労働者通信 息子の社会科教科書に見る天皇カルト教育の現状
科学をわれわれの闘争の武器に
小学六年生になった息子が「社会科」の宿題をやっていた。実は提出期限は一〇連休空けなので、すでに二週間以上も過ぎていることがばれてわたしに怒られたのである。
かれの傍らに社会の副教材が広げてある。派手な色調で、コンビニの週刊誌コーナーにありそうだ。その副教材を何気なく手に取ってみると、表紙には「社会科資料集6年」とある、大きさはA4版。表紙には絵が三枚使ってあり浮世絵が一枚。輿を担いだ武士など大行列が江戸城(今の皇居)のような所に入っていく物々しい場面である。もしやと思い表紙絵の解説を探して読んでギクッとした。『江戸城入城「東京御着輦」』という絵で「明治天皇が江戸城に入る様子」だという。しかもわざわざ「二〇一九年、天皇陛下が退位し、新しい天皇陛下に代わります」(傍点は筆者)と書いてある。
デカデカと天皇の親子の写真が
さらに、表紙を一枚めくってみて目眩がした。天皇とその息子(二〇一八年一月時点)が並んで手を振っている写真がデカデカとページの上半分(教科書に載るその他の人物写真としてはけた違いの大きさ)も割いている(別掲)。
そして六〇ポイントはあろうかと思われる大見出しで「わたしたちのくらしと天皇」左上には「巻頭特集 池上彰先生が徹底解説」、写真の両人には「皇太子殿下4」(傍点は筆者)と「天皇陛下4」とキャプションが入り、下半分には「退位」「即位」「皇室典範特例法の解説」の説明が書かれている。まるで、右翼週刊誌で見たことがあるようなレイアウトだ。
目眩を押さえながらさらにページをめくると「天皇の退位・即位によって変わること」のタイトル。「祝日」「元号」「称号」「国事行為」の解説、「新しい元号を下の□(空欄)に書こう!」とウサギのキャラクターからの吹き出しと空白の色紙を持った背広姿のおじさんの絵。さらに次項にはA3版横折込ページで「もっと知りたい! 天皇の仕事」の大見出し。「園遊会」、「国際親善活動」、「式典などへの参加」、被災地や施設の訪問、それぞれに写真が多用されていて「熊本地震 被災地をご訪問」、「魚市場のご視察」のキャプション。
「即位することについての皇太子殿下の思い」の囲み記事、「皇太子殿下は象徴天皇としての在り方について…という思いを抱かれています。…(二〇一八年二月の会見のお言葉より)」。その横には「ニュースで見たことがあるよ。天皇陛下にはげましてもらった人々は、どのような気持ちだったのかな。」と小学生のキャラクターからの吹き出しと「日本の国や国民の『象徴』としての在り方や、『天皇』の存在について、自分なりに考えてみよう。」と教師らしいキャラクターからの吹き出し。
まるで、天皇カルト教の宣伝チラシである。しかも、これまで教科書には見たことのなかった「敬語・敬称」の多様。明らかに特別扱いを小学生にすり込もうとの意図に満ちている。平等原則、つまり依怙贔屓をしないという学校教育の原則のなかにあって、ここまであからさまに「特別扱い」の存在を宣伝する矛盾。「検定」という検閲が入る教科書に比べて、「資料集」は各学校で選べ、いくらか自由度が高いはずだから教科書よりましな内容だという印象をもっていたがここまで逆行しているのは予想外だった。
出版社には「株式会社 文溪堂」とある。「新しい歴史教科書をつくる会」と直結する育鵬社や自由社は知っていたが、聞いたことがない。今やこれが一般的な「資料集」なのだろうか? 調べる必要がある。
天皇の戦争責任には一切触れず
どのような経過をたどってこのような天皇カルト教宣伝チラシを小学生の授業で使うようにされたかはわからないが、いずれにせよ日本の支配階級が天皇カルトにしがみ着く必死さを感じると同時に、われわれ日本の労働者階級がまごついている間に、とうとうこんな状況にまで来てしまったのかと驚愕と反省をせざるを得ない。
特集最後は「教えて! 池上彰先生!!」の解説ページ。
「…大統領も国王も女王も国家元首と言って、国のトップです。…天皇は憲法に『国民統合の象徴』と書かれていて、国家元首とは書かれていません。でも、世界の国々からは国家元首としての扱いを受けています。」と自民党の主張する天皇の国家元首化にもすり寄る。また「…明治維新後は、天皇をトップにした国がつくられました。しかし、第二次世界大戦後、天皇は政治的なことをしないと憲法に明記されました。…でも、国民が一つにまとまる中心として、天皇が存在することは続きました。」そして新しい天皇に代わることを強調している。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し」と憲法に書かざるを得ないような国家的残虐行為の歴史の中心に天皇制があった重要史実にまったく触れることすらない。
まずはこれを選んだ息子の小学校と出版社に問い合わせる必要がある。「学習指導要領」には「日本国憲法に定める天皇の国事に関する行為など児童に理解しやすい具体的な事項を取り上げ、歴史に関する学習との関連も図りながら、天皇についての理解と敬愛の念を深めるようにすること」とあるが、との言いわけをするかもしれないが、明らかに行き過ぎである。
そして最後に「池上彰先生からみんなへのメッセージ」で「…じつは報道されないところでの仕事も多いのです。その仕事とは、『祈ること』。天皇は、国民の幸せを願って祈ることが大事な仕事なのです。…2019年5月からは、新しい天皇がその仕事を引き継ぎます」と特集タイトルにある「天皇とわたしたちのくらし」をまとめている。「科学」を教えなければならない学校教育において「祈ること」がもっぱらの仕事である存在を「国民の総意」であると教えるという、これ以上の矛盾はない。「宗教は信じるところからはじまり、科学は疑うところからはじまる」と言うが、人を真実から背かせペテンにかけるにはどうしても宗教が必要になってくる。
われわれ労働者階級は真の意味で科学をわれわれの武器として研ぐ必要があると考えざるを得なかった。【藤原 晃】
(『思想運動』1041号 2019年6月1日号)
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