けられている。しかし今ではこのような力にもほころびが見え始めていて、ほころびを糊塗するかのように南シナ海にはアメリカ、オーストラリア、イギリス、フランス、ドイツの軍艦が遊弋し、一〇〇年前の半植民地中国に戻ったか、と見間違う古典的な軍事圧力を中国にかけている。この軍事力を後ろ盾に日本もこのサプライチェーンの安価な一部分として世界資本主義に組み込まれている。こういう世界に日本資本が適応できるようにするのが安倍・菅政権の課題であったし、この仕組み総体によって収奪されていることが日本の労働者の苦しみの根源的な理由である。しかし日本の大衆にはこの事態はそうは見えていない。「自分たちの製造業の仕事はみんな中国に奪われてしまい、あるのは飲食のパート労働だけ。目先のきく奴は転職して株でもうけたのか一等地のタワーマンションに住んでいる。コロナでそのパート労働もなくなり食うものにも事欠く、この先どうなるのか」と。

松井代表の演説に「維新」躍進のカギ

 吉村洋文「維新」の会副代表の「成長のための規制改革」という選挙演説には生活に窮迫する市民の聞きたかった、「経済成長」という言葉が入っていた。たとえそれがどれほど空疎だったとしても。一方他の与党や野党の選挙演説は庶民の窮迫の根源にある「アベノミクスの評価」が取り上げられることはなかった。かれらはコロナからの回復を訴えて「まずは目前の生活苦からの救済を」、と主張して一時金のバラマキを競い合っていた。しかし本来は日本の停滞からの脱出が喫緊の争点であるはずである。しかしそのような論点は維新以外のどの党からも聞こえてこなかった。松井一郎「維新」代表の次のような訴えは、他の党派が触れない経済対策を正面から訴えている。「少子高齢化と人口減少が進む最中、感染症という脅威が加わり、日本はいま未曾有の危機に直面しています。にもかかわらず、この国は、古い昭和の時代に作られた仕組みのままなので、問題解決ができません。このままでは、日本に明るい未来はありません。今こそ日本大改革(グレートリセット)が必要です。」
 維新なら中身はとにかく何かやってくれるのではないか、といった漠然とした期待を抱かせる松井の演説である。この点が大阪で「維新」の支持が圧倒的になった第一の理由なのではないか。
 橋下大阪府知事は二〇〇八年に登場した。登場直後にリーマンショックが起こっている。かれの手法は大衆の持つ漠然とした危機意識を自党の支持へと巧みに誘導するものである。府知事就任直後、橋下は「身を切る改革」を標榜して、親方日の丸で首切りのない公務員が昼間から組合活動をやって仕事もせず高い賃金をもらっている、だから大阪府の赤字は減らないのだ。橋下はこのようにキャンペーンを張った。そして公務員賃金の切り下げを断行した。刺青の有無を自己申告させるというアンケートを、賃下げに抵抗する組合への攻撃手段として使用した。今では大阪の公務員賃金は全国で最も低いグループに入っている。このような公務員の賃金をカットし、公務員労組をたたく派手なパフォーマンスは大阪府民に「維新」が労働組合という既成勢力の既得権を打破して何かをやってくれるのではないか、といった期待感を抱かせることになった。

「吉村、よくやっている」キャンペーン

 また、高校授業料無償化に乗じて朝鮮学校への補助金支給を大阪府と市は打ち切るといった決定を「維新」は下し、宮城県知事村井嘉浩の支持を得て全国化させた。このようないわれのない懲罰的行為を行なうことで住民の排外主義的ナショナリズムを煽り、仮想敵をたたくことで「維新」への支持を取り付けるという悪辣な手法をとっている。「尖閣諸島」の領土問題や台湾海峡有事などの政治問題がマスコミで騒がれるようになった今日、反中国・反社会主義キャンペーンに敏感に反応する排外主義的イデオロギーに染まった選挙民に対して、この「維新」の排外主義的姿勢は票の獲得に有利に働いているに違いない。
 大阪では、コロナ流行時には病院のベッドは満杯となり、医療崩壊の事態が生じ、自宅療養者が多く出て、自宅で医療を受けられないまま死んでいく市民が続出した。にもかかわらず、「『維新』はコロナ対策をよくやっているキャンペーン」とでもいうべき「維新」一色の報道が大阪では連日チャンネルを問わず流されていた。このように維新はマスコミの利用がうまい。そもそもパンデミックの医療崩壊の原因は「維新」が規制改革の名のもとに公立医療機関と保健所を統廃合しリストラした結果でもある。にもかかわらず、そのことは伏せたまま、マスコミは吉村知事がよくやっているという評価をテレビで垂れ流したのである。
 こうして大衆の意識を収攬した「維新」は大阪府下の各市の市長や市議会議員を「維新」で固めその地方議員をフル回転させて集票を行なった。地方議員たちは今回の選挙で毎日数百人への支持依頼電話をかけるのがノルマとして課された。また大阪府下の衛星都市では民間重視の名目で観光産業や外食産業に利益誘導による発注が行なわれ、コロナ禍でも国とは別に企業主に対しては手厚く大阪府から現金給付が行なわれていた。一方それらの企業に雇用されていた非正規の労働者への直接の生活費給付や失業給付はまったくなかったのだが。このように大阪では古典的な「どぶ板選挙」を、「維新」はやっていたのである。

「維新」を支持する大阪の大資本

 このような「維新」の活動の経済的な基盤はどこにあるのか。大阪の経済団体はそろって「維新」を支持している。大阪で開催予定の万博やその後に誘致を予定している統合型リゾート建設に伴った箱もの建設。さらには大阪市営バス、地下鉄の民営化が強行された。大阪城の敷地内に予定されている大阪公立大学キャンパスの建設には四二〇億円を支出するといわれていて、大学施設費には一〇〇〇億円が予定されている。このように箱モノを作る計画を発表し、「維新」は大手建設資本に大判振る舞いをしている。橋下が登場した時には「大阪府は赤字転落寸前で危機にある」と脅かして身を切る改革=公務員賃金の切り下げキャンペーンを打ち出しながら、現在はいっそうの赤字が累積する結果となっている。府の赤字財政の構造はそのままなのである。ただしその補助金をもらっている団体の構成は「維新」登場によって変わってきた。以前では地域振興のためのさまざまな地域団体に発注されていた随意契約に日立やNTTといった大独占企業が受注団体の上位に登場することとなった。地域振興策として金を落とす、といった考えは「維新」にはない。「維新」に言わせれば地域振興自身が成長に寄与しない「昭和の既得権」なのである。新自由主義的主張に従って成長力のある大企業への発注を徹底して優先的に行なうというのが、「維新」の理屈だ。
 「今ある庶民の窮迫は既成勢力が甘い汁を吸っているせいである。この国の昭和の既得権勢力を打破すれば格差はなくなり、庶民の生活はよくなる」といった、たわいもない主張が「維新」の主張である。政策がそのような庶民の狭い経験に基づく単純な気分に依拠しているのでは、複雑に絡み合ったグローバル資本主義の作り出す矛盾によって生じる大衆の窮迫は少しも解決できない。生活はよくなるという「維新」の説明は常に事実によって否定されていく。その「維新」の無能を糊塗するために庶民の持っているナショナリズムにおもねって排外主義的主張を繰り返し、大衆の注目を浴びようとする。結局、「維新」のやってきたことはかれらが単独で発明したものではない。トランプの登場と同じように、金融自由化・新自由主義的政策の結果、世界中に広がる格差を土壌として生まれてくる右翼ポピュリズムの日本
的形態である。
【小野利明】