韓国からの呼びかけに触発されて
否定すべきわれらの敵は二つにして一つ

土松克典(韓国労働運動研究)

日韓間の軋轢がつづくなか、われわれと長年交流のある韓国の労働社会科学研究所が発行する月刊誌『情勢と労働』第一五三号(二〇一九年七・八月合併号)の巻頭に、金解人・編集出版委員長(以下、金解人委員長)による文「プロレタリア国際主義のために」が掲載された(今号の付録四面に掲載)。以下の文章は金解人委員長のこの文に触発されて、日本のこんにちの状況をみるなかで書いたものである。

| 八月の首相官邸前で |

話は八月上旬にさかのぼる。
日本政府が韓国に対する経済報復措置を発表するなか、八月八日に在日韓国民主統一連合(以下、韓統連)が呼びかけた日本首相官邸前抗議行動が行なわれた。そこには労働組合や市民団体が掲げる色とりどりののぼり旗や最近韓国の安倍糾弾集会でよく見られる「NO安倍!」のプラカードを手にした二〇〇人近い労働者・市民が集まった。冒頭の韓統連・孫亨根議長の主催者挨拶に日本の友誼団体の挨拶がつづき、その合間に韓統連メンバーのケンガリ(鉦)とプク(太鼓)に合わせた抗議のシュプレヒコールが繰り返され、最後に韓統連の日本政府への抗議文が読み上げられた(この韓統連主催・呼びかけの日本首相官邸前抗議行動について、当日、現地取材していた韓国のメディアの多くが、主催者を「日本の市民団体」と意図的に歪曲して報道していた。それは、韓統連が文在寅政権のもとでも依然として「反国家団体」規定を解かれていないことをメディア側が知っていて、そうした文在寅政権をメディア側が「忖度」してのことなのかはわからない。しかし、そうした報道姿勢は大きな間違いであることを指摘しておく)。
わたしもその場に参加するなかで、友誼団体の発言のひとつが気にかかった。それは「このプラカードを見ても分かるように、韓国のみなさんは決して反日ではありません。NO安倍! なのです。その点では、わたしたち日本の民主的な人びとと韓国で立ち上がっている人びととではまったく共通しているのではないですか?」と参加者に問いかけるものだった。すると参加者からはすかさず「そうだ!」の声と拍手があがり、抗議行動は進行した。発言した友誼団体代表としては、日韓の人びとが協働し「NO安倍!」で一致して「諸悪の根源=安倍を倒そう!」という意図だったのかも知れない。
しかし、とわたしは思う。われわれ日本の労働者階級・人民は、「韓国のみなさんは決して反日ではありません。NO安倍! なのです」という発意に賛同して、すかさず「そうだ!」の声をあげてよいのか? たしかに毎週土曜日にソウルの光化門広場で行なわれる安倍糾弾集会に参加する韓国人民の手作りのプラカードには「アベNO! イルボンサラム(日本人)YES!」の表現もみえる。そのことを承知したうえでなお、しかし、とわたしは思うのだ。なぜか? 「韓国のみなさんは決して反日ではありません。NO安倍! なのです」という認識のもとに行動すれば、歴史的に抑圧民族としての日本人民のなかにいまも根付く植民地主義意識は克服されるのか? 諸悪の根源=安倍を政権の座から引きずりおろせば(それすらできていない日本の運動状況なのだが)、それで問題は解決するのか? わたしにとってこの発言が気にかかったのは、むしろ逆にそれらのことを深めて考えないままスルーしてしまう危険性を孕んでいるのではないかという危惧を感じたからである。

| ある署名運動に思う |

この行動の二週間前の七月二十五日、インターネット空間に「日韓関係の悪化を憂慮する有志」七八人による「韓国は『敵』なのか」という声明が発表され、それに賛同者を募るオンライン署名運動が呼びかけられて賛同者は八月十五日の第一次締切で八四〇四人にのぼっている(オンライン署名運動は八月三十一日まで継続)。その公表されている呼びかけ人・賛同者リストをみると、日ごろわれわれの活動に理解を示し協力してくださっている方がたの名前も散見される。だがわたしはここでも、しかし、と思うのだ。
この声明で提起されている内容は、一九九八年の金大中大統領訪日時に当時の首相小渕と金大中大統領のあいだで交わされた「日韓パートナーシップ宣言」の土台に立ち返って、日韓関係を再構築しようと呼びかけたものだ。この「日韓パートナーシップ宣言」は当時、日本のマスコミで一九六五年の「日韓基本条約」に次ぐ日韓の「第二の文書」とも評価された(『日本経済新聞』一九九八年十月八日付)。その「宣言」発表に先立ち、金大中大統領の政策ブレーンとして諮問政策企画委員長を務めた崔章集・高麗大教授(政治学)は当時、大略次のように語っている。「六五年の『日韓条約』が『冷戦』絶頂期の反共防波堤の産物であり、『冷戦』の解体、グローバル化時代の到来、東アジアの経済危機という激変を迎えて、新たな日韓パートナーシップが必要となった。だが、この間の日韓関係は非常に硬直した関係を継続してきた。新たな日韓関係の樹立は、これまでの国家一辺倒の接近方法を超えて、国家と市民社会の二方向から接近するとき可能となる。両国の市民社会間の柔軟な関係の増進は、国家間の硬直した関係を補完する。国家レベルでの両国関係は、過去問題の処理のため、さまざまな領域で相互依存的な善隣関係を築くのに相当の時間がかかる。その間、市民社会レベルでの速やかな交流の活性化は、遅れて発展する国家レベルでの関係に大きな圧力要因として作用するのだ」と(韓国紙『中央日報』一九九八年九月十四日付)。
日韓間の市民交流が硬直した国家関係を補完するというシェーマである。それは、日韓の市民活動家らが飛びつきそうな構想ではある。そしてその行く先は、日韓関係における資本主義的近代化の道であった。かれらはそれを「未来志向の日韓関係」と呼んだ(本紙一九九八年十月十五日付拙稿参照)。じじつ、声明「韓国は『敵』なのか」のなかでも「自由貿易の原則」に立ち返ることが呼びかけられている。そして、その日韓関係における資本主義的近代化のめざしたものが二〇〇二年の日韓投資協定の締結であり、二〇〇四年以降頓挫しているとはいえその締結をめざした日韓FTA、さらに軍事面で二〇一六年に締結したGSOMIAではなかったか?われわれは、一九九七年に韓国経済が陥ったデフォルト状態からの脱却のために、IMFからの数次にわたる救済基金を受けて資本主義的近代化の道筋をたどってきた経過を知っている。そして、そのもとで淘汰される企業から韓国労働者階級と勤労人民が一夜にして街頭に投げ出される荒々しい状態に置かれ、「労働力の柔軟化」の名のもとに構造化する非正規労働者や国外から流入してくる移住労働者の実態も見てきた。だからこそ、その延長上に展開されようとする日韓投資協定や日韓FTAなどの日韓関係における資本主義的近代化の道に全力で抗ってきたのである。
したがって、この度の韓国政府からのGSOMIA終了表明を受けて、外相河野は「現下の地域の安全保障環境を完全に見誤った対応と言わざるを得ず、極めて遺憾」などと戯言を言ったが、われわれ日韓の労働者階級と人民にとってGSOMIAなどは破棄されて当然、朝鮮半島と東アジアの平和に何の役にも立たないばかりか、阻害要因でしかない暴力装置だったのだ。その思いは、朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の労働者階級・人民も同じであろう。

