状況2020・政治 「菅政権」誕生をどう捉えるか(上)
労働者階級人民を愚弄しきった茶番劇
ブルジョワ支配からの解放は闘争でしか実現できない

                広野省三

シンちゃん病気説の矛盾

「潰瘍性大腸炎」による“突然の”シンちゃんの首相辞任と、その後の自民党総裁選・菅「圧勝」の茶番劇。それらに対する政治家・知識人らのマスコミ等を通じた発言、「野党共闘」やさまざまな市民運動などから出されている「安倍政権を追い詰め、辞任させた」という闘いの評価などについて検討し、労働者階級人民の今後の闘い(政治的・イデオロギー的)を考えることが、本稿の目指すところである。
安倍晋三を「シンちゃん」、とわたしが呼ぶのは、本紙の姉妹誌『社会評論』(現在休刊中)一四八・2007年一月・冬号で「二人のシンちゃん――美しい品格で、しっかりと、節操にチャレンジ!」(二人のうちのもう一人は石原慎太郎)、そして一五一・2007年十一月・秋号で「国民の審判? 『でもそんなの関係ない』――さよならシンちゃん。変わるものと、変わらないもの」というタイトルで原稿を書いて以来、このネーミングに多少の愛着があるためで、今回も使わせてもらう(この原稿を書くために改めて二つの文章を読み返してみたが、わたしの考えには変わりばえなく、ああ、また同じようなことを書くのか、との脱力感も少しあるが……。関心のある方はお知らせください。コピーをお送りします)。なお人名は、文字数の関係で、必要と判断した場合を除き、原則、役職・敬称は省略する。

すべてを疑え

前置きが長くなったが、わたしはシンちゃんの、二〇〇七年九月十日の所信表明演説二日後の、各党の代表質問に答える直前の“突然”の辞任騒動について、「テレビ、新聞・雑誌、マスコミでは『左翼』『右翼』入り乱れてさまざまに評価が出されている。“究極の政権投げだし”、“前代未聞の職場放棄”“晴天の霹靂”、“敵前逃亡”……。そして、最後に出てきたのが“病気だったのだからしかたがない”アァ……」と書いた。わたしはこの時も「シンちゃん重病説」には大いに疑問を呈していた。
さまざまな情報筋が伝えるところによると、シンちゃん病気辞任説には、今回も不可解な点が多い。その一つ「安倍氏は会見で『六月の定期健診で再発の兆候が見られると指摘を受けた』と述べたが、六月から八月にかけて高級ホテルやフレンチ店でお友達と会食を重ねていたことが複数のメディアによって首相動静から割り出されている。脂っこいステーキやグリル料理もあったという」(『琉球新報』九月十一日、友寄貞丸。なおインターネット上の「リテラ」のサイトで、その間に会食した麻生・菅・甘利などの人物名〈そこにはこんな人も、という名前もある〉、食事内容などがより詳しく報じられている)。
