映画評 『一九八七、ある闘いの真実』(チャン‐ジュナン監督)
「六月民衆抗争」は「勝利」したが……


 映画『一九八七、ある闘いの真実』(二〇一七年、韓国、監督=チャン‐ジュナン、一二九分)は、韓国民主化闘争で実際に起こった事件をもとにして作られている。一九八七年一月にソウル大生朴鍾哲が水責めによる拷問で殺された。隠蔽しようとする警察権力、権力内部の傲慢さや横暴さによる軋み、真実をなんとか暴露しようとする民主化勢力(記者・学生・宗教者・活動家など)との攻防、「拷問死の真実と実行犯の暴露」に至る過程をスリリングに描く。当時、民主化勢力は、憲法を改正して大統領選挙を直接選挙にしろと要求していたが、クーデタで権力を握った軍人出身の全斗煥大統領には憲法を改正する意思はなく、批判勢力を暴力によって抑え込もうとしていた。その有効な武器が「国家保安法」「社会安全法」(戦前日本の治安維持法のようなもの)であり、映画でも架空の組織図をつくり、学生や活動家を共和国のスパイに捏造しようとする警察庁治安本部長たちが描かれる。
 朴鍾哲拷問死の真相解明は運動拡大の起爆剤となった。在野勢力を結集して五月に組織された民主憲法争取国民運動本部は六月十日に大集会を開こうとしていたが、その前日のデモで延世大の学生李韓烈が警察の催涙弾を後頭部に受けて重体になり、弾圧犠牲者のシンボルとなった(七月五日死去)。民主化闘争は拡大の一途をたどったが、最終的には大統領の直接選挙を中心の要求とする国民運動本部の「六・二九宣言」を軍事政権側が受け入れて収束。全斗煥を退陣に追い込むことになった。これを「六月民主抗争」と呼ぶ。
 この時期の運動の象徴である権力に虐殺された二人の学生を映画の中で関連付けるのが脇役・延世大の女学生ヨニで、デモに巻き込まれて逃げまどうなかで李韓烈と顔見知りになる。ノンポリの彼女は民主化闘争の傍観者だったのだが、しだいに心を動かされ、ついには闘争の隊列に参加していく。ラストの市街大集会、ヨニがバスの屋根にのってはじめはおずおずと、そしてしだいに力強くこぶしを振り上げてシュプレヒコールをあげていくシーンは、作為的な映像ではあるが、運動の大衆化と前進を象徴していて、共感を持った。
 巨悪に非暴力で闘いを挑んで勝利する映画、といっては身も蓋もないが、そこだけで楽しんで観てほしくない。「六月民主抗争」の「勝利」にもかかわらず、直接選挙になった一九八八年大統領選挙では統一候補者を擁立できず、全斗煥の後継者が勝利した。
 「非民主的」な軍事政権を批判せずに支えてきたのは韓国の資本家たちであり、文民政権に移行したあと、飛躍的な経済成長=資本蓄積をとげてきたことは周知の通り。しかし民主化闘争は、全斗煥を支えていた資本家勢力と闘い、根絶することはなかった。労働運動が登場するのは、この映画の物語が終わった直後の七月からで、九月までに四〇〇〇件に迫るストライキを組織して資本と闘い、「労働者大闘争」といわれている。
 当時の日本も無関係ではなく、八〇年代半ばまでに、運動弾圧のために北のスパイとして捏造された在日韓国人「政治犯」は百数十名。日本政府や日本のマスコミの対応は、今日の「人権」の扱いとは違い、「内政不干渉」を貫いていた。もちろん、韓国に利益を求める日本の資本家たちも「不干渉」だった。つまり、軍部独裁政権を批判しなかった。当時、日本はバブル景気に浮かれ、国鉄分割民営化が強行され、総評解体の最終局面を迎えていた。
 さて韓国、朴槿恵前大統領を退陣に追い込んだ去年の「ロウソク革命」の中心勢力は六月民主抗争の活動家たちだった。労働運動は社会を変革する中軸になることはいまだにできていない。それが文在寅政権のさまざまな矛盾を抱え込む姿に反映していることをわれわれは知らなければならない。「国家保安法」は廃止されていない。
 日本でも「ロウソク革命」を、という声があるが、この映画に描かれたような韓国の労働者・市民の経験をわれわれがながいあいだ経験できていない事実と理由をはっきり自覚しないままだと、われわれの運動は一歩も進まないのではなかろうか。【井野茂雄】
 (東京・シネマート新宿など全国で上映中)

(『思想運動』1030号 2018年10月1日号