| 考えぬく姿勢を持て |

さてその後、この「日韓パートナーシップ宣言」も、二〇〇一年の「新しい歴史教科書をつくる会」執筆による扶桑社版『新しい歴史教科書』が採択されたことで、韓国国会で日韓関係の全面見直しと同宣言の破棄が満場一致で採択され頓挫する。
そして、なによりわれわれが忘却してならないことは、一九九八年十月十五日未明、千葉朝鮮会館に凶漢が侵入、宿直していた朝鮮総聯千葉支部の羅勲・副委員長をめった刺しにし、野球バットで頭部や胸部を殴打、首を絞めたうえ揮発性の油をかけて焼き殺した残虐なテロ放火殺人事件が発生した事実である。このテロ放火殺人事件は、同年八月三十一日に朝鮮民主主義人民共和国が人工衛星を発射(中・露が人工衛星であることを公認、遅れて米も追認)したことを、日本政府のみ「ミサイル発射」と強弁し、それをマスコミが煽りに煽ったなかで起きた凶行であった。そしてこの凶行は、「日韓パートナーシップ宣言」の取り交わしからわずか一週間後のことであったのだ。
われわれはこれを、「韓国は朝鮮とは違うから」と言い切れるか? 一九二三年の関東大震災における朝鮮人大虐殺で明らかなように、日本ナショナリズムは事あらばその刃を朝鮮人民にむけてきた歴史の教訓をわれわれは決して忘れてはならない。そして、それが決して過去のことではなく、現在も安倍政権のもとで培養され蠢動していることは、昨年二月二十三日未明に起きた二名の右翼活動家による朝鮮総聯本部銃撃事件をみても明らかなのである。
このように見てくると、日本労働者階級・人民の歴史認識、植民地主義意識をどのような方向で克服していくのかが、いまわれわれに問われている。そこでわれわれは立ち止まって、①日本と朝鮮半島の支配・被支配の歴史を考えること、②日本と韓国とアメリカ合衆国を結ぶ資本主義体制の形成過程と現在を考えること、さらには、③朝鮮半島の分断状況に終止符をうち、いかにしたら南北朝鮮の自主的統一を成し遂げる事業の促進にむけて日本労働者階級・人民として寄与できるのか、これらのことを考えぬいて行動すること、行動しながら考えぬくことこそ、いま、われわれ日本の労働者階級・人民に問われている姿勢なのだ。まさに、労働社会科学研究所の機関誌『情勢と労働』の惹句(キャッチ・コピー)が「考えて闘争する労働者の」とあるように!
わたしはこうした態度を堅持し持続することにこそ、金解人委員長の呼びかけに応答できる手がかりがあるように思う。

| 金解人委員長の指摘 |

そのうえで、金解人委員長の呼びかけを受けて考えたことを、以下にいくつか書き留めておきたい。
金解人委員長は、プロレタリア国際主義を実践するうえで、われわれが考えるべきいくつかの重要な指摘を行なっている(以下、《 》内は金解人委員長の文章の引用)。

日韓条約反対運動に希薄だった視点

まず、《どんな資本主義(帝国主義)国家も過去の植民地支配と侵略戦争に対して、「心ある反省と謝罪、賠償」を行なった例はありません。(中略)アメリカ合衆国は言うまでもなく、イギリス、フランス、イタリア、ベルギーなどすべての国家がそうです。かれらが過去、植民地に一定額を与えたとすれば、それは謝罪の意味、賠償の意味ではなく、経済支援などを名目にして、その地域で自分たちの政治的・経済的影響力を維持するためにのみ行なったのでした》と述べている。ここに、日韓基本条約と請求権協定など関連協定に対する金解人委員長の基本的視角がはっきりと提示されている。
周知のように日韓基本条約は、ソ連・中国・朝鮮など東アジアにおける社会主義圏の伸張に対する反共防波堤形成の必要を感じたアメリカ帝国主義の斡旋により、一九五一年の予備会談からはじまって一九六五年の調印まで、七次にわたる会談、足かけ一五年の歳月を要して締結されたものである。
締結当時の日本の運動サイドにおける日韓基本条約に対する認識はどのようなものだったか。それは、「一九六五年十二月に、日朝両国人民の強い反対を押し切って、日本政府と南朝鮮の朴正熙政権との間に日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(日韓基本条約)が締結された。これは韓国政府を『朝鮮にある唯一の合法的な政府』とみとめ、米日韓三国の軍事的一体化に拍車をかけるとともに、日本独占資本の南朝鮮はじめ台湾・東南アジア諸地域への経済進出を活発化させる画期となった」(『戦後史資料集』塩田庄兵衛・長谷川正安・藤原彰編、新日本出版社、一九八四年刊)というような認識だった。ここに明らかなように、当時の日本の日韓条約反対運動には、ベトナム戦争を背景にしたアメリカ帝国主義による反共防波堤づくりの一環という認識はあっても、日本軍国主義による朝鮮植民地支配に対する自国政府への責任追及の視点は希薄だったのではないか。つまり、推進する日本政府はもちろん、反対する日本の運動の側にも、植民地支配責任追及の視点は希薄だった。日韓条約反対闘争のなかで、「朴にやるなら僕にくれ」というプラカードが掲げられた話は、現在までも語り継がれている。
そうした日本側の状況もあってか、日韓請求権協定第1条に書き込まれた無償三億ドルの供与と有償二億ドルの貸付は、「日本国の生産物及び日本人の役務」によってなされることが記されており、それらの資金は生産物や役務を提供した日本の財界に還流する仕組みだったのであり、決して賠償の類ではなかった。じじつ、この「独立祝い金」(日韓基本条約と関連協定の日本側調印者のひとり外相・椎名悦三郎の言)という経済協力方式の無償・有償供与は、当時の朴正熙政権下でべトナム派兵の見返りにアメリカ帝国主義から入ってくる外資とあわせ、六〇年代から七〇年代の韓国の資本主義的発展の原資となったのである。
いまも日本政府は、この日韓請求権協定の第2条第1項「請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決された」、また第2条第3項「署名日以前に生じたすべての請求権について、いかなる主張もすることができない」という文言を盾にして、昨年の新日鐵住金と三菱重工業に対する戦時強制動員被害者への個人賠償を命じた韓国大法院判決を批判している。昨年十月三十日に新日鐵住金への賠償を命じる韓国大法院判決が出た後、外務省は十一月十九日付でみずからのホームページのなかの「大韓民国」のページにある「旧朝鮮半島出身労働者問題」というコーナーに、ファクトシート『旧朝鮮半島出身労働者問題とは?』を設けた。そもそも、この「旧朝鮮半島出身労働者」という言葉じたいが、朝鮮を植民地支配したその強制性を認めない、あたかも自由意思で日本の地に出稼ぎにやって来たかのような表現で、南北朝鮮人民にとっては決して容認できない表現である。そしてそこでは、「これらの判決は、一九六五年の日韓請求権協定に明らかに反しています。日韓関係の法的基盤を覆すのみならず、戦後の国際秩序への重大な挑戦でもあります」とぬけぬけと説教を垂れている。
しかし、ここには日本政府のウソとゴマカシが潜んでいる。そのことを、長年この戦時強制動員被害者の訴訟に携わってこられた在間秀和弁護士は、『思想運動』二〇一八年十二月一日号で要旨次のように指摘している。
「国家間の協定によって個人の請求権は消滅しない」という論はこれまで日本政府自らが繰り返し主張してきたものである。一九九二年の衆議院外務委員会で当時の外務省条約局長の柳井俊二は、「この協定におきましてはいわゆる外交保護権を放棄したということでございまして、韓国の方々について申し上げれば、韓国の方々がわが国に対して個人としてそのような請求を提起することまでは妨げていない」と明言している。さらに一九五一年のサンフランシスコ条約一九条に「日本国及び日本国民のすべての請求権を放棄する」という条項があるため、たとえば一九五五年に提訴された原爆被害者訴訟で日本政府は、「放棄したのは外交保護権のみであり国民自身の請求権は消滅しない」として「国は責任を負わない」と主張したのである。その後のシベリア抑留訴訟でも、日本政府は日ソ共同宣言を盾にして、同じ主張を繰り返した。つまり、日本政府は自国の国民から責任を問われれば「個人の請求権までは放棄されたのではない」との論で責任回避を図り、逆に韓国人が日本企業の責任を問う場面では個人の請求権も消滅した、と言う。日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決された」といくら修飾語が付されてもこの国際法の基本原理に変わりはない、と。