また、『毎日』九月十五日夕刊・特集ワイド「安倍首相辞任表明――森元首相が語る」では、朝鮮問題通、そして酒飲みで有名な『毎日』の鈴木琢磨記者が、東京・六本木にある隠れ家すし屋で森にインタビューを行ない、以下を聞き出している。「(東京五輪・パラリンピックでは)現職の首相なら、安倍さんは大会組織委員会顧問会議の最高顧問かつ議長です。今回、辞任しても顧問会議には残られる。新しいポスト、たとえば名誉最高顧問になっていただければいい。開会式で貴賓席にいてもらいたいですから」と。そして「ずっと後継を考えていたんですよ、安倍さん。ただ石破さんだけはイヤだった。講釈師みたいなのがイヤなんだ。……ふと見れば、しぶいコハダが光っている。菅義偉さんだ」。また「実は私(鈴木)が森さんの『菅推し』を聞くのは初めてではない。令和時代を迎えてすぐ、昨年五月のインタビューで、ポスト安倍は誰かと問うと、ずばりこう答えている。『菅さん。首相としてやっていくノウハウを持っている。ポスト安倍時代の安定を考えれば、菅さんへの期待は高まるんじゃないですか』」と。そしてインタビューの最後近くでは「……第一次政権のときと異なり、今回は余力を持って退き、次の首相を支えれば、いずれ自らの力を発揮できる。そう読んだんじゃないのかな。安倍さんの強みは若いということですよ」と語らせている。
昨年五月といえば、菅は「政府の危機管理を担う官房長官の海外出張は極めて異例の訪米で、ペンス副大統領やポンペオ国務長官らアメリカの政府の要人と相次ぎ会談し」、「もう少し踏み込んで言えば、ポスト安倍の最有力候補者として、アメリカ側はこれを認識したと言っていいと思います」「日本側の随行員も総理級」「ホワイトハウスのなかの移動経路も総理と同格、国賓と同格だった」という(ジャーナリストの須田慎一郎のニッポン放送での解説)。また先にあげた「リテラ」のサイトでは「『読売新聞』九月二十日付朝刊に掲載されたインタビューで、『その後、体調は』と問われた安倍首相は、こう答えているのだ。『新しい薬が効いている。もう大丈夫だ。』/安倍首相が辞意表明をおこなったのは、先月の八月二十八日。そして、このインタビューがおこなわれたのは、まだ首相在任中だった九月十五日のこと。つまり、首相を辞める前から、その体調は『もう大丈夫』な状態にまで回復した、と言うのである。」とあきれている。
つまり、シンちゃんは首相を辞めただけで議員はつづける。そして新しい政権に影響力を行使したいようなのである。後でみるように「菅内閣」の閣僚人事・自民党の党役員体制を見る限り、「安倍一強」の母体は完全に残っている。「菅内閣」は実質「第五次安倍改造内閣」と呼ぶべきものである。

