都知事選を前にした朝鮮情勢の認識にみる思想的頽廃
日本の運動主体に欠けているもの


六月十六日、朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)は開城にある南北共同連絡事務所を爆破した。二〇〇〇年六月十五日の南北共同宣言二〇周年の翌日の出来事であった。

洗脳とおもねりと

日本のマスメディアは、建屋が木っ端微塵に吹き飛び、ビルの壁面が崩れ落ちる瞬間の映像を繰り返し放映して、「北朝鮮は何をしでかすか分からない物騒な国」との恐怖心を煽った。それに乗ずるかのように、翌日の日本共産党機関紙『しんぶん赤旗』は、「北朝鮮の挑発行為を非難し、南北首脳合意の順守を求める」という志位委員長の談話を第一面に掲載した。そこでは、朝鮮側がなぜこうした挙におよんだのかの考察はいっさいなく、二〇一八年四月二十七日の南北首脳が合意した「板門店宣言」の順守を一方的に要求するものであった。
だが、「板門店宣言」第二条第一項には「軍事境界線一帯で拡声器放送やビラ散布をはじめとするすべての敵対行為を中止し、その手段を撤廃」すると明示されている。その公約を履行せず破ってきたのは、文在寅政権の側である。韓国のナショナルセンター・全国民主労働組合総連盟(以下、民主労総)が六月二十三日に青瓦台別館前で記者会見を行ない、「即刻、南北共同宣言の履行で破局をくい止めよう!」と題する会見文を発表している。以下、少し長くなるが、「板門店宣言」から二年間の事実はこうであったことを読者に知ってもらうために、抜粋して紹介する。

民主労総の会見文

《歴史的な南北共同宣言が発表されて二年を経たこんにち、南北関係はそれこそ最悪の状態に昇りつめている。北は南北連絡通信線の遮断と“連絡事務所爆破”に続き、「相手の身になって考えてみよ」と対南ビラの散布を予告している。これに、わが政府は「対南ビラの散布計画をただちに中断することを要求」しているが、国防部も「4・27板門店宣言違反」だとして“対南挑発”と見なすという。このように、ビラ散布は相互尊重、信頼構築を深刻に妨害する敵対行為だ。そのため、4・27板門店宣言の前半部分に掲げられるほど重要な条項だった。しかし、わが政府は対北ビラの散布を黙認放置した。何より、そのビラの内容は悪意的というより、口にするのもはばかられるほど扇情的で醜悪だった。南側当局に対する金与正(キム・ヨヂョン)第一副部長の強力な批判が出る前に、すでに北側民衆の怒りが先に噴き出してきた理由だ。米国ではなく南側を相手に、北側の各部門団体が決起して出たのは初めてのことだという。このように事態の深刻さを把握できず、わが政府の安易な態度と弁解が災いをよりいっそう大きくした。/(略)文在寅政権は、南北共同宣言の発表から二年が過ぎるいままで、南北合意事項をほとんど履行せずにきた。南北共同宣言の合意主体であり、当事者であるにもかかわらず、“北・米間の仲裁者の役割”だけを強調した。そればかりか、文在寅政権は米国の対北敵対政策にとことんまで行動をともにした。/(略)4・27板門店宣言の発表以後、9・19平壌共同宣言と南北軍事分野合意書が発表されて、もっとも慌てたのは米国である。当時、ポンペオ米国務長官が韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相に電話をかけて、「だれが思いのままに9・19軍事分野に合意したのか!」と激怒したという事実は、マスコミをつうじて広く知られている。その直後に誕生したのが「韓米ワーキング・グループ」だ。韓米ワーキング・グループは、南北合意の履行を徹底して統制し、内政干渉をはばからなかった。もうこれ以上の南北関係の破綻をくい止め、南北共同宣言を履行しようとするなら、米国の内政干渉に断固として「NO!」と言わなければならない。その皮切りが、韓米ワーキング・グループの解体を宣言することだ。わが政府が、北の対南ビラ散布予告に対して「板門店宣言違反だ」と非難する前に、心から「相手の身になって考える」気持ちをもって、南北合意履行の成績表をふり返ってみるべきだ。それが、この破局をくい止めることのできる唯一の解決方法であるからだ。/(略)民主労総は、対北敵対政策に反対し、韓米ワーキング・グループの解体と南北共同宣言の履行のために、あらゆる努力を尽くすことを再度表明し、以下、厳重に要求する。/一、即刻、南北共同宣言の履行を宣言し、ただちに行動せよ。/一、南北関係の破綻を招いた外交・安保関係の責任者を即刻交替せよ。/一、米国の内政干渉を拒否し、韓米ワーキング・グループの解体を宣言せよ。/一、米国の一方的軍事行動を統制し、韓米合同軍事訓練を拒否せよ。》
民主労総や韓国の大衆団体が伝えるこれらの動きを、日本のマスメディアはどこも報道しない。そして『しんぶん赤旗』は、労を惜しまず真実を追求する姿勢があるならば、こうした韓国側の大衆運動の動きを伝えられる力量はあるだろうに。しかし、それをなさず、大衆の俗情におもねって、真実を報道しない。そうした結果、日本では次のような思想状況が生まれている。

