アマゾンの最賃引き上げは「出発点」
各国で労組承認と労働条件改善求める闘い
インターネット大手の米アマゾンが、十月二日、米国の最低賃金を時給一五ドル(約一七〇〇円)に引き上げると発表した。対象は、米国の約二五万人の常勤労働者と短期契約で雇用する約一〇万人の臨時労働者で、十一月一日から実施される。
同日、英国のアマゾンも雇用する三万七〇〇〇人を対象に、最低時給をロンドンで二・二ポンド引き上げ一〇・五ポンド(約一三六〇円)に、他地域で一・五ポンド引き上げ九・五ポンド(約一二三〇円)に引き上げると発表した。米国と同じく十一月一日から実施される。
商業紙は「急成長を続けるアマゾンに対する儲けすぎ、利益を従業員や社会に還元していない、倉庫での労働環境が劣悪」などの批判を受け実施、また「米国の失業率が三・九%(八月)と歴史的な低水準になり従業員の奪い合いになっている」と報道した。
十月三日、米経済誌『フォーブス』が米長者番付を発表、米アマゾンの創業者のジェフ‐ベゾス最高経営責任者が保有資産一六〇〇億ドル(約一八兆円)で首位になり、二四年間首位を維持していた米マイクロソフトのビル‐ゲイツ創業者は保有資産九七〇億ドル(約一一兆円)で二位となった。
このアマゾンなど低賃金労働者を多く雇用する企業に対する課税法案を米国のバーニー‐サンダース上院議員たちは、九月、米国議会に提出している。
アマゾンは全世界で約六〇万人の労働者を雇用しているが、今回最低時給の引き上げを発表したのは米英のみで約三九万人の労働者だけが対象である。
イギリス労働組合会議(TUC、五五〇万人)は英国の組織労働者(六二二万人)の大半を組織し四八労組が加盟している。十月二日、アマゾンの最低時給引き上げ発表に対して、TUCのオグレディ書記長は「世界の労働組合運動の成果だが、出発点にすぎない。アマゾンが真剣に労働者のことを考えているなら労働組合をまず承認すべきだ」と述べた。そして、英国内のアマゾンの配送センターでは、過酷な労働条件によりこの三年間で救急車が六〇〇回以上呼ばれたことを指摘し、「搾取的な働かせ方を終わらせなければならない」と述べた。英国では後で紹介するが、配送センターに隠密裏に潜入したルポライターが現場での労働実態を暴露する記事を発表し、アマゾンに対して強い非難の声が出ている。
過酷な労働と緊張状態のなかで二〇一三年以降、少なくとも七名の労働者の死亡が世界のアマゾンの配送センターで確認されている。
また、アマゾンは一貫して労働組合に対して敵対的な姿勢を取っている。
十月一日には、ドイツのアマゾンの配送センターで、統一サービス産業労組(ベルディ、二一八万人)の労働者たちがアマゾンに対して労働組合の承認を要求しストライキを実施した。ドイツの統一サービス産業労組(ベルディ)は、ドイツでドイツ金属労組(IGメタル、二三〇万人)に次ぐ多くの労組員を擁する産業別労組である。
「ストップ・ベゾス」を掲げ法案提出
十月三日、英国の全国都市一般労組(GMB、六三万人)は、アマゾンが最低時給の賃上げを声高に宣伝する陰で、特別手当として同社株を労働者に付与する制度を廃止したと批判した。GMBによると一部の労働者の損失は、年間一五〇〇ポンド(約二二万円)に達する。
英『ガーディアン』紙によると、アマゾンの配送センターに一年間勤務後、労働者は一株(約一五〇〇ポンド)受け取り、さらに五年ごとに一株受け取っていた。制度廃止により、ロンドン地区外で働く労働者は、今回の賃上げで年間三一二〇ポンド(約四六万円)の賃上げになるはずがその半額が失われると述べている。
米国でも、十月三日、米経済誌『ブルームバーク』が、アマゾンが労働者の働きによって企業が支給する毎月の特別手当(多い場合数百ドルにのぼる)と同社株付与制度を廃止したと述べた。同誌は、アマゾンの労働者は雇用時に二株受領し、以後毎年働きに応じて一定の割合で株が付与される制度があったと述べている。
