現地ルポ 辺野古の海上座り込みに参加
一分一秒でも工事を止める闘い


 『思想運動』一月一日号の目取真俊さんのエッセイ「あなたらならどうする」に背中を押され一月三十日から二月三日、辺野古海上座り込みに参加した。五日間海へ出ることができた。
 N4護岸とK9護岸と安 和港の三か所で抗議活動をした。
 沖縄防衛局は、台風の影響で本部港が使用できないので土砂の搬入を名護市安和の琉球セメント会社の桟橋に変更した。
 大浦湾で軟弱地盤の深さが海面から九〇メートル(水深三〇メートル・地盤六〇メートル)に及んでいることが新たに分かった。地盤改良工事に使う砂杭は船を使って海上から海底に打ち込む。杭はこれまでの想定では、六万三一五五本であったが、それに加え浅瀬でも打ち込むため、計七万六六九九本に増える。国内では作業船が地盤改良のために砂杭を打ち込める深さは七〇メートルが限度で、現時点で国内の船で九〇メートルまで打ち込むことは事実上不可能(二月九日付『沖縄タイムス』より)。その大浦湾側辺野古岬から長島方向に新たな護岸N4建設の工事が着工された。全長一三五メートルでその先のK8護岸・全長五一五メートルが完成すると、現在のK9護岸と同様に桟橋として使用でき、埋め立て工事を加速させることができる。
 一月三十日(水)、安和港では、ダンプが運んで来た土砂をベルトコンベアーで琉球セメント桟橋に接岸された運搬船に搬入、満載にした後、大浦湾K9護岸へ向け出港する、という作業がつづけられていた。この日、毎日安和で座り込みを続けている山城博治さんら一〇〇名ほどが「安和水曜大行動」を行ない、土砂を積んだダンプを止める行動を展開した。車による減速走行闘争も行なわれダンプの出入りを遅らせていた。カヌー隊一五名は運搬船に土砂を積みこむ待ち時間帯に陸の行動に合流した。
 午後一時海に入る。運搬船を出港させないためカヌー一五挺、抗議船一隻、ボート一隻が運搬船を取り囲み抗議した。安和の海はエメラルド色で美しい、桟橋をくぐってみたら、橋げたには小さなサンゴがきくらげのように生まれていてとてもかわいらしかった。運搬船出港間際に緊張が走った。桟橋の杭にカヌーを縄で結びつけたり、できるだけ長い時間運搬船のまわりに居ることで出港させない戦術をとったが、多勢に無勢でカヌー隊のメンバーは次々に拘束されていった。
 一月三十一日(木)、新着工されたN4へ抗議船で向かう。ダンプが切れ目なく走り、砕石を投入していた。工事のスピードは想像を絶するほど速い。カヌーに乗り移り、フロートを乗り越え工事現場へ到達すれば工事を止めることができる。大浦湾の波はいつも荒い。青年のカヌーが海保の追跡から逃げきり一時間ほど工事を止めた。わたしはフロートにまたがることもできなかったが、この青年のような果敢にアタックできるカヌーにフロートの外側のゆっくり隊の一挺が加わることで海保の力を分散させることができる。弱い力でも存在は大きい。
 二月一日(金)、ゲート前では午前、昼、午後と一日三回三〇〇台ほどのダンプによる土砂の搬入がある。シュワブテント村では昼の搬入をひかえて集会を開いていた。座り込みは三〇名ほどだ。この日、安和港の波が高く午後は作業中止となり、山城博治さんや午前中抗議船で同乗した早稲田大学の学生一五名ほどと東京弁護士会の沖縄部会から七名が座り込みに加わった。ダンプがやって来た。ゲート前から国道三二九号線上に一〇〇台からのダンプが連なる様が想像できるだろうか。生活手段である路線バスは渋滞のため路線の変更を余儀なくされた。機動隊によるごぼう抜きは一五分足らずで終わり、N4に向け砕石が次々と運ばれていった。
 二月二日(土)、K9護岸へ瀬嵩の浜から繰り出す。安和から運んだ赤土を含んだ土砂を運搬船からランプウェイ台船に積み替え、K9護岸に接岸した台船からダンプに土砂を陸揚げし辺野古岬近くの埋め立て区域②―1へと運ぶ作業が続いていた。ダンプの運搬作業は、N4と同様に超スピードで行なわれていた。ここのフロートは越えやすいので何度も試みた。「いざ! 運搬船の進路を阻むぞ」と意気込むが残念ながら今度もフロートを越えることはできなかった。
 土曜日はカヌー集中抗議日で一五挺が参加した。地元「カメ・カメ」の手作り弁当も届く、地場野菜が詰まった力の湧く弁当だ。「カメ・カメ」とは朝鮮や沖縄の貧しい民衆が人をもてなす言葉「食べろ・食べろ」の意。
 海の闘いは地道だ。工事を止めるため何時間も待機し行動は一瞬の場合もある。海保に捕まれば行動不能となり解放されるまで長時間拘束される。カヌーの責任者である金治明さんから命どぅ宝の反基地闘争で事故を発生させてはならないことを肝に銘じる話を聞いた。安全が第一であるという事例だ。「安和港の桟橋に体を縄で結びつける行動を行なった。縄が解けないので海保がナイフを取り出してきたことは問題だ。しかし自分で解除できない行為は危険につながる。海の満干潮は急であり、カヌーが結びつけられたまま潮が引きカヌーが宙吊りになったこともある」等々。
 今回の安和の海保はハサミを使ってきた。カヌーメンバーが「自分で解くから手を出すな」と押し問答をする場面もあった。こういう形で海保と争い少しでも運搬船の出港を引きのばさせるカヌーメンバーは強したたかで逞しいと感じた。
 金さんは二〇年ほど前から辺野古の運動と結びつき現在は名護市でリサイクルショップ・ジュゴンの海を営んでいる。沖縄戦と朝鮮人強制連行を記録する会代表者でもある。名護市長選や県知事選、今回の県民投票でも事務所を構え、運動を盛りあげている、信望厚い人だ。「辺野古ブルー無料日曜カヌー教室」ではたくさんの乗り手を育てて信頼されている。わたしもそのひとりだ。だれでもカヌーに乗れるという言葉に誘われ、六五歳から始めた。泳げないわたしですら乗れるのだから、ぜひカヌーへの挑戦を薦める。ゆっくり隊でいっしょに海での座り込みをしましょう。【大館まゆみ】

(『思想運動』1038号 2019年3月1日号