労働者通信 「北朝鮮脅威」報道のウソを暴く
『珍科学対話』――真実を知る賢明さについての対話――

 (ひと月ほど前。ある高校の数学の授業風景。メモ用紙とペンを用意して読んでいただきたい。)
教師 さて、みなさんの顔を観ますと、もう練習問題はうんざりだと語っていますので、今日は何をやろうかと考えたのですが、時事問題で興味があるだろうあたりで「ミサイル」について考えてみましょう。ちょうどテレビや新聞やネットでは盛んに朝鮮のミサイルについて報道しているようですね。
生徒A すごいよもう。危ないよなー、北朝鮮。
教師 そう、今日はそれを少し冷静に考えてみようというわけです。ほんとうに危ないのか? そして本当に危ないのは何か? ……ちなみに「北朝鮮」という国はありません。地図帳にも朝鮮民主主義人民共和国と書いてあるでしょ。
生徒A ……そうだっけ。
教師 先日の九月十五日に朝鮮半島から発射実験されたミサイルは、どの辺りまで飛んで、どの高度まで達したのかな。テレビではなんて言ってた?
生徒C ……えーと、確か高さは八〇〇メートルだったかなー。
教師 いやいやそんなに低いわけないでしょ、八〇〇キロメートルと……。
生徒C あっ、そうそう八〇〇キロメートル。
教師 じゃどこに落下したと言ってましたか。
生徒B たしか何とか岬の沖合とかなんとか。
教師 何とか岬でなくて襟裳岬と言って……。
生徒B あっ、そうそう襟裳岬……。どこそこ。
教師 北海道の南に尖って出ている所ですね。っで、そこからどのくらい離れたとこに落ちたって言ってました?
生徒A たしか二二〇〇キロとか言ってた。
教師 そうだね。じゃそれがどの辺りかを、さっきGoogle mapで調べて印刷してきました(と地図①を見せる)。この辺り。
生徒C 何それ、太平洋のど真ん中じゃん。
教師 そう。日付変更線の手前の太平洋ど真ん中。五十歩百歩の例に倣えば、アメリカの西海岸も「襟裳岬沖合」と言えそうだね。ハハハ。
生徒B バカじゃねぇの。
教師 そう問題はそこだね。でも学校の点数が良さそうな人たちが集まっているNHKがこう報道してるのだけれども、かれらは無知で間違っただけなのだろうか。どう思う?
生徒C おかしい。なんで?
教師 なんでだろうね。じゃ今度は高度八〇〇キロってどのくらいだろうね。
生徒A おれ知ってるよ。人工衛星より上なんだろ。
生徒C それ宇宙じゃん。
教師 人工衛星にもいろいろあって数千キロメートルというのもあるけど、有名な国際宇宙ステーションがおおよそ四〇〇キロらしいから、その倍ぐらい高いね。イメージをつかむためにこれが地球だとしたら(と黒板にチョークで円を描く②)。地球の半径が約六三五〇キロメートルだから…。
生徒B ……だいたい八分の一ぐらいかな。
教師 そうだね、だからこんな感じかな(と黒板の円に描き込む)。そして、水平の飛距離はおおよそ三七〇〇キロメートルというのだから、中心角だと三〇度強を移動したことになる。こんな軌跡になるかな(とこれも黒板の円に描き込む)。ちなみにエベレストが約八キロメートルだからその……。
生徒C 一〇倍!
教師 違うよね。一〇〇倍でしょ! だからエベレストをこの黒板の地球に描こうとおもっても描けないね、チョークの粉ぐらいかな。
生徒B そーかー。すげーなー。
教師 高度八〇〇キロってすごいスケールだね。それでも自由落下の法則には支配される。
生徒A 何だっけそれ。
教師 中学校でやってるでしょ。放物線。読んで字のごとく物を空中に放り投げたときの軌跡(と放物線を黒板に描いて見せる)。
生徒B えー、そうなの? まっすぐ飛んでって、途中でエンジン止まったら、そこから真下に落ちてくるんじゃないの?