冒頭で述べたが、バーニー‐サンダース上院議員とロー‐カンナ下院議員が、九月五日米国議会に「ストップ・ベゾス」を掲げた「ベゾス法」あるいは「補助金停止で悪徳雇い主を阻止する法」と銘打った法案を提出した。
同法は、五〇〇人以上を雇用する企業を対象に、各企業の雇用労働者たちが公的支援で受給する費用すべての金額、具体的には医療補助、セクション八住宅支援(賃貸住宅費補助)、フードスタンプ(食糧費補助)、学校や児童施設での昼給食と朝給食支援のすべての費用を各企業に課する。
法案提出時の会見で両議員は、この法のターゲットとして、特にアマゾン、ウォルマート、ユナイテッド航空を名指しした。
なお、ウオルマートは、今年一月に最低時給一〇ドルから一一ドルへの引き上げを発表し、三月には年内に一二ドルに引き上げること、二〇二〇年までに段階的に最低時給を一五ドルにすると発表した。
トイレに行く時間もない労働現場
英国の低賃金労働の実態に取り組むルポライターのジェームズ‐ブラッドワースは、英国イングランド中西部の人口一一二万人の都市スタフォッドシャーのアマゾン配送センターに隠密裏に臨時労働者として潜入した。
かれはルポで次のように述べている。
〈最上階で働いていたわれわれにとって、最も近いトイレは四つの階段を降りた下の階にあった。労働者たちはボトル(広口びん)におしっこをした。労働者たちは「無駄時間」を無くすよう執拗に言われ、トイレに行き休憩時間をオーバーし仕事を失くすことを恐れた。仕事の完了を急き立てられる労働者たちは、配送センター内で配送商品を「選び出す」ために積み上げられた商品の周りを駆け回る。労働者たちは適切な場所に「トイレ用ボトル」を置いている。〉
四月に発表されたイングランドの数か所のアマゾン配送センターの二四一名の労働者たちへのインタビューによる調査報告書で、一人の労働者は「目標は毎年高くなる。一時間で一二〇個の商品を選びだし梱包するのはたいへんな重労働だ。一分間に二個だ。毎晩、メールで次の日の目標値が送られてくる。トイレに行く時間などない」と回答している。
報告書は、アマゾンの英国イングランドの配送センターのほぼ四分の三の労働者たちが休憩時間オーバーになるためトイレの使用をためらうと回答している。
この調査報告書による告発に対してアマゾンは「われわれは安全でポジティブな職場を英国全土で数千人に提供している。この調査対象になった人びとがアマゾンで働いたことをわれわれは確認していない。われわれの建物内で行なわれたとは認めない。われわれは配送センターの公式ツアーも提供している。お客様は直にみることができる」と拒絶している。
国際連帯を呼びかけストで闘う
三月二十一日から二十二日、スペインのマドリード郊外の人口四万人の都市サン・フェルナンド・デ・エナレスのスペイン最大のアマゾン配送センターの労働者たちは四八時間ストライキを実施した。
この配送センターでは、労働協約は二〇一六年に期限切れとなり繰り返し交渉が行なわれたが会社側が応じないなか、会社側は、労働時間九時間延長、特別手当の廃止、病欠保障の廃止、賃上げ保証を無くす新たな契約を提起してきた。
同センターには、常勤労働者一一〇〇名、臨時労働者九〇〇名が働いているが、実にその九八%が三月に行なわれた今回のストに参加した。
会社の新契約提示に引き続き抗議し闘うため、諸労組が加盟する同センターの労働者委員会(CCOO)は、四月二十日(金)にストライキ闘争を予定していた。しかし、会社側は、直前の四月十七日(月)に突然、一〇〇名の臨時労働者に対し新規契約を更新しないと通知し一時解雇攻撃を加えてきた。
通常、一時解雇は事前通知があるが、今回の通知は前例がない突然の通知であった。臨時労働者は毎週月曜日に派遣業者に行き、一週間から一五日間ごとで契約更新を行ない、大半の労働者たちが三か月から六か月間働く。今回は、その月曜日に突如として通知した。その時の夜勤勤務者二五名にはEメールで通知された。
