中国全国人民代表大会と香港新法制
日本では「国家安全法」非難の大合唱


 新型コロナウイルス流行の対策のために二か月半の延期を余儀なくされた中国における国会(人民権力機関)、第一三期全国人民代表大会第三回会議(全人代)が、五月二十二日から二十八日まで例年よりは日程を短縮して開催された。今年の全人代の背景には、米中「新冷戦」と喧伝されトランプ政権の登場いらい激化してきた貿易・情報技術をめぐる覇権争い、「ひとつの中国」台湾への武器供与と「独立」を目論む分裂策動、「一国二制度」への内政干渉となる香港問題、そしてコロナウイルス武漢発生起源説と中国への賠償要求、情報開示をめぐる論争などの問題があり、グローバル経済のなかでの中国を拠点とした「サプライチェーン」(部品調達・供給網)が寸断される事態も起きている。

コロナ禍の全人代の課題は

 中国経済の一~三月期の成長率が前年同期比マイナス六・八%に落ち込んだ現状から、会議では、感染症対策と経済・社会発展を統一的に進め、残る貧困地域への脱貧困対策と中国共産党創立一〇〇周年(二〇二一年)までに「小康社会」(ややゆとりのある社会)の全面的な完成をめざす「最初の百年」の目標と対外的には、米中通商交渉の「第一段階の合意」(今年一月)の履行徹底、いまやグローバル経済に組み込まれた中国の米中対立への姿勢が注目された。
 国務院総理の李克強の政府活動報告は、新型肺炎対策において、「武漢と湖北を守る戦いに断固として勝利し、決定的な成果をあげた。(中略)大衆による防止・抑制と『早期発見、早期報告、早期隔離、早期治療』を堅持し、断固として感染源を断ち、感染拡大を効果的に食い止めた」と指摘しつつ、いっぽう中央政府として、「政府活動に不十分な点があり、形式主義・官僚主義がなおも目立ち、一握りの幹部に職責の不履行、履行能力欠如の問題がみられる」と指弾し、一部の分野での腐敗問題の多発、公衆衛生緊急対応管理などの面で、多くの脆弱部分が表面化していると自己批判している。
 政府活動報告では、二〇二〇年の実質GDP成長目標が、世界的な新型コロナウイルス流行の不確実性から設定されなかった。李克強首相の大会後の恒例の記者会見(今回はオンライン)では、一兆元(約一五兆円)に上る感染症対策特別国債の発行などの対策を打ち出し、「消費の促進と市場の活性化を図る」と述べた。

香港国家安全法登場の意味

 米中の関係については、経済・貿易では譲歩、協調の提案を行なっても、香港・台湾問題など主権に関わる内政問題には厳しい対応を示した。特に、昨年から半年ほど続いた香港における逃亡犯条例反対デモが反中国、香港独立を扇動する一部の過激な暴力をともない香港経済の疲弊と人心の混乱を招いたことをふまえて、昨年の中国共産党第一九期四中全会(十月末)では香港問題が検討・討議の「重要議題」となった。
 四中全会閉幕(十一月一日)後の中国共産党宣伝部の記者会見は、香港独立派への警告として、「一国二制度のレッドラインに挑戦する行為と国家を分裂するいかなる行動も絶対に容認しない」という強い姿勢を示した。今回の全人代における「香港国家安全法制」の登場は、四中全会決定の既定路線であり、欧米日、特に米国での「一国二制度」の香港にむけた関税やビザ発給などの優遇措置を定めた「香港政策法」(一九九二年)を改正し「香港人権・民主主義法」(二〇一九年)によって香港への露骨な内政干渉を進める策動やCIA傘下のNGO「全米民主主義基金」などによる香港「独立派」への資金提供と香港情勢への介入に対しての中国側の回答でもある。

香港新法制の着眼点

 二〇一九年の大規模なデモでは「反中央・香港かく乱勢力が『香港独立』『自決』『住民投票』などの主張を公然と鼓吹し、国家の統一破壊と国家分裂の活動を進めた」(全人代王副委員長)ため、香港の法律には国家安全の維持に必要な規定がないことから、中央政府が香港政府を飛び越えて法制定に乗り出したと言えるのである。香港「民主派」はこれを「『一国二制度』の破壊」につながると主張し、欧米日のメディア、日本の政党では自民党から共産党までが同様の発言を繰り返している。
 香港基本法第一八条には、「緊急事態には香港で全国法を施行」という例外規定があり、中国本土の法律を香港に適用できるとした。共同通信客員論説委員の岡田充氏は重要な問題を二点指摘している。「第一は、香港での国家分裂・破壊活動だけではなく『香港を利用して内地(中国大陸)への浸透・破壊活動を行う』ことをレッドラインに触れるとし、内地への波及を極度に警戒していること。第二は外部勢力(米国を指す)による香港介入阻止である。」(岡田充「海峡両岸論」第一一五号)
 反革命活動に対する萎縮効果がその狙いであり、中国共産党にとってのレッドラインを示したものだ。

国家安全法案の行方

 六月十八日から二十日まで全人代常務委員会(一六〇名)が開催され継続審議となった「香港国家安全維持法案」の概要を国営新華社通信が伝えた(以下、『朝日』報道)。香港基本法第二三条で定められた国家安全法制が現在も成立していないという欠点を防ぐため中国中央政府の関与を強めるとの方針が確認された。
 法案の概要は、
・中国政府が香港の国家安全に責任を有することを明記
・主権を守ることは香港市民と中国人民の共通の義務
・香港に新組織「国家安全維持公署」を設置。中国が香港政府を監督・指導しつつ自らも犯罪者の取り締まりを行なう
・国家安全に関わる裁判官は香港行政長官が選ぶ
・人権尊重、言論や報道、出版、集会の自由は守る
・各種選挙候補者は香港基本法を順守するよう署名や宣誓を厳格に行なう
 以上は中国政府が香港行政府からの意見聴取も踏まえた概要だ。『朝日記事』は「中国、香港統制強化あらわ」と評し、「香港が英国植民地以来保ってきた独自の司法制度の根幹が揺らぐ可能性がある」と非難しているが、そもそも「コモンロー」と呼ばれる英国植民主義の遺物を腫れ物に触るように後生大事に扱っている態度こそ時代錯誤ではないか。中国が「国家安全法制」導入を決めたことに日本政府は中国への「深い憂慮」を示し、G七外相による「重大な懸念」表明(六月十八日)につなげた。
 全人代の開催中の五月二十五日、黒人男性のジョージ‐フロイドさんが白人警官に首を押さえつけられて亡くなる事件があった。これを契機にアメリカ史における奴隷貿易、奴隷制度の歴史的淵源にまで遡った広範な人種差別反対運動が白人若者なども参加して世界中に拡がっている。トランプ政権のコロナ対策の失態、それをWHOや中国に責任転嫁する破廉恥、人種差別主義は、帝国主義、植民地主義の本性ともいってよく、一面ではその象徴でもある星条旗に香港「民主派」はいまも支援を求めるのであろうか。
【逢坂秀人】

(『思想運動』1054号 2020年7月1日号)