民営化の時計を巻き戻せ
日本郵政、相次ぐ企業買収の意味するもの


 日本郵政の二〇一七年三月期決算は純損失二八九億円で、〇七年に民営化がスタートして以降初の赤字に転落した。
 日本郵政グループのうち、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険は売上高は減らしながらも黒字ではあったのに、日本郵便が出した三八五二億円もの赤字をカバーできなかった。
 日本郵便は、ゆうパックの扱い数が前年比九・一%も伸びて六・三億個に達するなど売上は増やした。しかし一五年に買収して子会社としたオーストラリア物流大手トール社が業績不振。買収時の価格とその企業の資産総額との差額いわゆる〈のれん代〉の全額と商標権など計四〇〇三億円が損失として一括計上された。

トール社のリストラは日豪資本の共謀?

 トール社は業績不振を受けて大がかりなリストラに乗り出している。すでに今年三月までに約三〇〇人を解雇し、一七年度中に全従業員の四%にあたる一七〇〇人を削減する予定である。一六年四~十二月のトール社の営業利益は前年同期と比較して七割減というから、同社の経営が不調なのは間違いないだろう。しかし、一五年にトール社を買収したときの金額六二〇〇億円は同社の純資産額一五〇〇億円より四七〇〇億円も高かった。それが前記した〈のれん代〉であって、これを整理した結果としての赤字であり損失である。もっぱら日本郵政経営側の杜撰によるものだ。
 それでトール社で働く人たちのリストラが正当化されていいのか。むしろトール社経営陣は首切りの梃子とするため海の向こうの親会社=日本郵政の威を借りたと言えないか。
 いっぽう日本郵政は、かつて二〇一〇年、宅配便統合失敗によって生じた赤字一〇〇〇億円をかえって奇貨として人件費大幅削減に成功したのと同じことを、今度はグローバル企業として海外の子会社相手にやろうというのである。あのときは正規雇用の一時金が削減され、始まりかけるかと思われた非正規から正規への登用も反故にされた。「六五歳雇止め」もあれ以降だ。資本主義の本性を見せつけられるのは市場の動きである。
 トール社不振の報に一三〇〇円すれすれまで下がった日本郵政の株価は、人員整理と聞くや一四〇〇円前後に持ち直した。労働者の首を切って路頭に放り出せば株主は「よくやった」と企業を評価する。
 市場とは、資本主義とは非情かつ非人間的なものである。そういう市場の力を使って企業を一段と非人間的な行動へと駆り立てること、これが民営化を推し進めてきた者たちの狙いであった。
 海外の子会社ということではサンケン争議に思いが至る。本紙でも報じてきた韓国サンケン分会の闘いはつい最近、勝利的な解決をかちとった。
 その奮闘はわたしたち日本の労働者を力強く鼓舞してくれたが、しかしサンケン日本本社の労働組合、上部団体・連合は何をしていたのか。支援行動の場についにその姿を見ることはなかった。
 同じことがJP労組にも言える。六月十四~十六日に広島市で開催される同労組第一〇回定期全国大会の議案はトール社の業績不振には言及しても人員削減については黙している。「生産性運動による日本郵政グループの成長・発展が不可欠」云々(一号議案五ページ)と自企業の成長をすべての前提とするスタンスは今に始まったことではなく労働者の国際連帯より株主の視線に沿うものだろう。

日本郵政のもうひとつのM&A

 野村不動産ホールディングスの買収が検討されていることも明らかになった。同ホールディングスの時価総額は五月十二日の終値で約三九〇〇億円というから、これも実現すれば数千億円規模のM&A(企業買収)になる。物流で失敗した分を不動産で取り戻せということであろうか。
 日本郵政には約二・五兆円の不動産がある。すこし前まで国営企業だったのだから、その土地はかつて国有地だった。記憶に新しいのは二〇〇九年、全国六〇数か所の「かんぽの宿」と首都圏の社宅九件あわせて簿価総額が約二四〇〇億円だったのをオリックス不動産に約一〇九億円で売却しかけ、その捨て値が問題となって頓挫した件だ。
 こんな叩き売りがどうして可能になりかけたか。不動産の時価は簿価よりも現在どれだけ利益を出しているかで左右される。「かんぽの宿」は公共施設で利潤追求を目的にしていないから運用益はそうは出ない。当時六〇数か所のうち黒字は一一だけ。だから時価は安く算出された。
 しかし、安く手に入れた後、経営の方向を変えて利潤が出るようにすれば時価も上がる。そのとき売り抜ければ「濡れ手に粟」の商売だ。国有企業の民営化が国民の財産の財界への投げ売りと言われる所以である。郵便局は駅前の一等地にある場合が多いから簿価はかなりつく。しかし、その施設を使っての郵便の運用益はユニバーサルサービスを課せられていることもあって低い。不動産業へののめり込みは、「かんぽの宿」売却と同じく公的なものが営利企業に廉価で切り売られてしまう危うさをはらむ。

労組・企業を越えた横断的闘いを!

 国は二〇一五年秋の東証一部上場から日本郵政株の二割弱を手放し、残るは八〇・四九%である。郵政民営化法は全株式の三分の一だけは残して他は処分するとし、今年の夏には第二次の売却が予定されている。なんとか株価を高めようとあれこれ企業買収に手を出したがるのはそのためである。同法はまた日本郵政に子会社であるゆうちょ・かんぽの金融二社の全株式を処分することを義務づけているが、稼ぎ手のこの両社が離れていくなら日本郵政の企業価値が測れなくなってしまう。当然、株式売却は停滞する。
 日本郵政の株売却益は東日本大震災の復興財源に充てるとされているけれども、企業価値を減ずるような制度設計をしておきながら無責任だ。
 八日に行なわれたイギリスの総選挙ではコービン率いる労働党が現状より三二議席を増やして躍進した。労働党は公共企業や旧国有鉄道の再国有化を主張している。イギリスの労働者人民はこれを支持したのである。民営化がご破算になることを恐れなければならない理由は労働者にはない。
 いっぽう、いま進んでいる労働契約法二〇条裁判では、会社側証人と弁護士は格差を正当化すべく非正規雇用労働者を貶める発言を繰り返している。原告の一人である知人(郵政ユニオン組合員、非正規雇用)は、これでは非正規に対するヘイトスピーチだと憤った。労組は違えてもこの怒りは共有されなければならない。そして前記したゆうパック扱い数の急増は本紙前々号で取り上げたヤマト運輸の過密労働と同じ状況を郵便局にも出来させずにおかない。労組を越え、企業を越えた横断的な闘いに踏み出そう。【土田宏樹】

(『思想運動』1003号 2017年6月15日号)