『シャルリ・エブド事件を読み解く』を読んで
「自由」の名で何が仕組まれたのか
二〇一五年一月七日に起きたシャルリ・エブド事件とその後にフランス政府がよびかけた大デモンストレーションは一体なんであったか。
いわゆるフランスの風刺漫画週刊紙シャルリ・エブド事件にまつわる問題が日本ではあの一時の報道以外、ほとんど顧みられていない。これはどうしたことだろうと疑念を抱き続けていたときに、下記の本があらわれた。『シャルリ・エブド事件を読み解く――世界の自由思想家たちがフランス版9・11を問う』(編著ケヴィン‐バレット、監訳・解説板垣雄三、第三書館刊 二〇一七年五月)。
「対テロ戦争」批判で著名な米国市民でありヴェテランズ・トゥデイの編集者、市民運動組織者であるケヴィン‐バレットが欧米の筆者二一名から集めた論考を板垣氏が監訳し、七〇ページにわたる「ウソと謀略に踊る世界破局にどう向き合うか」(解説)を執筆している。氏は本年八六歳という高齢でありながら、周知のごとくイスラム・中東世界問題に造詣の深い屈指の研究者である。氏の仕事ぶりは厳格であり、細心緻密で重要な訳語には注を付し、カタカナで日本語表記をあて、原注をフルで三二四項目掲載している。その刊行の志は堅固で読者との信頼を築こうとしているかのごときである。
本書の発行が五月であるから、今さら新刊案内とはいえない。しかし問題の内実が喚起する意味は大きいので、同書を紹介しながら卑見をのべてみたい。
「シャルリ・エブド事件は、同じ日(二〇一五年一月七日)にパリで起きた二つの本質的に無関係の襲撃からなりたっている。主たる攻撃では、ムスリムと伝えられる兄弟がフランス人の漫画家らの風刺漫画によるイスラム攻撃に腹を立て、軍用ライフルをもってその週刊紙事務所を攻撃し、一一人を殺し、一〇人に傷害、内五人は危篤の重傷を負わせた。別のもう一つの攻撃はアメディ‐クリバリという男がユダヤ教食品店で複数のユダヤ人常連客を殺した容疑である。二つの別々の攻撃は一つの陰謀のそれぞれ一部だったとされている」(一九七ページ、 ポール‐クレイグ‐ロバーツ)。
事件の前段
「事件発生までの数週間、フランスはイスラエルを激怒させるいくつかの重要な地政学的な措置を採った。英国、アイルランド、スウェーデン、スペインの同種の動きを受けて、フランス議会下院はパレスチナを国家として承認する勧告を決議した……フランスはまた、国連でパレスチナの国際刑事裁判所(IOC)加盟を支持する一票を投じていた。フランスはさらに国連で、イスラエル・パレスチナ和平交渉の再開と決着をめざす安保理決議を通過させようとする努力を率先して進めていた。……フランス外相は、仮にそれが失敗したとしても同国はパレスチナを国家として正式承認する旨を公式に表明していた」(一二二~一二三ページ)。またオランド大統領はクリミア問題に対するロシア制裁を終結すべきだと公式に表明していた。フランス政府のこれらの政策転換は注目すべきことである。そこで、ワシントンとイスラエルはフランスのこの外交的スタンスの変化を元通りに戻したがっていた。こうしてフランスが公然とムスリムのパレスチナ人に同情的な政策を多岐にわたり展開している以上、真の熱烈なイスラム主義者であればその時期に無実のフランス市民殺害の挙に出ることはありえないだろう。オランド大統領は対ロシア制裁解除をよびかけ、一月十五日にカザフスタンの首都アスタナでのウクライナ問題の妥協的協定調印にのぞむ日程をきめていた。
事件はその八日前に起こった。事件の銃撃犯たちは高等な訓練を受け、黒覆面こそつけているが、すでに有罪判決を受けた人物がそのなかにまじっていた。その人物とは米国人のイマーム‐アンワル‐アウラキといい、かれはFBIの秘密工作員であり、アル‐カーイダの要員募集担当者だった。つまり有罪判決を受けた人物を当局は飼い馴らしておいて必要なときにある種の取り引きをして再び別の事件に再利用するのである。もう一つ謎めいた事件の断面を記しておく。
