かんぽ・ゆうちょの闇を生んだもの
不正営業の根っこは民営化だ
かんぽ不正営業追及の嚆矢となった西日本新聞の報道によれば、山口県に住む七一歳の女性は一昨年から去年にかけて一年間で一一件ものかんぽ生命の保険に加入していた。女性は夫に先立たれ、軽い認知症を患う。収入は年金など月一三万円ほどなのに保険料の支払いは毎月二五万円を超え、貯金は底をついた。保険を担保にかんぽ生命から七五万円の貸し付けまで受けていた。近所に住む息子が気づいて郵便局に抗議すると担当者は開き直った。「さらに貸し付けを受ければ保険料は払えますよ」。半年間の交渉をへて、かんぽ生命はようやく非を認めて女性が支払った保険料二〇〇万円以上を返金したという。女性の亡夫は郵便局の配達員だった。夫と同じ勤め先の人間がこんなアコギなことをして自分を食い物にするとは、彼女はまさか想像がつかなかったろう。
さまざまな手口で
いま挙げたのは極端に非道いケースだが、不適切営業は契約乗り換えでも多く行なわれてきた。背景には近年ではアベノミクスが助長した低金利がある。かんぽの予定利率は一九九〇年時点では五・七五%あった。それが一九九四年には三・七五%、二〇一七年からは〇・五%にまで下がっている。生命保険は固定金利だから、予定利率の高かった時代に契約を結んだ利用者は継続していればその利率が保障される。ところが集めた保険料を今日の低金利で運用する株式会社・かんぽにとってはそれでは逆鞘になって苦しい。そこで、新商品の旧保険より良さそうに見えるところだけ宣伝して、利率が下がって利用者には損なことは曖昧にして乗り換えさせる。かんぽ契約者の四分の一は七〇歳以上である。この世代にはまだ国営だったころの「営利に走らない郵便屋さん」のイメージが残っている場合が少なくないから、勧められたままに乗り換えてしまう。七月に日本郵政が公表した「不適切な販売の疑いがある契約」約一八万三〇〇〇件のうち約二万件がこのケースだ。
しかし、新規契約ではなく乗り換えだと勧誘した郵便局員の手当は新規の半額である。
そこで、旧契約を解約させた後にすぐ別の契約を結ばせるのではなく三か月以上空ける。三か月以内に契約したら新規ではなく乗り換えとされるからである。この空白期間に何か起きたら無保険状態だから利用者にとって極めて危険だ。これが約四万六〇〇〇件。新しく保険に入るときは健康診査を受ける。前の保険を継続していれば受ける必要のないこの検査にひっかかって、そのまま無保険状態になったケースが約一万九〇〇〇件ある。
逆に、旧契約を解約する六か月以上前から別の契約を結ばせる。六か月以内に旧を解約してはやはり乗り換えとされて新規とはカウントされないからだ。利用者はその期間保険料を二重払いすることになる。これが約七万件。
その他にいくつかのケースがあり、保険を乗り換えようとする顧客の読み仮名に濁点をつけたりして別人の新規契約を装ったケースまで最近発覚している。かんぽとは別に日本郵便が業務委託を受けている米保険会社アフラックのがん保険でも、一時的な無保険や保険料の二重払いなど客に不利になる疑いのあるケースが約一〇万件に上る。
不正はゆうちょでも
かつては郵便も保険も貯金も郵政省また郵政公社が一つの企業体として営んでいた。民営化がスタートした今日、日本郵便・かんぽ生命・ゆうちょ銀行となって、それぞれ別会社である。かんぽ・ゆうちょの金融二社は日本郵便に委託手数料を払って営業を委託する。全国に約二万四〇〇〇局ある郵便ネットワークを活用するわけである。その業務委託料は二〇一九年三月期の数字でかんぽが年間三五八一億円、ゆうちょからは六〇〇六億円が払われている。合わせて一兆円に近く、日本郵便の総収入の約四分の一を占める。この数字は、じつは二〇〇七年に民営化がスタートし分社化されて以来あまり変わっていない。そもそも額の決まり方も不明朗だ。ユニバーサルサービスを課せられて採算性に徹しきれず赤字体質の日本郵便だってこれくらいの金額が金融二社から注入されればもつのではないか、という値踏みで決まった額なのだ。
それが委託料に見合っただけの業績を挙げなければという形で現場に降りてくる。世上いわれる過剰なノルマの背後にあるのがこれだし、かんぽだけでなくゆうちょでも同じ問題を抱える。九月十三日、ゆうちょ銀行と日本郵便は七〇歳以上の高齢者への投資信託販売で社内規定違反が一万九五九一件あることを公表した。元本割れもある投資信託は複雑でリスキーな商品。高齢者にはことに懇切な説明などの手続きを踏まなければならないのにそれを省いていた。
渉外労働者のノルマ地獄