スペインの労働総同盟(CGT、八万人)は、今回の解雇は三月のストライキへの報復だと強く非難した。
同センターの労働者委員会代表は、四月二十日にマドリードのアマゾン・スペイン本社への抗議デモ実施と、次のストライキをアマゾンの年一回の特別価格販売イベント「プライムデー」に合わせて実施を検討していると述べた。また、アマゾンが各国のストライキに対し欧州のアマゾンのネットワークを活用し対応していることを指摘し、各国のアマゾン労働者たちの国際連帯が必要だと述べた。
五月、アマゾンのサン・フェルナンド・デ・エナレス配送センターで闘いを組織している労働者グループが「アマゾン・エン・ルーチャー(アマゾンは争議中)」の組織名で、全欧州のアマゾン労働者にプライムデーに向けてストライキ闘争を組織するよう呼びかけた。
七月初め、スペインのアマゾンは、臨時労働者たちがストライキに参加しないようにするため、スペイン全体で新たに一六〇〇名を常勤労働者として採用する予定であると発表した。
七月十六日から十八日、サン・フェルナンド・デ・エナレス配送センターの労働者たちは、プライムデーに合わせて三日間のストライキ闘争を実施した。
ストライキの初日、同センターの労働者委員会は、同センターで働く総勢一六〇〇名の労働者の八〇%がストに参加したと発表した。また、スト初日、労働者たちは「アマゾン・エン・ルーチャー(アマゾンは争議中)」の旗をかかげデモ行進を行なった。
スト二日目の七月十七日、警官隊が同センターでピケットを組んでいる労働者たちを襲撃し、スペイン人民共産党のウーゴ‐カラスコなど幹部たち三名を何の証拠もない嫌疑をでっちあげ拘留し、多数のけが人がでた。同センターの労働者たちは、センター外に全員が結集し抗議行動を行なった。
ドイツおよびポーランドで連帯し闘争
スペインからのアピールに応えドイツでは、統一サービス産業労組(ベルディ)が、アマゾンの六つの配送センターでプライムデーに合わせ七月十六日から十八日の三日間ストライキ闘争を組織した。これらの配送センターの総勢一万六〇〇〇人のうち二四〇〇名が今回のストライキに参加した。
ドイツはアマゾンにとって米国に次ぐ第二の市場で、二〇一七年の販売額は二〇%増加し一七〇億ドル(約一兆九〇〇〇億円)となり全世界のアマゾン販売額の九・五%を占めた。
ドイツのアマゾン配送センターでは、二〇一三年に統一サービス産業労組(ベルディ)が初めてストライキを組織した。ストライキ後、会社側は定期的に賃上げを行なうようになり、倉庫の換気や照明の改善を行なった。しかし、それらの内容を労働協約で成文化せよという要求に対しては頑なに拒否を続けている。
ポーランドでは、七月のプライムデーに合わせて一つの配送センターの労働者たちが最低限の仕事のみを行なう「順法闘争」を行なった。
ポーランドにアマゾンは二〇一四年に配送センターを開設した。ポーランドは欧州の他地域より低賃金で労働法も企業側に有利である。
ポーランドのアマゾン配送センターの労働者たちは、週に一〇時間労働シフトを四回行ない、そのシフトは毎月変わっている。ポーランドの労働法は、ストライキ投票は該当職場の全労働者の半数以上の参加で有効と定めている。
英国TUCのオグレディ書記長が述べるように今回のアマゾンの最低時給引き上げは出発点である。アマゾンはグローバルな企業展開を活用し各国の労働者たちの闘いに対抗している。
マルクス生誕二〇〇周年となる今年、『共産党宣言』の「万国の労働者団結せよ!」は、われわれ労働者によりいっそう重要で必須のスローガンとなっている。【沖江和博】
(『思想運動』1032号 2018年11月1日号)
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