骨太の方針に見る独占資本の生き残り戦略
資本主義の「アップデート」はありえない                         

 六月十八日、菅政権下では初となるいわゆる骨太の方針=「経済財政運営と改革の基本方針2021」が閣議決定された。( 以下、今次方針を「骨太2021」という。(骨太の方針は、民間議員と政府閣僚、つまり独占資本の代弁者たちで構成される経済財政諮問会議で検討、策定される。諮問会議はもともと、財務省が握っていた予算査定権から政策決定プロセスを分離させて内閣府が掌握する、いわゆる官邸主導のための仕組みであり、小泉政権では郵政民営化や「三位一体改革(国と地方の税財政改革)」を強行していく梃子となった。いっぽう第二次安倍政権で骨太の方針は、民間議員と関係省庁が協議・調整して中長期の政策課題と方向性を示すとともに当面の経済財政運営と翌年度の予算編成の枠組みを示す政策文書となり、菅政権もこれを踏襲している。
 骨太2021は、新たな成長の源泉として次の四つに重点的に投資していくとする。グリーン社会の実現、官民挙げたデジタル化の加速、新たな地方創生と分散型国づくり、少子化の克服と子どもを産み育てやすい社会の実現の四つである。同時に、社会保障改革、国と地方の新たな役割分担、デジタル化に対応する文教・科学技術の改革、社会資本整備の改革、税制改革等をすすめる。歳出改革努力を継続し、骨太方針2018の財政健全化目標(二〇二五年度のプライマリー・バランス黒字化)は堅持するが、本年度内に目標年度を再確認するとしている。
 骨太2021にはこの国の政府・独占の課題意識と対応方向、その階級的性格があらわれている。三つの側面から検討しよう。

経団連「新成長戦略」への追随

 昨年十一月に公表された経団連の政策提言「新成長戦略」は、将来にわたる持続可能な経済成長のためとして五つのアクションを掲げている。1.DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じた新たな成長、2.働き方の変革、3.地方創生、4.国際経済秩序の再構築、5.グリーン成長の実現の五つである。たとえば「新成長戦略」は「働き方の変革」を①時間・空間にとらわれない柔軟な働き方への転換、②多様で複線的なキャリア形成に向けた人材流動化と整理しアクションプログラムを示したが、それらは、骨太2021のなかで、ジョブ型雇用への転換、テレワークや副業・兼業の普及・促進、転職・起業の支援、フリーランス、裁量労働制、リカレント教育の強化等々の政策メニューとして展開、具体化されている。
 さらに「新成長戦略」でのキーワードのひとつ「エンゲージメント」が骨太2021に登場している。「多様な人材がそれぞれの能力を発揮し、エンゲージメントを高めながら活躍(略)その活力が維持・発展する社会を実現する」。エンゲージメントとは「働き手にとって、組織目標の達成と自らの成長の方向が一致し、仕事へのやりがい・働きがいを感じる中で、組織や仕事に主体的に貢献する意欲や姿勢を示す概念」である(脚注より)。「長期蓄積能力活用型」の労働者、いわゆるメンバーシップ型の正社員を限定し少数精鋭化して、その他をジョブ型や非典型労働者に置き換えていったときに、いかに企業に忠誠心を持たせるか、支配階級も腐心しているということだ。
 ことほどさように、骨太の方針は独占の構想に忠実に策定されているのだ。ちなみに経団連会長は経済財政諮問会議の民間議員である。

「経済安全保障」戦略の強化

 甘利明を座長とする自民党新国際秩序創造戦略本部は「経済安全保障」を「わが国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」と定義し、昨年十二月に「経済安全保障戦略」の策定を提言していた。
 骨太2021は骨太の方針としては初めて「経済安全保障の確保等」を独立の項とし、安全保障のすそ野が経済・技術分野へ急速に拡大するとともに、コロナ禍でサプライチェーン上の脆弱性が国民の生命、生活を脅かすリスクが顕在化した、と分かりにくい言い回しで述べている。
 後者の一例はコロナ禍のもとでの半導体不足だ。いまや自動車製造に欠かせない半導体部品は大部分が輸入頼りであるが、その供給がひっ迫し、部品不足のためにトヨタ等が製造ラインを一部停止する事態になっている。
 では前者「安全保障のすそ野が……」はなにを意味するか。センシティブ・テクノロジー(機微技術)、すなわち武器、あるいは、民生品であっても大量破壊兵器などに転用できる物に関する技術のことである。骨太2021は、経済安全保障にかかる戦略的な方向性として、帝国主義諸国の基本的価値観に基づく「国際秩序」の下で、「同志国」との協力を拡大・深化させ、安全保障の観点から特定の重要技術を独占的に保全・育成するための方策を検討しようとしている。
 こうした機微技術のみならず、骨太2021はグリーン化(気候変動対応)やデジタル化についても米国や「同志国」との戦略的な連携強化をうたっている。
 米バイデン政権がすすめる対中封じ込め戦略への追随・加担という政府・独占の世界戦略が骨太の方針にも貫かれているのである。

方針の根底には支配階級の危機意識

 米国とEUはともに、リーマンショック以降顕在化し、コロナ禍で焦眉の課題となった格差への対応と雇用の維持・拡大や、気候変動対策、脱炭素化、クリーンエネルギー等、将来の成長への投資として、大規模な財政支出を伴う産業政策を展開し始めている。
 経団連「新成長戦略」は主要国での資本主義は行き詰まり(!)、環境問題の深刻化や格差問題の顕在化に直面して「大転換期」を迎えているとの見解を開陳している。
 経済産業省は六月に「経済産業政策の新機軸~新たな産業政策への挑戦~」をとりまとめ、前川レポートを始期とする構造改革アプローチの段階は終わり、多様化する中長期の社会・経済課題の解決を目的とする、ミッション志向の産業政策の新基軸が求められている、と提言した。
 骨太2021は「将来を見すえた戦略的な産業政策が求められている」とし、脚注で「英米などの諸外国において、財政出動を行う中でその財源を賄う措置を講じようとしていることも参考にする」と、法人税増税の選択肢にすら言及している。
 これらに共通するのは、現代資本主義が行き詰まっており、人民大衆の不安と不満をこのまま放置しておくと体制危機に陥りかねない、という支配階級の危機意識である。

社会主義こそ進むべき道

 米国やEUが「大きな政府」に回帰する方向を示しているのは格差是正と再分配を行なえる主体が国民国家しかないからだ。骨太2021のグリーンもデジタルも、それが正義だからではなく、巨額の投資を振り向けうる対象がそれしかないから選択されたのだ。
 労働と生産の社会的性格とその取得の資本家的形態の矛盾が、資本主義の「アップデート」によって解決することはありえない。「新しい資本主義を志向する世界の潮流」(連合と立憲民主党・国民民主党の政策協定から
)などに幻想を持つことなく、社会主義の旗を高く掲げて闘おう。
【吉良 寛・自治体労働者】