前回辞任と何が違うのか

今回と前回の辞任の違いについて考えてみる。日本のブルジョワ階級は、前回のシンちゃん辞任後は「福田平身低頭・協調路線」政権をはさんで国内政治を落ち着かせようと動いたが、今回はそうはできなかった。なぜなら、二〇一〇年にGDPで中国に抜かれ、いまやその差は約三倍。米国の世界一極支配が揺らぎ、アジアをはじめ各国の追い上げは急である。新型コロナ感染症の影響で、米国・EU・新興国で軒並みGDPのマイナス成長が予想されるなか、中国だけがプラス成長の予測。ちなみに日本の今年四月から六月のGDPは、前年同期比で年率二七・八%減である。この差はいっそう拡大するだろう。しかも米国からは法外に高額な武器の購入や在日米軍駐留費の倍増を要求され、その米国が敵対する中国は日本の最大の貿易相手国である。オーマイガッ!
「(十一月三日の)米大統領選を前に、トランプ政権は対中政策を緊張させてきているが、中国の経済活動は着実に米国抜きで進んでいる。国際定期貨物列車である『中欧班列』の運行本数は中国から欧州まで二〇一八年には一万本超、路線は六五本、欧州一五カ国、アジア一一カ国に到達している。EUの対中貿易は対米の二倍超、同じくインドは五倍、日本は対米貿易の一・四倍である。韓国の対中輸出は対米の一・八倍」(『週刊新社会』九月八日号・富山コラム)。
トランプは中国を目の敵にし、「中国ウイルス」を声高に叫びたて、国務長官のポンペオは「中国共産党の政権は、マルクス・エンゲルス主義の政権である。習近平国家主席は、破綻した全体主義イデオロギーの信奉者である。中国共産党がずっとそうしてきたように、米国もこれ以上、二国間に横たわる政治面とイデオロギー面の根本的な違いから目を背け続けることはできない。/中国共産党の行動を変えるのは、中国の人々にだけ課された使命ではない。自由主義国は自由を守るために行動しなければならない。潜在的な同盟国を遠ざけ、国内外で信頼を損ない『法の支配』を受け入れないという点では、中国共産党はソ連と同じ幾つかの失敗を繰り返しているといえる。/もしかしたら、同じような志を持つ国々が新たな集団を作り、民主主義国による新たな同盟が作られるときかもしれない。中国共産党から我々の自由を守るのは、今の時代に課された使命である。」と述べたそうだ(『毎日』七月二十九日)。
少子化はとまらない。新型コロナウイルス感染症の拡大は収束しない。オリンピック・パラリンピックはやりたい。福島原発事件は収束しない。台風・洪水など自然災害は後を絶たない。だけど金持ちの利権だけはなんとしても守らなければならない。かくして、もうシンちゃんカラーから色合いを変える目くらましもできない、というのが日本資本主義の現実。そこで七年八か月もシンちゃんの番頭をつとめた菅に継がせることが決まった(前回のシンちゃん辞任の時も、基本的に閣僚・党役員体制は変わらなかったが……)。
もう一つの変化は、今回は、シンちゃん辞任のシナリオがうまくいったことである。前回の「失態」を教訓化して、“突然”の辞任とは言わせない、用意周到の辞任劇であった。シンちゃんの兄貴分の麻生や「盟友」の甘利(「菅政権」で党税調会長続投。二〇一六年、都市再生機構に対する口利きを依頼した件で刑事告発されたが特捜は嫌疑不十分で起訴せず。その後控訴時効)、それに櫻井よしこも加わって「働きすぎた。シンちゃんの体が心配。シンちゃんに休んでほしい」との声があがり、慶応病院への通院がマスコミ上で大々的に報じられる。こうしてシンちゃんが辞意表明してから後に行なわれた世論調査では、内閣支持率が「爆上げ」した。八月三十日に発表された『共同通信』の世論調査は五六・九%で、そのわずか一週間前の調査から二〇・九ポイントも上昇。他の報道各社の調査でも軒並み急上昇した。「痛みに耐えて、よく頑張った。感動した!」ということか。まあ、世論調査もどこまで信用していいのか、知らんけど。
そのほか、考えすぎかもしれないが、この間の台風一〇号の脅威の異常なまでのアナウンス。先の災害の被害への補償は進まず、安心・安全の追求だけが宣伝された。また五月や九月の連休も、新型コロナウイルス感染症拡大の緊急事態宣言や安倍退陣という政治的衝撃を最小限に抑えるために、なるべく自宅にいること、いわゆる不要・不急の外出をせず自粛を強要。すると多くの人が家でテレビを見る。束の間の息抜きとして。しかしテレビが伝えるその内容は、けっしてこんにち世界で生起している事態の本質を理解させ、労働者としての意識を覚醒させる方向には作用せず、ブルジョワジーの垂れ流す「香港・ウイグル・台湾人の人権と自由と民主主義を脅かす中国共産党の野蛮なふるまい」がまぶされ、それを「糾弾する」反中国宣伝が、四六時中注入されることになる。
わたしはさまざまに出される「陰謀論」の立場には立たない。いくら悪辣なことであろうとも、資本家階級は利潤獲得のために自分たちがやるべきことをやっているだけだ、と認識する。問題は労働者階級人民がそれを見抜き、自らの思想と闘いをどう強化するかにある、と考えているからだ。問題のすべてを階級的見地から見ること、これをブルジョワジーは徹底している。われわれ労働者階級はそれに後れを取っていることを自覚し、いっそうの学習・研究、それにもとづく実践が求められている。もちろんブルジョワジーの反動的諸政策に対しては、協働してその撤回・修正を執拗に求める。

