キューバはブラジル医療協力継続を断念
医療活動を社会主義的価値観で推進
ブラジルのジャイル‐ボルソナロ次期大統領は大統領選挙期間中にキューバとの外交関係見直しの必要を述べていたが、十一月二日ブラジル日刊紙『コヘイオ・ブラジリエンセ』のインタビューで、キューバからの医師受け入れ事業について「『キューバの独裁者』が医師の給料の七五%を搾取し、家族の同伴を許していない。人権侵害にあたる。
このような国と外交関係を維持できるだろうか」と述べ、キューバとの外交関係の見直しを示唆した。
このキューバからブラジルへの医師派遣事業は、「モア・ドクター(マイス・メディコス、より多くの医師を)」協力プログラムで、キューバ政府とブラジル政府、汎米保健機構の三者が共同し実施してきている。
汎米保健機構は世界保健機構(WHO)のアメリカ地域事務局であるが、「南米大陸住民の健康と生活を守る」目的で活動し、WHO本部設立より四〇年以上前の一九〇二年結成でそれ以後活動を継続している。
ボルソナロはキューバ政府、汎米保健機構をいっさい無視し、〈モア・ドクター〉協力プログラムの契約を、キューバ医師の学位再検証の実施と個人契約に変更し実施すると繰り返し宣言した。
十一月十四日キューバ保健省は声明で〈モア・ドクター〉協力プログラムからの撤退を発表し、ブラジル保健省および汎米保健機構にその旨通知したことを明らかにした。
六割の自治体が悲惨な状況に陥る
ブラジル国内およびラテンアメリカ、そして世界でボルソナロ非難の声が上がるなか、十一月十五日ブラジル全国自治体保健部事務局とブラジル市長全国会議の共同声明が発表された。
共同声明はボルソナロを強く非難し、〈モア・ドクター〉協力プログラムの現契約条項の厳守を要求し次のように述べた。
「キューバの医師たち八五〇〇人がブラジルからいなくなれば、二九〇〇万人の人びとの医療支援が皆無となる。ブラジル全土の五五七〇自治体のうち三二二八自治体では〈モア・ドクター〉の医師のみが医療業務に従事している。そして、その半数以上がキューバの医師たちである。先住民の医療の九〇%はキューバの医師たちが担当している。キューバ医師団がブラジルから撤退すれば、三二四三自治体(全国の自治体の約六〇%)で医療体制が崩壊し悲惨な状況となる」。
なお、二億一〇〇〇万人が居住するブラジル連邦共和国は二六州と首都特別区からなり、各州の下に全土で五五七〇自治体(基礎行政区)があるが、その約半分が人口一万人未満で、九〇%以上が人口五万人未満の小さな自治体である。
〈モア・ドクター〉協力プログラムは、二〇一三年八月、ジルマ‐ルセフ労働党政権下でキューバが軸になり社会主義的価値観に基づいて開始された。プログラムの重点は、より多くの医師をブラジルに招聘することではなく、国の貧しく辺ぴな地域に医師を配置することであった。
キューバの参加は、汎米保健機構を通じて行なわれた。その意図は、キューバの医師たちでカバーできない部分をブラジルの医師や他の諸外国の医師が分担していくようにするためである。
発足時、キューバ保健省は「キューバ医師団の任務は、極度に貧困な地域、リオデジャネイロやサンパウロ、サルバドールの貧困街やアマゾン地方などにある三四の特別先住民地区での医療業務である」と宣言した。
キューバ医師団の輝かしい貢献について、二〇一五年キューバで開催された国際保健会議で、ブラジルのアーサー‐チロ保健相は次のように実状を報告し感謝した。
「ブラジルは五〇〇年の歴史で初めてすべての先住民村落に医師がいる。これまで八〇万人の先住民たちには医療保障がなかった。〈モア・ドクター〉は、半ば不毛な地や辺ぴな地、大都市郊外の貧民街に医療をもたらした。サンパウロ郊外の数万人の住民たちに医者はいなかった」。
連帯に忠実であることと人間の尊厳
二〇一六年議会クーデターでルセフ大統領が弾劾されテメル政権となった。その際、〈モア・ドクター〉継続が問題となったが、全国の自治体からの強い継続要請を受け、三者協議で、キューバからの派遣人員を一万一四〇〇人から八五〇〇人に減らすことで合意し継続した経緯がある。
十一月十四日のキューバ保健省声明は活動の実状を「この五年間で二万人以上のキューバの医師たちが三六〇〇以上の自治体で一億一三三六万人の患者の治療を行なった。キューバの医師たちは六〇〇〇万人の人びとの健康を保障した。一時期は〈モア・ドクター〉の八〇%以上がキューバの医師であった。七〇〇以上の自治体に初めて医師が駐在した」と明らかにしている。
そして、医師の給料の七五%がキューバ政府に支払われているとのボルソナロのコメントについて「現在、六七か国でキューバの医師たちは任務についている。キューバ政府は国際的連帯活動として、これまで五五年間で一六四か国に六〇万人の医師と四〇万人の医療関係者を派遣してきた。それらのミッションでの経費はすべてキューバ政府が負担してきた。また、われわれの連帯と国際主義的任務として、一三八か国から三万五六一三人を受け入れ無償で医療教育を行なってきている」と指摘し反論した。
キューバの医療ミッションは、アフリカでのエボラ出血熱、ラテンアメリカとカリブ海諸国での失明、ハイチでのコレラとの闘いをリードし、各地での大災害や伝染病発生時の緊急医療部隊として国際的に知られている。
先日、駐日キューバ大使館で行なわれた歓迎会でバラゲル・キューバ共産党国際局長は「現在、二万人が医療団としてアフリカなどに派遣されている。かつてキューバが困難な状況にあった時にアフリカなどの人びとから受けた恩を返すとの思いがあるからだ。連帯に忠実であるとき、人間の尊厳はさらに大きくなる。キューバは連帯の原則を捨てることはない」と断言した(『思想運動』十月一日号)。
ミッションを遂行しているキューバの医師たちの帰国は始まり十二月中旬までに完了する予定である。
キューバと異なり労働者に対する基本的な生活補償のないブラジルでは、そして資本主義的価値観からは、交通の便の悪い貧しい地域での医療業務に従事しようとする医師は出てこない。社会主義的価値観に基づき連帯を忠実に守り実行されたキューバの〈モア・ドクター〉協力はまさしく人間の尊厳をさらに大きくする。 【沖江和博】
(『思想運動』1034号 2018年12月1日号)
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