状況 2020・労働
あらゆる場面で階級的矛盾が顕在化
コロナ禍で加速する資本の意に沿った労働政策

                    吉良 寛(自治体労働者)

悪化する雇用、しわ寄せは弱者に

 コロナ禍による恐慌は全世界の労働者人民の雇用と生活を直接に脅かしている。OECD(経済協力開発機構)は、コロナ禍の進行がもっとも楽観的なシナリオの場合でさえ、OECD全体の失業率が二〇二〇年第4四半期には九・四%に達すると推計している。
 毎月勤労統計調査(厚生労働省)では二月以降の所定内労働時間・所定外労働時間はいずれも前年同月比で減少しており、とくに四月の所定外労働時間は一八・九%の大幅減となった。
 労働力調査(総務省)の今年一月~五月の結果をみると、就業者数は三月まで増加していたが、緊急事態宣言が出された四月は減少に転じた(四月は前年同月比八〇万人減の六六二八万人、五月も七六万人減の六六五六万人)。就業者は従業者と休業者(少しも仕事をしなかった者)からなるが、休業者数が二月の一九六万人から三月二四九万人、四月五九七万人(前年同月比四二〇万人増)、五月四二三万人(前年同月比二七四万人増)と急増したのはコロナ禍の影響にほかならない。「(総務省によると)四月下旬に休業していた人のうち五月下旬の時点で仕事に戻った人は約四割にすぎず、約五割は休業したままで、仕事を失ったり離れたりした人が約七%いた。新たに休業した人もいる。」(七月一日付朝日新聞デジタル)。
 四月の就業者のうちパートやアルバイトなど非正規労働者は前年同月比で九七万人も減少した。また、四月の休業者の半数以上は非正規労働者であった。多くの非正規労働者が四月の時点で仕事を離れざるを得なかったのである。
 正規雇用労働者はどうか。四月調査で休業者五九七万人のうち一九三万人が正規雇用の休業者であった。五月調査においても、就業者のうち正規雇用の就業者数は前年同月比マイナスに転じている。五月の完全失業率は、OECD諸国に比べて低いとはいえ三月より〇・四ポイント増えて二・九%となった。
 さらに、労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査によると、女性の休業者比率が男性の三倍以上、母子世帯の女性に限ってみると五倍以上となっている。
 労働時間の短縮と新規求人の停止、一時休業、そして雇止めや解雇によって雇用調整が進行している。女性や非正規労働者に雇用の調整弁としての犠牲が押しつけられているのは明らかだ。
 こうした統計的事実の背後で、本紙四月一日号「集中労働相談から見えるコロナ感染の労働者への影響」(須田光照)、五月一日号「コロナ禍で仕事失う外国人労働者たち」(指宿昭一)などが報じたように、一方的な自宅待機命令、休業中の賃金補償の拒否、技能実習の一方的停止や内定切り等々の人権侵害が横行している。

日本型雇用システム見直しの動き

 コロナ禍にあってテレワーク、在宅勤務が脚光を浴びている。富士通は緊急事態宣言解除後も原則在宅勤務を継続して出勤率を二五%以内にし、通勤手当は廃止すると発表した。NTTの主要グループ企業も、今年六月以降も在宅勤務を五割以上にする方針を示した。日立は管理職対象に導入済みのジョブ型人事管理を一般社員へ段階的に拡大するのに加え、来年四月から、三万三〇〇〇人の社員の七割を週二~三日は在宅勤務にすると発表。
 人事評価の難しさなどを理由にオフィス勤務に戻す企業も少なくないなかで、これらの企業はなぜテレワーク、在宅勤務を継続、拡大しようとしているのか。
 経団連は今年一月の経営労働政策特別委員会報告で「自社の経営戦略に最適なメンバーシップ型とジョブ型の雇用の組み合わせを検討」「適切な形でジョブ型を組み合わせた『自社型』雇用システムの確立」を求め、日本型雇用システムの見直しを提起した。優秀な高度人材、海外人材を獲得しやすくするとともに、職能やスキルを自ら磨き自社へのエンゲージメントを高める人材に従業員を誘導、陶冶していくためだ。同時に、「裁量労働制と高度プロフェッショナル制度はジョブ型雇用に適していることから、これらの制度とあわせて、ジョブ型雇用の導入・活用を検討する」とも述べている。
 かれらがジョブ型と呼んでいるのは、欧米の現業部門を典型とする、職務・勤務地・労働時間・賃金等を労働協約及び職務記述書で明確に規定した企業横断的かつ硬直的な本来のジョブ型ではなく、企業内での技能養成を省略でき、労働時間管理にとらわれず成果を評価しやすい、資本にとって都合のよい専門業務型ないしは高度専門能力活用型(「新時代の『日本的経営』」)の働かせ方であって、いわば「擬似ジョブ型」にほかならない。(それは、働き方改革関連法で導入された「同一労働同一賃金」が、職務と結びついた企業横断的な本来の同一賃金ではさらさらなく、企業内で正規と非正規の賃金格差・労働条件格差に説明責任を付したうえで一部縮小し法認・固定化するいわば「擬似同一賃金」であったこととパラレルである。)
 四月三日、内閣府の第三七回未来投資会議で、竹中平蔵は「在宅勤務が進んでいることは事実なのであるが、今のままでは長続きしない。これは労働の対価が時間でしか測れないことになっているので、そうするとやはり成果で測るようなことに変えなければいけない。」と発言している。
 また、五月十九日の経済同友会「兼業・副業の促進に向けた意見書」では「兼業・副業が広がることによって、雇用の流動性が高まり、わが国においてメンバーシップ型雇用からメンバーシップ型とジョブ型とのハイブリッド型雇用への移行が促進される。これによって、産業構造の変化に応じた円滑な労働移動が可能となり、生産性を向上させることにもなる」、「個人の自己実現や社会貢献を主目的とした兼業・副業については、健康管理には一定の配慮は必要なものの、基本的には自己責任で行われるべきであり、複数事業者間での労働時間通算を行わないことが望ましい」と政府に迫っている。解説は不要であろう。テレワークも兼業・副業も、独占が進めようとしている「自社型」雇用システムの確立(擬似ジョブ型の拡大)、日本型雇用システムの見直しと相互補完的であり密接につながっているのだ。