新型コロナ感染症対策

その意味では、シンちゃんたちの新型コロナ感染症対策について、世情ではよく「行き当たりばったり」とか「ちぐはぐな対応」と批判されているが、かれらはかれらなりに、自分たちの使命はブルジョワ階級の利益の擁護であり、人民の健康と命と生活の保障は二の次という政策で一貫していると考える。PCR検査を拡大しないことで感染者数を明らかにする努力を怠り、いやむしろ意図的に隠ぺいし、声高に危機感をあおり、かつ、非科学的「安心・安全」キャンペーンをくりひろげる。パチンコ屋、夜の街、性風俗店を悪者に仕立てあげて、庶民の間に分断を持ち込み、差別を拡大させる。同時に、一斉休校、アベノマスク、一〇万円の特別定額給付金、GоTоトラベル、使い道を明確にしない一〇兆円予備費などなど。これらは人民の動向の調査・検証、誘導に使われ、次の支配・管理政策強化に悪用される。

「アベ的なモノ」を支える学者・文化人・政商たち

電通・パソナをはじめ「政商」が大手を振って闊歩する。大手人材派遣会社パソナグループ会長の竹中平蔵は経済学者を肩書に持つが、小泉政権下で経済産業相に就任、金融担当相、郵政民営化担当相、総務相も務めた。安倍政権下では一三年に政府の日本経済再生本部産業競争力会議の民間議員、一六年には「未来投資会議」の民間議員となり、「第四次産業革命」会合の座長を務め、二〇年以上政権の中心にいすわりつづけ、日本社会に規制緩和・構造改革・民営化の新自由主義路線を注入・定着させるためにいまも猛進している。竹中は、後に見る大阪維新の会の橋下のブレーンであり、パソナのホームページには「個人の自由な働き方を認め、雇用に関わるさまざまな制度的格差を解消していくことが必要」との言葉を寄せている。いっぽうの橋下は「日本働き方会議」の名誉座長を務め「僕は雇用を流動化させるために解雇規制を緩やかにすべきだと言い続けてきました」と胸をはって公言している。
コロナ禍・GDPマイナス状況の下でも株価は値下がりせず、製薬会社はワクチン開発を掲げ、ぼろ儲けの様相を示してさえいる。IT化に乗り遅れる中小零細企業はつぶれ、産業のいっそうの寡占化、人減らしが進行する。独占はそれを見越して対策を立てている。