条約交渉に携った日本側の歴史認識

つぎに、《以上のように見る時、現在の日本政府が朝鮮の植民地支配に対して「心ある反省と謝罪、賠償」をするはずがありません》と金解人委員長は指摘する。
これは、日韓基本条約の七次にわたる交渉過程でも日韓政府間で最後まで合意に至らず、玉虫色の文言で決着したこととも関係する。旧条約無効確認条項と呼ばれる日韓基本条約第2条は、「一九一〇年八月二十二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される」となっている。これは、日本帝国主義の朝鮮植民地支配が正当な手続きをへて合法的に行なわれたとする日本政府側と、武力を背景に不当かつ不法に行なわれたとする韓国政府側で交渉が平行線をたどり、「もはや」(英文で“already”)という文言を挿入することにより、日韓基本条約が結ばれた一九六五年の時点で無効であるとし、正当・合法だったか不当・不法だったかは、日韓双方の解釈にまかせた。これを、「解決せざるをもって、解決したと見なす」条文化作業の典型であると吉澤文寿教授(新潟国際情報大学)は指摘する。
そもそも歴代の日本政府は、朝鮮植民地支配が合法的に行なわれたとする見解を踏襲してきた。これは、戦時性奴隷被害者に対する軍当局の関与と強制性を認めて「お詫びと反省の気持ち」を表明した「河野官房長官談話」(一九九三年)を発表した当時の宮澤政権でも、植民地支配や侵略戦争の責任を認めて「痛切な反省」と「心からのお詫び」を表明した「戦後五〇年の村山首相談話」(一九九五年)を発表した当時の村山政権でも、この姿勢に変化はなかった。
そればかりか、足かけ一五年にわたった日韓基本条約と関連協定の交渉過程において、交渉は何度も中断したが、その原因に第三次会談における日本側首席代表だった久保田貫一郎(外務省参与)の発言や、第七次会談の日本側首席代表だった高杉晋一(三菱電機相談役・三菱経済研究所理事長・経団連経済協力委員長)の発言があったことを、われわれはしっかり記憶しておくべきだ。以下の発言は、高崎宗司著『検証 日韓会談』(岩波新書)からの引用である。
久保田はどのような発言をしたか。――「日本としても朝鮮の鉄道や港を造ったり、農地を造成したりしたし、大蔵省は、当時、多い年で二千万円も持出していた。これらを返せと主張して韓国側の政治的請求権と相殺しようということになるではないか」/「私見として言うが」と断ったうえで「当時日本が(朝鮮に)行かなかったら中国か、ロシア人が入っていたかも知れない」/韓国側代表が「なぜ、カイロ宣言に「朝鮮人民の奴隷状態」という言葉が使われているのか」と詰問したのに対して、「私見であるが、それは戦争中の興奮した心理状態で書かれたもので、私は奴隷とは考えない」(一九五三年十月十五日の第三次日韓会談の財産請求権委員会席上で)。
高杉はどのような発言をしたのか――「日本は朝鮮を支配したというが、わが国はいいことをしようとした。山には木が一本もないということだが、これは朝鮮が日本から離れてしまったからだ。もう二十年日本とつきあっていたらこんなことにはならなかっただろう」/「日本は朝鮮に工場や家屋、山林などをみなおいてきた。創氏改名もよかった。朝鮮人を同化し、日本人と同じく扱うためにとられた措置であって、搾取とか圧迫とかいうものではない」(一九六五年一月に日韓会談の日本側主席代表に就任した外務省記者クラブの場で、オフレコだった発言を『アカハタ』同年一月二十一日付が暴露)。
さらに、この高杉とならんで日韓基本条約と関連協定締結の日本側調印者である外相・椎名悦三郎は、著作『童話と政治』で「日本が明治以来、このように強大な西欧帝国主義の牙から、アジアを守り、日本の独立を維持するため、台湾を経営し、朝鮮を合邦し、満州に五族共和の夢を託したことが、日本帝国主義だというのなら、それは栄光の帝国主義」とまで記しているのだ。
これらの発言や著述が、先に指摘した日本帝国主義の朝鮮植民地支配は正当な手続きをへて合法的に行なわれたとする誤った歴史認識にもとづくものであることは歴然としている。日韓基本条約と関連協定にたずさわった人物の歴史認識はこうしたものだった。そして、こうした認識が歴代日本政府に引き継がれ、こんにちの韓国大法院判決批判に、そして安倍政権の対韓報復措置につながっていると、わたしは考える。こんにち、首相安倍が発する「日韓請求権協定に違反するなど、国と国との信頼関係を損なう対応を韓国側が続けている」「まず国と国との信頼関係を回復し、約束を守ってもらいたいという基本的な方針は今後も変わらない。彼らが国と国との約束を守るように求めていきたい」(韓国政府からのGSOMIA終了通告を受けての発言)と、ここにあげた久保田や高杉や椎名らの言動は、みごとにシンクロナイズしているではないか!
在間弁護士は、先述の「個人の請求権」をめぐる日本政府のカラクリを『思想運動』紙上で暴露したのにつづけて「問題はまず加害国である日本政府の対応にある。一四年間にわたる日韓協議において、植民地支配の責任をあくまで否定し、賠償額の減額に腐心するという日本政府の態度、これでは被害者はいくら巨額の賠償金が示されても納得できない。日本側にもっとも欠けているのは、長年の植民地支配を受け苦しんだ人たちの痛みを理解しようとする姿勢である」と指摘している。わたしはそれを強く支持したうえで、いまだに払拭されない日本政府と日本財界の宗主国意識についても指摘しないではいられない。