教師 そんなわけないでしょ。
生徒B だって、アニメとかだとだいたいそうじゃん。
教師 なるほどね。でも現実は違う。野球の打球はそんな風に飛んでないよね。ちなみに、四〇〇年前は偉い学者もB君みたいに考えていたらしいよ。砲弾は真っすぐ直線で飛んで行って、勢いがなくなると円弧に沿って落下する、とね。それをガリレオ‐ガリレイという人が実験で確かめて、違いますよって。それが『新科学対話』という本になって残っている。物体の落下距離は落下時間がt秒のとき、tの二乗を九・八倍して二で割った値になる。単位はメートル。「ニブンノイチ、ジーティージジョウ」と聞いたことがあるでしょ。
生徒B ガリレオなら知ってる。
教師 それはたぶん、テレビドラマの主人公でしょ。まぁいいや。おおまかにいうと、落下距離は時間を二乗して五倍した値ということです。ということで計算してみましょう。八〇〇キロメートルとは八十万メートルだから、簡単な二次方程式を解いて……
生徒B 八十万を五で割ると一六万。それがtの二乗だから……。
教師 そうね、その√をとると、t=四〇〇ということになりますね。単位は「秒」。だから「分」に直すには……六〇秒で割って……。
生徒C 六と三分の二だから、六分四十秒か。
教師 それが八〇〇キロ高度から落ちてくる時間。だから、発射から八〇〇キロまで上る時間を合わせて約二倍だとすると、発射から落下まで一三分二〇秒。だいたい一三、一四分の出来事ということになるね。もちろん正確には、エンジンの噴射時間や空気抵抗だとか色々あるからもう少し時間がかかりそうだけどおおよそこんなところだと思っていい。
 ……にも拘らず、ミサイル落下後二時間近く経った根室港にレポーターまで派遣して、ヘルメットまで被らせてテレビで大騒ぎさせた。しかも原発が爆発した時にすら使わなかったJアラートを鳴らし続け、小学生の避難映像まで使って恐怖を煽った。「血税」を無駄にするなと言いたいね。しかしNHKも政府の役人や大臣たちもそんなにおバカさんではないはず。何をねらってるのでしょうかね。
生徒A ……バカにされてんのか?
教師 そうね。バカにしてるのは確かだね。はなっから誰も騙せないような嘘は吐けないからね。つまりわれわれ民衆が全体として「おバカさん」と思われているし、それが現実なのでしょう。でもバカがバカのままあっていいはずがない。一方で、アメリカが同じころにミサイルや水爆の実験をやっても何も騒がれない。それどころが核に準じる威力のMOABという爆弾を四月にアフガニスタンで使っても、日本では危ないとすら言われない。この辻褄の合わなさの方がよっぽど危ない。……でも、それは何故か?……を本当に知るためには、今度は歴史や経済を知らなければなりません。
 どう、勉強したくなったでしょ。……と考えはじめてもらうのが今日の本題でした。(そのとき窓の外で低空飛行中の軍用ヘリコプターの爆音が響いて声を遮る)
教師 わたしは、この辺りでも最近急増した、すぐ頭上を飛ぶ軍用ヘリや戦闘機の方がよっぽど危ないし怖いですね。かつて数年間、厚木飛行場の近くに住んでいたのだけれども、綾瀬市の広報にはしょっちゅう戦闘機からの落下物情報が載っていましたよ。沖縄はもっとそれが日常茶飯ですからね。
生徒B んー……そうか。
教師 ということで時間が来ました。要は「信ずるものは騙される」ということです。今日の話には「専門家」でないとわからないことは何一つ使っていない。全部中学校までの範囲です。日頃から疑ってかかり、自分の頭は自分で支配しようとしないと、いつの間にかだれかに支配されてしまうよ。ということが少しわかってもらいたかったのでした。
 ……というわたしの話も「本当か?」と疑ることを忘れずに……と最後に付け加えて今日は終わりにします。……
 まとめ:「科学」は資本家が儲けるためのネタではない。科学的真実は資本主義社会の虚飾を剥がすためにある。だから、いつでも労働者階級の科学的な見方は支配階級への武器となる。
 しばしばわれわれは物事を「質」だけで判断しがちではないだろうか。だから本事例のように朝鮮のミサイル発射は「危険」だと言われると疑わない。しかし、どのぐらい「危険」なのかと、高度や距離、時間などの「量」について注目しさえすれば、この生徒たちのように「危険」という言葉は当てはまらないことを知る。その途端に誰が嘘をついているのかに気付き、次に何のための嘘か? と真実へ向かって志向するはずである。
 われわれが「米朝どっちもどっち論」のように、両者を同質とする誤りに、いつまでも閉じ込められる一因もこの辺りにあるのではないだろうか。 【管 徹(学校労働者)】

(『思想運動』1010号 2017年10月15日-11月1日号)