第二次安倍政権の七年八か月に、何があったか

二〇一二年十二月の衆院選勝利からスタートした第二次安倍政権(シンちゃん一勝目)
十二月、下村文科相、朝鮮学校の「無償化」適用除外へ省令改定
一三年六月、「アベノミクス・三本の矢」政策を発表
七月、参院選で自公が過半数獲得(シンちゃん二勝目)
九月、東京五輪・パラリンピック開催決定(シンちゃんは「フクシマについて、お案じの向きには、わたしから保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません。……」いわゆる「アンダーコントロール」発言をした)
十月、特定秘密保護法を強行可決
一四年四月、消費税率を五%から八%に引き上げ/防衛装備移転三原則を閣議決定
五月、内閣人事局を設置
七月、集団的自衛権の行使容認を閣議決定
十二月、衆院選で自公が三分の二を維持(シンちゃん三勝目)
一五年九月、「改正」労働者派遣法を強行可決/安全保障関連法を強行可決
一六年七月、参院選で自公が過半数維持。衆参で改憲勢力が三分の二(シンちゃん四勝目)
一七年三月、自民党総裁任期を連続三期九年に延長
六月、テロ等準備罪(共謀罪)法を強行可決
十月、衆院選で自公が三分の二維持(シンちゃん五勝目)
一八年六月、働き方改革関連法を強行可決
七月、カジノ実施法(IR法)を強行可決
十二月、「改正」水道法を強行可決(民営化が可能に)/「改正」入国管理法を強行可決/米国からF35を一〇五機追加購入を決定
一九年四月、国交省が辺野古埋め立て承認撤回の効力停止
七月、韓国に対する半導体素材輸出規制で関係悪化 参院選で自公が過半数獲得(シンちゃん六勝目)
十月、消費税率を八%から一〇%へ引き上げ
二〇二〇年四月、新型コロナウイルス感染拡大を受け緊急事態宣言
八月、辞任表明
九月、「置き土産」として「敵基地攻撃能力」保有を次期政権に託す
この間に、モリ、カケ、桜、黒川検事長、河井夫妻問題などが噴出したものの、シンちゃんは知らぬ存ぜぬ、で自分の責任は回避した(この項は、『長周新聞』九月一日号の年表などを参照した)。
シンちゃんは、第一次安倍政権の時は「教育基本法の改悪」「防衛庁の防衛省への格上げ」「改憲のための国民投票法の強行採決」を行ない、初めての外国へお使いは小泉の靖国参拝でこじれていた中国・韓国訪問だった。
つまり、誤解を恐れずに言えば、そしてそう言うと「お前は安倍を評価しているのか」と詰問されることもあるのだが、シンちゃんは七年八か月、第一次を入れると九年近く、日本ブルジョワジーの言いつけに応え、「世界で一番企業が活躍しやすい国」日本をつくるため、日本社会を破壊しまくったのである。
行政学者の新藤宗幸さんが、九月十日の『毎日』のインタビューで「安倍晋三という政治家に、確たる政治信条があるとは思えない。保守的政治家とも評されますが、国家主義的な改造にがむしゃらに突き進んだというわけでもない。……理解に苦しむところです」と答えている。最近わたしは『ルポ 百田尚樹現象: 愛国ポピュリズムの現在地』という本を読んだ。もちろん批評的に読まなければならないのだが、そこに書いてあった百田の姿勢、「大衆が望むもの(売れるもの)を提供するというだけだ」という考え(無思想・無節操)と、シンちゃんが資本家が要求するものに応える姿勢に、なにか通じるものを感じた。もちろんかれらは、結果的には右翼排外主義の潮流を育てているのであるが、かれらのなかでは「普通の人」が望むものを見せているというだけなのだろう。だからわれわれがその思想や信条、行動の一貫性のなさを批判してもヌカに釘。議論が成立しない(まるでご飯論法のように)。
これもにわかには信じられない話だが、『毎日』九月十一日号の「オピニオン 論点」で田原総一朗が「レガシー(遺産)はある。六回の国政選挙で勝利し、こんなに政治状況が安定した国は、他の先進国にはない。もう一つは、米ソ対立の冷戦が終わり安全保障環境が変化する中で、日本外交の基軸である日米安保条約を今後も持続できるきっかけを作ったことだ」と述べている。もちろん六回の国政選挙での勝利といっても投票率は半分以下、そしてそれの二五%をとっての「圧勝」だからほめられたものではない。しかし潤沢な資金と有利な選挙制度を利用したものであっても勝利は勝利である。
そして面白いことに「二〇一六年七月の参院選で自民党が勝利し、衆参両院で改憲勢力が三分の二を超えた。直後の八月に首相と会った際、『いよいよ憲法改正ですね』と私が言ったら、『田原さん、はっきり言う。憲法改正する必要が全くなくなった』と答えが返ってきた。要するに『集団的自衛権の行使を認めるまで米国は、これでは日米同盟を維持できないと言ってきた。安保法制が成立したら、何も言わなくなった』ということだった」と述べている。このことは、これまでも折に触れて田原が自慢げに話していることだが、安倍がこれを否定したとの話は聞いたことはない。
九月十日午前、シンちゃんは晴れて靖国神社へ参拝。自分を支持してくれた右翼へのお礼参りを果たした。首相の座にあって我慢してきた心情を、もう隠さないぞ、とのポーズである。
どこまでさかのぼればいいのか定かではないが、少なくとも中曽根以降の日本の政治は、戦後の日本の「民主主義」の破壊を目指してきたが、シンちゃんが第一・二次政権で達成した「業績」は、資本家にとっては大いに合格点をあげるべきものだろう。

