新型コロナウイルス感染のパンデミックと闘う
新自由主義がもたらした医療崩壊の危機
労働者人民の闘いこそが危機克服の要だ


〈緊急事態宣言の次に来るもの〉

新型コロナウイルス感染者の急増に伴い、四月七日、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の七都府県を対象に安倍晋三首相が緊急事態宣言を発表した。さらに十六日、緊急事態宣言の対象地域は全国に拡大された。具体的な措置は都道府県の知事に委ねられるが、この宣言によって、臨時医療施設のための土地や建物の使用が所有者の同意がなくても可能になり、また医薬品や食品などの収用が可能になった。住民の外出に関しては、法的拘束力は持たない自粛要請にとどまる。安倍首相や小池百合子東京都知事は、自粛要請に従って市民が八割、最低でも七割の外出自粛をしないと感染爆発、そして医療崩壊をまぬかれないと国民を叱咤した。
電気・水道・ガスなどのインフラや警察(自衛隊も)・消防そして医療介護など社会的に不可欠な活動と日常生活に必要な日用品、食料品を扱うスーパーなどを除き、すべての経済活動の自粛を要請したのだが、従ったのは中小零細業者がほとんどで、七~八割の自粛が実現できたのは都市部の一部でしかなかった。その要因にはいくつかが考えられえる。まず、国民の多くが安倍政権の新型コロナウイルス感染症(COVID19)流行抑止政策を信じていないことがある。次に、自粛による経済的被害に対する最低限の補償が期待できないことがある。最後に、COVID19流行とその抑制に関する正確で科学的な情報が国民に知らされていないことがある。
確かに、現在の日本は医療(介護福祉)崩壊のみならず社会経済崩壊の瀬戸際に立っている。しかし安倍晋三は、どうしてそうなったのか、どうしたらこの危機を乗り越えられるのかを国民に説明しないし、説明できない。そして、「国民が緊急事態宣言に従って自粛しないから流行の抑止ができないのだ」と国民に責任を転嫁するのは必定である。したがって、「緊急事態宣言」は始まりであって、おわりではない。安倍ブルジョワ政権は、今後自らの体制を維持することを最優先して、COVID19流行の終息に向けて労働者市民にあらゆる犠牲を強いてくるし、政府を批判するジャーナリズムや反政府運動に対する抑圧も目に見えてくる。労働者・市民は、「緊急事態宣言」に従うのでなく新たな闘いを準備しなければならない。

〈安倍政権は、労働者人民の生命と健康を守らない〉

次に、今回のCOVID―19のパンデミックを振り返れば、安倍政権と小池都知事がいかに初期対策に失敗したかが明白になる。四月十日、首相官邸を訪れたジャーナリストの田原総一朗に安倍首相は「第3次世界大戦は核戦争になるだろうと考えていた。だがコロナウイルス拡大こそ、第3次世界大戦であると認識している」と語ったという。そして田原が「なぜ緊急事態宣言は遅れたのか」と問うと、安倍は財政への悪影響を理由に「ほとんどの閣僚が反対していた」と答えたという。(『琉球新報』四月十八日、佐藤優氏による)わたしは、オリンピック開催への固執も理由の一つだと思う。戦争は人と人とが起こす愚行であり、ウイルスとの闘いを戦争にたとえて政治利用するのは愚劣で浅はかというしかない。安倍政権は、新型コロナウイルス流行の初期対応の時点から、労働者・市民の生命と暮らし、健康を守ることは眼中になく、いかに日本の資本主義経済体制を守るかそして東京オリンピック開催を敢行するかしか頭になかった。それは、ついに日本で新型コロナウイルスの感染爆発が起こりそうな現在も変わっていない。

