国際時評 イギリス総選挙で労働党が躍進
背景に生活と権利を守る労働者の闘い
六月八日の英国総選挙は保守党が議席を減らし過半数を割り込み労働党が躍進した。
投票率は六八・七%で一九九七年以来二〇年ぶりの高い値である。英スカイニュースによると、一八~二四歳の投票率は六六・四%、前回二〇一五年の四三%から激増した。一八~三四歳の六四%が労働党に投票、一八~二四歳では実に七二%が労働党に投票したと報じられている。
労働党は二六二議席(三三増)、一二八七万票(四〇・〇%)で前回より三五三万票増(率九・六%増)、一九九七年以来最高であった。保守党は三一八議席(一三減)、一三六七万票(四二・四%)で前回より二三四万票増(率五・五%増)であった。
保守党が議席を失ったのは主に都市部と学園都市であった(『フィナンシャル・タイムズ』六月九日)。
「大勝しEU離脱交渉に強い姿勢で臨むメイ首相の目論見は裏目に出た」と英メディアは一斉に報じた。メイ首相は「二〇二〇年の任期満了まで総選挙はしない」と繰り返し表明してきた前言を翻して電撃的に踏み切った。前回総選挙の保守党議員二〇名の選挙違反が濃厚になり補選実施の可能性増大が後押ししたのでもあろう。
六月九日労働党のコービン党首は「メイ氏は信任のために選挙に踏み切ったが、議席も票も自信も失った。直ちに辞任を。労働党は確固とした政策を持ち政権を担うことができる」と述べた。
総資本の利益のために動いた保守党
今回の総選挙は何が争点であったのか。そして結果の示すものは何であろうか。
EUの内部矛盾と不均等発展が進行し帝国主義間の対立が激化するなか、英国人民は、昨年六月EU離脱をめぐる国民投票で離脱を決めた。今年三月英国はEUに離脱を通知、六月から離脱交渉が開始された。
メイ首相は昨年十月の保守党大会で「保守党は労働者のための党であり、NHS(国民保険サービス)を守る党であり、公務員の党である」と宣言したが、一貫して総資本の利益のため動いてきた。昨年十一月メイ首相は英産業連盟(CBI)の年次総会で「法人税率をG20で最も低くする」と語った。すでに保守党は二〇二〇年までに法人税率を一七%まで引き下げる方針を明示している
英国訪問の日産ゴーン会長や日立・中西会長と面談したメイ首相はEU離脱で「関税なしの出荷をめざす」と述べ、米フォード自動車や英格安航空大手イージージェットなどにも離脱による悪影響はないと請け合っている。「企業毎に離脱秘密交渉。企業が列をなす」と強く批判されている。
各企業は生き残りをかけ利益捻出を追求している。その解決策はいずれも労働者や勤労人民への負担増大である。
青年層の失業率は高い。公共部門労組UNISONによれば、一六~一七歳の失業率は二八%に達し、一八~二四歳の失業率は一二%である。
労働者たちはぎりぎりまで追い込まれ、昨年末より英メディアが「申し合わせたように」と伝えるほど闘いが頻発している。
民営化を推進する英国郵便は来年三月年金閉鎖を発表した。現在四億ポンド(五七五億円)年金基金はあるが、来年存続の場合一〇億ポンド(一四四〇億円)必要で存続不可能と説明。議会で承認されれば、九万人が関与しひどい場合年金の三分の一を失う。郵便労働者は昨年クリスマスに年金廃止と民営化の反対を訴え一斉ストを実施した。
英国航空(BA)乗務員は、今年一月から劣悪な労働条件と最低賃金レベルの賃金改善を要求し七年ぶりにストを実施した。一般労組UNITEの一四〇〇名によるストは、六月時点二六日間に達している。
昨年四月に始まったサザン鉄道と鉄道海運労組RMTとの車掌なし列車の運行をめぐる論争はこの三月ノーザン鉄道とメイヤーズ鉄道に広がり全国的な闘いとなった。各鉄道運行会社はいずれも経営改善のため列車の車掌をなくし大幅な無人駅の導入を計画している。RMTは運転手組合ASLEFとも連携し列車の安全と乗客の命を守るため闘いを展開している。RMTはサザン鉄道との交渉でこの一年間で三一日間に及ぶストを実施した。
生活と権利を守る政府を
