李容洙ハルモニの発言と尹美香正義連前代表会計疑惑について

 日本軍性奴隷制被害者で人権活動家の李容洙ハルモニの五月七日の記者会見での発言は、韓国国内はもとより、世界各国の「慰安婦問題」解決運動に携わる人びとに衝撃と悲しみを与えた。発言は「もう水曜デモに出ない」「尹美香(正義記憶連帯=旧・韓国挺身隊問題対策協議会前代表、共に民主党比例代表選当選者)は、この問題を解決してから国会に行くべきだ」「募金したお金が被害者に使われていない」というものであった。尹前代表は、二〇一六年の「慰安婦」問題解決のためのアジア連帯会議の基調報告で次のように述べている。
 「二〇一五年末の『合意』以降、『挺対協の真実を求める会』という正体不明の団体が、挺対協理事たちの個人情報を印刷した紙をばらまき、常任代表については家族の写真や履歴まで公開して『従北主義勢力、他の政治的な目的で慰安婦問題を利用』などと書いて挺対協活動を妨害している。保守メディアはこのような内容を繰り返し報道し、挺対協攻撃に血眼になっている」。
 保守派の挺対協(正義記憶連帯)への攻撃はより執拗に続けられている。会計疑惑があっても「調査」が行なわれれば事実関係は明らかになるはずだ。しかしながら李容洙ハルモニの尹代表への不信はどこから来たのかの疑問は消えない。

全国行動の声明

 五月十三日に、日本の運動団体である日本軍「慰安婦」問題解決全国行動は、「日本政府、日本社会こそが責任を問われている」と題した声明を発表した。そこでは正義記憶連帯が尹容洙ハルモニに出した謝罪(尹代表に対しての不安、問題が解決されなかったことへの怒りを謙虚に受け止め、不本意ながらも傷つけてしまったことへのお詫び)について、次のように続けている。
 「真に謝罪すべきは誰なのだろうか。李容洙ハルモニの苛立ちと不満は誰に向けられたものだろうか」「日本政府にこそ被害者をこのような状況にまで追い詰めた責任がある。そして日本政府に責任を取らせることのできていないわたしたちは、その責任の重さを痛切に感じ深く恥じ入る他ない心情だ」と。
 国連の各種女性差別撤廃のための勧告、世界中の戦時性暴力廃絶の運動に多大な影響を与えた正義記憶連帯(旧挺対協)のこの三〇年間の活動は、女性の人権の歴史を大きく前進させた画期的なものとして世界中に認識されている。
 挺対協の最初の代表の尹貞玉さんたちは、中国、タイ、沖縄、パプアニューギニアなど日本軍が侵略したアジア太平洋の各地を調査し、被害女性たちの証言を集め、証言集を刊行した。韓国内の被害者たちの生活や、裁判、活動を支え、水曜行動、世界中の市民団体との国際会議、連帯行動など多岐にわたった支援行動を積み重ねている。
 この間、日本政府による国民基金や、日韓「合意」など、分裂工作に近い画策に見舞われながらも、日本政府が、隠蔽・歪曲してきた日本軍性奴隷制度を広く世界に知らしめてきた。そして、国際社会の支持と連帯を広げながら、日本軍性奴隷制問題の真相究明と日本政府の法的責任を最後まで求めている。

問題解決の道は

 尹美香前代表は、五月二十九日に記者会見し、疑惑について数字をあげ説明した。そして、女性人権運動家、平和運動家になったハルモニたちの意思を継ぎ、今後、屈辱の歴史が繰り返されることがないよう、また戦時性暴力の再発防止の道も模索し、韓国国会の場で運動を実現していく、と決意を語った。しかしながら、わたしは、尹代表の卓越したリーダーシップは、国会の場ではなく、これまでのように世界的な活動と日本社会に影響力をおよぼすことに向けたほうが問題の解決には有効なのではないかと思う。国際的な連帯活動の広がりの中心に正義記憶連帯はいてほしい。
 日本政府は、日韓「合意」をはじめとしてこれまで、たとえば世界中に広がる平和の少女像建立、国連人権委員会での勧告に批判文書を送り報告書棄却を要求するなど一貫して国際的な正義記憶連帯の活動を妨害してきた。日本政府が大手を振ってこのような恥知らずな行為ができることは、日本「国民」の九割が日本軍性奴隷制度の元凶であった天皇制を容認し、植民地支配、戦争責任をとろうとしない日本社会に起因している。
 まず、責任を取ることのできる社会をつくりださなければ、問題は解決しない。韓国の(そして日本の)「保守派」とは何者か。それは反共・反北、親米・親日の( ときには互いを「敵」として攻撃しつつナショナリズムを煽る)、金儲けのためには戦争をひきおこし人権を踏みにじるブルジョワジーの支配体制を根底で支える者たちだ。だからわたしたち日本軍性奴隷制問題の解決を目ざす運動は、こんにちの米日韓帝国主義体制をつき崩す視野を持って闘わなければならない。それには、働く女性や団体が中心となってもっと大衆的な運動を日本で作り出さなければならない。
 日本軍性奴隷制の真の問題解決は、国会レベルの問題ではない。政治外交のかけひきだけでは解決しない。
【倉田智恵子】

(『思想運動』1054号 2020年7月1日号)