自民党総裁選と「第五次安倍改造内閣」

先にも述べたが、わたしは安倍辞任騒動と「新政権成立」を「第五次安倍改造内閣」の樹立とみている。
『毎日』九月八日・特集ワイド「自民総裁選を読む 『菅1強』空気の背景」ジャーナリスト・鈴木哲夫氏×毎日新聞専門編集委員・与良正男」は
「与良 主要派閥が菅氏の支援に傾き、『後継は菅氏』の流れが固まったのは八月二十八日の退陣表明から二日後の三十日午後です。あっという間の動きでした。
鈴木 たった三日で決まるはずがありません。その前から『菅でいく』との話はできていたのでしょう。二階俊博幹事長率いる二階派がまず推し、麻生派、細田派と続き、流れは決まった。ここからはっきり見えるのは、安倍政権の中枢で権力を握っていた人たちが、権力構造をそのまま次に移行しようとした、その中で一番据わりがいいのが菅氏だったということです。」
「鈴木 秋以降は政治課題が山積しており、東京オリンピック中止が決まるかもしれない。倒産や失業などコロナ禍による経済的な影響は来年以降、もっと出てくるでしょう。ならば新しい内閣が誕生し、支持率が高いうちに解散するのが自民党にとっては一番いい。つまり十月ぐらいに解散・総選挙をする可能性はあります」と述べている。
さらに、この間の経過をよりリアルに報じた記事があるので、長くなるが紹介する。『西日本新聞』九月十五日は、
「岸田氏に温情票? むき出しの“派閥の論理” 露骨な『石破つぶし』も」の見出しでこう伝えている。
「十四日、菅義偉新総裁を選出した自民党総裁選はむき出しの『派閥の論理』に始まり、終わった。無派閥の菅氏に五派閥が競うように相乗りし、告示前に勝負はついた。石破茂元幹事長を最下位に落とし、再起不能にさせることをもくろみ、安倍晋三首相と麻生太郎副総理兼財務相がそれぞれ所属する派閥から、二位の岸田文雄政調会長に議員票を融通する工作も行われたとみられる。『密室』『談合』色が拭えぬ選出過程は、新政権を縛る足かせになりそうだ。
『岸田文雄君、八九票』―。
野田毅・総裁選挙管理委員長が読み上げた瞬間、総裁選会場のホテルにどよめきが広がった。岸田氏の地方票はわずか一〇票。率いる岸田派は四七人のため、数字は岸田氏が事前の予想をはるかに上回る国会議員票を獲得した事実を告げていた。『よしっ』と強くあごを引く岸田氏。派閥の参院中堅は拍手をしながら『予定より三〇票近く、多いな』とつぶやいた。
今回、菅氏を推した首相と麻生氏だが、岸田氏も見捨てたわけではなく、一方で石破氏を毛嫌いしているのは周知の事実。二位争いに後れを取りそうだった岸田氏を見かね、当の菅氏も地方票の集計直前、方々に電話して岸田票の現状を情報収集していた。
この日、首相の出身派閥・細田派の中枢幹部は、菅陣営の関係者から『(岸田氏に)票を回したのか』と尋ねられ『自民党には、こういういいところがあるんだよな』と満足そうに独りごちた。麻生氏の側近も『うまくいった』と漏らし、圧倒的優位だった菅陣営から岸田氏サイドに対する温情票の存在をにおわせた。
国会議員票が伸びず、計六八票にとどまった石破氏は、硬い表情を崩さず会場を後にした。幕引きまで続いた『石破つぶし』の背景を、自民党関係者は明かした。『「石破総理」がいかに非現実的かを、党内外に示す。石破氏の政治生命の芽を徹底的に摘んでおくということだ』と」。
なんともエゲツナイ。「フェアプレイの精神? ハァー、そんなのどこに売ってるの。あったら一度お目にかかってみたいもんだ」などと、口をひん曲げて笑っているアッソーの顔が浮かんでくる。「自由で、公正で、民主主義的で、法の支配の貫徹を誇る自由民主党の党首選挙が、その真実の、実際的な手本を示してくれた。

