二〇二一年春 HOWSからの呼びかけ
コロナ下で自粛・萎縮せず、知性を鍛え、闘い抜こう!       
                   

 日本国内で進行する新型コロナ感染の変異株を伴う第四波の爆発が懸念され対策が急がれるなか、ワクチン頼みで感染症対応の基本である徹底した検査・隔離・治療を蔑ろにしてきた菅は、緊迫する感染状況を放置したまま、のこのこと訪米の途に着いた。そして、四月二十五日から五月十一日までの東京、大阪、兵庫、京都への三度目の緊急事態宣言の発令である。

中国との対決路線を鮮明にした日米会談

 四月十六日、米国バイデン大統領にとって対面の初の首脳会談となった日米会談が開催された。バイデン政権誕生後初めて東京で開かれた三月の日米外務・防衛閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)では、中国を名指し批判し、安保と経済を切り離す「政経分離」方針を変更し両者を一体なものとし中国を敵対視する路線転換をはかった。中国外交部が、日本は米国の「戦略的属国」となり、日中関係を破壊したと厳しく批判した所以である。政治・経済・軍事の面で台頭する中国を「戦略的競争相手」として、同盟国と協調して対抗しようという立場のバイデン政権にとって、日米同盟とアジア地域の重要性を再確認し、2プラス2の成果を確かなものとすることが最初の対面首脳会談の相手に菅を選択した理由であった。
 会談後の共同声明「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」において、日本メディアが特に強調しているのは、「自由で開かれたインド太平洋を形作る日米同盟」(『朝日』四月十八日付、全文)における次のような言及である。「日米両国は台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」。
 『朝日』社説(十八日)は「国交正常化以降初めて、日米首脳間の文書に『台湾』が明記された意味は重い」とし、台湾有事の際には「安保法が定める『重要影響事態』として米軍への後方支援を求められる可能性が高い」と論じた。

内政の失敗を対中・対朝鮮に逸らす策略

 日中国交正常化から来年には半世紀を迎えようするとき、日中共同声明(一九七二年)第三項を反故にしようとでもいうのか。そこには次のように記されている。「三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」(本紙前号に載録)。
 「台湾」の明記は中国政府の「一つの中国」政策の明白な蹂躙である。また中国軍による「台湾侵攻」という過剰な宣伝は、日本による「尖閣諸島、領海内への中国公船侵入」といった宣伝とともに別の反動的意図があるとみなければならない。つまり自衛隊の装備強化と南西シフトに利用しようという策略である。
 南西諸島の陸自ミサイル部隊に、中国ミサイル搭載艦艇に対抗する役割を担わせようとしているのもその一例だ。日米共同声明における反中国宣伝は、「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動についての懸念」「東シナ海における一方的な現状変更の試み」「台湾海峡問題」「香港・ウイグル」といった、バイデン政権の対中対決政策に追従する日本外交のあり様を端的に示した。
 米国歴代政権の対中関与政策の失敗を宣言した象徴的な発言として、トランプ政権末期の二〇二〇年七月、マイク‐ポンぺオ元国務長官によるニクソン記念図書館における演説がある。中国の指導者、習近平を「全体主義の奉仕者」と名指し、ニクソン米大統領の訪中(一九七二年)以来の米国歴代政権の対中関与政策を全面否定し、中国共産党の指導体制転換を呼びかけた。バイデン政権が、トランプ政権下の二〇一七年の国家安全保障戦略文書で示された中国を「戦略的競争相手」と見做す表現を踏襲していることからも、米国内では民主、共和を超えた超党派でこの中国認識が共有されていると考えられる。

中国の対台湾政策と米帝の揺さぶり介入

 台湾問題を一例にあげれば、中国の台湾政策の基本原則は中台合意よる「九二年コンセンサス」に従い、台湾独立に反対しながら、両岸(中台)の平和的発展と平和的統一を目指すことにある。ところが、トランプ政権下では新型コロナウイルス起源をめぐる「中国ウイルス」発言、一〇回を超す台湾武器供与決定、「一つの中国」政策への揺さぶりなど、台湾政策の見直しをめぐる議論が繰り返し行なわれ、対中世論の悪化とともにこの方向性がバイデン政権に引き継がれたのだ。
 台湾問題を中心に日米共同声明をみてきたが、「自由で開かれたインド太平洋構想」のなかには、日本の防衛力の強化とともに、辺野古における新基地建設など在日米軍再編をめぐる現行取り決めの再確認がある。またバイデン政権の朝鮮政策は策定途上にあるが、朝鮮半島の非核化ではなく「北朝鮮の非核化」を一方的に課題としてあげ、また拉致問題の即時解決が指摘されている。そしてこうした流れは、日米豪印戦略対話(クアッド)によるアジアのNATO化構想にまで進もうとしている。

ブルジョワ民主主義は民族主義への道だ

 このように中国との対決路線を鮮明にした今回の日米共同声明のもつ反動性にたいして、運動主体の側からの批判の声はあまりにも低調だ。それは連日流されつづけるブルジョワ言論機構の対中国敵視イデオロギーの注入に対して、中国が歩んできた近現代の歴史と日本帝国主義の侵略の事実を対置し、日中友好の道に歩みを進めてきた先人の取り組みに学ぼうとしないことによる。
 レーガンが「悪の帝国」と呼んだソ連邦が倒壊した後は、ブッシュ(子)が「悪の枢軸」と呼んで朝鮮・イラン・イラクを叩き、そしてこんにちアジアでは朝鮮と並んで中国が、日米をはじめとする帝国主義陣営の標的にされている。
 こうした流れにあらがう一本の杭であるべき日本共産党の指導部は、反社会主義の濁流に呑み込まれるばかりか、いまやその濁流に掉さしている状態だ。二〇世紀の後半から二一世紀のこんにちにいたるまでの日ソ、日朝、日中友好運動の歴史を遡ってみると、その無惨な姿は一目瞭然である。だが、そうしたなかでも友好運動の現場で地に足をつけて苦闘する日本共産党員がいることもわれわれは目撃している。
 われわれは、そうした人びとやその周縁で活動する人びと、また旧社会党系で地道に友好運動を担っている人びととの繋がりを求めつつ、こんにちの状況のなかで、濁流にあらがう一本の杭でありたいと行動する。そのたたかいのひとつのあらわれが、HOWS二〇二一前期講座の開設だ。中国・朝鮮の「脅威」を口実にした東アジア・太平洋地域における緊張激化・軍拡路線に反対し、日本のこんにちを決定づけた(だがそれは変えられるし、変えなければわれわれは歴史の主人公にはなりえない)サンフランシスコ講和条約七〇年を機に、日米安保体制打破、日中・日朝・アジア人民との友好、キューバをはじめ全世界人民との友好・連帯の礎を築こう! 来たれ! 共同の学び舎、HOWSへ。
 【逢坂秀人】