福岡県下のコロナ禍と行政の対応
岡本茂樹(福岡・小児科医)                          

 現在、世界中で新型コロナウイルスの感染者は一億人に届こうとしている。死者は三か月半で倍増し、二月十五日には二〇〇万人を超えた。わが国でも流行の第三波に襲われ、感染者は急増し三五万人を超え、死者も五〇〇〇人を超えた。四月の第一波、七月からの第二波を総括することなく、「GoTo」事業の経済最優先策に猛進した挙句の巨大な第三波の襲来は、第二の緊急事態宣言に帰結した。
 この事態はスガ政権による失策、人災であるとの声が上がるのは当然である。
 一都三県に一週間遅れ一月十四日に福岡県他七府県にも第二の緊急事態宣言が発せられた。唯一宣言を要請しなかった福岡県や福岡市の姿勢に不安を感じる県民市民は多かった。福岡県でも連日二〇〇人を超える感染者が報告され、一〇万人当たりの感染者数は四〇人前後と高かったからである。地元紙によれば十八日時点で福岡県では八五人の感染者(うち七二人が一月)が確認され四か所のクラスターが発生し接触者一五〇人が自宅待機となっている。
 また昨年十二月二十五日までに重症者はないものの児童・生徒三四七人、教職員五九人が感染したという。その後も学校、幼稚園、保育園で単発的ながら感染は広がっている。にもかかわらず、全国の例にもれず、福岡県でも主要な駅や繁華街の人出は期待するほど減少していない。首都圏で始まっている救急救命医療の崩壊(医師・看護師の不足、通常医療の制限、補償なき減収、医療機関でのクラスター発生)は、地方にも迫っている。
 一月二十一日の福岡県の新型コロナ病床稼働率は七三・四%(四七七床/六五一床)、重症病床稼働率二四・五%(二七床/一一〇床)でまだ余裕があるようだが実際はそうでもない。新型コロナ病床の実稼働上限は設備や人材面から七五%が上限であり、感染者が増加すればすぐに限界に達するからである。二十四日の地元紙報道では、感染拡大で救急患者の受け入れに時間がかかる「搬送困難」が増え、福岡市では一週間で四四件と前年の二・九倍になった。関係者は「このままでは救急医療を維持できない」と危機感を募らせている。
 福岡市は、六五歳以上の高齢者に無料でPCR検査を行なうと言っているが、約三〇万人の高齢者すべてを検査するには検査能力が追い付かない。福岡市医師会は、保健所や少数の検査機関に加えて開業医院にPCR検査を行なうように求めて一部開業医が応じた。院内感染防止対策を練り、新型コロナ感染疑いの患者をその他の患者と分離して(トリアージ)診療するには相当の労力を要する。院内感染を起こせば、即最低二週間の閉院を覚悟しなければならない。それは自院の経営危機にもつながる。さらに患者の動線の分離、院外待機、オンライン問診、完全な個人防御服を着用しての診察とPCR検査、医師以外の医療スタッフとの感染防御研修とシミュレーション、これらを準備しても自宅に高齢者を抱えるスタッフの院内感染の不安は完全には払拭できない。
 一方では、両親が公務員だから、医療福祉職だから、子どもが発熱したらPCR検査で陰性と判断されるまで出勤できないと検査を希望されることも多々あるようになった。
 今年は、インフルエンザが例年の一〇〇〇分の一の発生で、他の感染症が激減している。それでも、小児科受診の主訴の多くが発熱である。小児科医は発熱外来を避けることができない。毎日朝のミーティングで発熱の有無に関係なく院内感染防御対策を徹底しましょうと確認しているが、スタッフの心身の緊張と疲労を肌で感じる。
 わたしは、日本の新型コロナ感染の患者を診ている救命救急医療のスタッフはよく懸命に頑張っていると思う。決して十分とは言えない設備や個人感染防止装具、労働条件を含む労働環境の中で、医療スタッフが職場を離脱したという話は多くは聞かない(もちろん多少はあるかもしれないが)。病院外では、感染源のように言われて避けられたり、子弟が汚いもののように差別されたり、危険な職務を遂行しているのに賃金は低下するような状況下でも多くの医療スタッフはよく耐えていると思う。
 むしろかれらが何も言わずに黙々と働くことが心配である。医療労働者と労働組合はもっと声をあげ、政府や自治体に医療の改善、医療労働者の待遇改善を要求すべきだと思う。そして人民はかれらを支えるべきだと思う。
 政府は、自らの無策を恥じず、感染拡大の責任を人民に転嫁しようとしている。政府は二十二日の閣議で、罰則を盛り込んだ新型コロナウイルス特別措置法と感染症法の改正案を決定し国会に提出した。入院を拒否した感染者に一年以下の懲役または一〇〇万円以下の罰金を科すという。ならば、入院隔離が必要な感染者を自宅療養という名の放置、病床不足による入院待機重症患者の病状悪化などを招いた政府の責任をこそ罪に問うべきではないか。一九七〇年代から一貫してつづく自民党政権による医療に税を投入しない低医療費政策、医療福祉を目の敵にした医療費削減策、医師養成数の削減、入院病床数の削減、地域保健所数の半減など新自由主義に基づく医療縮減政策が現在の困難をもたらしている。
 わたしたちは、ウイルスと闘うだけでなく、反人民的医療政策とも闘う必要がある。
 (二〇二一年一月二十五日)