金福童ハルモニの生き方にまなぶ

さらに、金解人委員長は《韓・日間の民族問題は、両国ともに支配階級に抑圧・搾取された労働者・勤労人民大衆が主人になる世の中、すなわち両国がともに社会主義社会になるとき、日本人民は心より謝罪でき、韓国人民は本当に許すことができるようになって、解決されることができる問題であるのです》と指摘する。
この視角について、わたしは同意する。したがって先ほどわたしは、日本労働者階級・人民の歴史認識、植民地主義意識をどのような方向で克服していくのかが、いまわれわれに問われていると書いたが、その方向とは社会主義社会をめざす方向でしか解決できない課題であると思う。
しかしその一方で、戦時強制動員被害者や戦時性奴隷被害者のみなさんは高齢であり、社会主義社会の実現までは時間が残されていないことも事実だ。こうしたなかで、わたしたちは何をなすべきか? それは金福童ハルモニが身をもって示してくれた生き方にまなぶ必要がある。戦時性奴隷被害者から人権活動家に、日々のたたかいのなかで金福童ハルモニはサナギが殻をやぶって蝶になるように成長していかれた。そして、亡くなる前には日本政府による朝鮮高級学校への無償化排除の攻撃に屈せずたたかう生徒たちに直接訪問して激励を送り、社会の不条理とたたかう姿を身をもって示された。
金福童ハルモニが人権活動家としてその生をまっとうされたように、われわれは社会主義の信念をもって生きとおすことが問われているのだ。日本の地でも同じことがいえるが、二〇年以上も韓国の同志と交流をつづけていると、かつて民主労総で戦闘的に闘っていた活動家が戦線から離脱したり、逆に活動家を攻撃する側に立って旗をふっている話を聞くことがある。お金や生活上のことでやむを得ず、そうなるのかも知れない。そうした困難に打ち勝つ鞏固な信念と矜持を貫きとおすことが問われていると、わたしは思う。そして、そうした活動家はわれわれの先達にじっさいにいたし、いまもいる。その先達たちが歩んできた道をわれわれも後から歩んでいきたい。その無数のたたかいの成果物として、われわれは社会主義社会を掴みとることができるのだ。