「逃亡した銃撃犯が籠城していた周辺には、総勢五〇〇人の警官と特殊部隊要員が戦車とともに動員された。容疑者が住んでいた地区を管轄し、かれらの動静を長年にわたり監視していた警察の主任は、攻撃の当夜、頭部に銃弾を受けて死亡していた。かれはかれの捜査活動の中止を求めた上司の命令を拒否し、襲撃事件についての報告書を書いていた最中に一撃をくらったのである」(一二六ページ)。事件の全貌を闇のなかに葬り去るか、別の方向に人びとの注意をむけるシグナルが多くちりばめられているのだ。
事件後のパリ大通り
シャルリ・エブド事件は流血を見る生々しいステージだけで終息したのではない。オランド大統領がアメリカの「愛国者法」を見習って、インターネットの検閲を許す法案を用意したり、ヴァルメイム仏首相はその一月十日「イスラム過激派が〝世界に普遍的なわが国(フランス)の価値〟を攻撃した以上、フランス政府はかれらに宣戦布告をした」と言った(二六八ページ)。こうして政府仕立てのパリ大デモンストレーションの準備が整った。一月十一日、パリだけで一〇〇万とも二〇〇万ともいわれ、それ以外の都市でもデモ、デモであった。「わたしはシャルリ」のゼッケンをつけた人びとの波。行進の先頭には、英国のキャメロン首相、ドイツのメルケル首相、スペインのラホイ首相、マリのイブラヒム‐ブ‐バカル‐ケイタ大統領、パレスチナ自治政府のアッバース議長、フランスのサルコジ前大統領などがヴォルテール大通りに集まったところで、いきなり道路は封鎖された。世のお偉方の抗議デモの実態はまったく人出のない道路と化した。政府主催のセレモニーと全世界むけの写真撮影でおわった。こんな風景には日本のメディアカメラマンなど蟻のごとく集まる。フランスの自由万歳?! この仕組まれた〝自由のためのデモ〟に、オランド大統領が同意していないにもかかわらず、殊更そこにイスラエルのネタニヤフ首相が顔を出し先頭を歩いていた。
偽旗作戦
筆者が読みきった一冊の本の論者たちは偽旗(A falseflag)作戦という用語を瀕用している。たとえば「その作戦は大衆をだまして、特定のできごとや犯罪における犯人の真の意図や身元を隠してしまうための秘密の作戦である。軍や治安部隊による残虐行為や犯罪が、テロリストの仕業とされるのはその典型だ」(二三五ページ)。つまり手っ取り早く言えば、シャルリ・エブド社を攻撃したのは、イスラム系のテロリストであるように見せかけているが、本当はそうではないというメッセージである。筆者のような読者には、イスラエルの情報機関(モサド)らしきものによる事件づくりのように読み取れるのである。むろん各論考はそうは断言していない。本書のサブタイトル「世界の自由思想家たちがフランス版9・11を問う」はそういうことを暗示させる甚だ意味深長な文言といわざるをえない。とすると、イスラム過激派のテロリストとユダヤ教シオニストとの対決構図といえなくもない。無神論を主張する人びとは、これを宗教上の争いとして一笑に付すであろうが、本書の論者たちは、ほとんどすべて欧米の自由至上主義メディアがイスラムを誹謗するそのさまを植民地主義の文脈でみているのだ。
たとえば「公式には直接の植民地主義は終わったかもしれないが、欧米の傀儡がムスリム諸国を支配するという形で植民地主義は続いている。こうしてムスリム諸国は、名目上独立していても、その社会は、束縛されたままである。欧米の植民地大国は、かれらが植民地を荒廃させた行状については責任をとることを拒否している。
かれらは植民地化された人びとに欧米の文化的な規範を強要するが、かれらを(フランス革命の)平等(思想)で扱うことを拒否している。ムスリムのフランス市民五〇〇万人はたえず周縁に追いやられ、生命を乱暴に扱われている。かれらは人種差別や雇用・住居・教育面での差別待遇に直面し、さらに警察から恒常的な嫌がらせを受けている」(一六章「シャルリ・エブドと欧米の対イスラム文化戦争」)こういう指摘をうけるとイスラム教とユダヤ教ないしキリスト教との相克などといった宗教的・観念論的上部構造でなく、明白に下部構造――資本主義の帝国主義段階における発展と矛盾がもたらす問題であることにうなずく。そして共和制フランスが歴然たるムスリム抑圧国家であるといわねばならない。米大統領トランプはイスラム圏からの移民の入国禁止をうそぶいている。また、現在は脱植民地化の時代だなどと能天気なことは言えまい。
