二〇二〇年 関西夏季セミナーの報告から
大阪維新――この一〇年

階級支配の新たな政治手法生み出したプロセス                         

九月十九日、〈活動家集団 思想運動〉関西地方運営委員会主催による関西夏季セミナーを大阪国労会館にて開催した。テーマは「大阪維新の会――この一〇年」。報告は長年労働運動に携わり、労働者による国際連帯と階級的な労働運動の創出に献身してきた中村勉会員。以下は、当日の報告を基に配布資料の内容なども加えて再構成したものである。

新型コロナ禍の下での特別区設置住民投票

今も全世界を覆う「コロナ禍」。日本でも大都市中心に第一波が急速に広がり、各方面に「自粛体制」による混乱と危機感を呼び起こしたが、その収束への道はいまだ見えない。大阪では、松井市長と吉村知事のコロナ対応策が「スピード感と市民目線」に立ったものとして報道を通じて喧伝された。しかし、そうした大阪維新の首長たちの「イメージ戦略」の巧みさの一方、「世界に開かれた商都」の機能停止のダメージはとてつもなく大きく、徐々にその実態が顕在化している。九月の新型コロナ関連倒産は大阪では五九件を数えた。事業の経営難、生活困窮など、急増する府市民からの訴えに、直接対応する自治体職員にも業務量の増大と責任の重圧がのしかかってきている。
このような時期にあえて松井、吉村両首長は「大阪都構想」の住民投票実施を持ち込んできた。大阪万博やカジノ誘致を起爆剤に大資本を投入した再開発、都市機能の再編を推進することは橋下時代からの宿願だ。
二〇一五年五月、大阪市を廃止し、五つの特別区を設置するという大阪市特別区設置住民投票は僅差で否決された。この時は共産党はじめ、自民、公明も反対の立場であった。当時、官房長官だった菅は自民党大阪府連を批判し、自身や安倍首相が維新と理念を共有しており、その取り込みを図ろうとしていることを露骨に表明した。橋下はこの敗北を受け、政界引退したが、府市ダブル選挙で、松井は自民、民主、共産が支持する候補に大差をつけて府知事に選ばれた。また、それまで知名度のなかった吉村も市長選に初当選した。
その際、松井、吉村は万博の大阪誘致や大阪交通局の民営化を自党の成果として強調するとともに、都構想の住民投票の再実施をすでにあげていた。五年を経て、当時と異なる条件下で実施される十一月一日の二回目の住民投票の成否は政治的にも大きな節目となるだろう。一地方の自治体行政機構の改変にとどまらず、今後の日本の政治の針路を決定づける契機になりかねないものだ。
世界は新たな恐慌に突入しつつあり、歴史的にも重大な局面を迎えている。この秋は安倍首相の辞任と菅政権誕生、立憲民主党と国民民主党との合流、米国大統領選挙、世界的な新型コロナウイルス感染拡大という環境下で、次の事態の展開を的確にとらえる必要がある。
維新政治は新自由主義経済政策の推進を掲げた安倍政権とともにスタートし、国と地方自治体の運営をめぐり、相互補完ともいえる関係を保ってきた。大阪維新のこの一〇年を振り返ると、資本がみずからの危機を切り抜けるための階級支配の新たな政治手法を探るプロセスであったともいえるだろう。そういう意味でこのテーマは広い視野の下に深く掘り下げてみる価値がある。

菅政権の発足と大阪維新の会

はじめに自民党新政権の成立に触れておきたい。今年八月末、突然辞任表明した安倍首相の後継総裁選によって菅義偉前官房長官が選出され、九月十六日、国会で首相に就任した。翌日の新聞各社の世論調査によると六〇~七五%と高支持率を示している。これは歴代三位。「働く内閣」などのイメージや「安倍政権を引き継ぐ」、「政策に期待がもてそう」などが支持の理由とされている。
新任大臣への評価では、河野の支持が最も高く七六%。一方、重鎮の麻生、二階らへの支持は低い。これらを見ると、国民はコロナ対策、経済政策、社会保障政策の継承に加え、今の状況を突破してくれる政治を期待していることがわかる。
すでに就任会見で公表されている主目標は、①新しいデジタル庁の創設、②役所の縦割り行政による弊害や既得権の解消、③悪しき前例主義を破ることなどだ。そして政治と国民との関係の在り方について「自助・共助・公助」をみずからの政治理念として打ち出した。
この菅首相の言葉で想起されるのは、二〇〇八年に橋下大阪府知事が誕生するや大阪維新の会を立ち上げ、党の政治綱領的な政策として打ち出した「維新八策」である。ここで掲げられたのが「自助・共助・公助」だ。大阪府と大阪市のダブル選挙では橋下の挑発的な発言によって、旧弊打破のスローガンとしてマスコミの注目を集め、全国に向けて喧伝された。
もう一度、この「八策」の文言を確認してみよう。この統治機構の抜本的作り直しでは「決定でき、責任を負う統治の仕組み」として「中央集権型国家から地方分権型国家へ」として自治体の自立・責任・切磋琢磨が謳われ、国の役割を絞り込み、人的物的資源を集中させ、外交、安全保障、マクロ経済政策など国家機能を強化する」というものだった。大阪維新の政治については『思想運動』紙上でもたびたび批判してきたが、この「維新八策」の本質は次のようなものである。
①統治機構の改悪(五自治体間競争を強化し、超法規的条例策定も可能に)、②行財政・政治機構の縮小化(福祉・住民サービスの縮減)、③人件費、外郭団体歳出削減、④公務員労組への弾圧(内閣による人事権一元化)、 ⑤学校間学力競争の強化、教育委員会制度の廃止、⑥自助・共助・公助の役割明確化と社会保障の縮小、⑦競争力を重視する自由経済(非正規雇用の拡大は黙認)、⑧主権と領土を自力で守る防衛力、軍需産業を拡大し、産官学の連携強化、⑨憲法改悪(憲法発議要件の緩和、首相公選による首長権限の強大化、九条変更の国民投票の実施)。
橋下大阪維新の会は地方政党だが、菅首相は官房長官時代から橋下らとの会合も重ねており、思想、イデオロギー的にも共鳴するところが多い。
今後、維新と自民党とのつながりはより濃くなり、維新が公明党に代わり、政権入りする可能性は高まるようにみえる。