武井昭夫の一九五〇年代の問題提起

最後に、《加害者は日本人で、被害者は朝鮮人であるのではなく、加害者は支配階級で、被害者は日本人であれ朝鮮人であれ、労働者・人民大衆であったということなのです》という指摘だ。
この金解人文の白眉ともいうべき箇所で、わたしもこの階級的なものの観方に同意する。それと同時に、歴史的に抑圧民族として存在している日本労働者階級・人民が、政治的・組織的に成長していない状況のなかで、その排外主義暴力がどこにむかうのかというと、在日朝鮮人を含む南北朝鮮人民にむかうことも、これまで書いてきたように事実なのである。
そもそも、日本敗戦から三年後の一九四八年八月十五日に『読売新聞』が行なった「天皇制について――本社世論調査」では、「あなたはこの日本の『天皇の制度』をどう思いますか」という設問に、「天皇制はあった方がよい」が九〇・三%、「天皇制は亡くなった方がよい」が四・〇%、「わからない」が五・七%の結果が出ている(梅田正己著『日本ナショナリズムの歴史』第Ⅲ巻二八二頁~二八三頁、高文研刊)。つまり九割方の日本人民が、天皇制を支持していたのだ。しかも戦前のことではなく、敗戦から三年しかたっていない一九四八年の段階でこの高支持率だったのだ。
二〇一九年の現在も天皇制支持が八割から九割だから、戦後から現在まで天皇制支持はほとんど変わっていない。そればかりか、戦前から戦後を貫通して現在に至るまで、天皇制支持を圧倒的多数の日本人民が表明しているのである。いっぽう、朝鮮民主主義人民共和国を「脅威」に感じる人が八割以上に達している。そしてこの「脅威」の背後には歴史的に形成されてきた朝鮮への蔑視が存在する。
つまり、主権者意識が希薄で臣民意識が高く、朝鮮に対しては友好意識が希薄で宗主国意識が高いのが現在の日本人民の実像なのだ。さらに今回の韓国に対するいわゆる「ホワイト国」除外措置の実施に先立って日本の経済産業省が行なったパブリックコメントには四万六六六件の意見が寄せられ、うち九五%超が「賛成」意見であったことを経産相・世耕は八月二日の記者会見で誇らし気に述べていた。
金解人委員長の階級的なものの観方には同意するが、われわれはこの日本労働者階級・人民の意識の現実から出発するしかないのだ。われわれは、金解人委員長の《ところでもっと重要なことは、国際的連帯は自国の支配階級に対抗する闘争の力にもとづかなければならないということです。自国では何の力もないのに、言葉だけで「国際的連帯」を叫んでみても、それこそ本当に言葉だけの連帯になるほかないからです》という警句をわがこととして受け止める。言葉だけの連帯ではない、自国の支配階級に対抗する闘争の力にもとづく国際連帯をいかにしたら築けるだろうか?
その課題に挑んでいく糸口として、かつて、われわれの運動の先達・武井昭夫(一九二七年生。敗戦後のGHQ占領下で、反帝国主義、学園民主化、国際連帯をかかげて一九四八年に結成された全日本学生自治会総連合〔略称、全学連〕の初代中央執行委員長。第一次全学連は、徹底した運動の大衆的形成、民主制の貫徹・尊重、警世の鐘たるべき急進主義的行動、インタナショナルな視野の獲得とインタナショナリズムの実践――の四原則に立ったたたかいで、この時期、日本全国・全分野で吹き荒れたレッド・パージを唯一塞き止めた。)は、一九五七年の段階で次のような文章をわれわれに遺してくれている。武井の「戦後世代と戦争責任――われらの世代の自己解明のために」では「わが戦後世代はなぜこうしたみじめな十年をおくらねばならなかったのか。それは、一言でいうならば、わが世代が戦後の出発にあたって自己の戦争体験をどれほども究明することもできず、前世代の思潮をそれぞれお仕着せの思想としてうけとった安易さから起因した、とわたしは考えざるをえないのである。(略)戦後世代の戦争体験がどれほども解明されていないという、このことはなにを意味しているであろうか。(略)それは、すでに述べたように、自己のもっとも重要な時期の精神史を空白のままにした時代が、この十年の間、戦後の激動した社会的現実にどのように対決しえてきたのかの反省につながる問題であろう。(略)わたしたちは、いまこそ、わたしたちの青春がたどった十年間の戦争体験、十年間の戦後体験を、余すところなく反芻し分析しつくすことによって、今後のわたしたちの一致してすすむべき道を、わたしたちみずからの手であかあかと照らし出す操作にとりかかるべきではなかろうか。わたしたちの世代が老いて過去を回顧するみじめさに陥るのではなく、今日の若さで明日をきりひらくために、いまそれが決定的に必要とされているのである。もしこの時期を失して惰性的に明日におし流されてゆくなら、わたしたちは、ついにひき裂かれたままの世代として、絶えざる混迷のなかを彷徨し、はては次代のひとびとによって、厳しく戦後責任を追及される座にすわらねばならないであろう」(初出は『法政大学新聞』一九五七年二月十五日号、『武井昭夫批評集1 戦後文学とアヴァンギャルド 文学者の戦争責任』、未来社、一九七五年刊に所収)。また武井は次のような文章も遺してくれている。すなわち、「戦後民主主義の否定はどこにゆきつくか」で、かれは「こんにち、もし世代への固執になにかの意義があるとすれば、一つの世代を統一する論理と意識を形成しえたとき、それは全世代をつらぬく人民の統一の回復を準備するからにほかならない、とわたしは考えている。戦後世代、とりわけ第二次戦後世代にとって、世代統一の契機はなにか。わたしは、それを敗戦によって外から与えられ、戦後的平和のなかで育ってきた『民主主義』の人民的改造のたたかいにあると思う」(初出は『日本読書新聞』一九六〇年一月十八日号、前掲『武井昭夫批評集1』に所収)と。
ここには、武井みずからが属する戦前を知る戦後世代と、そのあとに続く第二次戦後世代の精神のありようが記されている。武井が鳥瞰しているように、「戦後世代の戦争体験がどれほども解明されていな」かった自覚にもとづき「わたしたちの青春がたどった十年間の戦争体験、十年間の戦後体験を、余すところなく反芻し分析しつくすことによって、今後のわたしたちの一致してすすむべき道を、わたしたちみずからの手であかあかと照らし出す操作にとりかかる」仕事と、そのあとにつづく第二次戦後世代が担うべき「敗戦によって外から与えられ、戦後的平和のなかで育ってきた『民主主義』の人民的改造のたたかい」に成功したのか? 結論から言えば、それは成功しなかった。そのことが、先にも記したように、第二次戦後世代のあとにつづく日韓条約世代が、日本軍国主義による朝鮮植民地支配に対する自国政府への責任追及の視点を確立できなかったところにあらわれているのである。このような、戦後世代から第二次戦後世代を経て日韓条約世代がたどった行程の延長上に、こんにちのわれわれがいる。そのわれわれをとりまく状況は、と言えば、まさしく武井が遺した文章にある「厳しく戦後責任を追及される座にすわら」されているのである。しかも、それは武井が記した「次代のひとびとによって」ではなく、まさしく侵略・植民地支配を受けた側の人民から追及されている。そして、武井が仮託した「次代のひとびと」は、いまだに被害者意識だけは肥大化させながら眠りこけたままなのである。
しかし、絶望ばかりではない。武井は後からやってくる世代に対して、ひとつの光明となる問題提起もしている。「こんにち、もし世代への固執になにかの意義があるとすれば、一つの世代を統一する論理と意識を形成しえたとき、それは全世代をつらぬく人民の統一の回復を準備するからにほかならない、とわたしは考えている」がそれだ。われわれはいま、「一つの世代を統一する論理と意識を形成している」といえるか? 答えは否だ。のんべんだらりと安倍政権に敗北しつづける現実の前に、歴史はただ死んだ昨日から今日、今日から明日への連なりでしかないようだ。こうした奴隷状態から、われわれは脱け出さなければならない。それを考える素材として、この武井の問題提起をとらえたい。
ロシアの革命的民主主義者の世代が、レーニンをはじめとするロシア十月社会主義革命を実行した世代を準備したように。東学農民蜂起の世代が、3・1朝鮮独立運動の世代を準備したように。