「菅内閣」の閣僚人事と自民党の役員体制、大阪維新の会との蜜月

第四次安倍再改造内閣の閣僚のうち、麻生太郎副総理兼財務相(79)=麻生派▽梶山弘志経済産業相(64)=無派閥▽萩生田光一文部科学相(57)=細田派▽小泉進次郎環境相(39)=無派閥▽新型コロナ対策を担った西村康稔経済再生担当相(57)=細田派――ら八人を再任。三人を横滑りさせて担当を変更し、過去に閣僚を経験した四人を再入閣させている。「敵基地攻撃論」をまとめる防衛相にはシンちゃんの実弟の岸信夫(61)=細田派をあて、専任の万博担当相には新任の井上信治(50)=麻生派。「縦割り行政打破」を掲げ河野太郎を行政改革担当相、「デジタル庁」創設に向け平井卓也をデジタル担当相に、官房長官はシンちゃんの先代から親交が深い加藤勝信を配置した。
モリ(森友学園の国有地廉価払い下げ)、カケ(加計学園への獣医学部新設認可)、桜を見る会の安倍後援会的運営、河井夫妻の公職選挙法違反問題と一・五億円の党本部からの支出疑惑。
モリ・カケ・サクラその他の問題、つまり国民感覚や議会を無視し、利権獲得のために臆面もなく自己に忠実な子飼い・身内を重用する。そして徹底的なメディア統制をひき、「アベ的なモノ」(爛熟し、腐臭ぷんぷんの資本主義の最高の、最後の段階にあるこんにちの日本資本主義の本質)はそっくりそのまま「菅政権」にひきつがれたのである。
「新政権」の支持率は世論調査ではおおむね六〇%超、『読売』、『日経』に至っては七四%だ。
菅・二階の関係は、選挙地横浜・和歌山でのIR(カジノを含む統合型リゾート事業)の推進、GоTоキャンペーンでの連携など公然の秘密だ。
『毎日』は「政府三役人事 目立つ『大阪登用』 維新対策で『はく付け』の狙いか」の見出しで
「菅義偉内閣は十八日、副大臣・政務官人事を閣議決定した。自民党大阪府連所属の衆院議員一四人の中から副大臣一人、政務官六人の計七人を起用。大阪選挙区の参院議員も一人登用された。一つの地域から集中的に政務三役に充てるのは異例だ。衆院議員の任期満了が二〇二一年十月に迫り、早期の衆院解散・総選挙も取り沙汰される中、大阪で勢力を伸ばす日本維新の会への対策として、府連議員に『はく付け』する狙いがあるとみられる」と報じている。
また菅は、首相就任後すぐに政府のIT総合戦略本部員の村井純慶応大学教授、ジャーナリストの田原総一朗、元財務官僚で嘉悦大教授の高橋洋一(財務省時代、経済財政担当相や総務相を歴任した竹中平蔵のブレーンとして特別会計見直しや郵政民営化関連法づくりに携わり、橋下徹が率いた市特別顧問を引き受けた経歴を持つ。市の財政運営に関し助言した)などの政府おかかえ有識者と相次いで会っている。
ABMA「News BAR橋下」では、吉村大阪府知事が安倍に「憲法改正国民投票」を訴えている。
総裁選出馬の記者会見で、菅は「国の基本は自助・共助・公助だ。まず自分でやってみて、地域や自治体が助け合う。そのうえで政府が責任を持って対応する」と述べ、首相就任会見でも「自助・共助・公助」を「目指す社会像」として強調した。
わが集団の関西の同志が、菅の政策は「維新八策」そのものだ。必ず読めと電話してきた。「自助・共助・公助の役割分担を明確化」は維新のキーワードの一つだ。東京都知事選にも示された維新の力、また大阪府知事・吉村の人気はけっしてあなどれない。
日本会議国会議員懇談会の副会長を務めた小池百合子も、都知事選では新型コロナウイルス感染症拡大について知事会見を連日行ない、これを選挙運動の武器に使った。そしてその露骨なテレビ出演で圧倒的な票を獲得した。また、都知事選ではヘイト集団「日本第一党」の桜井誠(元在日特権を許さない市民の会会長)も、今回は得票率が低かったにもかかわらず、前回二〇一六年の都知事選の時より六万票以上増やし、一・五倍の約一七万八〇〇〇票を獲得している。事態はここまで進んでいる。