解説者の問題意識
「解説」のなかで板垣氏は、偽旗は「本当は無実/だが、それらしい/犯罪を仕立て上げ、世の非難をそちらに向けて誘導する詐術として以前から言われていた。『でっちあげ』冤罪事件、『フレーム・アップ』と同じでないか」と定義して、以下のごとくわたしたちの周辺で発生した事件を反芻している。米西戦争開始の口実となった一八九八年キューバのハバナ湾での米国軍艦の爆沈をめぐる疑惑、また一九六四年米国のベトナム戦争本格化のきっかけとなったトンキン湾事件。さらに一九二八年の「張作霖爆殺」、一九三一年の「柳条湖事件」、一九三二年の第一次上海事件(この事件は日本軍閥が買収した中国人が日本山妙法寺僧侶を襲撃させる謀略で、日本軍増派となった。筆者は妙法寺の反戦活動をしている僧侶からその委細を知ってあらためて愕然とした)。国内に視野を移して大逆事件はもとよりのこと、一九四九年の松川事件、下山事件および三鷹事件などを回顧しながら近代日本の政治・社会の枠組と帳尻合わせにはめこまれた諸事件に緊張感をもって迫っておられる。もろもろの現象や事件に「真実を多元的にみる」ことを提唱しているように思える。
筆者もこの解説に引き込まれ、自分のこととして考える。ヨーロッパ・フランスのできごとそれ自体は日本のことでも極東のことでもない。しかしそのできごとや事例の底流にあるものは、まさにグローバルなものであり、また「自由」というものは無限大にもち上げる性格のものでなく、ムスリム的生活を営んでいないから無関係であるといってすませるものでもなかろう。
9・11事件と同じ流れとして、シャルリ・エブド事件をみる識者たちはその先駆けをアフガニスタンにおけるCIAの作為においている。つまり当時のCIAがアフガニスタンイスラム原理主義者クルブディン‐ヘクマチアールを煽りたて、かれらに武器を与えてアフガニスタン人民民主党を撹乱して、ソ連軍の軍事支援を誘導した。それがそもそも今日のアフガニスタン、イラク、シリアの戦争やアフリカ・マグレブ一帯の混乱に直接・間接につらなる。体制間対立の終焉からテロ戦争へと世紀をまたぐ争乱の世界的規模の破局のなかにわたしたちは押し込められている。わたしは自戒をこめていることがある。拙著『アフガニスタン四月革命』でアフガニスタン民主共和国崩壊の顛末を概観したと思っていたが、のちのちになって、ただ一国の崩壊しか見ていなかったのだと恥じる。視野狭窄症。
論者の一人はアメリカの哲学者ニール‐クレイマーの言葉を引用している。クレイマーいわく「普通の人にとって帝国の力の特徴は実力や狡猾さではない。見えないことだ。その存在に気をつけない人びとは意識と精神が監禁されていることに気づかない」(Neil Kramer “InvisibleEmpire”二〇一四)。
「国難」と称して朝鮮民主主義人民共和国への最大限の圧力をふりかざす総理大臣をもつ国の人民として政治的・社会的・思想的緊張が高まり、彼我の国際的力関係の極端な非対称のなかで、たとえマッチ一本の自作自演の偽旗事件であっても、それがおこれば、予想をこえる事態や人為災害が起こらないとは断言できないであろう。いや、目下戦争状態であると直言されても否定しがたいのである。
しかし朝からむかつくようなコマーシャルテレビ番組をみることを余儀なくされている「普通の人にとって」日本国の「力の特徴」は見えないかもしれない。それ故にこそ反戦・平和・非暴力・反差別活動家に、今求められていることは、国際的視点を血肉化し、対米従属を是とするリベラル平和主義をのりこえることであるように思う。【佐々木辰夫】
(『思想運動』1013号 2017年12月15日号)
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