ある投稿メール

「金君、今回はさすがに参ったよ。一発大きなのを頼むよ」、「お安い御用で、大変でしたね。困ったときはお互い様ですよ。トランプさんも安倍さんも大変なようですね。」(作者不明)――「金正恩くん頼むよ」と題した、脱北者の「対北ビラ」と見紛うかのようなこうしたメールが、類似のものも含めて、インターネット上の複数のメーリングリストで飛び交っている。
しかも、わたしが見たメーリングリストのこの投稿者は、別の投稿メールでは「『小異を残して大同につく』この一言ではありませんか。小池百合子氏より、宇都宮さん、山本太郎さんの方がはるかに良いことをみなさんご存知でしょう。(略)反安倍体制の方が『お互い小異を批判せず、協力し、当選していただく』ことを切に願っています。」とも述べている。
つまりこの投稿者は、朝鮮の金正恩国務委員長は安倍やトランプと気脈を通じていて嫌いだが、都知事選では反安倍・反小池で、宇都宮候補・れいわの山本候補は大同についていずれかに一本化し、当選してほしい、と願っている。反「北朝鮮」で親「リベラル」(=資本主義体制を前提にした改革路線)――このようなひとは、わたしたちの四周にはごまんといる。
しかし、とわたしは問いたい。それで、ほんとうに安倍や小池を倒せるのか? と。

天に唾する行為

都知事戦に突入したいま、宇都宮候補と山本候補の候補一本化は絶望的だが、かりに候補一本化が成し遂げられたとしても、運動主体が反「北朝鮮」で親「リベラル」では、安倍や小池、さらにそのあとにつづく安倍的なものや小池的なものは打ち倒せない。なぜか? それは運動主体の認識じたいが正しく立てられておらず、ねじれているからである。資本主義の寄生性と腐朽性が露呈してくる度に、そのねじれを現支配階級は突いてくる。
そのねじれとは何か? それは先のメール投稿にあらわれたような朝鮮に対する誤った認識だ。これに、昨年からの香港の「逃亡犯条例」改正案に対する中国批判も加えると、反「北朝鮮」・反中国で親「リベラル」となろう。
先のメール投稿者は、「『安倍はアホーだ小池もアホーだ』などと言っても『アホーに政治を握られている、国民・市民の方がよっぽどアホーだ』と安倍や小池等は笑っていると思いますが。」とも指摘している。この指摘は「なるほど」とも思わせるが、ではなぜその「アホーに政治を握られている」状況が延々とつづいているのか? それは、「野党共闘」および「野党と市民の共闘」が盤石ではないことによるものなのか? わたしはそこに問題の核心があるとは思わない。
問題の核心は、こうした朝鮮や中国に対する誤った認識にある。それをさらに敷衍すれば、社会主義の理念と現実に対する親「リベラル」派の階級憎悪にも似た認識がある。その認識は容易に排外主義に転じ、先に掲載したようなしゃれにならない小咄(こばなし)が生まれ、それに飛びつくメール投稿者が現われ、それを読んで留飲を下げる読者が増殖する。かくして、支配階級は安泰でいられる。「アホーに政治を握られている、国民・市民の方がよっぽどアホーだ」との指摘は、天に唾してみずからに降りかかっているとの自覚と自省が必要なのだ。

対立軸は社会主義

いま、わたしはここで、労働者階級の階級意識の再生の観点から発言している。「選挙にきれいごとは通用しない。勝ってなんぼのもの」といったブルジョワ議会主義の価値観で発言しているのではない。どのようにしたら、労働者階級の運動を再生でき、そのたたかいをつうじて階級意識の再生がはかれるのか?
これには、わたしたちがすすむべき方向を鮮明にしなければならない。それは、「あなたは良い資本主義をとるのか悪い資本主義をとるのか」ではなく、「あなたは資本主義をとるのか社会主義をとるのか」の対立軸だ。わたしたちは、世界の共産主義運動の歴史とその教訓にまなびつつ、荒削りではあろうとも、生産手段を資本家階級ではなく、労働者階級じしんが握る社会主義の道をとる。
この道こそが、運動主体を正しく立てて強くする大道であるからだ。
【土松克典】

(『思想運動』1054号 2020年7月1日号)