金融二社から委託されて日本郵便で営業を担当するのは渉外局員と呼ばれる。かんぽ営業なら全国に約一万八〇〇〇人いる。東京では渉外局員一人に年三〇〇万円のノルマが課せられていた。月額一万円の保険料の契約なら三〇〇本をとらなければならない。成績が振るわないと反省文持参で研修に強制参加させられ、「土下座しろ」「給料泥棒」「くず」と罵られた。郵政労働者の交流誌『伝送便』の二〇一六年七月号が報じるところでは、これは日本郵便ではなくかんぽ生命の広島支店で、特定の労働者に的を絞って「お前は寄生虫」「三か月で一二〇万できなかったら今後どうするか考えてこい」「出来んかったら許さん! 死ぬ気でやれ」といった罵倒が日常的に続けられた。苛め抜いて退職に追い込もうとしたのが明らかだ。人が減れば、そのぶん部署に課せられたノルマが下がるからだ。郵政ユニオンが機敏に反撃してこのパワハラは撃退したが、メンタル不全によって仕事を続けられなくなった人が日本郵便・金融二社とも全国に相当数出ている。日本郵便東北支社で渉外担当として数年前に採用された新人約一〇〇人のうち、すでに約四〇人が過剰な目標に追い詰められて退職したと河北新報は報じた。手当を得たいというより、こうしたパワハラから逃れたくて不正営業に手を染めてしまう。
また家族親族を次々と保険に入れ、保険料は自腹を切る。契約をとったことで得られる手当より持ち出しのほうがずっと多い。だから、少しでも手当を稼いで取り戻さなければと焦るのだ。月四〇万円もの保険料を払っていた渉外局員もいた。ノルマについては廃止すると七月末に会社は表明したが。
新人事給与制度の毒がまわった
見落としてならないのは、二〇一五年にかんぽの渉外関係の基本給が一二%も削減されたことである。その分が手当の原資にまわされた。それによって年収に占める手当の割合が個人差はあるが二五%前後に上る。基本給が削られた分を手当で取り返さなくてはならなくなった。その年から始動した「新人事・給与制度」に仕込まれた最大の毒である。当時わたしはまだ現役のJP労組員であり、同制度の導入を阻止すべく全国の仲間と手をとって闘ったが及ばず、導入を許してしまった。
噴出した不正には会社だけではなく、会社と同調したJP労組、そして同労組の誤った路線を許してしまったわたしたちにも責任がある。八月に熊本で開催されたJP労組全国大会の論議の中で、ある地区の代議員から「会社の方針に従い業務を行なってきたわたしたちのどこに誤りがあったのでしょうか」という発言があったと聞く。けれども、労働組合が会社のいいなりになってきたそのことが今日の事態を出来させたのではないか。
そのJP労組全国大会では例年になく多くのマスメディアが取材に来た。ところが、取材できたのは委員長と来賓の挨拶だけで、あとの論議からはシャットアウトされた。この嗤うべき閉鎖性は、かんぽ不正が発覚し始めたころ郵政グループ各社で働く者がSNS等で告白・告発することに会社が箝口令を布いたのとよく対応している。郵政労使ともども落ちるところまで堕ちたのである。JP労組中央本部は金融営業については大会直前わずか一九日前に内容空疎な第四号議案を発出するも、「物理的に職場討議の保障がない中、本部に白紙委任しろというのも同然」(『伝送便』編集部が全国大会会場前で配布したビラ「奔流」より)であった。
国有財産の叩き売りを許すな
事態をほくそ笑んでいる者たちもいるだろう。郵政グループ各社の株価がこの不祥事で低迷しているからである。二〇一五年十一月に一部上場したとき日本郵政の初値は一六三一円だったのが直近の九月一八日では一〇二五円前後だ。にもかかわらず日本郵政の最大の株式保有者である国(現在五七%の株を保有)は、上場から数えて三度目にあたる株式放出の機会を覗っている。東日本大震災の復興資金に売却益を充てるというのが名目だ。
大口投資家=金融ブルジョワジーにとっては、株価が低迷しているときに株を放出させて買い、ほとぼりのさめるのを待ちつつ企業存続を口実にユニバーサルサービスを剥ぎ取って営利企業に純化させていけば株価はいずれ上がろう。だが、それは国有財産を捨て値で叩き売ることだ。引き換えに震災復興に回されるはずの金は値切られてしまう。これを許してはならない。人民の視点に立ってユニバーサルサービスを守り、再国有化していく方向を大胆に提起するときである。【土田宏樹】
(『思想運動』1045号 2019年10月1日号)
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