今回の総選挙の争点はメイ首相が訴える「強く安定した指導力」の総資本のための政府か、労働党が訴える「勤労人民の生活と権利を守る」政府かであった。
この労働党の訴えに強く応えたのが青年層であり都市部の勤労人民である。
英国の選挙制度は、一八歳以上が投票資格を持つ定数六五〇議席の完全小選挙区制である。各選挙区で最多得票を得た候補者が当選する。そのため死票が多く、今回の総選挙でも選挙区全体投票数のわずか〇・数%、票数一〇〇票以下の差で決着がついた選挙区も少なくない
『朝日』(六月二十二日)に英国在住のブレイディみかこ氏の「季評」が掲載された。「総選挙直前、子供の学校の前でPTA役員たちが労働党のちらしを配っていた。/二〇一九年四月からの税務年度までに、約三〇億ポンド(約四二六〇億円)の教育予算が削減される方針を知り、英国の親たちは『学校を救え』という運動を全国で立ち上げて闘ってきた。総選挙での労働党の追い上げを可能にしたのは、彼らのような地べたの人びとだが、教育予算が争点の一つだったことはあまり知られていない」と。
労働党は五月十八日総選挙公約を発表した。危機的状況に陥っている無料の国民医療制度である国民保険サービス(NHS)への重点投資や、大学学費無料などを実現する国民教育サービス( N ES ) の提案、青年層の貧困化の大きな原因となっているゼロ時間契約労働の撤廃、二〇二〇年までに最低賃金を時給一〇ポンド(約一四〇〇円)の「生活賃金」水準への引き上げ、鉄道会社の再国有化などを提起した。
国民教育サービスの提案は、幼児教育も含み二歳児保育(週三〇時間まで)から大学教育までの無償教育を実現するというもので、保守党が廃止した返済不要の給付型奨学金制度復活も含んでいる。また、最低賃金の引き上げでフルタイムの労働者で年二五〇〇ポンド(三四万円)、低賃金の二一~二四歳の労働者は年四五〇〇ポンド(六二万円)の賃上げとなると試算している。
労働党はこれらの財源として、法人税率を現在の一九%から二〇二〇~二一年までに二六%への引き上げ、上位五%の富裕層の所得税増税、現在株取引に適用されている〇・五%の取引税を「デリバティブ」(金融派生商品)にも拡大するとしている。
組織労働者の闘いが基盤に
その上で注視する必要があるのは、今回の「労働党の追い上げ」は組織労働者たちの生活と権利を守る確固とした闘いの展開が土台にあることである。
「学校を救え」との広範な運動は労働組合が軸になり地域の親たちと協働し闘いを進めている。その推進には教育労働者の高い組織率が基盤になっている。
二〇一五年末の英国の労組員数は六四九・三万人(組織率二四・七%)である。教育労働者の組織率は格段に高く五一・八%に達している。
教育労働者の状況は厳しい。昨年十月に発表された政府統計によると、二〇一〇年以降に教育労働者となった人の三分の一が五年以内に退職し、八分の一が一年以内に退職している。
厳しい状況のなか三月二つの教員組合(NUT三三万人、ATL一三万人)が年次大会を開催しNUTは九七・二%、ATLは七三%の賛成で労組統合を確認した。九月に全国教育労組(NEU)を創設する。声明は「公教育解体、政府からの攻撃のなか強力な隊列を創ることが必須となった」と述べている。
一方で労働者の闘いは英国の労働運動の歴史のなかでは記録的な低水準にある実情も見ておく必要がある。
五月末に発表された英政府統計局のデータによれば、二〇一六年のスト損失日数は三二万二〇〇〇日で、二〇一五年の一七万日に比べほぼ二倍になった。
増加した日数の多くは研修医たちの闘いによる。研修医たちはジェレミー‐ハント保健相がすでに破綻状態にあるNHSの労働現場に対し現在の契約を破棄し新たなより過酷な労働条件を押しつけようとしたことに対し闘いを行なった。この闘いはイングランドに限定されていたが、研修医たちの闘いによるスト損失日数は一二万九〇〇〇日に及び、実に全体の四〇%を占めている。またロンドンなど都市部での闘いの増大が示された。
労働者の反撃を徹底して抑えこむため数年前から保守党は労組法改悪を行なおうとしている。現行法ではスト実施は「投票での過半数の賛成が必要」と規定しているが、「全組合員の過半数の賛成が必要」と改悪を狙っている。
