状況 2020
香港事態の推移とそれが導く隘路
区議会選挙と米の「香港人権法」成立を受けて
日本では香港と沖縄を同列視する謬論も


新しい段階を迎えた香港情勢

香港において、逃亡犯条例改正問題を契機とした主催者発表で一〇〇万人を超える六月九日の大規模デモから半年以上を経過した。これは、二〇一四年の「オキュパイ・セントラル」(占拠中環)の雨傘運動の七九日間を超えるものとなった。十一月には、香港中文大学、香港理工大学における抗議デモ側と香港警察との激しい攻防もあり、デモ拠点の鎮圧と大量逮捕があった。香港事態は、十一月二十四日の香港区議会議員選挙と二十七日の米国トランプ政権による「香港人権・民主主義法案」の成立によって新しい段階を迎えたといえる。
本稿では、十二月十六日、習近平国家主席が香港政府の林鄭月娥長官との会談において、「香港が祖国に返還後、もっとも厳しく複雑な一年だった」と総括したこの間の情勢の推移を通して、第一に、中国政府・香港政府と抗議デモ側との間における「一国二制度」をめぐる見解の相違、第二には欧米かぶれの無原則的な「自由と民主主義」に固執する運動の見通しのなさ、さらに「香港デモ」に支援連帯しようとする側の問題点についても検討する。

香港社会の分断

大学を拠点に籠城した闘争では、香港政府が「民主派有利」と憶測される二十四日の区議会選挙を、香港警察とデモ側の暴力の連鎖による混乱のなかで延期するのではないかという懸念が飛び交い、運動方針をめぐる内部対立も伝えられた。しかし大勢は、「五大要求、一つも欠けてはならず」「光復香港 時代革命」(香港を取り戻せ、時代を塗り替えろ)のスローガンでまとまったようだ。これは、七〇年代の香港映画のスター、ブルース‐リーが語った言葉「水になれ」、困難に直面したときも臨機応変に対応せよとの格言を指針としていたデモ側がそれを地でいったようなものだ。今回の香港デモではSNSによってグループ間の意見調整を行ない、相互批判を最小限に抑え、意見対立のため運動を終息させた雨傘運動の教訓を生かしているように思える。
日本のメディアが「民主派」と呼称する人々は、反中国、香港独立を掲げ、香港行政府庁舎、中国本土の出先機関、中国・行政府寄りの店舗、地下鉄の施設の破壊、火炎瓶の投擲も辞さない「勇武派」と「和理非派」(平和・理性・非暴力を旨とする)のグループ、立法会の「民主派」議員などに分かれるという。
そして、現状では、五大要求のなかでも、行政府長官と立法会議員の民主的選挙の実現を重視しているとされる。
香港住民の大部分は、戦前、戦後を通じて、日本帝国主義による対中国侵略戦争と香港軍政(四一年~四五年)、第二次国共内戦(四六年~五〇年)、中国革命の激動のなかでの難民や移民およびその子孫である。いわゆる「建制派」と呼ばれる香港返還前の支配層は、それまでの軽工業から七〇年代末からの金融・不動産業など第三次産業への構造転換が進みアジアNIES(韓国・台湾・香港・シンガポール)の一角として八〇年代に急激な経済成長を遂げ、文化大革命の挫折から改革開放路線に転換した中国大陸との経済的連携、分業構造のなかで輩出されてきた支配階級である。返還前は、中国共産党を支持する左派勢力とは敵対しあっていたのが、返還後は、中国中央政府の意向もあって「親政府派」を構成することになる。
こうして香港財閥には中国政府の仲介役として立法会の職能議席も与えられた。「一国二制度」として出発した「国際金融センター」香港には、こうした矛盾が当初から刻まれていた。

香港区議会議員選挙結果が示すもの

十一月二十四日、予定どおり四年に一度の区議会議員選挙が実施された。地域の住民自治に関わる身近な問題を立法会に提案することができるという限定された役割しか果たすことのできない末端単位ではあるが、「民主派」は、中国中央政府・香港政府にたいし「民意」がどこにあるかを示す「住民投票」という位置づけで臨んだ。結果は「民主派」が三八五議席と定数四五二議席のうち八五%を獲得し「圧勝」した。「建制派」(親政府派)は五九議席にとどまり、投票前の二九二議席から大幅に後退した(日本貿易振興機構JETRO十一月二十七日香港発報道)。
投票率は七一・二%で返還以後、最高。当選者数は「民主派」と「建制派」では八五%対一三%であったが得票率をみると、五七%対四一%であった。この議席数と投票率の乖離は普通選挙とはいえ小選挙区制のマジックであり「圧勝」という評価には疑問符がつく。ネットで散見した田畑光永氏(元TBSジャーナリスト・『鄧小平の遺産』岩波新書著者)の論評「香港区議会選挙結果の巨大な意義―ゆらぐ一党独裁の根拠」では、次のように語る。「今回の選挙は実質的に中国共産党の統治、さらには中国全体の現状を肯定するか否定するかの二択の選挙であった」(リベラル21)。
なぜ区議会議員選挙が中国共産党の「一党独裁」の是非と結びつくのか? 馬鹿も休み休み言えとはこのことだ。このほかにも香港市民と中国政府の対立図式で描く論評の多いことに辟易する。
選挙結果に関わらず、「香港市民の間でもデモの支持、不支持を巡る対立は深まり、社会の分断は進んでいる」(『毎日新聞』)と言えるのだ。