これまで紹介した竹中や高橋、さらには堺屋太一などは、橋下たちとツルんで、自民党よりさらに右の新自由主義政策を提示し、自民党、そして日本社会全体を右へ右へと動かしつづけている。非正規労働者を激増させ、格差を極大化し、社会保障費を削り自己責任を押しつける。そして何より在日朝鮮人、外国人労働者が安心して働き、暮らせる社会を否定し、排外主義を煽ってきた。
これに対立しているように見える「民主党」も、新自由主義路線では、そのゆきすぎに
反対するだけで、基本的には「資本主義の民主化・近代化?」を夢想するだけで、労働者階級が政治権力を奪い取るという考えはなかったし、いまもない。そしてこの流れに日本共産党が合流する。そのキーワードは“「野党と市民の共闘」で選挙に勝利しよう”である。
菅は大阪維新の会代表の松井一郎・大阪市長とは蜜月関係にある。橋下、安倍の四人での度重なる会食もよく知られているし、維新は大阪府知事の吉村も含めて改憲国民投票の実施を安倍に進言していた。十一月に行なわれる予定の大阪都構想をめぐる住民投票でも協力関係にあるが、九月七日の『毎日』の世論調査では賛成四九%、反対三九%である。
再度確認しよう。菅は、安倍辞任表明の翌日の八月二十八日、二階に直接出馬の意向を伝え、二階派、細田派(安倍派)、麻生派など党内七派閥のうち五派閥が菅を支持、流れはすでに出来上がっていた。正式な党員選挙をやらないことも決め、地方党員に人気のある石破を潰す作戦も周到に準備、選挙結果は見えていた。完全な出来レースである。
結果は、菅が全体の七割を超える合計三七七票、国会議員票二八八、地方票八九、岸田・八九、(七九、一〇)、石破・六八、(二六、四二)で、「圧勝」である。菅は総裁に選出された後「安倍首相の取り組みを継承し、進める使命がある」と述べた。また二階、麻生は政権運営で極めて重要と持ち上げ、規制緩和を徹底してやる(大企業優遇をいっそうすすめる、いっそうの寡占化をすすめる)、コロナ渦で日本のデジタル関係が機能しなかったのでデジタル庁をつくる、と惨事便乗の政策展開を隠さなかった。
以上のような徹頭徹尾階級的なブルジョワ支配階級のふるまいを見て、なおかつ、「われわれの運動が安倍らを追い詰めている」という運動側の分析・主張を見聞きする時、わたしは、わたしがここ数年来思い起こす、阿Qが自分自身を維持するために考え出し身につけている「精神勝利法」の強固さを思い起こす。つまり、事実を事実として見、敗北を敗北として総括せずに、「おれが負けてやったんだ、と自慢する」。そういう感性だ。その克服は実に困難な闘いなのだと、改めて思う。そうしたわたしの感慨を、「困難ななか、粘り強く闘う仲間を、後ろから切りつけるものだ」、と批判する人もあろうが、わたしは、労働者階級人民は、ブルジョワジーとの闘いで、これまでも、そしてこれからも、数多くの手ひどい敗北を味わわされるだろうことを覚悟している。しかし労働者階級人民は、この敗北を敗北として認め、なぜ自分たちが敗北したのか、どうすれば勝利できるのかを真剣に総括し、運動のなかでそれを活かすこと。そしてけっして闘いを諦めないこと。このことを忘れないことこそが、搾取と抑圧、暴力と戦争からの最終的解放への道を切り開く、と考えているからだ。
次号はこうした観点から政党、労働組合や活動団体、市民運動の、安倍退陣、「菅新政権」誕生の捉え方を検討したい。

(『思想運動』1057号 2020年10月1日号)