労働者通信 誤算だらけの定年後就活 ㊦
外国人労働者受入れの狭間で戸惑いながら


 シニア就活を続ける中で、公表された平均の求人倍率を鵜呑みにしてはいけないし、業種によってかなり大きな求人倍率の差がある上、シニアには、見えざる年齢制限の壁もある、などの教訓を得た。しかし有効求人倍率が三・六倍となっている介護サービスの業種であれば、これまでの職業経験の中で、若い時に介護の仕事をしていたこともあるので、応募してみることにした。

介護スクールで

 最初に面接に行った特別養護老人ホームでは、経験にブランクがあることを指摘され、採用された場合の個人的な資格研修の受講を勧められたりした。やはり経験があると言ってもかなりの年数が経過していることや、資格も取得していなかったことを考慮させられ、ハローワークで、教育訓練給付制度も利用して就活中に介護スクールに通って初任者研修を受講することにした。六〇歳を過ぎてから初級資格取得のために学校に通うのは気が重かった。
 介護スクールに通ってみると、わたしのクラスでは半数以上が男性で、年配者もいた。授業で知ったことは、わたしが過去に職業体験として行なっていた介護は、いわゆる基本的な「三大介護(排泄・入浴・食事の介助)」が主なものだったが、現在では、介護保険制度のもと、要介護者が尊厳を持って、自立した生活を営めるようにサービスを給付することが目的となっていて、仕事内容も多岐にわたって変化しており、自分の過去の職業体験では現代にあまり通用しなくなっていることを知らされた。
 介護スクールでは、外国人の研修クラスもあった。研修テキストは、すべての漢字に読み仮名が振ってあったが、外国人研修にも使用するためらしい。外国人では、日本語を話すことは比較的短期間でできても介護記録などを書くのはさぞや大変なことだろうと慮っていたら、現在は介護現場にもIT化が浸透していて、タブレットPCに母国語で入力すると日本語に変換してくれるので記録作業もそれほど問題なくこなすことができるそうだ。介護事業者の求人票に、「外国人の方も歓迎」と書いてあるので、採用のハードルが低いのかと思っていたのは間違いだった。言葉の壁もIT化によって越えられるようになると、わたしのように六〇歳を超えて肉体的に衰えた日本人労働者より、若くて体力もある外国人労働者の採用が優先されるのではないかという不安がよぎった。

競合でなく連帯

 政府が出入国管理法「改正」によって受け入れを発表した外国人労働者の数の中で、もっとも受け入れ人数が多いのは「介護」分野の約六万人(五年間)でその数は、外食産業や建設業よりも多かった。報道の中には、「受入範囲の拡大は、国内の女性・高齢者・障害者等の就業機会を減少させる恐れがある」という記事もあったが、まさか自分が雇用を脅かされる女性・高齢者に該当していることに気付きもしないで相当に迂闊だった。
 外国人労働者受け入れに関して、山下法相は、「日本人の雇用に影響しないような制度設計にする」と述べていたが、その後政府は、介護分野の技能実習生の日本語要件を緩和する方針を固めたりして、より外国人労働者のハードルを低くしている。外国人労働者受け入れの対象としている職種は、人手不足で労働がきつい・汚い・低賃金といって日本人が敬遠している分野が多いというが、わたしのように、スキルに乏しく高齢に近づいて、希望の多い職種では年齢の壁に阻まれてしまうため、敬遠される職種でも選ばざるを得なくなった者にとっては、やはり外国人労働者と競合する時代になって来るのではないかと心配だ。
 介護サービス事業は、成長産業と言われているが、新規参入が相次いで競争が激化、淘汰が加速し、倒産が増えているというニュースも聞かれる。社会福祉基礎構造改革や介護保険制度の導入で、「措置から契約へ」という転換が行なわれ、行政権限ではなく利用者が自由に介護サービスを選択できるようになったので介護といえども競争原理に晒されるようになった。介護現場の人手不足の原因である「低賃金」を解消するより先に手っ取り早い方法として低賃金で働く外国人労働者を受け入れようとしている気がする。「グローバル化」とか「労働市場の開放」ということが、直接自分の身に降りかかってきていることを肌で感じた。急激な少子高齢化への対応として、外国人労働者の受け入れは止むを得ないという意見が多数のように思われた。
 しかし、国会で、入管法「改正」の審議をしていた時、ニュースを見聞きしていた人たちは、もし自分が年老いて介護される立場になったとき、外国人の介護労働者に排泄や入浴・食事の介助・薬を飲ませてもらうなどの可能性があることを想像してみただろうか? 外国人労働者に安心して自分の命を預けられるような信頼関係を築いていく覚悟があるのだろうか? 外国人実習生が多数死亡したり失踪したりしており、人権侵害問題など非常にたくさんある課題に目を閉じたまま十分な論議もされず外国人労働者の受け入れが強行されたと思う。六〇歳を過ぎて、厳しい就活事情に喘ぎながらも、外国人労働者を「競合」相手としてでなく、同じ労働者として連帯して権利を守る努力を今からでもしていく必要性を実感している。【田口ケイ】

(『思想運動』1039号 2019年4月1日号