独占の意を汲む骨太方針二〇二〇

 七月十七日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる骨太方針)二〇二〇」は、感染症の拡大により浮き彫りになった課題・リスクとして、デジタル化・オンライン化の遅れ(特に行政分野)、都市過密・一極集中のリスク、新しい技術を活用できる人材の不足、非正規雇用者やフリーランス、中小・小規模事業者の苦境、グローバル・サプライチェーンの脆弱さ等をあげ、ポストコロナ時代の「新たな日常」の実現に向けて「一〇年掛かる変革を一気に進める」とする。そのための集中投資をデジタルニューディールと称し、①次世代型行政サービスの強力な推進、②デジタルトランスフォーメーションの推進、③新しい働き方・暮らし方、④変化を加速するための制度・慣行の見直しを掲げている。
 ③では、働き方改革として「労働時間の管理方法のルール整備を通じた兼業・副業の促進」「事業場外みなし労働時間制度の適用要件に関する通知内容の明確化や関係ガイドラインの見直しなど、実態を踏まえた就業ルールの整備」「ジョブ型正社員の更なる普及・促進に向け、雇用ルールの明確化や支援」「成果型の弾力的な労働時間管理や処遇ができるよう、裁量労働制について、実態を調査した上で、制度の在り方について検討を行う」「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するため、政府として一体的に、保護ルールの整備を行う」などがあげられたほか、教育・医療等のオンライン化、公務員制度改革なども出されている。④では、「書面・押印・対面主義からの脱却等」、「デジタル時代に向けた規制改革の推進」などが出されている。
 フリーランスの環境整備については、やはり七月十七日閣議決定の「成長戦略実行計画」で、実効性のあるガイドラインの策定による独占禁止法の優越的地位の濫用法理を用いた保護策とあわせて、現行法上「雇用」に該当する場合は労働関係法令が適用されることを明確化する、とされている。総じて、前述した経団連、同友会の方針や意見に沿って、労働時間管理(規制)を緩和し、ジョブ型雇用及びフリーランスの拡大へ導こうとしているのは明らかだ。
 いっぽうで骨太方針には、コロナ禍で明らかになった医療体制の脆弱性、それは政府独占が一九九〇年代から一貫して行なってきた保健所の削減と機能の縮小、公立病院の民営化・営利化、感染症病棟の削減や一般病棟化、病院勤務医不足の放置、二〇一五年の地域医療構想による病床数二〇万床削減等々によってもたらされたものだが、その総括も見直しもいっさい見当たらない。

階級的矛盾を暴露し闘おう!

 厚生労働省の調査では、七月十七日現在で、新型コロナウイルス感染症に起因する雇用調整の可能性がある事業所数は六万七一一五事業所、解雇等見込み労働者数は三万六七五〇人となっていて、いずれも集計をスタートした五月二十五日の三倍を超える数になっている。解雇見込み労働者数の業種別トップは宿泊業、次いで製造業、飲食業である。正規、非正規を問わず労働者の解雇や一時帰休はこれから本格化するだろう。
 中央最低賃金審議会は、七月二十二日に「引上げ額の目安を示すことは困難であり、現行水準を維持することが適当」との不当な答申を行なった。闘いの舞台は地方最賃審議会に移ることになるが、医療・福祉、小売業、生活関連サービス、配達飲食サービス業などのいわゆるエッセンシャルワーカーは短時間労働者の割合が高い。その賃金水準(時給)はしばしば、最低賃金すれすれである。JILPTの調査で、高所得層ほど在宅勤務へ早期に移行し、労働時間変動が少なく収入が維持できたこと、逆に低所得層ほどコロナ禍の影響を強く受け、労働時間が減少し収入が低下したことが判明している。格差は再生産されているのだ。最低賃金の全国一律一〇〇〇円は当然の要求だ。
 どの場面においても、現われてくるのは資本と賃労働の矛盾、階級的矛盾だ。労働者人民の要求、とりわけ弱い立場にある労働者の要求を汲み上げ、労働者の前衛部隊と階級志向の労働組合が先頭に立って闘わなければならない。

(『思想運動』1055号 2020年8月1日号)