| 最後に |

日本では、今回の安倍政権による「輸出規制措置」という対韓報復攻撃は、①昨年の韓国大法院による戦時強制動員被害者=いわゆる徴用工裁判の判決に対する攻撃の側面と、②韓国経済を弱体化させて日本資本が韓国経済をのみ込もうとする侵略的側面、そして、③紆余曲折はあっても和平にむかってすすもうとする朝鮮半島情勢に対する牽制という三つの側面が指摘されている。
①では、韓国大法院が周到な準備のもとに出した判決なので、日本政府がどんな詭弁を弄してもこれを覆すことはできない。しかし、日本政府も戦後一貫して取ってきた朝鮮植民地支配の歴史に対する「正当・合法」の姿勢は崩さないだろう。しかもそれは、天皇制を支持する分厚い日本「国民」の朝鮮に対する宗主国意識の壁によって補強されている。したがってそれは、第一義的には日本の労働者階級と勤労人民が取り組まなければならない課題だ。労働社会科学研究所の金解人委員長の「他民族を抑圧する民族は自由ではありえない」という指摘を踏まえながら、敗戦後も日本人民のなかに根強くはびこる植民地宗主国意識と対決し、労働者階級の階級意識・歴史認識を鍛えていかなければならない。
②では、文在寅政権も対日対抗措置としての輸出規制措置と福島原発事故の汚染水問題などを来年の東京オリンピックを視野に入れて俎上に載せてきている。さらに、安倍政権の輸出規制措置に対抗して日本からの輸入に頼らない自前の先端素材生産に力を入れ始めている。こうしたなかで、挙国一致をはかる韓国政府の雇用労働部長官が民主労総に対してスト自制の要請を行なうなどの報道が出ている。韓国ナショナリズムに民主労総も巻き込もうとする動きだが、民主労総はこれに屈せず、ストライキを堅持してたたかう姿勢を示している。
韓国政府のGSOMIA終了の報を受けた民主労総は、八月二十二日当日、「韓日軍事情報保護協定破棄決定に対する民主労総の声明」を発表し、次のように日本労働者との連帯を訴えた。
《日本の安倍政権との軍事協定破棄を歓迎する。
今回の軍事協定破棄は、大法院の正当な強制徴用賠償判決に対して貿易規制措置で経済報復を行なった日本の安倍政権に対する糾弾であると同時に、光化門広場をぎっしりと埋めたキャンドルの成果である。
韓日軍事情報保護協定は、一七〇〇万のキャンドル市民と労働者の力で引きずり降ろした朴槿恵政権が拙速に処理した積弊中の積弊である。
身を切る寒さにもかかわらず、国政壟断勢力を懲らしめるために街頭に飛び出した労働者・民衆は、歴史の歪曲に加えて経済侵略と平和を脅かす日本の安倍政権を糾弾して、真夏の猛暑にもかかわらず、またキャンドルを手に取った。日帝の戦争犯罪と強制動員の歴史に対する謝罪、さらに社会のあちこちに根をはった親日積弊を清算するための峻厳な闘争であった。
状況がこのようであるにもかかわらず、資本は日本との〝経済戦争〟を口実にして、労働者の肩に柔軟労働制の拡大や化学物質規制法の緩和を云々しながら、犠牲を強要している。行く道はまだ遠く、積弊はわが社会のあちこちで毒キノコのようにはびこっている。親日・親米の事大主義に寄りかり、代を継いでわが社会のあらゆる富を吸いあげる財閥大企業がそうであり、これに寄生して勢力を伸ばした極右保守勢力とマスコミがそうだ。
しかし、われら労働者・民衆は敗北を知らない。国内の積弊政権を退陣させる歴史を越えて、東アジアの覇権を狙う日本の安倍政権に対しても同じだ。団結したキャンドル行進は、積弊残滓の徹底的な清算と完全な社会大改革のその日まで、決して歩みを止めないだろう。
民主労総はこの地の民衆だけではなく、日本の進歩的な労働者・市民とともに連帯して、安倍政権の歴史歪曲と平和への威嚇、労働者弾圧に対抗し、不退転の決意で連帯してたたかうだろう》と。
いっぽう日本では、八月六日、全国労働組合連絡協議会(全労協)が「安倍政権の韓国に対する輸出規制・『ホワイト国』除外に抗議し、日韓労働者・市民は連帯して暴挙阻止を闘う声明」を発表した。また長年、民主労総全北本部と交流をつづけている関西地方の日韓民主労働者連帯も八月二十一日に全北本部と共同で「日韓労働者の共同声明」を発表した。さらに民主労総のホームページによれば、八月二十二日から二十四日までの日程で民主労総と韓国労総の代表が訪日し、京都ウトロ地区の在日同胞を訪問した後、二〇一六年に京都・丹波のマンガン鉱山記念館に設置した「日帝強制徴用朝鮮人労働者像」の前で、日本人団体と在日同胞とともに追悼行事を開催したことが報じられている。さらに、二十四日には浮島丸沈没犠牲者合同追悼行事にも参加する予定であるとも報じられている。
毎年十一月に行なわれる民主労総主催の全国労働者大会に参加して励ましを受けた日本の労働組合や諸団体・個人は多い。また毎年五月一日に民主労総から連帯メッセージを受け取っている日比谷メーデー実行委員会もある。このような時にこそ、日韓労働者共同の声明を発表して、戦争責任・植民地支配責任に頬かむりし、朝鮮半島の和平を妨げる安倍政権に対して抗議の声をあげよう! さらに、日本政府の対韓報復攻撃を口実にした韓国政府・資本による包摂戦略に抱き込まれることなく、労働者階級の独自性を堅持してたたかう民主労総に激励の声を届けよう! それは日韓関係の資本主義的近代化の道ではない、労働者の国際主義の実践なのだ。
③では、八月五日から二十日まで米韓合同軍事演習「同盟19―2」が強行された。この朝鮮半島の和平にむけた動きに逆行する米韓合同軍事演習に朝鮮民主主義人民共和国は強く反発し、演習期間中に数次にわたる短距離飛翔体の発射実験を行ない、強い警告を発した。昨年からつづく北南・朝米の首脳会談での合意に背く危険な米韓合同軍事演習の戦争挑発策動に対して、日本では安倍政権による対韓報復措置の発動に目を奪われて、有効な抗議・糾弾の行動が取り組めなかった。
韓国内ではどうだったのだろうか?
朝鮮の「危機」を煽ることで支持率を維持してきた安倍政権が、対朝鮮「制裁」攻撃に加えて対韓報復措置に出ることで、朝鮮半島の和平にむけた動きに楔を打ち込もうとすることに、日・韓労働者は朝鮮労働者とともに全力をあげてたたかわなければならない。そしてアメリカ帝国主義を頂点に、朝鮮半島北半部を対象にした日米・韓米合同軍事演習が途切れることなく繰り返されていることにも、日・韓労働者は朝鮮労働者とともに全力をあげてたたかわなければならない。
「万国のプロレタリア団結せよ!」――一八四八年に『共産党宣言』を締めくくる最後の言葉に採用されて今日にいたるまでの一七〇年余、このスローガンはつねに労働者階級がすすむべきプロレタリア国際主義の道筋を照らし出してきた。それは、まさに自国帝国主義を打倒して社会主義革命にすすむ道である。だが、そのたたかいを組織すべき政治指導部の不在と、その道にすすむことを阻んで資本主義の枠内に留めようとする種々の反社会主義イデオロギー攻撃が、運動のなかに混迷をつくりだしている。
しかし、プロレタリア運動こそ、「圧倒的な多数者の利益のための圧倒的な多数者の自主的な運動」(『共産党宣言』)なのである。このことに確信をもって、自国の労働者階級の政治的・組織的成長に寄与するために、そしてその政治指導部を形成していくたたかいの一翼をそれぞれの地で担うために、活動家集団思想運動と労働社会科学研究所は協働して、日本と韓国の労働者のなかで活動をつづけていこう!
否定すべきわれらの敵は二つにして一つ! プロレタリア国際主義を断固おしつらぬいて日・韓労働者は朝鮮労働者とともに団結してたたかいに立ち上がろう!
(『思想運動』1044号 2019年9月1日号)