米国の香港政策の転換

米国には、香港返還後(一九九七年)に運用開始と定めた
香港政策法(一九九二年制定)があった。香港に適用された「高度な自治」にたいし米国が、通商、投資、出入国、海運などについて特別待遇を提供するものだ。中国にとって対外直接投資は香港経由が多くを占め、また海外多国籍企業にとっても中国進出にあたって香港を利用するメリットがある。米中貿易戦争のさなか、これを修正する「香港人権・民主主義法案」がベネズエラ・マドゥーロ政権転覆工作で悪名高いルビオ共和党上院議員など超党派で共同提出され、上下両院で可決、十一月二十七日にトランプが署名し発効した。
今後は、現在の香港にたいする優遇措置の継続が妥当かどうか判断するため、国務省が香港の自治権の状況を毎年検証することになる。違反者には経済制裁措置という罰則規定がある。
二十八日の夜、香港島の中心部の中環(セントラル)では香港人権法の成立を祝う集会が開かれ、会場には一〇〇本以上の米国旗がはためいたという(『朝日』)。トランプ大統領に感謝を表明する「民主派」の行動をどのように受け止めるのか? 米国の「後押し」で中国に向き合うとでもいうのだろうか?
中国外交部は定例会見で「NED(全米民主主義基金)などが過激なデモ隊に資金と物資を提供して組織・訓練し、香港独立活動を煽動している」(十二月三日)と強く非難し、トランプ米政権による「香港人権・民主主義法」成立への報復として、NEDを制裁対象とした(『神奈川新聞』十二月四日付)。
香港政府も区議選直後は「政府は虚心に市民の意見に耳を傾ける」との声明を出したが、同法にたいしては内政干渉で、「米国と香港の関係と利益を損なう」と強い警告を発した。

「一国二制度」と中国共産党の立場

中国共産党の第一九期四中全会が、十月二十八日から三十一日まで北京において開催された。終了後の共産党宣伝部による記者会見では、香港問題は、「四中全会の検討・討議の重要議題」であったことが明らかにされた。岡田充『共同通信』客員論説委員は、「抗議活動を統治の問題として据えたのは、天安門事件以来のことだろう」と指摘している。「『一国二制度』システムを堅持・改善し、祖国の平和統一を実現する」の項目のポイントを以下に列記する。
●決定は「一国二制度」の解釈について、「一国とは二制度を実行する前提と基礎であり、二制度は一国に従属し、一国の中に統一される」と位置付けた。
●香港独立派への警告として「一国二制度のレッドラインに挑戦する行為と国家を分裂するいかなる行動も絶対に容認しない」強い姿勢を示した。
●「特別行政区における憲法および基本法の実施に関連するシステムとメカニズムを改善し、愛国者を主体とした『港人治港』を順守し、特別行政区における法的行政の能力とレベルを向上させる」とした。 
「民主派」のなかには、香港の資本主義制度と、いまや「国家資本主義」と揶揄される社会主義市場経済の二制度が、「一国」を土台とし、中国の憲法によって規定され保護されている点に無理解があるのではないだろうか?
「一国」と切り離して「二制度」を論じることは不当である。「二制度」によって「一国」を維持する必要性を疑うのは、中国の主権に異議を唱えるのに等しい。特別行政区と中国本土はいわば運命共同体であり、一国二制度の最大の脅威は、香港内外の悪意ある勢力である。

自由権から生存権への運動の転換を

十二月八日、一連の非暴力的な抗議デモを組織してきた「民間人権陣線」のデモ申請にたいし香港警察は、およそ四か月振りに許可を与え、八〇万人が参加した。半年以上にわたる継続したデモの背景には、目も眩むような経済格差の存在がある。香港社会の格差をはかる指標にジニ係数がある。香港は昨年度で過去最高で〇・五三九となっている。中国富裕層による不動産投資の影響もあって、世界最大の家賃となっている住環境の劣悪さを挙げることもできる。香港市民の四五%は公営住宅や香港政府からの補助金支給の住宅である。本紙「付録」で丸川哲史氏のHOWS講座における報告骨子を掲載しているが、つぎの指摘は示唆的である。
「今回の十一月二十四日の区議会選挙の結果において『民主派』が勝利したことは、どれだけ『民生』にかかわる改革になるのか重要である。この時のポイントになるのが、この政治的変化が『自由権』を目指すものであると同時に、どれだけ『生存権』の保証をめざすものなのか、ということになろう。」
わたしは、「民主派」が中国共産党からの「自由」を主張している限り見通しは暗いと考えている。
しかし、それが生存権の保証を主張する運動を構想したとき香港政府と共有する課題を見出し、運動の質的転換をはかる微かな希望があると信じる。
最後に日本で「民主派」を支援連帯する側の問題の一端に触れよう。「大国に人権を踏み潰されようとしている香港」という認識。「習近平を国賓として招く……日本政府の人権感覚のなさの表れだ」との右翼まがいの捻じれた評価。「香港人権法」を日本政府に求める在日香港人のデモ行進が東京都心であったという(十五日田中龍作ジャーナル)。デモに参加した日本人男性(三〇代)の言葉、「香港で起きていることと沖縄で起きていることは同じ。日本でも人権がなくなりつつあることに気づかないことが恐い」。
わたしは、香港と沖縄を同列視する問題の根深さこそ恐い、と言わなければならない。【逢坂秀人】

(『思想運動』1048号 2020年1月1日号)