労働時評
郵政地域基幹職をめぐって
「同一低賃金化」を許すな                          

 去年一一月二十五日にリモートで開催されたJP労組第二一回中央委員会(六月に沖縄で開催されるはずだった第一三回定期全国大会はコロナ禍で延期)は【本質的な同一労働同一賃金の実現に向けた議論】と称して見過ごすことのできない方向を打ち出した。まず、地域基幹職の2級以下の賃金を一般職と同一にするという。
 郵政の一般職とは二〇一四年に導入された雇用区分である。正規雇用ではあるけれど非正規雇用労働者とほぼ同水準の低賃金で、新採もあるが非正規からの登用が中心。日本郵政グループのうち郵便・物流に携わる日本郵便に圧倒的に多く、同社の正規雇用一九万人強のうち現在約三万人いる。いっぽう従来の正規雇用は地域基幹職と区分される。その2級以下とは管理職・役職に就いていない層だ。一般職の賃金が上がる方向で同一になっていくなら文句をつける筋合いはない。しかし、逆になる危険が大である。

定年延長の場合では

 前例は今年から実施される六五歳への定年延長に際しての六一歳以降の賃金引き下げだ。シュミレーションによれば、一般職は六〇歳定年時点で年収四六六万円が、六一歳からはシニアスタッフとして四一二万円に下がる。
 いっぽう六〇歳定年時点で地域基幹職1級なら五九二万円、2級なら六六一万円なのが、六一歳からはどちらもやはりシニアスタッフに括られて四一二万円である。継続再雇用になる場合の賃金ダウン(後述)ほどではないが、正規雇用であり続ける負荷(六〇歳までと同じ労働)とはとても釣り合わない。
 つまり一般職も六一歳からは五四万円も減らされてしまうが、地域基幹職の1級は一八〇万円、2級に至っては二四九万円もの減収になる。それまで一番低かった一般職に揃える形での「同一低賃金」が「実現」してしまうのである。この定年延長がそもそも、これまでの継続再雇用労働者の低待遇が旧労働契約法二〇条に抵触しかねず、したがって訴訟を起こされたら会社が敗訴する可能性があることを恐れての脱法的な延長である。どういうことか。
 これまでの継続再雇用では地域基幹職の年収は定年前の六割にも充たない。もともと賃金の低い一般職でもギリギリ六割だ。
 去年四月から施行された「同一労働同一賃金法」(ガイドライン)がいかに諸手当ばかりを対象にして基本賃金には踏み込まないといっても、再雇用になった途端、同じ仕事をしながらこれほど大きな収入格差が生じることを許容するであろうか。定年前と再雇用との格差は正規・非正規のそれとなるという司法判断は確定している。
 労働契約法が出来る以前だが、正規と非正規の間の二割以上の賃金格差は「公序良俗に反する」と述べた裁判例がある(丸子警報器事件、長野地裁上田支部判決、一九九六年)。また定年後再雇用の減収が争われた長澤運輸事件では原告側主張は通らなかったけれども、この場合の減額率は二〇~二四%である。郵政のような四〇%を超す減額は、裁判で争われれば「不合理な格差」と判決される可能性があったのである。

労働契約法の落とし穴

 そういう事態を避けるために日本郵政は定年を延長したのだ。延長してしまえば六〇歳を過ぎても正規雇用であるから、旧労契法二〇条が移行したパートタイム・有期雇用労働法八条をかわせる。正規雇用と非正規雇用の格差を対象とした法律であって、正規雇用内部の格差は扱わないからである。
 この場合(正規雇用のまま六一歳以降の賃下げ)は労働条件の不利益変更として労働契約法の九条が規制をかけるものだ。ところが、同一〇条は、労使の合意があれば不利益変更は可能としているのである。
 労働契約法の落とし穴がここにある。労働立法のスタンスとしては、労働者の利益に反することを労働組合がたやすく合意するはずがないという常識を踏まえるのだが、日本独特の企業別労働組合においては、この常識が通用しないのである。まず企業を儲けさせることが大事と考えるから、労働者に不利益なことでもたやすく妥結してしまう。進んでは、労働者を踏み台にして企業に益するようなことを労働組合のほうから提案しさえする。
 定年延長とは、「同一労働同一賃金法」をかわしつつ、六一歳以降において役職以外の地域基幹職の賃金を一般職のそれにまで下げるものである。これを、六一歳以上に限らず、全年齢層にわたって実現しようというのが、今回JP労組中央委員会が出した方向である。
 「同一労働同一賃金」法(ガイドライン)は、「同一」の名の下に正規雇用の賃金を非正規雇用に合わせて引き下げるのは「望ましい対応とはいえない」と釘は刺している。地域基幹職を一般職の賃金水準に下げるのであれば、ガイドラインが釘を刺す「非正規に合わせた正規の低賃金化」を、非正規と同水準の低賃金である一般職を媒介して遠回りに為し遂げようということである。直接ではなく遠回りしてやるのだから法には抵触しないと会社もJP労組中央も踏んだのであろうか。

手当基本給化の狙いは

 もうひとつ目論まれているのは、諸手当を基本給に組み込んでいくことだ。手当を基本給化することそれ自体は、本来なら悪いことではない。そのほうが賃金として安定する。けれども、いま行なわれようとしているのは、もっと邪な動機による。
 これまでの日本郵便を含むいくつもの二〇条裁判最高裁判決では、基本賃金の格差には踏み込まないかわり、諸手当については項目ごとに検討して多くの格差を不合理とする判断をした。諸手当として残しておくと格差を不合理とされる。それが嫌だから基本給に組み入れてしまえ、ということなのだ。せめて諸手当においてだけでも動き出した格差是正から身をかわそうという姑息な手なのである。
 非正規格差があまりに酷いから、正規雇用は結構な賃金を得ているように錯覚させられてしまうかもしれない。しかし、日本のように住宅費が高く、医療にも金がかかり、国から出る子ども手当は乏しく、子どもを大学まで進ませればべらぼうな学費がかかる国では、正規雇用労働者の現在の賃金水準だって高いとは決して言えない。子ども手当を増やし、学費を無償にする闘い等々を組むと同時に、しかしそれが実現しないうちは正規雇用といえ賃下げに応じるわけにはいかないのである。
 だから、同一労働同一賃金は郵政でいえば少なくとも地域基幹職の水準をゆずらないところで達成しなくてはならない。一般職も非正規雇用労働者も、住居費や子育てにかかる費用や教育費が高い同じ社会で生きていくのだから。
 【土田宏樹】