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最近軋轢を増す韓日間の緊張に際して
プロレタリア国際主義のために

金解人〈キムヘイン〉(韓国・労働社会科学研究所編集出版委員長)

ここに掲載するのは、韓国の労働社会科学研究所(蔡萬洙所長)が発行する機関誌『情勢と労働』第一五三号(二〇一九年七・八月合併号)の巻頭言として掲載された金解人・労働社会科学研究所編集出版委員長の文の後半部分である。本紙一~三面に掲載した土松克典の論稿は、この文に触発されて執筆されたものである。中見出しは編集部。【編集部】

韓・日間の葛藤状態がつづいています。日本政府の輸出規制に対抗して、韓国では日本商品の不買運動が広がり、連日、日本糾弾の記者会見や集会が開催されるなど、反日感情が高まっています。
安倍政権が韓国に対する輸出規制措置をとった理由は、資本間の競争において、成長する韓国資本に一定の打撃を与えるためでもあるでしょうが、緊密に連結している世界資本主義体制において、とくに韓―日間の経済関係において、これは結局、自国の資本にも打撃がおよぶほかないことなので、根本的な理由にはなりません。
より根本的な理由としては、消費税率引き上げ、年金問題、米―日貿易交渉などによって生じざるを得ない国内の不満を外部にむけさせようとする意図、韓(朝鮮)半島問題により積極的に介入するテコに活用しようとする意図、さらには改憲推進のために韓国を外部の敵、脅威と見えるようにしようとする意図などが指摘されています。つまり、外部に敵を設定して、内部を団結させようとする意図です。そうした意図のとおり、最近日本の各種世論調査では、〝韓国輸出規制〟に対する肯定的回答が五〇%以上出てきている状況です。
韓国大衆の大々的な反発は、それを拡大しようとする政権の意図と、連日葛藤状況を報道するマスメディア、インターネット空間をつうじた拡散などの影響も大きいけれど、その基底には清算されない親日問題、植民地支配に対する日本の心からの謝罪と賠償問題があります。すなわち、潜在してきた民族感情が爆発したのです。これに加えて、韓国経済の成長により、その民族感情が以前とは違ったレベルで現われているという考えです。こうした状況にともなって、文在寅政権と政権与党に対する支持もやはり高まってきています。

労働者階級の視点に立つ異なった見方

大衆が潜在する民族感情に刺激を受けて行動すること、それ自体では何ということもないのですが、意識ある労働者階級ならば、この問題を少し違った方向で見てみる必要があると考えます。
第一に、人びとは「日本の心ある反省と謝罪、賠償を要求」して、かれらの「軍国主義・帝国主義を糾弾する」と言います。ところで、ソ連と中国に対抗するために、日本の帝国主義侵略に対して免罪符をあたえ、かれらを同盟国にするサンフランシスコ体制をつくったのは誰ですか? 日本をインド―太平洋戦略の主要軸にして、この地域で、さらには世界のいたるところで、かれらの軍事的役割を強化しているのは誰ですか? まさにアメリカ帝国主義です。そして韓国もまた〝韓―米―日同盟〟という名のもとに、日本といっしょになってアメリカ帝国主義の下位パートナーとして機能しているのではないですか?
したがって、わたしたちはこの機会に、誰が「日本の心ある反省と謝罪、賠償」を妨げてきて、かれらの「軍事力増強および役割強化」の背景になったのかを、もう一度宣伝する必要があります。そしてそれはアメリカ帝国主義だけではなく、その下位パートナーとして〝韓―米―日同盟〟の一翼を担っている韓国政府もまた行動をともにしてきたという点を明確にしなければなりません。
第二に、「日本の心ある反省と謝罪、賠償を要求」して、「軍国主義・帝国主義を糾弾する」とすれば、わたしたちは韓国政府にも痛恨の反省と謝罪、賠償を要求しなければなりません。韓国は〝自由陣営守護〟という美名のもとに、アメリカ帝国主義のベトナム戦争における虐殺に加担し、アメリカ帝国主義と韓国資本の利益のために、イラク戦争にも行動をともにしました。韓国政府は帝国主義の侵略戦争に参加したこと、戦争で無辜の人民たちを虐殺したことに対して謝罪し賠償しなければなりません。
そして、このような帝国主義戦争だけではなく、東南アジアなど海外に進出した韓国資本は、その国の労働者たちを苛酷に搾取しています。いや、かれら政権と資本は、自国民であるわたしたちまで日々抑圧し搾取しています。資本の利益のために労働者たちは毎日死んでいき、アメリカ帝国主義の利益のために大秋里と江亭村は戦場になりました。そしていま、かれらは韶成里住民たちを踏みにじり、サード基地工事をふたたび強行しようと脅しをかけています。(*)
「日本の心ある反省と謝罪、賠償を要求」して、「軍国主義・帝国主義を糾弾する」とするなら、わたしたちは同じ姿をした韓国政府にも同じ要求を、同じ糾弾を行なおうと主張しなければなりません。
第三に、ところでどんな資本主義(帝国主義)国家も過去の植民地支配と侵略戦争に対して、「心ある反省と謝罪、賠償」を行なった例はありません。ユダヤ人虐殺とヨーロッパ諸国に対する侵略を謝罪したというドイツもまた、世界金融資本におけるユダヤ民族出身大資本家たちと権力者たちの影響力のために、そして同じヨーロッパ諸国に対してのみ謝罪しただけであって、アフリカなどの植民地でかれらがほしいままに行なった虐殺と搾取に対しては一切の反省と謝罪、賠償も行なったことがありません。アメリカ合衆国は言うまでもなく、イギリス、フランス、イタリア、ベルギーなどすべての国家がそうです。かれらが過去、植民地に一定額を与えたとすれば、それは謝罪の意味、賠償の意味ではなく、経済支援などを名目にして、その地域で自分たちの政治的・経済的影響力を維持するためにのみ行なったのでした。
以上のように見る時、現在の日本政府が朝鮮の植民地支配に対して「心ある反省と謝罪、賠償」をするはずがありません。むしろ日本は、自国民の抵抗がないならば、アメリカ帝国主義のインド―太平洋戦略とともに、よりいっそう軍事力を強化する道に、帝国主義の道に進むでしょう。
そしてアメリカ帝国主義の新植民地体制下にある韓国政府もまた、日本政府に謝罪と賠償を要求できる立場ではありません。ただし、発展した経済力に見合う程度に韓―米―日同盟の関係を少しは調整してもらうように要求することはあり、他の見方をすれば、こんにちの葛藤もこうした一定の調整の過程であるのかも知れません。
アメリカ帝国主義を背景にして、韓国と日本の資本家支配階級は自国の労働者・勤労人民大衆を抑圧・搾取しています。現在の方向のまま、日本支配階級の外にむかう力がますます強くなれば、その力は同時に内にむかって作用するということを日本の労働者・勤労人民大衆は肝に銘じなければなりません。またかつての日本の侵略戦争は、植民地の人民ばかりか、自分たちにも途方もない苦痛をあたえたという事実を忘れてはなりません。そして、いまでもアメリカ帝国主義は、たんに駐日米軍問題だけではなく、多方面から日本の支配階級を支持・強化して、自分たちに苦痛をあたえているということもまた認識しなければなりません。したがって日本の労働者・勤労人民大衆は、日本の軍備拡張と軍事的影響力の強化、改憲に反対し、さらには帝国主義米―日同盟解体を主張しなければならないでしょう。
これはアメリカ合衆国の労働者・人民大衆にも同じく言えることです。世界人民を抑圧するアメリカ帝国主義の巨大な力は、かれらを懐柔・包摂するのと同時に、監視・抑圧・搾取する強力な力として作用しながら、かれらの政治的覚醒と成長を押さえ込んでいます。アメリカ合衆国の労働者・勤労人民大衆は、「他民族を抑圧して支配する限り、その民族の労働者階級は解放されない」という事実を肝に銘じなければなりません。
このように韓・米・日の労働者・人民大衆は、アメリカ帝国主義に対抗しなければならない共通の課題があります。そして、ここから韓・米・日労働者・勤労人民大衆の国際的連帯という重要な問題が導き出されます。