〈医療崩壊は労働者人民の力によってしか阻止できない〉

昨年十二月、人口六九〇〇万人の湖北省の省都一一〇〇万の武漢で始まった新型コロナウイルス感染症流行の初期対応に失敗した中国は、これを全人民的課題として位置づけ、一月二十三日武漢の都市封鎖を断行し、医師・看護師を中心に全人民による計画的・組織的総力戦を開始した。武漢市では一〇〇〇床と一六〇〇床の重症患者用の総合医療施設が一〇日間の突貫工事で設営された。さらに四〇か所以上の指定医療機関を加えて一万二〇〇〇床の体制を早期に整えた。軽症の患者用には、体育館や展示センターなど一六施設を改装し、一万三〇〇〇床を整備し、ホテル、ビルなども病院に転用された。苛酷な防疫と感染症治療の活動には、全国二九省や軍から三三〇余の医療専門家チーム、四万一六〇〇人余が武漢支援に投入された。一〇〇〇~二〇〇〇所帯から構成される「社区」(自治会)と居民委員会は、地域における感染拡大の予防・抑制に重大な役割を果たしたほか、住民の基本的生活物資確保の任務を果たした。「社区」は、感染病対策の原則である「四早」(早期発見、早期報告、早期隔離、早期治療)をやり遂げた。中国が武漢の都市封鎖を成功させた背景には、習近平党指導部と中国政府が、二〇一六年、それまでの経済成長による「小康社会」実現=貧困一掃から、手薄だった社会主義医療制度の確立に重点を置いた「健康中国2030」を掲げて邁進してきたことがある。今回の武漢封鎖の詳細はこれから明らかにされていくだろう。
翻って、日本の医療状況はどうであったか。一九九〇年代からの新自由主義経済の跋扈の中、国民皆保険制度は米国に倣った私的保険医療に侵食され、公的医療機関の統廃合、自治体広域化に伴う保健所の統廃合が進められた。日本の感染症病床は一九九六年九七一六床から二〇一九年一七五八床へと実に八割以上が削減され、公衆衛生と感染症対策の拠点である保健所は全国で八五二か所(一九九二年)から四七二か所(二〇一九年)に半減されていた。高齢化社会が進行する中で、日本の医療は、世界でも最低限の医療従事者数で高度医療を行なう皆保険制度の維持という重荷を背負わされてきた。現在でも日本の医師は過労死ラインである月八〇時間の時間外労働を強いられている。医療崩壊も、高齢化社会の医療費削減を目的として設立された介護保険制度も崩壊寸前である。このような状況で迎えたCOVID19のパンデミックに対応できる体制はもともと日本にはなかったともいえる。
WHОテドロス事務局長は、COVID19流行の抑止策は「検査、検査、検査に尽きる」といった。検査をしなければ患者を特定できない、患者を特定できなければ隔離ができない、隔離ができなければ流行の抑止は不可能だからである。しかし日本では、当初から異常なほどPCR検査を抑制してきた。四月二日に日本感染症学会、日本環境感染症学会の二学会が発表した「新型コロナウイルス感染症に対する臨床的対応について」でも、「軽症例」には基本的にはPCR検査は推奨しない、としている。この件については、さいたま市保健所長が記者団取材に「病院があふれるのが嫌で(PCR検査の対象者の選択を)厳しめにやっていた」と証言している。本年二月、日本にCOVID19による肺炎など重症患者を十分収容できる状況がなかったのは事実である。しかし、それを理由にPCR検査を抑制し、感染者の早期発見、早期隔離の道を閉ざすのは、感染症対策としては本末転倒も甚だしい。
政府は、中国武漢でのCOVID19感染爆発と武漢閉鎖を教訓にして、日本でのCOVID19の流行を予測し、PCR検査を大規模に行なう準備(その能力はすでにあったことを専門家が指摘している)をし、重症者と軽症者を隔離する専用病棟と生活支援センターを準備し、その任務に就く医療チームの編成を急ぐ必要があったしその時間はあった。しかしそれらを日本政府はことごとくしなかった。その理由は、経済上財政上の悪影響の回避と、東京オリンピック開催への執着である。三月に入り東京オリンピックの延期が不可避になり、小池都知事が声高にロックダウンを叫んだころには時すでに遅し、だったのだ。その結果、重症者患者用のベッドは常に不足し、コロナ以外の重症患者とCOVID19重症患者を合わせて診療する医療チームの疲弊が進んでいる。また、軽症者を自宅待機させることによる家族感染や地域での感染拡大また軽症者の急性増悪の危惧は、現在その多くが現実となっている。
現在、COVID19重症患者を第一線で診ている医療現場では、医師、看護師他の人員不足による疲弊、ガウンやマスクなど医療資材の不足による院内感染の危機が指摘され、医療機関でのクラスターも報告されつつある。ニューヨーク州では九〇〇〇人以上の医療関係者が感染し二五〇人以上が死亡している。日本でも感染者の一〇%以上が医療関係者であると言われている。医療崩壊の危機はすぐそこにあるが、政府は無策である。医療崩壊は、労働者・市民が自らの声と力で守るほかにない。
(二〇二〇年四月二十四日)
【岡本茂樹】

(『思想運動』1052号 2020年5月1日号)