また、一貫して労働組合から強く批判されている「ゼロ時間契約労働」を実質的には継続しながら名目上回避する企業のあくどいやり方が広まっている。
ゼロ時間契約労働とは雇用主が必要とするときのみ就労する契約で、待機が必須だが待ち時間への支払いはなく、就労までの時間が短く働けない場合も多い。
三月発表の英政府統計局のデータによると二〇一六年のゼロ時間契約労働者数は九一万人と最高値を記録した。ただし、二〇一六年七月~十二月の増加率は〇・七%増で、前年同期の七・七%増と比べると増加率は減少している。この増加率減少について労働組合会議(TUC)は「企業がゼロ時間契約労働の悪評回避のため週に一時間のみ契約しその他は労働時間および収入の保証のない欺瞞的なゼロ時間契約を行ない始めている」と指摘している。ゼロ時間契約労働の契約件数は一七〇万件で労働者が複数企業で契約の実情が示されている。
核軍縮が必要だ
保守党は財源を求めて総選挙公約で高齢者の在宅介護の自己負担を増やす政策を提起した。在宅介護の自己負担を見直し、在宅介護に一〇万ポンド(一四〇〇万円)以上の持ち家資産を算定に含めるとした。この政策は「認知症税」と呼称され「同居する親の介護費用捻出のため家の売却を強いられる」と強い批判をあび事実上撤回した。
メイ首相が党首討論を拒否したためメイ首相、コービン労働党党首それぞれ四五分ずつ司会者や有権者の質問に答えるBBC生放送番組(六月二日)があった。
メイ首相に対しNHSで働く看護労働者は「二〇一〇年以降、公務員の賃上げを一%以内に抑える保守党の政策により実質賃金が一四%下がった」と訴えた。メイ首相は「NHSに多額の資金を投入している。/魔法の財源はない」と冷酷に返答した。
メイ首相は五月二十二日のインタビューでNHS問題は「ネイラー報告に基づき進める」と述べている。「ネイラー報告」の内容はNHSの土地や建物を民間開発会社にダンピング売却し資金を捻出しようというものである。そして捻出資金を非NHSの民間委託企業に投資しようとしている。
二七万人の看護労働者を組織する王立看護協会(RCN)は五月の年次大会で「一%賃上げ抑制廃止」の闘いが不可欠として、スト実施賛成七八%、全般的産業行動実施賛成九〇%で闘いの方針を決めた。ストが実施されれば一〇一年の歴史で初めてのストとなる。
選挙戦でメイ首相は「国を守るためには核兵器のボタンを押す」と述べ、それを拒否するコービン党首に対し「国家安全保障を危うくする」と批判した。
BBC(六月二日)生放送で「核攻撃が切迫したらどう対処するのか」との質問を受けコービン党首は「どんな脅威にもまず交渉と対話で対処していく。/核兵器を使用すれば何百万人もの生命と環境を破壊する」と回答。司会者から「どんな状況でも使用しないのか」の再質問に対し「核兵器使用の検討は世界の外交システムの失敗を意味する。核兵器を先制使用してはならないし、最終的には世界の核軍縮をもたらす関与のプロセスが必要だ」と明確に述べた(『赤旗』六月十一日)。
労働党は核ミサイル「トライデント」更新が雇用確保のため必要として支持している。コービン党首の回答は労働党の政策を左に変えようとする強い意思表明でもある。
今回の総選挙へ向けイギリス共産党は共産党の候補擁立はしないことを述べ、左翼は労働党に投票を集中しようと訴えた。
イギリス共産党はこれまで総選挙には毎回候補を擁立し前回総選挙では一番少ない九名を立てている。今回の声明のなかで「今後も擁立なしとするわけではない」と補足している。
英国の共産主義者たちは今回の総選挙での進歩的総選挙公約を掲げた労働党の躍進を高く評価し、その大衆動員の成果を踏まえ、資本主義の危機の根本的解決の道である社会主義を高く掲げさらに前進しようとしている。 【沖江和博】
(『思想運動』1004号 2017年7月1日号)
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