大阪都構想の実現性

転じて、地域の政党の支持率を見ると、大阪では大阪維新の会だけが五〇~六〇%の高い支持票をもっている。昨年来の大阪府下の市町長選挙や議会選挙でも軒並みトップ当選している。昨年は府市首長交代のW選挙を演じ、過半数を獲得して当選すると、都構想に抵抗する公明党と決裂、恫喝して、公明を「都構想 住民投票」支持へと転じさせた。これに自民党府議団の一部も賛成に回るなどして、今回の二度目の住民投票実現となった。この間、松井、吉村両首長をトップとして都構想の区分割案(四区)や府市の権限移譲の項目の修正などが慎重に練り直されている。
来たる住民投票の賛否についての世論調査では、現在、賛成が反対を上回っている。昨年十月『思想運動』紙で木村真氏は維新が支持を集める理由としていわゆる「ドブ板選挙」にたけていること、反対勢力との対抗に公務員バッシングを煽る手法とともに、無党派層からの「ふわっとした支持」をうまく集めるスキルが高いことを指摘している。〈思想運動〉の立場から、こうした市民意識と性向を分析し、偏見、通俗的道徳、「本音」を用いて是と表現される詐術を論破する明確なメッセージを打ち出す必要がある。
今後、仮に市の分割案が決議されても、実現までには五年かかる。二〇二五年に予定される大阪万博も、このコロナ状況下で計画どおりに順調に進むかどうか、すでに危ぶまれている。コロナ対策や経済停滞で当初、市の分割に必要な経費を賄う財源とされる市営地下鉄の収益も今年度は三九億円の赤字と予想されている。
同党は都構想実現により四百数十億円の経済効果があるとしているが、すでにコロナ対策として吉村府知事は一兆円の補正予算を立て、それを府債でまかなうとしている。職員移動と各行政施設の統合分離、再編は、五年間の移行期間を設けても混乱やトラブルは避けられず、実際の運営に危うさを感じ反対する現場労働者や市民の声も多い。しかし一方で、コロナ対策で吉村知事の一般的な評価は高い。「よくやってる」という声が大きいのも現実だ。
それに対し、反対派の重点的な主張は府に財源を吸い上げられ、住民サービスの低下を招くというものだ。そこには経済対策への抜本的な批判がない。なぜ大阪市が存続した方がいいのかが明確になっていない。都構想の第一のねらいは企業利益の増大と一体となった新自由主義的都市再編だという主張が弱いのだ。

対抗する運動を築いていくために

報告を受けての討議では次のような意見が出された。
この十数年で新聞、テレビ、ネットなどのメディアの多様化と複合関係が進み、言論のスタイルや表現方法も大きく変化してきた。これらをいち早く活用し、日常的に連続するメッセージを発信し続けることで、受け手の心理に食い込み、支持者を拡大したのが橋下政治だった。
短い言葉で小気味よく断言と批判を繰り返し、ある時は非正規労働者の心情に寄りそうようなポーズを取りながら、一方でその層の拡大を進め、その劣悪な労働実態を隠蔽している。
朝鮮にたいする敵意や同和問題をめぐる差別意識を利用して市民運動を弱体化させた。
人権問題を当事者の自己責任問題へとすり替え、行政の責任を回避してしまうなど、労働者人民の闘いによって歴史的に築かれてきた制度からあえて逸脱しそれを強引に正当化する手法を駆使してきた。それがいまや大阪だけでなく日本の政治全体に定着してきている。
しかし、小手先の詐術や隠蔽はやがて実像との矛盾をあらわにする。今の状況がまさにそうだ。観光業やカジノを軸とする統合型リゾートや万博といった私企業がけん引し、刹那的な消費を柱とするスペクタクル経済であたかも経済が浮揚するかのような虚偽を振りまいてきたが、こうした消費市場はコロナ自粛で一瞬にして消滅した。
今、だれもがより確かな情報と価値観を求めながら、生きる道しるべを探しているように見える。〈思想運動〉の歩みを振り返りながら、これまでの闘いで築いてきた理念と国際的な連帯運動が持つ力の意味を多くの人々に伝えていくことが重要だ。
【まとめ=南川 潤】