問題解決のために真に必要なことは

ところでもっと重要なことは、国際的連帯は自国の支配階級に対抗する闘争の力にもとづかなければならないということです。自国では何の力もないのに、言葉だけで「国際的連帯」を叫んでみても、それこそ本当に言葉だけの連帯になるほかないからです。
そのような点で、韓国の労働者階級も政治的・組織的・理念的によりいっそう成長しなければなりませんが、日本とアメリカ合衆国の労働者階級の成長も切実に要請されると思います。そしてこのためにも、韓国の労働者階級が反帝・反資本主義の旗じるしを高く上げて威力ある闘争を展開しながら、日本とアメリカ合衆国の労働者階級に影響をおよぼし得るようにしなければなりません。日本とアメリカ合衆国の労働者階級の成長と自国支配階級に対抗した闘争は、アメリカ帝国主義の新植民地である韓国において、労働者階級解放のとても重要な条件であるからです。
もう締めくくることにしましょう。こんにちのように韓・日葛藤が高まる状況において、わたしたちは何をしなければならないでしょうか? こんにちのように〝韓―米―日の帝国主義同盟〟が維持される限り、〝日本政府の心ある反省と謝罪、賠償〟は不可能だということを、〝日本の軍事力と軍事的影響力の強化〟は避けられないということを、よりいっそう宣伝しなければなりません。
またこの問題は、自国民と他国民を抑圧・搾取している〝資本主義の日本政府〟が心ある謝罪をすることができることでもなく、そのような〝資本主義の韓国政府〟が謝罪を受ける資格もない、そのような問題です。したがって韓・日間の民族問題は、両国ともに支配階級に抑圧・搾取された労働者・勤労人民大衆が主人になる世の中、すなわち両国がともに社会主義社会になるとき、日本人民は心より謝罪でき、韓国人民は本当に許すことができるようになって、解決されることができる問題であるのです。わたしたちはこの点をよりいっそう宣伝しなければなりません。
そして古くは三国時代・高麗時代の倭寇から朝鮮時代の壬辰乱を経て、近くは日本帝国主義の植民地支配に由来した韓・日間の民族問題は、このような歴史にもとづいて、両国の支配階級が自分たちの利益のために絶えず再生産しているものなのです。
もちろん現在、韓国でも移住労働者たちを自分たちより下に見て差別する労働者たちがいるように、日帝強制占領期の日本労働者・人民たちのなかにも朝鮮人を見下し差別した人びとがいたことも(〝文明―未開〟という当時のイデオロギーを考えてみれば、そのような人びとが多かったことも)、植民地朝鮮の労働者・勤労人民たちの生活が平均的に見れば、日本の労働者・勤労人民たちの生活よりさらに窮乏したことも事実でしょう。しかし日本の労働者・勤労人民大衆もまた、かれらの支配階級に搾取され、戦争と徴用に動員されました。日帝に媚びた朝鮮人支配階級は、日本人支配階級と同じように日本人と朝鮮人を搾取しました。
わたしたちはこの点もまた明確にしなければなりません。加害者は日本人で、被害者は朝鮮人であるのではなく、加害者は支配階級で、被害者は日本人であれ朝鮮人であれ、労働者・人民大衆であったということなのです。そして、こんにちでもかれら資本家支配階級は、両国人民の民族感情を利用しているけれど、かれらすべては帝国主義同盟にもとづいた搾取階級で、両国の労働者・人民大衆はかれらに搾取されているのです。「労働者は一つだ。万国のプロレタリア、団結せよ!」というスローガンを声を張りあげ叫びましょう。
最後にわたしたちは、労働者国際主義は各国の支配階級に対抗した各国労働者たちの闘争力量にもとづくということを肝に銘じ、民族感情・民族主義に便乗するのではなく、アメリカ帝国主義と政権、資本家階級に対抗する当面の闘争をさらに強化して、そのなかで階級意識を高揚させていきながら、これを土台に韓国労働者階級の政治的・組織的成長を成し遂げていかなければならないでしょう。
韓・日人民が新しい世の中で、抑圧と搾取がなく、差別と葛藤がなく、友愛に満ちて過ごすこと、これが先に逝かれた日帝性奴隷・強制徴用被害者の方がたが本当に望むことでしょう。
二〇一九年七月三十一日
(韓国・労働社会科学研究所発行『情勢と労働』第一五三号・二〇一九年七・八月より)
【翻訳=土松克典】
(*)大秋里は龍山米軍基地の米兵移転のため、江亭は済州島の海軍基地建設のため、韶成里はTHAAD(弾道弾迎撃ミサイルシステム)設置のため、いずれも地元住民の反対を暴力的に押し込め土地を強制的に奪って建設工事を強行した。

(『思想運動』1044号 2019年9月1日号)